グラップルバケット装置特許権侵害差止等請求事件

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判決日 2024.10.18
事件番号 R4(ワ)70058
担当部 東京地裁民事第29部
発明の名称 グラップルバケット装置
キーワード クレーム解釈、均等侵害
事案の内容 本件は、特許権侵害差止等請求事件であり、原告の請求はいずれも棄却された。

事案の内容

【手続の経緯】

平成23年9月28日 特許出願 特願2011-212598号

平成27年9月 4日 補正

平成28年4月 8日 設定登録(特許第5911250号)

 被告製品は、本件特許に係る発明の技術的範囲に属するから、本件特許権を侵害すると主張して、請求(差止め、廃棄、支払い)が原告よりされた。

【事件の概要】

1.本件特許の特許請求の範囲

 なお、鉤括弧で括った部分は、本件補正によって追加、変更された部分である。また、同第3段落中の「則縁」は、「側縁」の誤記である。)。

【請求項1】

 上下方向に回動する建設機械のアームの先端部に、上下方向に回動可能に、かつアームの延長方向の軸心にたいして回動可能にして設けたバケットと、このバケット「の両側壁に隣接して位置し、両側壁」の開口面との間で木材等の被グラップル材をグラップルできるグラップル部材を、バケットの開口基端部に、バケットの開口部を閉じる方向に回動可能に枢支してなるグラップル装置と、を設けたグラップルバケット装置において、

 バケットの一方の側壁部に、上記バケットの両側壁の開口面とグラップル部材との間でグラップルした被グラップル材を切断する切断装置を設け、

 この切断装置は、バケットの側壁の外側あるいは内側の一方側に位置してバケットの開口縁から離れた位置からバケットの側壁に沿う位置にわたって側壁に沿う方向に回動し、かつバケットの開口縁側に対向する側の則縁に切刃を有してバケットの開口基端部に枢支された切断刃と、上記切断刃の回動基部に連結し「て上記切断刃を回動させる」油圧シリンダとからなり、

 「切断刃の切刃を、切断刃の回動中心と油圧シリンダの連結点を結ぶ線に対して切断刃の切断方向側にずれた位置に設けるとともに、この切刃の切断方向への回動方向に対して後方へ円弧状に反らせたことを特徴とする」

 グラップルバケット装置。

 

2.本件発明の構成要件の分説

 本件発明は、次のとおりの構成要件に分説することができる(以下、各構成要件につき、頭書の符号に従って「構成要件A」などといい、構成要件D1及びD2を併せて「構成要件D」ということがある。なお、「則縁」に係る誤記を「側縁」と修正した後の表現に基づいて、構成要件Cを認定した。)。

 

A     上下方向に回動する建設機械のアームの先端部に、上下方向に回動可能に、かつ

アームの延長方向の軸心にたいして回動可能にして設けたバケットと、このバケットの両側壁に隣接して位置し、両側壁の開口面との間で木材等の被グラップル材をグラップルできるグラップル部材を、バケットの開口基端部に、バケットの開口部を閉じる方向に回動可能に枢支してなるグラップル装置と、を設けたグラップルバケット装置において、

B     バケットの一方の側壁部に、上記バケットの両側壁の開口面とグラップル部材と

の間でグラップルした被グラップル材を切断する切断装置を設け、

C     この切断装置は、バケットの側壁の外側あるいは内側の一方側に位置してバケッ

トの開口縁から離れた位置からバケットの側壁に沿う位置にわたって側壁に沿う方向に回動し、かつバケットの開口縁側に対向する側の側縁に切刃を有してバケットの開口基端部に枢支された切断刃と、上記切断刃の回動基部に連結して上記切断刃を回動させる油圧シリンダとからなり、

D1   切断刃の切刃を、切断刃の回動中心と油圧シリンダの連結点を結ぶ線に対して切

断刃の切断方向側にずれた位置に設けるとともに、

D2   この切刃の切断方向への回動方向に対して後方へ円弧状に反らせた

E     ことを特徴とするグラップルバケット装置。

 

