アルミニウム溶接用二波長レーザ加工光学装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2010.11.17
事件番号 H22(行ケ)10191
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 アルミニウム溶接用二波長レーザ加工光学装置およびアルミニウム溶接用レーザ加工方法
キーワード 進歩性、訴訟段階での理由の差替え
事案の内容 拒絶査定不服審判で進歩性なしとして拒絶審決を受けた出願人が取り消しを求め、請求が認容されて拒絶審決が取り消された事案。
刊行物記載の発明と公知技術との組合せにより容易に発明できたという理由を、技術常識の名の下に刊行物記載の発明から容易に発明できたという理由に差し替えることが許されるとまで解することはできない、と判断した点がポイント。

事案の内容

<本願発明>

長波長と短波長の2つのレーザと,

前記2つのレーザの出力ビームを同軸の光路に導いて重畳させる光学系と,
同軸の光路に重畳した前記2つのレーザの出力ビームを被加工物上に集光する集光レンズと
を備え,
前記光学系が,一方のレーザの出力ビームを全反射し他方のレーザの出力ビームを透過させるダイクロイックミラーを備え,
前記被加工物がアルミニウムであり,
前記長波長のレーザが,アルミニウム溶接加工用として用いられている(引用例1との相違点1)YAGレーザであり,
前記短波長のレーザが,アルミニウムに対する反射率が低い波長域である,0.8μm付近の発光スペクトルをもつ半導体レーザである(引用例1との相違点2)
アルミニウム溶接用レーザ加工光学装置。

 

<審決の理由>
本件審決の理由は,要するに,本願発明は,下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び下記イの引用例2に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない,というものである。
ア 引用例1:特開昭62-289390号公報(甲3)
イ 引用例2:Friedhelm Dorsch 他,2 kW cw Fiber-coupled Diode LaserSystem,PROCEEDINGS OF SPIE,Volume 3889(45~53頁)(甲4)
なお,本件審決は,引用例2は平成11年11月1日に頒布されたと認定したが,実際には,本件原出願日である平成12年1月13日の後に頒布されたものであることは,当事者間に争いがない。

 

〔被告の主張〕

(1) 原出願日の後に頒布された引用例2を引用した点について

 引用例2が本件出願後に頒布されたことは認めるが,相違点2に係る事項を当業者が容易に想到し得たとする本件審決の判断に誤りはない。
本願明細書【0018】の記載によれば,本願発明が,相違点2に係る構成を採用した技術的意義は,被加工物をアルミニウムとしたことに伴い,アルミニウムの反射率が低い波長域の発光スペクトルを持つレーザを選択したというものであって,引用発明1において,吸収率の高い短波長レーザを用いることと技術的意義を共通にするものである。
そして,アルミニウムに対する反射率が低い波長域が0.8μm付近にあることは周知である(乙1,2)という本件審決の認定事項に加え,0.8μm付近の発光スペクトルをもつ半導体レーザは周知であること(乙3)を併せ考慮すれば,引用発明1において,アルミニウムに対する反射率が低い波長域の短波長レーザとして,0.8μm付近の発光スペクトルをもつ半導体レーザを採用することは,当業者が容易に想到し得たことである。
よって,引用例2の頒布日の認定に誤りがあるものの,相違点2に係る事項を当業者が容易に想到し得たとする本件審決の判断は,結論において誤りはない。

 

【裁判所の判断】

 

1 取消事由(相違点2の判断の誤り)について

 

(1) 本件審決の判断

ア 本件審決は,以下のとおり,相違点2に係る本願発明の事項は,引用発明1及び引用例2に記載された発明に基づき当業者が容易に想到し得たことであると判断した。

 すなわち,本件審決は,(略)。
イ しかしながら,特許法29条2項は,「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が同条1項各号に掲げる発明に基づいて容易に発明をすることができたとき」は,特許を受けることができない旨を規定しているのであって,同条1項3号に掲げる刊行物記載の発明すなわち引用発明1に基づいて容易に発明をすることができたか否かは,特許出願時において判断すべきはいうまでもないことであるから,本件原出願後に頒布されたものであることについて当事者間に争いがない引用例2に記載された事項を,引用発明1に採用することによって,容易に発明をすることができたと判断した本件審決には,特許法29条2項の適用を誤った違法があることが,明らかである。

