ゴルフクラブ用シャフト特許取消決定取消請求事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2023.07.13
事件番号 R4(行ケ)10081
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 ゴルフクラブ用シャフト
キーワード サポート要件
事案の内容 本件は、異議申し立てに対する一部取消しの決定のうち、一部取消部分に対する取消訴訟である。争点は、サポート要件違反の有無である。原告の請求は棄却され、特許取消決定は維持された。

事案の内容

【事件の経緯】
平成29年1月12日 出願
令和2年11月24日 設定登録
令和3年6月8日 請求項1ないし8について特許異議の申し立て
令和4年4月15日 訂正の請求
令和4年7月1日 請求項1、5、7に係る特許の取消しおよび、請求項2、4、6、8に係る特許についての特許異議の申し立てを却下。
令和4年8月9日 本件提起。
 
【本願発明】
【請求項1】
複数の炭素繊維強化樹脂層で構成される、ドライバー用ゴルフヘッドを装着する、
ドライバー用ゴルフクラブ用シャフトであって、
炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30~+70°に配向された層と、-30~-70°に配向された層とをシャフト全長に渡って貼り合せて成るバイアス層と、炭素繊維がシャフト軸方向に配向され、シャフトの全長に渡って位置するストレート層と、炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30~+70°に配向された層と、-30~-70°に配向された層とを貼り合せて成る細径側バイアス層と、さらに同様な太径側バイアス層を有しており、
【構成1】前記バイアス層と前記ストレート層の弾性率がともに、200GPa~900GPaの強化繊維から成る繊維強化樹脂層で構成され、
【構成2】(c)シャフトのトルクをTq(°)とした場合に、1.6≦Tq≦4.0を満たし、
【構成3】前記バイアス層の合計重量をB(g)、シャフト全体に渡って位置するストレート層の合計重量をS(g)とした場合に、0.5≦B/(B+S)≦0.8を満たし、
【構成4】前記細径側バイアス層の重量をA(g)、前記バイアス層の合計重量をB(g)とした場合に、0.05≦A/B≦0.12を満たし、
【構成5】前記細径側バイアス層の重量をA(g)、前記太径側バイアス層の重量をC(g)とした場合に、1.0≦A/C≦1.8を満たす、
ドライバー用ゴルフクラブ用シャフト。
 
 以下、下線は筆者が付した。
 
第5 当裁判所の判断
1決定取消事由(サポート要件についての判断の誤り)について
(1)特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくても当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断するのが相当である(知財高裁平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日特別部判決・判時1911号48頁参照)。
 
(3) 本件各発明の課題
前記(2)アによると、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件各発明について、次のとおりの記載がされているということができる。すなわち、本件各発明は、繊維強化樹脂製のゴルフクラブ用シャフト(以下、単に「シャフト」ということがある。)に関するものである。ゴルフのスコアを良くするためには、打球の飛距離の安定性及び左右への方向安定性を得ることが非常に重要であり、そのためには、三つの要素(ボールの初速、打ち出し角度及びスピン量)のばらつきを減少させてこれらを安定させる必要があるところ、ボールを打撃する瞬間のシャフトの変形(特にシャフトの細径部の変形)がこれらの要素の安定性に大きな影響を及ぼすため、シャフトの細径部のねじり剛性を上げることによりこれらの要素を安定させ得ることが従来から知られていた。しかしながら、単にシャフトの細径部のねじり剛性を上げると、フィーリングが硬くなったり、ヘッドの返りが極端に悪くなったり、ヘッドのトゥダウンが抑制されすぎて飛距離が小さくなったりするなどのデメリットが生じるほか、弾性率の高い炭素繊維の使用量を多くしすぎることによるシャフトの強度の低下を招き、シャフトの折損が生じやすくなるという問題があった。本件各発明は、このような問題を解決し、特にねじり剛性が高いシャフトにおいても、スイングの安定性が高く、プレーヤーのスイングスピードや力量に左右されることなく飛距離の安定性と方向安定性の双方に優れたシャフト(ねじり剛性の高いシャフト(ロートルクのシャフト))を提供することを目的とするものである。本件各発明は、前記第2の2のとおりの構成とすることにより、プレーヤーの力量に左右されることなく、飛距離の安定性及び左右のばらつきの少ない方向安定性の双方に優れたシャフトが得られるとの効果を奏する。
以上によると、本件各発明の課題は、「ねじり剛性が高い繊維強化樹脂製のゴルフクラブ用シャフト(ロートルクの繊維強化樹脂製のゴルフクラブ用シャフト)であって、スイングの安定性が高く、プレーヤーのスイングスピードや力量に左右されることなく飛距離の安定性と方向安定性の双方に優れたものを提供すること」(以下「本件課題」という。)であると認めるのが相当である。
 