※以下、下線は筆者が付した。

【被告製品の構成】

a     上下方向に回動する建設機械(1′)のアーム(3′)の先端部に、上下方向に

回動可能に、かつアーム(3′)の延長方向の軸心にたいして回動可能にして設けたバケット(22′)と、このバケット(22′)の両側壁に隣接して位置し、両側壁の開口面との間で木材等の被グラップル材をグラップルするグラップル部材(15a′、15b′)を、バケット(22′)の開口基端部に、バケット(22′)の開口部を閉じる方向に回動可能に枢支してなるグラップル装置(9′)と、を設けたグラップルバケット装置(21′)である。

b     バケットの側壁(22a′)に、上記バケットの両側壁の開口面とグラップル部

材との間でグラップルした被グラップル材を切断する切断装置(23′)を設けている。

c     この切断装置(23′)は、バケットの側壁(22a′)の内側に位置してバケ

ット(22′)の開口縁から離れた位置から側壁に沿う位置にわたって側壁に沿う方向に回動し、かつバケットの開口縁側に対向する側の側縁に切刃(25a′)を有してバケット(22′)の開口基端部に枢支された切断刃(25′)と、上記切断刃を回動させる油圧シリンダ(26′)からなる。

d     切断刃(25′)の切刃(25a′)を、切断刃(25′)の回動中心と上記油

圧シリンダの連結点を結ぶ線に対して切断刃(25′)の切断方向側にずれた位置に設けており、切断刃の切刃は、その刃渡りの基端側のほぼ半分(L1)まで上記切断刃の回動中心と油圧シリンダの連結点を結ぶ線とほぼ平行に直線状に延び、残りの半分(L2)は傾斜角(α)約150度でこの切刃の切断方向への回動方向に対して直線状に後方へ折れている。

e     グラップルバケット装置である。

 

【原告の主張】

ア 本件特許の出願前には、本件発明に係る「グラップルした被グラップル材を切断できるようにしたグラップルバケット装置」は存在せず、本件発明は革新的なパイオニア発明であるから、「グラップルした被グラップル材を切断できるようにしたグラップルバケット装置」であること自体が、従来技術にはなかった本件発明の本質的部分(従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴部分)である。

 すなわち、本件発明の技術的思想の本質は、「地面の掘削と木材のグラップルの双方を行うことができ、特に木材をグラップルした状態で建設機械を走行することにより、木材を所定の場所に集積すること」(【0014】)を可能にする「グラップルバケット装置」において、「切断装置」により、「グラップルした木材等の被グラップル材をグラップルした状態で切断することができるようにして、伐採後の被グラップル材や伐採前の立木を簡単に切断及び伐採できて、上記作業員の負担を軽減できると共に、グラップル装置にてグラップルした被グラップル材を搬送する前に、これが長尺の場合にはグラップルした状態であらかじめ切断することにより、被グラップル材が他のものに接触する等のトラブルが生じることなく搬送できるように」(【0019】)したという、従来技術にない効果をもたらしたことにある。

 この本件発明の技術的思想の本質からすると、本件発明の構成要件B、C及びDは、「切断装置」が、「地面の掘削と木材のグラップルの双方を行うことができ、特に木材をグラップルした状態で建設機械を走行することにより、木材を所定の場所に集積すること」を可能にするという「グラップルバケット装置」本来の機能を害することなく、「グラップルした木材等の被グラップル材をグラップルした状態で切断することができるように」するように限定している。そして、本件発明のグラップルバケット装置は、木材をグラップルした状態で建設機械を走行することを妨げるものであってはならず、更に立木の伐倒作業が切断刃で行えるものでなければならない(【0018】等)。

 そのため、本件発明においては、木材をグラップルした状態で建設機械が走行できるように、構成要件C及びDで切断装置における切断刃の位置、回動する態様、その形状が定められており、また、切断力の観点からも、引き切り作用によって切断力を補うため、構成要件D1の「切断刃の切刃を、切断刃の回動中心と油圧シリンダの連結点を結ぶ線に対して切断刃の切断方向側にずれた位置に設ける」との構成に限定されている。

イ 被告製品の「切断刃の切刃は、その刃渡りの基端側のほぼ半分(L1)まで上記切断刃の回動中心と油圧シリンダの連結点を結ぶ線とほぼ平行に直線状に延び、残りの半分(L2)は傾斜角(α)約150度でこの切刃の切断方向への回動方向に対して直線状に後方へ折れている」との構成(構成d)は、グラップルする際に障害を生ずることなく、「地面の掘削と木材のグラップルの双方を行うことができ、特に木材をグラップルした状態で建設機械を走行することにより、木材を所定の場所に集積すること」を害さず、また「グラップルした木材等の被グラップル材をグラップルした状態で切断することができる」ものであって、本件発明の本質的部分を変更するものでないことは明白である。

