コークス炉炭化室の診断方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2013.11.28
事件番号 H25(行ケ)10063
担当部 知財高裁 第4部
発明の名称 コークス炉炭化室の診断方法
キーワード 発明の明確性
事案の内容 拒絶査定不服審判で発明の明確性(特許法第36条第6項第2号)違反として拒絶審決を受けた出願人が取り消しを求め、請求が認容されて拒絶審決が取り消された事案。
発明の解決課題及びその解決手段、その他当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項は、実施可能要件の適合性において考慮されるべきものであって、発明の明確性要件の問題ではないと判断した点がポイント。

事案の内容

<本願発明(特願2007-186219号)>

[請求項1] 炉壁間距離測定手段を用いて,コークス炉炭化室の任意の高さにおける長さ方向複数位置の炉壁間距離をコークス製造毎に測定することによって実測炉壁間距離変位線を求め,

前記実測炉壁間距離変位線に基づいてカーボン付着や欠損による炉壁表面の変位を均すことにより前記実測炉壁間距離の平準化変位線を求め,

前記平準化変位線と前記実測炉壁間距離変位線とによって囲まれた面積の総和をコークス製造毎に求め,

前記面積の総和の変化に基づいて,炉壁状態の変遷を診断することを特徴とするコークス炉炭化室の診断方法。

<本件審決の理由の要旨>

本願発明1において,実測炉壁間距離の平準化変位線を求めるために行う「カーボン付着や欠損による炉壁表面の変位を均す」との記載は明確であるとはいえないから,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に適合せず,同条項に規定する要件を満たしていないため,同法49条4号に該当し,拒絶をすべきものである。

<被告の主張>

被告は,「均す」又は「平準化」の用語の意味自体の明確性を争うものではない。たとえ「均す」の用語の意味が明らかであるとしても,「カーボン付着や欠損による炉壁表面の変位を均す」なる記載全体については,その具体的な方法(操作)が明らかでなく,明確性を欠くとしたものである。(中略),炉壁の様々な劣化状態を詳細に観察することやその状態を特定する手段がなかったというこの分野における従来の状況を踏まえれば,「カーボン付着や欠損による炉壁表面の変位を均す」際の均し方の方法や基本的な指標等を何ら特定することなく,単に「カーボン付着や欠損による炉壁表面の変位を均す」と記載しただけでは,本件出願当時の技術常識を考慮しても,具体的にどのような方法,指標・指針・考え方に基づいて行われるのかが明らかではなく,技術的に十分に特定されているということはできない。

【裁判所の判断】

(1) 本件審決は,本願発明1において,実測炉壁間距離の平準化変位線を求めるために行う「カーボン付着や欠損による炉壁表面の変位を均す」との記載は明確であるとはいえないから,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に適合せず,同条項に規定する要件を満たしていない旨判断し,被告も同旨の主張をする。

しかし,「均す」という言葉自体は「たいらにする。高低やでこぼこのないようにする。」と,「平準」という言葉自体も「物価の均一をはかって,でこぼこのないようにすること。」と一般に理解されており(岩波書店「広辞苑第6版」。甲12),また,いずれの言葉も多数の特許請求の範囲の記載で使用されている技術用語であること(甲13~23)は当事者間に争いがないことを考慮すれば,本願発明1における「平準化変位線」について,当業者は,実測炉壁間距離変位線に基づいて「カーボン付着や欠損による炉壁表面の変位」を「たいらにする。高低やでこぼこのないようにする。」ことによって求めるものであると認識し,かつ,本願発明1が,こうして求めた平準化変位線と実測炉壁間距離変位線とによって囲まれた面積の総和をコークス製造毎に求め,上記面積の総和の変化に基づいて,炉壁状態の変遷を診断するものであることを理解することができるから,本願発明1の「カーボン付着や欠損による炉壁表面の変位を均す」との記載の技術内容自体は明確である

したがって,本願発明1の特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が明確であるということができる。

(2) 被告は,この点について,本願明細書の段落【0003】にあるように,炉壁の様々な劣化状態を詳細に観察することやその状態を特定する手段がなかったというこの分野における従来の状況を踏まえれば,「カーボン付着や欠損による炉壁表面の変位を均す」際の均し方の方法や基本的な指標等を何ら特定することなく,単に「カーボン付着や欠損による炉壁表面の変位を均す」と記載しただけでは,本件出願当時の技術常識を考慮しても,具体的にどのような方法,指標・指針・考え方に基づいて行われるのかが明らかではなく,技術的に十分に特定されているということはできない旨主張する。

しかし,本願発明1の「カーボン付着や欠損による炉壁表面の変位を均す」との記載の技術内容自体は明確であり,本願発明1の特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が明確であるということができることは,前記(1)のとおりである。

そして,「カーボン付着や欠損による炉壁表面の変位を均す」ための具体的な方法,指標・指針・考え方を発明特定事項としていないからといって,本願発明1が不明確となるものではない。発明の解決課題及びその解決手段,その他当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項(特許法施行規則24条の2)は,特許法36条4項の実施可能要件の適合性において考慮されるべきものであって,発明の明確性要件の問題ではないと解される

したがって,被告の上記主張は採用することができない。

【所感】

本判決では、『「カーボン付着や欠損による炉壁表面の変位を均す」ための具体的な方法,指標・指針・考え方を発明特定事項としていないからといって,本願発明1が不明確となるものではない』と判断しており、この判断は妥当である。ただし、本件明細書では、平準化変位線の求め方について具体的に開示されていないため、実施可能要件について判断された場合に問題になる可能性が高いと考える。本件のように、発明の明確性のみの拒絶理由について裁判まで争うことは出願人にとって費用および時間などの面から大きな負担となるため、特許庁の審査や審判の段階で、発明の明確性要件(特許法第36条第6項第2号)と実施可能要件(特許法第36条第4項)とが混同して判断されることなく、各要件について適切に判断されることを期待する。