オーバーヘッドホイスト搬送車事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2015.5.27
事件番号 H26(行ケ)10150
担当部 知財高裁第1部
発明の名称 オーバーヘッドホイスト搬送車
キーワード 進歩性
事案の内容 拒絶査定不服審判(不服2013-7295号)の拒絶審決に対する取消訴訟であり、審決が取り消された事案。
刊行物2発明に刊行物1記載の構成を適用させて、本願発明と刊行物2発明との相違点に係る構成とすることは、刊行物2の技術的意義を失わせることになる、との判断に基づき、これら刊行物の組み合わせによる進歩性欠如を否定した点がポイント。

事案の内容

【請求項1】

オーバーヘッドホイストを搭載したオーバーヘッドホイスト搬送車であって,

前記オーバーヘッドホイストは,移動ステージ及びこの移動ステージの下方に取り付けられカセットポッドを把持するホイスト把持部を有し,

前記オーバーヘッドホイスト搬送車は,所定経路を画定する懸架軌道に沿って吊り下げられて移動し,且つ,前記オーバーヘッドホイストを前記懸架軌道よりも下方位置に搭載し,

前記移動ステージは,前記ホイスト把持部に把持されたカセットポッドがオーバーヘッドホイスト搬送車内に位置する第1の位置と,前記ホイスト把持部に把持されたカセットポッドの全部がオーバーヘッドホイスト搬送車の外に位置する第2の位置との間で,前記ホイスト把持部を水平方向に移動させ,

前記ホイスト把持部は,前記第1の位置から前記オーバーヘッドホイスト搬送車の直下に下降してカセットポッドを取り上げ又は配置し,且つ,前記第2の位置へ移動した後に第2の位置からその直下の前記第1の位置からの下降位置とは異なる高さの位置に下降してカセットポッドを取り上げ又は配置するオーバーヘッドホイスト搬送車

 

【取消事由】

取消事由1:刊行物2発明の認定の誤り及びこれに基づく本件発明との一致点・相違点の認定の誤り

取消事由2:刊行物1事項の認定の誤り及びこれに基づく相違点1の容易想到性の判断の誤り

(本レジュメでは、取消事由2についてのみ述べる)

 

【相違点1】

本件発明では,「下方にホイスト把持部が取り付けられた移動ステージを有し,前記移動ステージは,前記ホイスト把持部に把持されたカセットポッドがオーバーヘッドホイスト搬送車内に位置する第1の位置と,前記ホイスト把持部に把持されたカセットポッドの全部がオーバーヘッドホイスト搬送車の外に位置する第2の位置との間で,前記ホイスト把持部を水平方向に移動させ,前記ホイスト把持部は,前記第1の位置及び第2の位置から異なる高さの位置に下降してカセットポッドを取り上げ又は配置する」ように構成しているのに対し,刊行物2発明では,移動ステージを有していない点。

 

【原告の主張】(取消事由2に関係する主張の一部抜粋:判決文P9~P11)

(3) 刊行物2発明への刊行物1事項の適用困難性について

審決は,「刊行物2発明における,把持具3dが下降し,移動体3の走行経路に進出した物品載置台11に載置された物品Bへ到達して物品Bを取り出すことができるようになっていることに代えて、物品載置台11が移動体3の横幅方向に固定された構造のものであれば、当然ながら横幅方向へ移動可能な保持部用移載手段を採用することは容易に想到することができ、また、垂直方向移動と横幅方向移動を兼ね備えたものも容易に想到し得る」旨判断した

(ア) しかし,いきなり「物品載置台11」を「移動体3の横幅方向に固定された構造に代える」ことを想定することは,「後知恵」によるものというほかない

・・・

(ウ) さらに,刊行物2発明は,物品を側方にある棚に移載するために,新たに物品移動手段MS(物品載置台を揺動するリンク機構10等)を設けることにより,既存技術であった単一の物品移載手段BMを使用して,保持部用移載手段BCとステーション用移載手段SCとを兼用できるという点に最も技術的特徴及び利点がある。このため,刊行物2発明について,上記物品移動手段MSに代えて,図12等の屈曲アーム20bを採用すると,上記物品移動手段MSと物品移載手段BMとの組合せが不要となり,利点及び技術的特徴が失われてしまうから,当業者がこのような手段を採用することはない。