ウ 以上によれば、被告製品は第1要件を充足する。

 

【当裁判所の判断】

2 争点1-1(構成要件Dの充足性)について

(1) 構成要件D2の「回動方向に対して後方へ円弧状に反らせた」の意義について

 証拠(甲12、乙1)によれば、「円弧」とは「円周の一部分」との意味を、「状」とは「すがた、ありさま」及び「名詞に付いて、…のような形である、…に似たようすである」との意味を、「反る」とは「物が弓なりにまがる」との意味を、それぞれ有する語であると認められる。

 また、本件明細書の【図7】に示されている切断刃の形状は、切刃部分全体が曲線によって構成されているものと認められる。以上の「円弧」、「状」及び「反る」の通常の用語の意味並びに本件明細書の記載に照らせば、構成要件D2の「円弧状」とは、全体が曲線によって構成されている円周の一部分のような形を意味するものであり、同「円弧状に反らせた」とは、円周の一部分のような形で弓なりに曲がる形状を意味すると解するのが相当である。

(2) 被告製品の構成及びあてはめについて

 前提事実(4)イのとおり、被告製品の切断刃の切刃の形状は、「その刃渡りの基端側のほぼ半分(L1)まで上記切断刃の回動中心と油圧シリンダの連結点を結ぶ線とほぼ平行に直線状に延び、残りの半分(L2)は傾斜角(α)約150度でこの切刃の切断方向への回動方向に対して直線状に後方へ折れている」、すなわち二つの直線が鈍角に交差するような形状であることが認められる。

 そして、二つの直線が鈍角に交差するような形状は、円周の一部分のような形で弓なりに曲がる形状とはいえないから、被告製品の切断刃の切刃の形状は、「円弧状に反らせた」ものと認めることはできない。

(3) 原告の主張について

ア 原告は、本件明細書の【図7】に示されている切断刃の形状は、単一の曲率半径を有する「円弧」ではないし、【0034】に記載された「青龍刃形」との記載からも、構成要件D2の「円弧状」は、円弧のような形と理解すべきであるから、直線で根元部分は小さな角度で下方に傾斜し、更に中央部において約150度で下方に折れている被告製品の切断刃のような形状も、これに含まれると主張する。

イ 確かに、原告が主張するとおり、前記(1)において認定した「円弧」及び「状」の通常の用語の意味に照らせば、構成要件D2の「円弧状」は、厳密な意味での真円の一部分以外の形状を含むものといえる。しかし、「状」が「ような形」を意味するとしても、構成要件D2の「円弧状」について、「円弧」が意味するところの「円周の一部分」と離れた直線に近いものまで当然に含むとまで解釈するのは無理がある。そして、前記(1)において認定したとおり、本件明細書の【図7】に示されている切断刃の形状は、切刃部分全体が曲線によって構成されているものであるところ、このような形状に限定されるとはいえないものの、少なくとも二つの直線が鈍角に交差するような切断刃の形状は、「円弧状」のものとして想定されていないと理解することができる。

 また、【0034】の「この切刃25aは押し切り受け枠24側への回動方向に対して後退する方向に円弧状に反られていて、いわゆる青龍刃形になっている。」との記載についても、本件明細書には「青龍刃形」との語が具体的にどのような形状を表しているのかを示す記載はないから、結局のところ、当該記載は、切刃の形状が「円弧状」であることを説明しているにすぎないと解される。したがって、「青龍刃形」との記載を根拠として、構成要件D2の「円弧状」が二つの直線が鈍角に交差するような形状を含むものと解釈することはできない。

 さらに、本件明細書には、構成要件D2の「円弧状」について、全体が曲線によって構成されている形状以外のもの、特に被告製品の切断刃のごとく二つの直線が鈍角に交差するような形状のものまでも含まれることを示す記載は、何ら存在しない。そうすると、構成要件D2の「円弧状」は、その通常の用語の意味及び本件明細書の記載に照らせば、厳密な意味での真円の一部分以外の形状を含むものの、全体が曲線によって構成されている必要があるというべきである。

