ガスセンサ素子及びその製造方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2016.06.09
事件番号 H27(行ケ)第10126号
担当部 知的財産高等裁判所第3部
発明の名称 ガスセンサ素子及びその製造方法
キーワード 容易想到性
事案の内容  本件特許:特許第5104744号
 本件は、特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消訴訟であり、原告の請求が認められ、審決が取り消された事案である。
 容易想到性の判断において、点がポイント。

事案の内容

【経緯】
(1)原告: 無効審判請求(無効2014-800031号)
(2)被告: 訂正請求
(3)特許庁:訂正を認め、原告の無効審判請求を棄却

 

【本件発明】
・本件発明1(訂正後の請求項1,下線が訂正箇所)
[請求項1]
 固体電解質シートの両表面の互いに対向する位置に一対の電極を設けてなるガスセンサ素子において、
 上記固体電解質シートは、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなるアルミナシートに設けた充填用貫通穴内に、酸素イオン導電性を有するジルコニア材料からなるジルコニア充填部を配設してなり、
 上記一対の電極は、上記ジルコニア充填部の両表面に設けてあり、
 上記アルミナシートの両表面には、該アルミナシートよりも薄く、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層が積層してあり、
 該一対の表面アルミナ層には,上記ジルコニア充填部の配設箇所に対応して開口用貫通穴が設けてあり、
 該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあって、該開口用貫通穴から上記電極が露出し、且つ、該開口用貫通穴の周縁部は、上記ジルコニア充填部の両表面における外縁部に重なっていることを特徴とするガスセンサ素子。

 

・本件発明2(訂正後の請求項2)
[請求項2]
 請求項1において、上記ガスセンサ素子は、上記ジルコニア充填部を配設した2枚の上記アルミナシートを、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなるスペーサを介して積層してなり、
 該スペーサによって、上記2枚のアルミナシートにおける上記ジルコニア充填部に対応する位置に、被測定ガスを導入するためのチャンバーを形成したことを特徴とするガスセンサ素子。

 

・本件発明3(訂正後の請求項3)
[請求項3]
 固体電解質シートの両表面の互いに対向する位置に一対の電極を設けてなるガスセンサ素子を製造する方法において、
 電気絶縁性を有するアルミナ材料を用いて、充填用貫通穴を有するアルミナシートを形成し、
 酸素イオン導電性を有するジルコニア材料からなり、上記充填用貫通穴の形状に沿った形状のジルコニアシートを、上記充填用貫通穴内に配置し、
 上記ジルコニアシートの両表面における外縁部に重なる状態で、且つ、上記電極を露出した状態で、上記アルミナシートの両表面に電気絶縁性を有するアルミナ材料からなり、上記電極を露出させるための開口用貫通穴を有する一対の表面アルミナ層を配置して、シート体を形成し、
 該シート体を焼成することを特徴とするガスセンサ素子の製造方法。

 

【争点となった取消事由】
(1)取消事由4-1:
  本件発明1について、甲2発明および甲3技術に基づく容易想到性判断の誤り
(2)取消事由4-4:
  本件発明2について、甲2発明および甲3技術に基づく容易想到性判断の誤り
(3)取消事由4-5:
  本件発明3について、甲2発明および甲3技術に基づく容易想到性判断の誤り

 

【判決において引用されている発明・技術】
①甲2:特開2007-278941号公報
②甲3:特開2004-93207号公報
③甲5:特開2003-240750号公報
④甲7:特開2007-85946号公報

 

【審決で認定された一致点・相違点】
(1)本件発明1と甲2発明との一致点・相違点の概要
<一致点>
 固体電解質シートの両表面の互いに対向する位置に一対の電極を設けてなるガスセンサ素子において、上記固体電解質シートは、…アルミナシートに設けた充填用貫通穴内に、…ジルコニア材料からなるジルコニア充填部を配設してなり、上記一対の電極は,上記ジルコニア充填部の両表面に設けてある、ガスセンサ素子。
<相違点>
 上記アルミナシートの両表面には、該アルミナシートよりも薄く,電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層が積層してあり、
 該一対の表面アルミナ層には、上記ジルコニア充填部の配設箇所に対応して開口用貫通穴が設けてあり、
 該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあって、該開口用貫通穴から上記電極が露出し、且つ、該開口用貫通穴の周縁部は、上記ジルコニア充填部の両表面における外縁部に重なっている点。

 

(2)本件発明3と甲2発明との一致点・相違点の概要
<一致点>
 固体電解質シートの両表面の互いに対向する位置に一対の電極を設けてなるガスセンサ素子を製造する方法において、…充填用貫通穴を有するアルミナシートを形成し、…上記充填用貫通穴の形状に沿った形状のジルコニアシートを,上記充填用貫通穴内に配置し、上記ジルコニアシートの両表面における外縁部に重なる状態で、上記アルミナシートの両表面に…一対の表面アルミナ層を配置して、シート体を形成し、該シート体を焼成するガスセンサ素子の製造方法。
<相違点>
 甲2発明においては、「表面アルミナ層」が開口用貫通穴を有していない点。