 

(2) 被告の主張について

ア 被告は,引用例2が本件原出願後に頒布されたものであることを認めた上,相違点2に係る本願発明の事項(アルミニウムに対する反射率が低い波長域である,0.8μm付近の発光スペクトルを持つ半導体レーザ)は,引用発明1及び乙1ないし3に記載された周知の事項に基づき当業者が容易に想到し得たことであるから,本件審決の結論に誤りはないと主張する。
しかしながら,本願明細書には,背景技術として,「(略)」こと(【0002】),「(略)」ことが記載され(【0003】),本願発明が解決しようとする課題として,「(略)」ことが記載され(【0004】),本願発明の効果として,「(略)」(【0010】【0014】),「(略)」(【0018】)等の記載がある。これらの記載によれば,本願発明においては,相違点2に係る短波長レーザの構成が,課題解決のための本質的な部分であると解される。
しかるところ,前記のとおり,本件審決は,引用例2に,相違点2に係る本願発明の構成(アルミニウムに対する反射率が低い波長域である,0.8μm付近の発光スペクトルを持つもつ半導体レーザ)が開示されていると認定した上(前記(1)ア《3》),引用発明1のエキシマレーザに代えて引用例2に開示された上記半導体レーザを採用することが容易である(前記(1)ア《4》《5》)という論理を展開したものである。
しかし,引用発明1における短波長レーザであるエキシマレーザは,アルミニウムに対する反射率が低い波長域である,波長0.8μm付近の発光スペクトルを持たない上に,半導体レーザとは異なる種類のレーザである(乙2,3)。このようなエキシマレーザを,「アルミニウムに対する反射率が低い波長域である,0.8μm付近の発光スペクトルをもつ半導体レーザ」という,種類の異なる短波長レーザに置き換える点の容易想到性を判断するに際し,引用例2に代えて周知技術で置き換えるという理由の差替えを,審判段階ではなく,訴訟段階に至っ
てから特許庁の側が行うことは,審決に理由を付することを義務づけた特許法157条の趣旨にも反するものであり,許されないといわざるを得ない。
なお,審決取消訴訟において,審判の手続で審理判断された刊行物記載の発明との対比における進歩性の有無を認定して審決の適法,違法を判断するにあたり,審判の手続には現れていなかった資料に基づき当業者の特許出願当時における技術常識を認定し,これによって同発明の持つ意義を明らかにすることは許されるとしても(最高裁昭和54年(行ツ)第2号同55年1月24日第一小法廷判決・民集34巻1号80頁参照),刊行物記載の発明と公知技術との組合せにより容易に発明できたという理由を,技術常識の名の下に刊行物記載の発明から容易に発明できたという理由に差し替えることが許されるとまで解することはできない。
イ また,被告は,乙1及び2にアルミニウムに対する反射率が低い波長域が0.8μm付近にあることが記載され,乙3に0.8μm付近の発光スペクトルを持つ半導体レーザが記載されていると主張する。
しかしながら,本件審決が認定するとおり,引用例2には,重畳された半導体レーザビームによりアルミニウムをレーザ溶接する点が記載されているのに対し,乙1ないし3には半導体レーザビームによりアルミニウムをレーザ溶接する点が記載されていない上に,引用発明1と本願発明との相違点2に係る構成そのもの(アルミニウムに対する反射率が低い波長域である,0.8μm付近の発光スペクトルを持つ半導体レーザ)が,引用例2に開示されていることと,乙1及び2にアルミニウムに対する反射率が低い波長域が0.8μm付近にあることが記載され,乙3に0.8μm付近の発光スペクトルを持つ半導体レーザとがそれぞれ別々に記載されていたこととは,等価とはいえないから,被告が主張するような理由の差替えは,失当である。

 

(3) 小括

以上のとおりであるから,相違点2に係る容易想到性については,特許庁において再度審理を行い審決をするべきであり,その余の点について判断するまでもなく,取消事由は理由があるといわなければならない。

 

【解説】

本件は、訴訟段階において、刊行物記載の発明と公知技術との組合せにより容易に発明できたという理由を、技術常識の名の下に刊行物記載の発明から容易に発明できたという理由に差し替えることは、審決に理由を付することを義務づけた特許法157条の趣旨にも反するものであり許されないとした点で注目すべき判決である。