(エ) 被告は,刊行物2発明において,①物品載置台11が移動体3の真下に移動(揺動)してきて,それに向かって把持具3dが垂直方向に降下することと,②物品載置台11が移動体3の側方に存在し,それに向かって把持具3dが水平方向に移動することとは,「二者択一」であるから,刊行物2発明において後者を採用することは,当業者が容易に想到すると主張する。しかし,刊行物2発明は①の構成である以上,あえてこれを②の構成に変更することの容易想到性を判断しなければ結論に至らないのであり,①又は②の二者択一ではないから,被告の論理は失当である。

 

【裁判所の判断】(取消事由2に関係する判断の一部抜粋:判決文P26~P30)

(1) 刊行物2発明に,把持具を水平方向に移動する構成を適用することについて

審決は,刊行物2発明の昇降部3cについて,刊行物1事項の構造を適用し,把持具3dと共に水平方向に移動させる構造(本件発明の移動ステージに相当する構成)とすることは,当業者が容易に想到し得ると判断したものである。

ア しかし,前記1(2)ア及びイのとおり,刊行物2記載の発明は,物品保持部を,搬送用空間に配置することで,搬送用空間以外の「別の空間」における物品保持スペースを可及的に低減させることを可能とするだけではなく,移動体と物品保持部との間及び移動体とステーション(加工装置)との間の物品の各移載手段をいずれも移動体側に備え,さらに,これら双方の移載手段を単一の物品移載手段で兼用することにより,設備全体として一層の構成の簡素化を図ることができるとするものである

そして,第1実施形態(刊行物2発明)は,移動体と物品保持部との間及び移動体とステーションとの間の物品の移載手段を兼用する単一の物品移載手段BMを,物品を「昇降移動」させて移載を行う構成とし,移動体3と加工装置5との間の物品の移載は,加工装置5(ステーション)を床面に設置して,物品移載手段BMで物品Bを移動体3の直下の加工装置5の物品受入れ部5a及び物品払出し部5bに昇降移動させることにより行うとともに,移動体3と物品載置台11との間の物品の移載は,加工装置5との間の物品の移載の際には移動体3の走行経路の側脇に引退している状態にある物品載置台11を移動体3の直下に揺動移動させて,物品移載手段BMで物品Bを移動体3の直下の物品載置台11に昇降移動させることにより行うというものである。

なお,刊行物2には,第1実施形態以外に複数の実施例が記載されているが,いずれも,移動体と物品保持部との間及び移動体とステーション(加工装置)との間の物品の各移載手段をいずれも移動体側に備え,これら双方の移載手段を単一の物品移載手段で兼用するものである。上記実施例のうち,物品移載手段が物品を移動体横幅方向に移動させて移載を行う構成とする実施例(段落【0035】,図12,13。図12,13は,別紙のとおり)においては,物品Bを保持して移動体3が走行する案内レール1の一方の脇(移動体横幅方向の位置)にステーションSTが,ステーションSTの設置個所を除く案内レール1の両脇(移動体横幅方向の位置)に物品保持部BSが配置され,移動体とステーションSTとの間での移載及び移動体と物品保持部BSとの間での移載を,昇降動作(物品Bの上下方向への移動)ではなく,物品Bの移動体3の横幅方向への移動により行う実施形態も記載されているが,双方の移載手段を単一の物品移載手段で兼用するという点では,第1実施形態(刊行物2発明)と共通である