 

【裁判所の判断】
2 取消事由4−1(本件発明1について、甲2発明(1)及び甲3技術に基づく容易想到性判断の誤り)について

…甲2発明(1)…と前記1のとおりの本件発明1とを対比すれば、両者の間には、本件審決が認定したとおりの一致点及び相違点があるものと認められる。
 そこで、甲3技術を適用することにより,…相違点に係る本件発明1の構成…とすることが,本件出願当時の当業者において容易に想到し得たものといえるか否かについて検討する。
…甲3、5及び7の記載によれば、本件出願当時、積層タイプのガスセンサ素子において、これを構成する各未焼成シートをアルミナからなる接着剤を介して積層することは、当業者にとって周知の技術であったものと認められ…甲2発明(1)において、未焼成シートの積層に当たり,圧着ではなく甲3技術の接着剤を用いた接合方法を採用することに,格別の困難があったものとはいえない。
 加えて, …甲3技術は,導体層の平坦部と略面一の状態となるように接着剤を塗布することにより,各未焼成シートと各未焼成スペーサとの間に局所的な加重が加わることを防止し,各未焼成シート又は各未焼成スペーサに亀裂が発生することを防止するというものであるところ、甲2発明(1)においても、第1電極404及び第2電極406によって生じる段差によって,第2基体403,絶縁部材405,保護層407に亀裂が発生するおそれがあることは,甲3のガスセンサ素子の場合と同様であるから,甲2及び甲3に接した当業者であれば,甲2発明(1)においても、上記のような亀裂の発生を防止すべく甲3技術を適用しようとする動機付けがあるというべきである。
 したがって,甲2発明(1)に甲3技術を適用し,…各電極の周縁に接するように,かつ,各電極の平坦部と略面一の状態になるようにアルミナからなる接着剤を塗布して段差を解消し,平坦化を図った上で上記403ないし407の各層を積層することは,当業者が容易に想到し得たことというべきである。
 …甲2発明(1)に甲3技術を適用することは、当業者が、容易に想到し得たことといえるところ,その結果得られるガスセンサ素子において,絶縁部材405の両面に形成されるアルミナからなる接着剤の層(以下「本件アルミナ接着剤層」という。)は,本件発明1の表面アルミナ層に相当するものといえる。
 …本件審決は,本件発明1の表面アルミナ層に設けられた開口用貫通穴は「上記電極よりも大きな形状に形成してある」との構成について,電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴が電極よりも大きな形状に形成してあることを意味すると解釈した上で,本件アルミナ接着剤層は,第1電極404及び第2電極406の側面に接して形成されているから,「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してある」との構成を満たさない旨判断した。
 しかしながら,…表面アルミナ層の開口用貫通穴の側面とその内側に配置される電極の側面が隙間なく接する構成(電極の側面が露出しない構成)においても,開口用貫通穴の内側に電極が配置されるものである以上,開口用貫通穴の内周は,電極の外周よりも大きな形状となっているはずである。なぜなら,開口用貫通穴の内周と電極の外周が全くの同一形状であるとすれば,開口用貫通穴の内側に電極を配置することは物理的にできないはずだからである。
 したがって,開口用貫通穴の大きさについて,「電極よりも大きな形状」との文言から直ちに「電極の側面が露出する程度」のものであるとの解釈が導き出されるものではなく,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載から,本件審決の上記解釈が根拠付けられるものとはいえない。
 …本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1について,表面アルミナ層の開口用貫通穴が電極の側面が露出する程度に電極よりも大きな形状であることを要する旨の記載はなく,また、…本件発明1が奏する作用効果(ガスセンサ素子の早期活性化と共に,強度向上を図ることができること及びジルコニア充填部が充填用貫通穴内から抜け出してしまうことを防止すること)との関係からみても,電極の側面が露出する態様のものに限定されるべき理由はない。
 他方,図4に示されたガスセンサ素子は,実施例の一態様を示すものにすぎないから,当該図面に表面アルミナ層の開口用貫通穴351の内周と電極の外周との間に隙間が形成されている態様が示されているからといって,直ちに本件発明1の構成が当該態様のものに限定されると解すべきものとはいえない。
 …さらに,本件審決は,「ガスセンサ素子において,電極はできる限り広い面積で測定ガスに接することが好ましいことが技術常識であること」を前記解釈の根拠とする。
 しかしながら,上記のような技術常識があるからといって,本件発明1のガスセンサ素子における電極が,常にその上面のみならず側面まで露出するものであることを要するとの解釈が直ちに導き出されることにはならない。
 …以上によれば,本件発明1の表面アルミナ層に設けられた開口用貫通穴は「上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成について,電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴が電極よりも大きな形状に形成してあることを意味するとした本件審決の解釈は,根拠を欠くものであって誤りであり,これを前提とする本件審決の前記判断も誤りというべきである。

