サイホン式雨水排水装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2014.02.06
事件番号 H24(ワ)7887
担当部 大阪地裁 第26民事部
発明の名称 サイホン式雨水排水装置
キーワード 均等論第4要件
事案の内容 本件は、原告が,特許法第100条第1項および第2項に基づき被告製品の差止め及び廃棄を求め、また、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案。
被告製品は、公知技術から容易に推考できたものであるため、均等侵害(均等論第4要件)に該当しないと判断された点がポイント。

事案の内容

【本件特許発明】 特許第4130616号(優先日:平成15年2月21日)

【請求項1】(分説は判決文の通り。符号は筆者が付した。)

(A1) 軒先に取付けた軒樋2の底部に,

(A2) 該底部に形成した開口に挿入した落し口2aを,該落し口2aを構成する,上端にフランジ部2cを設け,外周面に雄ネジを形成した雄筒部2bと,上端にフランジ部2eを設け,内周面に雌ネジを形成した締付けリング2dとを螺合させて,軒樋2の底部の開口周縁部の上下から前記両フランジ部2c,2eにより挟持することにより取付け,該落し口2aの下端に,

(B) 家屋の外壁材に沿って縦方向に配設した

(C) 3~13㎠の開口面積を有するサイホン管3

(D) の上端を外嵌して接続した

(E) ことを特徴とするサイホン式雨水排水装置。

 

【被告製品1】(裁判所に認定された構成。下線は争点に関する部分)

1a1 軒樋2は,建物の軒先に略水平に取り付けられる。

1a2 軒樋2には,接続部(落し口)5bを含む角ドレンセット5が配置されている。

軒樋2の底部には,角ドレンセット5の接続部(落し口)5bが,軒樋2の底部に形成した開口に挿入され,接続部(落し口)5bを構成する,上端に上フランジ部を設け,外周面に雄ネジを形成したネジ筒部と,上端に下フランジ部を設け,内周面に雌ネジを形成したネジ筒部とを螺合させて,軒樋2の底部の開口周縁部の上下から挟持することにより取り付けられている。

1b 角竪樋3は,建物の外壁材に沿って縦方向に配置されている。

1c 角竪樋3は,14.09㎠の断面積を有する。

角継手4は,長さ19㎜であり,11.4㎠(端部側)から11.6㎠(奥部側)の断面積を有する。

1d 角ドレンセット5の接続部5bと角継手4が接続している。

角継手4と角竪樋3が接続している。

1e 角ドレンセット5,角継手4及び角竪樋3により,サイホン式雨水排水装置を構成している。

 

【争点】

(1)被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか

ア 被告製品は本件特許発明の構成要件を文言上充足するか(争点1-1)

イ 被告製品は本件特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか(争点1-2)

(2)本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるか(※省略)

(3)損害額(※省略)

 

【裁判所の判断】

1 争点1-1(被告製品は本件特許発明の構成要件を文言上充足するか)に対する判断

(1) 構成要件Cの解釈

ア 【特許請求の範囲】の記載に基づく検討

(ア)「サイホン管」の語の意義を明らかにした刊行物等の証拠はなく,他に,これが技術用語として慣用されるものであるとか,当業者が何らかの特定の意義を有するものと解釈するなどとする主張立証はない。

「サイホン(サイフォン)」とは,一般に,「大気圧を利用して,液体をいったん高所に上げて低所に移すために使う曲管。彎管」をいう。

そうすると,「サイホン管」の語に接した当業者は,それが上記「サイホン(サイフォン)」又は上記「サイホン(サイフォン)」と同様の効果を奏する若しくはその代わりに用いられる「管」を意味するものと解釈すると認めるのが相当である。

また,構成要件A1及びDによれば,「サイホン管」は,軒樋の底部に接続されるものであり,構成要件Bによれば,家屋の外壁材に沿って縦方向に配設されるものであることが読み取れる。そうすると,「屋根から地面まで,垂直に取り付けた雨樋。たつどい。」を意味する「竪樋(又は縦樋)」に相当するものであることも読み取れる。

(イ)証拠(甲8)によれば,「開口」とは,技術用語として,「部材の開いた口。口を開くこと。」をいうことが認められる。

(ウ)また,構成要件A2によれば,「サイホン管」と「落し口」の構成は明確に区別された上,「サイホン管」は「落し口」を外嵌するとされている。

(エ)これらのことからすれば,構成要件Cは,「サイフォン」の効果を奏する「竪樋(縦樋)」の「開いた口」が,3~13㎠の面積を有する構成を特定するものと一応は解される。

なお,上記竪樋が,「落し口」を外嵌するため,竪樋の上端部付近(外嵌している部分)における水の流れる部分の内径は,「落し口」を構成する「外周面に雄ネジを形成した雄筒部」の内径となる。

 

イ 本件明細書等の記載に基づく検討

(ア)本件明細書等の記載

・・・

(イ)検討

構成要件C「3~13㎠の開口面積を有するサイホン管」は,「3~13㎠の開口面積を有する合成樹脂製の丸樋もしくは角樋,又は,可撓性のチューブ」等を指すものである(段落【0012】)