イ 以上によれば,刊行物2発明は,移動体と物品保持部との間及び移動体とステーション(加工装置)との間の物品の各移載手段を,単一の昇降移動手段で兼用し,構成の簡素化を図ることをその技術的意義とするものである。一方,相違点1に係る本件発明の構成は,オーバーヘッド搬送車からその真下に位置する処理加工治具ロードポートへは,オーバーヘッド搬送車の移動ステージ下方に取り付けられて物品を把持するホイスト把持部が下降して,物品を移送するが,オーバーヘッド搬送車の側方に配置される固定棚へは,ホイスト把持部が移動ステージによって固定棚の上方へ水平方向に移動させられてから下降して,物品を移送するものであり,移動体側に物品の昇降移動と横幅移動の双方の手段を兼ね備え,ロードポートと固定棚への物品移載手段を互いに異なる動作で行うものであり,単一の昇降移動手段で兼用しているものではない

そうすると,刊行物2発明において,把持具が昇降移動する構成に加えて,水平方向に移動する構成を適用し,物品載置台及び加工装置へ異なる移動手段で物品を移載するという相違点1に係る構成とすることは,刊行物2発明の技術的意義を失わせることになる。そして,そもそも刊行物2発明においては,物品載置台11が揺動移動する構成となっており,移動体3の直下に位置することが可能であるため,物品移載手段BMの把持具3dは昇降移動のみで物品載置台11との間の物品の移載が可能となるにもかかわらず,あえて把持具3dを水平方向に移動させる構成を追加する必要性がなく,そのような構成に変更する動機付けがあるとは認められない

・・・

上記(1)によれば,刊行物2発明への適用が問題となる副引用例である刊行物1事項の認定,判断について検討するまでもなく,刊行物2発明を主引用例とする審決の相違点1の判断は理由がない

 

【その他】(判決文P31)

なお,事案に鑑み,審決の刊行物1事項の認定方法について述べる

審決は,①刊行物1の記載によれば,刊行物1には,前記第2の4(4)のとおりの事項(刊行物1事項)が記載されていると認定した上,②相違点1について検討するため,刊行物1事項を本件発明と対比すると,刊行物1事項の「グリッパ」,「伸長可能アーム」,「ウェハキャリア」,「キャリア搬送車」は,それぞれ本件発明の「ホイスト把持部」,「移動ステージ」,「カセットポッド」,「オーバーヘッドホイスト搬送車」に相当し,また,刊行物1事項の「一方の位置」及び「他方の位置」は,本件発明の「第1の位置」及び「第2の位置」と言い換えることも特段困難性があるものではないとして,同解釈に基づく刊行物1事項の構造を再度認定(再解釈)した上,③同再度認定した後の刊行物1事項の構造を,刊行物2発明に適用可能か否かを検討したものである。

しかし,上記再度認定した構造は,刊行物1事項の具体的な構成を,本件発明の構成に相当するものと言い換えて得られたものであるから,刊行物1事項を包含する上位概念というべきものであり,刊行物1事項そのものではない。このような認定方法は,刊行物1事項の刊行物2発明への適用の容易想到性を検討する前に,刊行物1に記載された具体的な構成を捨象して,適用対象となる事項を認定するものであり,結果として容易想到性の判断の誤りをもたらす危険性が高く,相当ではないというべきである。

 

【所感】

裁判所の判断は妥当であると思われる。

本件に関する被告(特許庁)の容易想到性の判断は丁寧さを欠いていると感じた。例えば、原告の主張によると、被告は、「いきなり物品載置台11を移動体3の横幅方向に固定された構造に代えることを想定」した上で、かかる想定の構成において、横幅方向へ移動可能な保持部用移載手段を採用することは容易に想到することができる、と認定しており、かかる認定は若干乱暴であり、妥当性に欠くと感じた。

しかしながら、刊行物2には、把持具が水平方向(横幅方向)に移動する例が開示されているため、一見すると、刊行物1,2を組み合わせることの示唆があるようにも思える。各引用文献の課題・技術的意義を注意深く把握して組み合わせの妥当性を検討することは重要であると、改めて感じた。