ウ このほか、原告は、本件発明の作用効果に基づいて種々の主張をするが、特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず(特許法70条1項)、これまで検討してきたとおり、被告製品の構成は、特許請求の範囲に記載された構成要件D2を充足しない以上、争点1-2の均等侵害の全ての要件の検討を経ることなく、同じ作用効果を奏することのみをもって、本件発明の権利範囲に属するものと解することはできないから、同主張はいずれも失当というべきである。

エ したがって、被告の前記主張を採用することはできない。

(4) まとめ

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被告製品は構成要件Dを充足するとは認められない。

 

3 争点1-2(均等侵害の成否)について

(1) 判断基準

ア 特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、①同部分が特許発明の本質的部分ではなく、②同部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、③上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、④対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、同対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。

イ また、前記ア①の要件(第1要件)における特許発明における本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきであり、特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて、特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で、特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。すなわち、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載、特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり、そして、従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には、特許請求の範囲の記載の一部について、これを上位概念化したものとして認定されるが、従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には、特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されると解される。

 ただし、明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には、明細書に記載されていない従来技術も参酌して、当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような場合には、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ、より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり、均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。

(2) 第1要件について

ア 前記(1)の判断基準に基づいて、本件発明の本質的部分について検討する。(ア) 本件明細書には、特開平11-36355号公報にて知られる従来のグラップルバケット装置では、グラップルした木材が長尺である場合、これをグラップルした状態での搬送中に、この木材が林道脇の木立に接触して搬送不能になってしまうことがあるため、所定以上の長さを有する木材をチェーンソー等の切断装置を用いて作業員が所定の長さに切断しなければならず、作業員の負担になっていたほか、立木の伐採作業を行うことができなかったとの課題があったとの記載がある(【0002】ないし【0018】)。そして、本件明細書において、本件発明は、上下方向に回動する建設機械のアームの先端部に、上下方向に回動可能に、かつアームの延長方向の軸心に対して回動可能にして設けたバケットと、このバケットの両側壁に隣接して位置し、両側壁の開口面との間で木材等の被グラップル材をグラップルできるグラップル部材を、バケットの開口基端部に、バケットの開口部を閉じる方向に回動可能に枢支してなるグラップル装置と、を設けたグラップルバケット装置において、バケットの一方の側壁部に、上記バケットの両側壁の開口面とグラップル部材との間でグラップルした被グラップル材を切断する切断装置を設け、この切断装置は、バケットの側壁の外側あるいは内側の一方側に位置してバケットの開口縁から離れた位置からバケットの側壁に沿う位置にわたって側壁に沿う方向に回動し、かつバケットの開口縁側に対向する側の側縁に切刃を有してバケットの開口基端部に枢支された切断刃と、上記切断刃の回動基部に連結して上記切断刃を回動させる油圧シリンダとからなり、切断刃の切刃を、切断刃の回動中心と油圧シリンダの連結点を結ぶ線に対して切断刃の切断方向側にずれた位置に設けるとともに、この切刃の切断方向への回動方向に対して後方へ円弧状に反らせたとの構成を採用することにより(【0020】)、グラップル装置でグラップルした木材等の被グラップル材をグラップルした状態で切断することができるようにし、作業員の負担を軽減すると共に、グラップル装置でグラップルした被グラップル材を搬送する前に、これが長尺の場合にはグラップルした状態であらかじめ切断することにより、被グラップル材が他の物に接触する等のトラブルが生じることなく搬送できるようにして(【0019】)、従来技術が有していた課題を解決するもの(【0024】ないし【0026】)とされている。

(イ) その一方で、本件出願の日の前である平成20年6月12日に公開された甲27文献の記載によれば、同文献には、「走行機構の上に水平方向へ回動し得る旋回体が搭載され、該旋回体から延びる起伏可能なブーム機構を備え、該ブーム機構の先端に作業装置が装着されたショベル型掘削機の構造を有し、前記作業装置は、前記ブーム機構先端部の軸線回りに回転可能に支持された可動体と、該可動体を前記軸線回りに回転させるための軸転駆動部と、前記可動体を前記ブーム機構に対し前記起伏面に沿って回動させるための縦振り駆動部と、前記可動体を前記起伏面に垂直で且つ前記ブーム機構先端部の軸線を含む面に沿って回動させるための横振り駆動部と、前記可動体に支持された開閉駆動可能な把持部と、該把持部の開閉動に沿う面に対向して配置され、該面に沿う方向に揺動駆動される切断装置とを備えていることを特徴とする枝切り走行装置」(請求項1及び【0008】)及び「前記可動体が、パワーショベル又はバックホーのバケットを備え、前記把持部は該バケットの開口縁における一方の側部に設けられ、前記切断装置は前記バケットの開口縁における他方の側部に設けられていることを特徴とする」枝切り走行装置(請求項3及び【0010】)が開示されていることが認められ、さらに、切断装置の具体例として、チェーンソー及びナイフ状カッター(【0026】ないし【0031】、【図5】及び【図6】。両図面については別紙甲27文献図面目録参照)が開示されていることも認められる。