本件明細書等において,サイホン管は継手部分と明確に区別されており(段落【0012】【0021】),本件特許発明の課題解決手段であるサイホン管として継手部分を想定した記載は全くなく,継手の開口面積をもってサイホン管の開口面積とすることは全く想定されていないといってよい。

 

ウ 構成要件Cの意義

前記ア,イによれば,本件特許発明の構成要件Cの「3~13㎠の開口面積を有するサイホン管」とは,「サイホン(サイフォン)」の効果を奏する「竪樋(又は縦樋)」の「開いた口」が,3~13㎠の面積を有する構成を特定したものであり,具体的には,「3~13㎠の開口面積を有する合成樹脂製の丸樋もしくは角樋,又は,可撓性のチューブ」等をいうものである。

上記「サイホン管」は,継手部材や落し口などを含まない竪樋自体をいい,その開口面積とは,竪樋自体の開口部の面積をいうのであって,継手部材や落し口等の内径断面積を含むものではない。原告は,エルボ継手等の継手部材がサイホン管と一体化しており,サイホン管を構成する部材とみることができるから,当該継手部材が3~13㎠の断面積を有する場合にも,構成要件Cを充足する旨主張する。しかし,本件明細書等を子細に検討しても,継手部材をサイホン管の一部とすることを前提とする記載は見当たらない。

また,原告は,サイホン管が竪樋単体をいうものであったとしても,サイホン管(竪樋)の開いた口(継手)の面積が構成要件Cの「開口面積」であると主張する。しかし,本件明細書等には,「サイホン管」の「開口面積」がエルボ継手等の継手部材などの断面積であるという記載は見当たらない。

以上のとおり,構成要件Cの開口面積は,継手部分や落し口の内径断面積ではなく,サイホン管である竪樋自体の開口部の面積をいうものと解するべきである。

 

エ 被告製品の構成及び構成要件充足性

証拠(乙6,7)によれば,被告製品の角竪樋の開口面積は,いずれも平均14.09㎠であり,誤差を考慮しても14.00㎠以上であることが認められる。

そうすると,被告製品は,本件特許発明の構成要件D「3~13㎠の開口面積を有するサイホン管」に相当する構成を有するものではなく,本件特許発明の構成要件を文言上充足するということはできない。

 

2 争点1-2(被告製品は本件特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか)について

(1) 判断基準

特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,

①上記部分が特許発明の本質的部分ではなく,

②上記部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,

③上記のように置き換えることに,当業者が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,

④対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,

⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,

上記対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属する(最高裁判所平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁)。

 

(2) 被告製品が本件優先日における公知技術と同一又は当業者がこれから本件優先日時点において容易に推考できたものでないとはいえないこと

ア 容易推考性の判断基準

公知技術からの容易推考性を判断するに当たっては,対象製品等において置換されている部分のみについて公知技術からの容易推考性を判断するのではなく,対象製品等そのものが全体として,特許出願時における公知技術から容易に推考できたものかどうかを判断する必要がある。

イ 被告製品の構成(※省略)

ウ 被告製品の容易推考性

(ア) 構成1c及び2cの容易推考性

本件優先日前に頒布された乙5公報(※特開平9-111972号公報)には以下の記載がある。

・・・

上記記載によれば,上記【図5】で示される従来技術の雨樋においても,落し口の寸法(雨樋の開口部分の面積)は,要求される処理能力に応じて適宜設定することができるものと認められる(段落【0003】【0018】)。

 また,乙15文献等には,本件特許発明の数値範囲に入る開口面積が12.56㎠の竪樋からそれ以上の大きさの竪樋まで,様々な開口面積の竪樋が記載されている。

 そうすると,被告製品の構成1c及び2cのうち「角竪樋3は,14.09㎠の断面積を有する。」という部分は,本件優先日における従来技術と同一の構成であることが認められる。

 

(イ) その余の構成の容易推考性

・・・

(ウ) 小括

以上によれば,被告製品の各構成は,本件優先日において雨樋の技術分野でごく一般的であった構成を単に組み合わせたにすぎないものであり,これらごく一般的で公知の構成を組み合わせることについて何らかの阻害要因等が存在したことを窺わせる主張立証も全くない。

 そうすると,被告製品について,当業者が公知技術から容易に推考できたものではないと認めることはできないから,被告製品について,本件特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するということはできない。

 

【所感】

文言侵害、均等侵害とも、裁判所の判断は妥当であると考える。

構成要件Cの「3~13㎠の開口面積を有するサイホン管」について、原告は、「管全体を満水状態にしなくても,開口部分のみを満水状態にして空気の進入を防ぐことにより,サイホン効果が生じることは,技術常識である。」と主張している(判決文P14最終段落)。そうであれば、当初から明細書(および請求項)に、落し口(雄筒部)の開口面積についても記載しておくべきである。

均等侵害については、第4要件が適用されたことが興味深い点である。裁判所は、被告が無効の抗弁で用いた証拠(乙5)に基づいて、「落し口の寸法(雨樋の開口部分の面積)は,要求される処理能力に応じて適宜設定することができるものと認められる」と判断し、また、「乙15文献等には,本件特許発明の数値範囲に入る開口面積が12.56㎠の竪樋からそれ以上の大きさの竪樋まで,様々な開口面積の竪樋が記載されている。」と指摘しており、本件特許も無効の可能性があることを示唆しているように感じられる。

 

以上