イバンドロネート多形A事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2015.01.22
事件番号 H25(行ケ)10285
担当部 知財高裁 第4部
発明の名称 イバンドロネート多形A
キーワード 29条の2
事案の内容 先願発明と同一(29条の2)であるとして拒絶査定不服審判を不成立とした審決の取り消しを求めた訴訟。
相違点を看過した誤りがあり、審決が取消された。

事案の内容

【手続の経緯】

平成18年1月24日   国際特許出願(特願2007-553502号:優先権主張日:平成17年2月1日)

平成22年12月1日   拒絶理由通知

平成23年6月7日    特許請求の範囲の補正(以下「本件補正」という)

平成23年10月3日   拒絶査定

平成24年2月9日    拒絶査定不服審判を請求

平成25年6月10日   「本件審判の請求は、成り立たない」との審決

 

 

【請求項1】(本件補正後)

角度2θで示す特性ピークを

角度2θ±0.2°

10.2°

11.5°

15.7°

19.4°

26.3°

に有する,CuKα放射線を用いて得られたX線粉末回折パターンを特徴とする,3-(N-メチル-N-ペンチル)アミノ-1-ヒドロキシプロパン-1,1-ジホスホン酸一ナトリウム塩一水和物(イバンドロネート)の結晶多形。

*補正:「およそ」との記載を「±0.2°」へ

 

3 本件審決の理由の要旨

(1)本件審決の理由は,別紙審決書の写しのとおりである。要するに,以下の引用例に記載された発明(以下「先願発明」という。)の後願排除の基準日は,優先日である平成16年8月23日であって,本願の優先日である平成17年2月1日よりも前であるところ,本願発明と先願発明との相違点は実質的な相違点ではないから,本願発明は先願発明と同一であり,しかも,本願発明の発明者が先願発明の発明者と同一の者ではなく,また,出願時においてその出願人と先願発明の出願人とが同一の者でもないので,本願発明は特許法29条の2の規定により特許を受けることができない,というものである。

引用例:平成17年8月23日に国際特許出願(特願2006-536948号。パリ条約による優先権主張:平成16年8月23日,優先権主張国:米国。パリ条約による優先権主張:平成17年6月16日,優先権主張国:米国。以下「先願」という。)され,平成18年3月2日に国際公開(国際公開第2006/024024号)された国際出願日における国際出願の明細書,特許請求の範囲及び図面(以下,併せて「先願明細書」という。甲1の1)。

(2)本件審決が認定した先願発明は,次のとおりである。

2θが6.2°,15.7°,17.6°,19.4°,26.3°,26.9°,31.7°,32.6°,35.6°及び38.7°±0.2°

に特性ピークを有する,図21のX線粉末回折パターン(1.5418Åの銅放射線を使用)を示す,3-(N-メチル-N-ペンチル)アミノ-1-ヒドロキシプロパン-1,1-ジホスホン酸一ナトリウム塩一水和物の結晶形(フォームT)。

 

 

(3)本願発明と先願発明との対比

本件審決が認定した本願発明と先願発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 一致点

角度2θで示す特性ピークを

角度2θ±0.2°

15.7°

19.4°

26.3°

に有する,CuKα放射線を用いて得られたX線粉末回折パターンを特徴とする,3-(N-メチル-N-ペンチル)アミノ-1-ヒドロキシプロパン-1,1-ジホスホン酸一ナトリウム塩一水和物(イバンドロネート)の結晶多形。

イ 相違点

特性ピークを示す角度2θ±0.2°として,本願発明では,「10.2°」及び「11.5°」も特定されているのに対し,先願発明では,「10.2°」及び「11.5°」が特定されていない点。

 

【裁判所の判断】

1 取消事由1(先願発明の認定の誤り,一致点の認定の誤り及び相違点の看過)について

(1)先願明細書(甲1の1)の記載事項

~略~

(2)前記(1)によれば、先願明細書には、イバンドロネートナトリウムの21種類の固体結晶形フォームの全てについて熱重量分析(TGA)による重量損失が示されているものの,溶媒和物の形態に関しては,そのうちフォームC,D,E,G,J,Q,Q1,Q2,QQ,R及びSの11種類についてしか記載されておらず,フォームTについては,これが溶媒和物なのか,また溶媒和物であるとするとその形態は何かについての記載が全くない(段落【0023】~【0048】,【表1】~【表3】)。したがって,先願明細書に接した当業者は,フォームTが溶媒和物であるか否かは判然としないと理解するものというべきである。

 また、前記(1)のとおり、先願明細書には、フォームTについて,熱重量分析(TGA)による重量損失が約5~約7%(表3の具体的データは,6.0%)であること(【表3】,段落【0163】),水酸化ナトリウムとイバンドロン酸とを,約20:80 の比の水:アセトンの混合物において反応させ,反応混合物をほぼ還流温度で約1~約5時間攪拌した後,ほぼ室温に冷却することで調製されること(段落【0080】,【0163】)が記載されている。このように,結晶化を水とアセトンの混合溶媒で行っていることからすれば,結晶フォームTには何らかの形で水分子が含まれており,熱重量分析(TGA)による重量損失は水の蒸発によるものである可能性が高いと考えられる。

ところで,証拠(乙1~3)によれば,一般に,医薬化合物等の結晶に含まれる水は水和物を形成する結晶水と結晶表面に付着する付着水とに大別されるところ,医薬化合物等の結晶のTGAにおいて,付着水による重量減少はTGA測定の昇温開始と同時に生じ始め,緩慢と進行する場合が多く,重量減少量も湿度等に影響を受けるが,結晶水による重量減少は,一定の決まった温度範囲で生じ,その量は湿度等の影響を受けず,化合物の分子量に対し一定の比となること,当該医薬品化合物等の結晶についてDSC測定(示差走査熱量法。先願明細書の段落【0110】参照。)を行うと,付着水の場合には吸熱ピークが観測されないのに対し,結晶水の場合には,結晶から水が離脱する際の熱的変化のピークが観測される場合があることから,熱分析で付着水か結晶水かの推定を行うことが可能とされていることが認められる。

そうすると,先願発明において,フォームTのTGAによる重量損失に関わった水が,付着水か結晶水のいずれであるかは,非等温的TG 曲線の解析やDSC測定の解析をするなどして,重量減少と温度の関係を観察しなくては推定することができない。したがって,上記のようなフォームTの調製方法や熱重量分析の結果を検討しただけでは,フォームTが一水和物であると認めることはできない。

以上によれば,本件審決が,先願発明であるフォームTを一水和物と認定

したことには誤りがあるというほかない。

~略~

3 結論

以上によれば,原告主張の取消事由1及び2はいずれも理由があるから,取消事由3について検討するまでもなく,本件審決は取消しを免れない。

よって,原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。

 

【所感】

判決は妥当であると感じた。

本件については、先願明細書の「発明の背景」(段落0002)に「イバンドロネートナトリウムについての実験式は、C22NONa・HO」とあり、化学式1(段落0003)についても一水和物の形態で記載されているため、審査官や審判官は、先願の明細書の細部まで検討せずに早合点して、一致点を認定したのではないかと考えられる。

特に、化学系の明細書では、機械系の明細書のように、図面などで違いを判別しにくいため、このようなことが起こりやすいと考えられる。このため、中間処理において、引用文献を読む際には、このようなミスを犯さないように注意したい。