(ウ) 前記(イ)によれば、本件特許の出願時において、グラップルバケット装置において、グラップルした木材が長尺である場合、所定以上の長さを有する木材をチェーンソー等の切断装置を用いて作業員が所定の長さに切断しなければならないとの課題については、甲27文献において開示された従来技術によって解決することが可能であったから、本件明細書において従来技術が解決できなかった課題として記載されているところは、出願時の従来技術に照らして客観的に不十分であると認められる。そうすると、本件発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分を認定するに当たり、甲27文献に記載されている技術的事項も参酌することが許されるというべきである。

(エ) 前記(ウ)において検討したところによれば、本件特許の出願前に、甲27文献において、一方の側部に把持部、他方の側部に切断装置が装着されているバケットを備えた枝切り走行装置が開示されていたと認められるから、本件発明と従来技術との相違は、当該切断装置の構成に係る部分にすぎず、グラップルした被グラップル材を切断できるようにしたグラップルバケット装置であること自体ではないと認められる。そうすると、従来技術と比較して本件発明の貢献の程度が大きいと評価することはできないから、本件発明の本質的部分については、これを上位概念化したものとして認定することはできず、特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されるというべきである。

 したがって、前記(ア)及び(イ)に照らし、本件発明における従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は、グラップル装置に設けられた切断装置について、バケットの側壁の外側あるいは内側の一方側に位置してバケットの開口縁から離れた位置からバケットの側壁に沿う位置にわたって側壁に沿う方向に回動し、かつバケットの開口縁側に対向する側の側縁に切刃を有してバケットの開口基端部に枢支された切断刃と、上記切断刃の回動基部に連結して上記切断刃を回動させる油圧シリンダとからなり、切断刃の切刃を、切断刃の回動中心と油圧シリンダの連結点を結ぶ線に対して切断刃の切断方向側にずれた位置に設けるとともに、この切刃の切断方向への回動方向に対して後方へ円弧状に反らせたとの構成、すなわち構成要件C及びDに係る構成を採用することによって、回動中心から遠い部分でも、刃先が対象物に当たる傾き角度θの値を大きく保つことで、引き切り作用を保ちスムーズな切断効果を発揮できるようにしたことと認めるのが相当である。

イ 前記2のとおり、被告製品は構成要件D2を充足するとは認められないところ、前記アのとおり、本件発明の構成要件C及びDに係る構成を採用することによって、回動中心から遠い部分でも、刃先が対象物に当たる傾き角度θの値を大きく保つことで、引き切り作用を保ちスムーズな切断効果を発揮できるようにしたことが本件発明の本質的部分であるから、被告製品が本件発明の本質的部分を備えているとは認められず、本件発明と被告製品とが異なる部分が本件発明の本質的部分ではないとはいえない。

したがって、被告製品は第1要件を充足しない。

(3) まとめ

 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被告製品は、本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとはいえず、本件発明の技術的範囲に属するものと解することはできない。

 

【所感】

 被告製品の切断刃の形状は直線の形状であるため、請求項1の「円弧上に反らせた」ものと認められないとの裁判所の判断は妥当だと考える。また、均等侵害について、グラップルした木材を切断できるようにした装置が発明の本質的部分であるとの原告の主張についても、公開公報の存在により認められないとする裁判所の判断は妥当だと考える。

 出願時に、請求項にて、刃の形状について、原告の「円弧上に反らせた」形状と、被告製品の直線の形状とを含むように規定することが望ましかったと思う。また、明細書に、切刃を円弧にすることの作用・効果の詳細な記載があれば、均等論を主張し易くなったはずであり、少なくとも、この作用・効果の詳細な説明を記載しておくことが望ましかったように思う。

 なお、裁判所の均等の第1要件について示された内容は、マキサカルシトール事件(平成27年(ネ)第10014号)にて示された内容を踏襲したものである。