システム・ファームウェアから記憶装置にアプリケーション・プログラムを転送するための方法およびシステム事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2014.10.16
事件番号 H26(行ケ)10018
担当部 知財高裁 第1部
発明の名称 システム・ファームウェアから記憶装置にアプリケーション・プログラムを転送するための方法およびシステム
キーワード 用語の解釈、阻害要因
事案の内容 本件は、拒絶査定不服審判(不服2011-18580)の拒絶審決に対する取消訴訟であり、審決が取り消された事案。
請求項に記載された「記憶装置」が、明細書の記載から不揮発性の大容量記憶手段(HDD)と解釈され、引用発明の揮発性の主記憶装置(RAM)とは相違すると判断された点がポイント。

事案の内容

【本願発明の課題】 判決文P.24

「本願発明の課題は,従来技術では,追加ドライバまたは特別なソフトウェアをユーザに供給する際,フロッピー・ディスク等の媒体で移送していたところ,この方法では媒体が失われたり盗難に遭ったりしやすいというリスクがあるため(【0004】【0005】),システム・ファームウェアから記憶装置にアプリケーションを配信するためのシステム及び方法を提供することである(【0006】)と認められる。」

 

【本願発明】 特願2000-179442(特開2001-043071)

【請求項1】※符号及び下線は筆者が付した。

プロセッサベースのシステム内の少なくとも1つの記憶素子にアクセスするためのシステムであって,

少なくとも1つの記憶素子180/184を有し,命令シーケンスを記憶するメモリ175と,

前記メモリに結合され,前記記憶された命令シーケンスを実行するプロセッサと,

前記プロセッサに結合され,前記プロセッサおよび前記メモリ175と同じく前記システム内に含まれる記憶装置152と,を含み,

オペレーティング・システムをブートする前に,前記記憶された命令シーケンスによって前記プロセッサは,前記少なくとも1つの記憶素子180/184のコンテント,即ち,該記憶素子180/184の任意のタイプのデータを前記記憶装置152に書き込み,この書き込み動作はブート後のアプリケーションプログラムとは独立して実行され,

さらに,前記記憶装置152はファイル・システムを含み,前記少なくとも1つの記憶素子180/184のコンテントを前記記憶装置152に書き込む前記動作において,前記少なくとも1つの記憶素子180/184はファイルを含み,前記書き込む動作は,前記ファイルを前記記憶装置152の前記ファイル・システムに転送することを含むことを特徴とするシステム。

 

【引用発明】 特開平11-39143

「引用発明は,演算装置に関し,特に,プログラム起動時の時間を短縮できる装置に関するものである(【0001】)。そして,従来は,演算装置を起動する場合,毎回,OSを記憶装置からRAMにロードし,さらに,アプリケーションプログラムを選択する度に,アプリケーション・プログラムを記憶装置からRAMにロードすることを繰り返していたため,実際にコンピュータを使用できる状態になるまで,かなりの時間がかかっていたことから(【0012】【0013】),前回終了時における演算装置の電源オフに先立って,主記憶装置に記憶されているデータを不揮発性記憶装置に待避させ,演算装置の再起動時に,当該データを主記憶装置に転送することによって,前回の電源オフ時のオペレーティング・システムおよびアプリケーション・プログラムの実行状態を再現し,アプリケーション・プログラムの起動までの時間を短縮するなどの効果を有するものである(【0066】【0067】)。」(判決文P.32)

 

【原告主張の取消事由】

取消事由1:記載不備についての判断の誤り ※本レジュメでは省略

取消事由2:一致点及び相違点の認定誤り

取消事由3:相違点の容易想到性判断の誤り ※判断されず

 

【裁判所の判断】

2 取消事由2(一致点及び相違点の認定誤り)について

審決は,本願発明の「記憶装置」は,その記憶するデータ内容や記憶構造を限定しない「記憶装置」と捉えることができることから,引用発明の「主記憶装置」に相当するとして一致点を認定した。

しかし,前記1(2)及び(3)ウで判示したとおり,本願発明の「記憶装置」は,システム内に含まれ,ファイル・システムを含む記憶装置であるところ(請求項1),本願明細書の発明の詳細な説明に照らして,その技術的意義を理解すると,ハード・ディスク等の不揮発性の大容量記憶手段であり,少なくとも揮発性のRAMはこれに含まれないものと解される。

これに対し,引用発明の「主記憶装置」は,「オペレーティングシステムおよびアプリケーションプログラムをプログラム格納手段から読み出して一時的に記憶する揮発性の主記憶装置」(【請求項1】)で,【発明の実施の形態】の図1の「RAM103」(【0037】)に相当するものであって,「RAM103はCPU101がプログラムを実行するとき,必要なデータを一時的に記憶させる作業領域として使用される揮発性の記憶装置であり,例えばDRAMからなる。」(【0038】)と記載されており,ファイル・システムによって,プログラム等のファイルをフォルダやディレクトリを作成することにより管理したり,ファイルの移動や削除等の操作方法を定めたりすることは記載されていない。

そうすると,本願発明の「記憶装置」と,引用発明の「主記憶装置」は相違するものであるから,両者を一致するとした審決の認定は誤りである。

 

そして,引用発明が,「プログラム起動時,起動時間を短縮できる演算装置および演算装置を利用した電子回路装置を提供することを目的」(【0015】)とし,前回終了時に,主記憶装置に記憶されているデータを不揮発性記憶装置に待避させ,演算装置の再起動時に,当該データを主記憶装置に転送することによって,前回の電源オフ時のオペレーティング・システム及びアプリケーション・プログラムの実行状態を再現するものであることからすれば,引用発明における演算装置の再起動時の不揮発性装置からのデータの転送先は,必ず主記憶装置でなければならず,引用発明における揮発性の「主記憶装置」をファイル・システムを含む不揮発性の記憶装置に置き換えることには阻害要因があるというべきである。

したがって,審決には,「記憶装置」に関して,本願発明は「ファイル・システム」が含まれる不揮発性の記憶装置であるのに対し,引用発明は,揮発性の「主記憶装置」であるという相違点を看過した誤りがあり,同相違点の看過は,容易想到性の判断の結論を左右するものである。

 

第6 結論

以上によれば,原告主張の取消事由1及び2は,いずれも理由があるから,その余の点について判断するまでもなく,審決は取消しを免れない。

 

【所感】

コンピュータの起動時等に、不揮発性メモリに記憶されたプログラムを記憶装置に転送するという点で、本願発明と引用発明とは似ていると言えなくもないが、両発明の課題を考えれば、両発明における転送先の記憶装置が全く異なるもの(本願発明では不揮発性の大容量記憶手段、引用発明では主記憶装置)であることは明らかである。そのため、裁判所の判断は妥当であると考える。これに対して、「記憶装置」に対して、「ファイル・システムを含み」という限定が明確に加わっているにもかかわらず、本願発明の「記憶装置」に「主記憶装置」が含まれるとする被告の主張は、技術的に明るいはずの特許庁の主張とは思えない主張であり、残念である。