(4) 決定取消事由の1(構成2ないし5に係るもの)について
ア 構成2について
(ア) Tq≦4.0°について
…b 原告は、低トルクのシャフト(ねじり剛性が高いシャフト)が飛距離の安定性及び方向安定性において優れていることは本件出願日当時の技術常識であり、本件出願日当時の当業者は実施例1と比較例1との比較から、シャフトのトルクを4.0°以下とすることにより飛距離の安定性及び方向安定性(比較例1よりも優れた飛距離の安定性及び方向安定性)が得られるものと理解し得ると主張する。しかしながら、原告の上記主張並びに原告が上記技術常識に係る証拠として提出する甲12及び21ないし23は、シャフトのトルクを4.0°以下とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、その他、シャフトのトルクを4.0°以下とすることにより本件課題が解決されるとの本件出願日当時の技術常識を認めるに足りる証拠はないから、構成2のうちシャフトのトルクを4.0°以下とするとの点については、本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。
(イ) 1.6°≦Tqについて
…b 原告は、トルクが小さくねじれがないとシャフトがねじれにより折損してしまうことは本件出願日当時の当業者にとって自明であるし、トルクを1.6°程度とすることがシャフトの製造上の限界であることは当該当業者が当然に理解している事項であるから、当該当業者はシャフトのトルクを1.6°以上とすれば、使用に耐え得る十分な強度を有するシャフトとなるものと理解し得ると主張する。しかしながら、原告の上記主張のうちトルクを1.6°程度とすることがシャフトの製造上の限界であることを本件出願日当時の当業者が当然に理解していたと事実を認めるに足りる証拠はないし、また、原告のその余の主張は、シャフトのトルクを1.6°以上とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、その他、シャフトのトルクを1.6°以上とすることにより本件課題が解決されるとの本件出願日当時の技術常識を認めるに足りる証拠はないから、構成2のうちシャフトのトルクを1.6°以上とするとの点については、本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。
 
イ 構成3について
(ア) 0.5≦B/(B+S)について
a バイアス層の合計重量(B(g))をバイアス層の合計重量とシャフト全体にわたって位置するストレート層(以下、単に「ストレート層」という。)の合計重量の和(B(g)+S(g))の50%以上とすることにより得られる効果等に関し、本件明細書の発明の詳細な説明には、「本発明のゴルフクラブ用シャフトは、シャフトに使用するバイアス層の合計重量をB(g)、シャフト全体に渡って位置するストレート層の合計重量をS(g)とした場合に、0.5≦B/(B+S)≦0.8・・・(1)を満たすことが重要である。(1)は、技量が高いゴルファーやスイングスピードが速いゴルファーにも対応できるために必要なトルクTq(°)を生み出す要素を示している。つまり、(1)を満たさないゴルフクラブ用シャフトは、シャフトが捩じれすぎたり、または捩じれないがためにシャフトが折損してしまう原因につながる。」との記載(【0014】)があり、また、本件効果が得られたとされる実施例1及び本件効果が得られなかったとされる比較例1における各B/(B+S)がそれぞれ0.6及び0.4であるとの記載(【表4】)がある。しかしながら、これらの記載は、本件各発明におけるB/(B+S)に係る0.5との数値が実施例1における0.6及び比較例1における0.4の中間値であることを含め、バイアス層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の50%以上とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、したがって、構成3のうちバイアス層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の50%以上とするとの点については、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により本件出願日当時の当業者が本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。
b 原告は、バイアス層の重量の割合を大きくすることでシャフトのトルクを小さくできることは自明であり本件出願日当時の技術常識であるとして、本件出願日当時の当業者は実施例1と比較例1との比較から、バイアス層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の50%以上としておけば、その他の条件を技術常識の範囲内で適宜調整して決定することで、容易にTq≦4.0°の構成(構成2)が得られるものと理解し得ると主張する。しかしながら、バイアス層の重量の割合を大きくすることでシャフトのトルクを小さくできることが本件出願日当時の技術常識であったとしても、原告の上記主張は、実施例1と比較例1を比較する点を含め、バイアス層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の50%以上とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、その他、バイアス層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の50%以上とすることにより本件課題が解決されるとの本件出願日当時の技術常識を認めるに足りる証拠はないから、構成3のうちバイアス層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の50%以上とするとの点については、本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。
(イ) B/(B+S)≦0.8について
a ストレート層の合計重量(S(g))をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和(B(g)+S(g))の20%以上とすることにより得られる効果等に関し、本件明細書の発明の詳細な説明には、前記(ア)aの記載(【0014】及び【表4】)がある。しかしながら、これらの記載は、ストレート層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の20%以上とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、したがって、構成3のうちストレート層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の20%以上とするとの点については、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により本件出願日当時の当業者が本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。
b 原告は、ストレート層がシャフトの曲げ剛性及び曲げ強度を高め、曲げによる折損を防ぐ役割を果たすこと並びに曲げによる折損を防止するとの観点からストレート層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の2%程度以上とすべきことは本件出願日当時の技術常識であるとして、本件出願日当時の当業者はストレート層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の20%以上としておけば、シャフトが曲げにより折損すること(ねじれがないためにシャフトが折損すること)を防ぎ得るものと理解し得ると主張する。しかしながら、原告が上記技術常識に係る証拠として提出する甲12、21及び23によっても、曲げによる折損を防止するとの観点からストレート層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の20%程度以上とすべきことが本件出願日当時の技術常識であったとの事実を認めることはできず、その他、本件出願日当時にそのような技術常識が存在したものと認めるに足りる証拠はない。
そうすると、ストレート層がシャフトの曲げ剛性及び曲げ強度を高め、曲げによる折損を防ぐ役割を果たすことが本件出願日当時の技術常識であったとしても、原告の上記主張は、ストレート層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の20%以上とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、その他、ストレート層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の20%以上とすることにより本件課題が解決されるとの本件出願日当時の技術常識を認めるに足りる証拠はないから、構成3のうちストレート層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の20%以上とするとの点については、本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。
 