 

3 取消事由4-4 ―省略-

 

4 取消事由4-5(本件発明3について、甲2発明(2)および甲3技術に基づく容易想到性の判断の誤り)について

 

 …本件審決は,本件特許の特許請求の範囲の請求項3の記載において,焼成の対象となるシート体は,上記ジルコニアシートの両表面における外縁部に重なる状態で,上記アルミナシートの両表面に電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層を配置して形成したものとされていることを根拠に,当該焼成の対象となるシート体は,各表面アルミナ層のアルミナシートとは反対側の面には他の層などが形成されていないものと認められるとする。
 しかしながら,本件特許の特許請求の範囲の請求項3の記載においては,上記のようにして「シート体を形成し,該シート体を焼成することを特徴とするガスセンサ素子の製造方法」とされるのみであり,この記載からは,形成されたシート体をその後焼成することが規定されていることは明らかであるものの,その焼成の態様について何らかの限定をする趣旨を読み取ることはできず,焼成の対象となるシート体が,各表面アルミナ層のアルミナシートとは反対側の面に他の層などが形成されていないものに限定されるとの解釈を導き出すことはできない。
 …本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみると,実施例2として,2枚のシート体20をスペーサ6を介して積層するなどして積層体を形成し,その後,この積層体を焼成してガスセンサ素子を製造する方法(段落【0027】)が記載されている一方,各表面アルミナ層のアルミナシートとは反対側の面には他の層などが形成されていないシート体(すなわち,積層体ではない単体のシート体)のみを焼成することについては,何らの記載もない。
 このように,本件明細書の発明の詳細な説明においても,本件審決の上記解釈を根拠付ける記載はなく,むしろ,これと矛盾した記載がみられるものといえる。
 …以上によれば,本件発明3において焼成するシート体について,各表面アルミナ層のアルミナシートとは反対側の面には他の層などが形成されていないものに限定されるとする本件審決の解釈は誤りであり,このような解釈を前提として,甲2発明(2)に甲3技術を適用した場合において焼成するシート体は,本件発明3において焼成するシート体とは異なるものであることを理由に、甲2発明(2)及び甲3技術に基づく本件発明3の容易想到性を否定した本件審決の判断も誤りというべきである。
 …本件審決における本件発明3と甲2発明(2)の一致点・相違点の認定及び相違点に係る容易想到性の判断について,念のため付言する。
 本件審決は、…「上記ジルコニアシートの両表面における外縁部に重なる状態で,上記アルミナシートの両表面に電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層を配置して,シート体を形成」することを本件発明3と甲2発明(2)の一致点と認定…している。
 ところが,本件審決は,当該相違点に係る容易想到性の判断においては,…甲2発明(2)に甲3技術を適用し、未焼成絶縁部材405と未焼成保護層407との接合及び未焼成絶縁部材405と未焼成第2基体403との接合に接着剤を用いた結果,未焼成絶縁部材405の両面に付加的に形成されるアルミナ系接着剤の層が本件発明3の表面アルミナ層に相当することを前提として検討・判断を行っているのであり,このような判断が上記一致点・相違点の認定と整合するものであるかについては,疑問がある(本件審決が行ったような検討・判断は、甲2発明(2)には本件発明3の表面アルミナ層に相当するものが存在しないことをもって相違点と認定した場合に行われるべきものであるように思われる。)。

 

【所感】
 判決において示された、開口用貫通穴に対して電極が隙間なく配置されている構成は、開口用貫通穴が電極よりも大きい構成である、とする断定には疑問が残る。電極と開口用貫通穴が同じサイズであるときに、電極が開口用貫通穴に隙間なく嵌合する、と捉えるのが通常ではないだろうか。
 しかしながら、判決において指摘されているとおり、電極の側面を露出させることの技術的意義について明細書に記載されているとは言えない点や、本件発明3の容易想到性判断においては審決の判断にブレがある点などを鑑みると、審決の判断に誤りがあるとの判断がなされることは仕方がないとも言える。
 ただし、判決では、本件発明2については、本件発明1に対する審決の判断の誤りがあることを理由に、甲2および甲3に対する容易想到性についての判断はしていない。
本件発明2においては、電極が収容されるチャンバーが規定されている。そうすると、甲2の発明において、電極周りにチャンバーを設ける構成を組み合わせた場合、電極の外周に生じる段差を解消するためにアルミナ接着材を適用する必要性が消失し、甲3技術を適用することができなくなることになる。
 よって、本件では、審決の判断が取り消されたとは言え、本件発明2の進歩性については依然として争う余地が残されていると思われる。