ゴルフボール事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2011.07.19
事件番号 H22(行ケ)10357
担当部 第2部
発明の名称 ゴルフボール
キーワード 阻害要因
事案の内容 拒絶査定不服審判の請求棄却審決に対する取消訴訟であり、審決が取り消された事案。
本事案は、引用発明のカバーに本件発明との相違点である塗膜を適用した場合にはゴルフボールにおける最適な高度分布を得るという引用発明の課題が解決されなくなることが指摘された点がポイントである。

事案の内容

本件は、特許出願(特願2006-155949号)の拒絶査定不服審判においてなされた請求不成立の審決に対し、これを不服とする原告が、その取消を求めた事案である。

 

1.審決の概要:

審決では、引用例1,2(甲1,2)の記載と、周知技術とに基づいて、本件発明の進歩性が否定された。

引用例1:特開平9-313643号公報, 引用例2:特開2006-87950号公報

 

2.本件特許発明

[請求項1]

(A)球状のコアと,このコアの外側に位置しかつ熱可塑性樹脂組成物からなるカバーとを備えており,

(B)コアが,内球と,内球の外側に位置しかつ熱可塑性樹脂組成物からなる第一中間層と,第一中間層の外側に位置しかつ熱可塑性樹脂組成物からなる第二中間層とを備えており,

(C1)第二中間層のショアD硬度Hs>第一中間層のショアD硬度Hf及びカバーのショアD硬度Hc

(C2)18≦カバーのショアD硬度Hc≦38

(C3)カバーのショアD硬度Hc<内球の中心のショアD硬度Hi

(C4)カバーの厚みTcとショアD硬度Hcとの積 Tc・Hc≦25

(C5)0.3mm≦カバーの厚みTc≦0.8mm

である、ゴルフボール。

 

3.各引例の内容

(1)甲1の記載内容:

ソリッドコアと、中間層と、カバーと、の3層構造からなり、

カバー硬度>中間層硬度>コア表面硬度>コア中心硬度であり、

中間層及びカバーは共にアイオノマー樹脂を含有する熱可塑性樹脂を主材とする材料で形成されている、スリーピースソリッドゴルフボールが記載されている。

(2)甲2の記載内容:

外装カバーより低い硬度の塗膜を形成し,この塗膜上にディンプル加工を行ったゴルフボールが記載され、塗膜の厚さが50μm~700μmでも良い旨が記載されている。

 

4.審決の理由

[一致点]

球状のコアと、コアの外側に位置し、かつ熱可塑性樹脂組成物からなるカバーとを備え、コアが、内球と、この内球の外側に位置し、かつ、熱可塑性樹脂組成物からなる中間層とを備えている、ゴルフボールである点。

[相違点]

本件発明では,前記中間層が2層であるのに対し、引用発明では,前記中間層が1層である点。

本件発明では、カバーの硬度及び厚みが(C1)~(C5)のように規定されているのに対して、引用発明では、そのように規定されていない点。

「…引用発明において,ソリッドコアの中心硬度をショアD硬度で38より大きいものとするとともに,…,前記カバーにはディンプル加工を行うことなく,熱可塑性水系ウレタン樹脂粉末を用いた厚さ300~650μmの該カバーより低い硬度の塗膜(ショアD硬度38)を形成し,該塗膜上にディンプル加工を行うようにすることは,当業者が,引用例2に記載された事項及び周知技術に基づいて容易に想到し得たことである。」

 

5.裁判所の判断

(1)…引用発明は,良好な飛び性能及び耐久性と良好な打感及びコントロール性とを同時に満足し得るゴルフボールを提供することを目的とし,…コアの硬度分布を適正化すると共に,…ゴルフボールにおける最適の硬度分布を得ようとするものであるから,引用発明に引用例2に記載された事項を適用した場合,すなわち,引用発明のカバーに,該カバーより低い硬度の塗膜(ショアD硬度38)を形成した場合,塗膜形成前と塗膜形成後では,ボール全体の硬度分布は明らかに異なり…,塗膜形成前において最適化されていたボール全体の硬度分布は,塗膜形成後においても最適化されているとはいえなくなり,その結果,引用発明の上記目的は実現できないことになる。そして,塗膜形成後において引用発明の上記目的を実現しようとすると,改めてボール全体の硬度分布の最適化(再最適化)することになり,それによって,コア,中間層及びカバーの硬度は変更されるから,再最適化後のゴルフボールの構成は,本願発明と同様の構成になるとはいえない。そうすると,本願発明は,当業者が引用発明,引用例2に記載された事項及び周知技術に基づいて容易に発明することができたものとはいえない。

(2)…引用発明のカバーに該カバーより低い硬度の塗膜(ショアD硬度38)を形成することにより,引用発明が最適とした硬度分布が変化してしまう以上,引用発明が元々有する特性はそのまま維持されたままで,塗膜を形成したことによる効果が追加されるだけとは考えられないし,再最適化を行う必要がないということもできない。

(3) …引用発明のカバーに,該カバーより低い硬度の塗膜(ショアD硬度38)を形成した場合,当該ゴルフボールの硬度分布は引用発明が最適とした硬度分布とは異なるものとなり,その結果,引用発明の目的は実現できなくなるのであるから,引用発明に引用例2に記載された事項を採用することを妨げる理由を否定できない。…

 

【解説】

本件は、引例同士を組み合わせることについて阻害要因があるものとして、審決における進歩性の判断の誤りが指摘された事例である。引用例2の公報には、従来のゴルフボールの表面部の塗膜はボールの特性に影響を与えないものであるのに対し、引用例2の塗膜はゴルフボールの表面硬度に影響するものであることが記載されている(段落0004,0032)。これらの記載を鑑みても、裁判所の判断は妥当であると言える。