ウ 構成5について
(ア) A/C≦1.8について
b 原告は、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の180%以下とすることにより【0019】に記載された効果(技量が高いゴルファーやスイングスピードが速いゴルファーにも対応できるために必要なシャフトのねじれ剛性値を得ることができるとともに、スイング時におけるグリップ部の安定性が向上するとの効果)が得られる結果として、細径側バイアス層を積層するだけでなく太径側バイアス層をも積層することで、単に細径部のトルクを小さくすることを回避し、デメリット(非熟練ゴルファーにとってフィーリングが硬くなったりヘッドの返り(トゥダウン)が悪くなったりすること)が生じないようにし得ることは本件出願日当時の当業者にとって自明であるとして、当該当業者は細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の180%以下とすることにより上記のデメリットを回避できるものと理解し得ると主張する。しかしながら、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の180%以下とすることにより上記のデメリットを回避し得ることが本件出願日当時の当業者にとって自明であったとの事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告の上記主張は、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の180%以下とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、その他、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の180%以下とすることにより本件課題が解決されるとの本件出願日当時の技術常識を認めるに足りる証拠はないから、構成5のうち細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の180%以下とするとの点については、本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。
(イ) 1.0≦A/Cについて
b 原告は、本件各発明は細径部のトルクを小さくすることが飛距離の安定性及び方向安定性を高めるとした甲6発明の効果を前提としつつ、更に前記(ア)bの非熟練ゴルファーにとってのデメリットを克服するとの課題を解決するものであるから、本件出願日当時の当業者は細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の100%以上とすることにより【0019】に記載された効果(技量が高いゴルファーやスイングスピードが速いゴルファーにも対応できるために必要なシャフトのねじり剛性値を得ることができるとともに、スイング時におけるグリップ部の安定性が向上するとの効果)が得られる結果として、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の100%以上とすることにより飛距離の安定性及び方向安定性が高まるものと理解し得ると主張する。しかしながら、甲6によっても、本件出願日当時の当業者において、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の100%以上とすることにより飛距離の安定性及び方向安定性が高まるものと理解し得たとの事実を認めることはできず、その他、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告の上記主張は、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の100%以上とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、その他、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の100%以上とすることにより本件課題が解決されるとの本件出願日当時の技術常識を認めるに足りる証拠はないから、構成5のうち細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の100%以上とするとの点については、本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。
 
エ 構成4について
(ア) A/B≦0.12について
b 原告は、細径側バイアス層を積層するだけでなく全長バイアス層や太径側バイアス層をも積層することにより、細径部のトルクだけが小さくなることを回避して非熟練ゴルファーにとってのデメリット(フィーリングが硬くなったりヘッドの返り(トゥダウン)が悪くなったりすること)が生じないようにし、幅広いゴルファーにとってフィーリングが良好なシャフトを実現し得ることは本件出願日当時の当業者にとって自明であるから、当該当業者は細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の12%以下とすることで、非熟練ゴルファーにとってもフィーリングが良好なシャフトを実現し得るものと理解し得ると主張する。しかしながら、本件出願日当時の当業者において、細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の12%以下とすることで、非熟練ゴルファーにとってもフィーリングが良好なシャフトを実現し得るものと理解し得たとの事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告の上記主張は、細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の12%以下とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、その他、細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の1%以下とすることにより本件課題が解決されるとの本件出願日当時の技術常識を認めるに足りる証拠はないから、構成4のうち細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の12%以下とするとの点については、本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。
(イ) 0.05≦A/Bについて
b 原告は、本件各発明は細径部のトルクを小さくすることが飛距離の安定性及び方向安定性を高めるとした甲6発明の効果を前提としつつ、更に非熟練ゴルファーにとってのデメリット(フィーリングが硬くなったりヘッドの返り(トゥダウン)が悪くなったりすること)を克服するとの課題を解決するものであり、加えて、本件各発明におけるA/Bに係る0.05以上0.12以下との数値範囲が実施例1におけるA/B(0.08)をほぼ中央値とするものであることも併せ考慮すると、本件出願日当時の当業者は細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の5以上とすることで、上記のデメリットを回避しつつ、飛距離の安定性及び方向安定性を高め得るものと理解し得ると主張する。しかしながら、甲6によっても、本件出願日当時の当業者において、細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の5%以上とすることにより上記のデメリットを回避しつつ、飛距離の安定性及び方向安定性を高め得るものと理解し得たとの事実を認めることはできず、その他、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、本件各発明におけるABに係る0.05以上0.12以下との数値範囲が実施例1におけるA/B(008)をほぼ中央値とするものであることを考慮しても、原告の上記主張は、細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の5%以上とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、その他、細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の5%以上とすることにより本件課題が解決されるとの本件出願日当時の技術常識を認めるに足りる証拠はないから、構成4のうち細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の5%以上とするとの点については、本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。
 
オ 原告のその余の主張(決定取消事由の1(構成2ないし5に係るもの)に関連するもの)について
(イ)原告は、本件出願日当時の当業者は本件明細書の記載により、本件各発明の構成要件を充足し、その他の条件につき当該当業者が技術常識の範囲内で決定したシャフトであれば、その飛距離及び方向が比較例1のシャフトにおける飛距離及び方向と比較してより安定したものとなることを容易に理解し得ると主張する。しかしながら、前記アないしエにおいて説示したところに照らすと、仮に本件各発明の課題が飛距離及び方向において比較例1のシャフトよりも安定したシャフトを得ることであるとしても、実施例1及び比較例1を含む本件明細書の発明の詳細な説明の記載により、本件出願日当時の当業者において、本件各発明の構成要件を充足するシャフトであれば当該課題を解決できると認識できると認めることはできないというべきである。
 
カ 小括
以上のとおり、本件各発明(構成2ないし5)については、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により本件出願日当時の当業者が本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえず、かつ、当該当業者が本件出願日当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえないから、原告が主張するその余の点について判断するまでもなく、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たすということはできない。したがって、これと同旨の本件決定の判断に誤りはない。
2 結論
以上の次第であるから、原告の請求は理由がない。
 
【所感】
 原告は構成1ないし構成5により課題が解決されることは出願日当時の技術常識をもってすれば当業者にとって自明であることを主張している。実施例1は構成1ないし構成5を備え、比較例1は構成1と構成5を備えるが、各構成のパラメータの上限および下限を採用した実施例が不足しているように感じられた。
 パラメータ特許については、数値や用語の特定が発明の解決しようとする課題と関係していないとして、審査段階において不明確やサポート要件違反と判断される例が散見される。
 トマト含有飲料事件(平成28年(行ケ)第10147号 審決取消請求事件)においては、いわゆるパラメータ発明において、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するためには、発明の詳細な説明は、その変数が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が、特許出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか、又は、特許出願時の技術常識を参酌して、当該変数が示す範囲内であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である、と示されている。
パラメータを構成に含める際には、具体例を詳細に記載しなければならないことが改めて示された判例だと思われた。