つけまつげ用試着ツール事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2015.12.16
事件番号 H27(行ケ)10055
担当部 第3部
発明の名称 つけまつげ用試着ツール
キーワード 新規性、進歩性
事案の内容 無効審判における一部無効(請求項1~3,5,6,9,10)の審決に対して実用新案権者が起こした取消訴訟であり、請求が棄却された事案である。
本願考案の要旨認定が、クレームの記載に基づいて広く行なわれ、新規性、進歩性が否定された点がポイント。

事案の内容

【実用新案登録請求の範囲】(争点に対応する箇所にアンダーラインを付した)

[請求項1]

つけまつげの試着に用いられる試着ツールであって,

使用者によって保持されるグリップ部と,

前記つけまつげの基端部を支持し,前記グリップ部から延びる棒状の支持部と,を有し,

前記支持部は,眼を開いたときの前記つけまつげの装着ラインに沿って延びていることを特徴とする試着ツール。

[請求項5]

前記支持部は,三次元方向に曲げ形成されていることを特徴とする請求項1から4のいずれか1つに記載の試着ツール。

【裁判所の判断】

1 取消事由1-(1)(本件登録実用新案1と刊行物1考案の同一性の判断の誤

り)について

(3) 同一性の判断の誤りの有無について

ア 「前記グリップ部から延びる棒状の支持部」の構成について

原告は,本件登録実用新案1の「前記グリップ部から延びる棒状の支持部」の構成は,棒状の支持部の一端のみがグリップ部につながっていることを意味するものであり,上記構成を含む試着ツールの全体形状は長尺状であることを当然に理解できるから,上記構成は本件登録実用新案1の「試着ツール」が長尺状であることを特定したものといえるが,刊行物1考案のカウンセリング用具10は,長尺状のものとは明らかに異なるなどとして,刊行物1考案は,上記構成を備えていない点において本件登録実用新案1と相違する旨主張する。

(ア) 本件登録実用新案1の実用新案登録請求の範囲(請求項1)には,本件登録実用新案1の「前記グリップ部から延びる棒状の支持部」にいう「グリップ部」は,「使用者によって保持される」ものであることが規定されているが,「グリップ部」の形状を特定する記載はないし,「棒状の支持部」が「グリップ部」から延びる態様を特定する記載もなく,ましてや,「棒状の支持部」の一端のみが「グリップ部」につながっていることを特定する記載はない。さらには,請求項1には,本件登録実用新案1の「試着ツール」の全体形状が「長尺状」であることを明記した記載はない

次に,本件明細書(甲12)には,本件登録実用新案1の「前記グリップ部から延びる棒状の支持部」の語を定義した記載はないし,「長尺状」の語の記載もない。もっとも,本件明細書には,「実施例1」として,「グリップ部11は,試着ツール1の長手方向における一端側に位置しており,支持部12は,試着ツール1の長手方向における他端側に位置している。」(段落【0018】)との記載があり,別紙1の図1ないし3には,支持部12の一端が延長部14を介してグリップ部11とつながり,支持部12の他端の先端が球状部13として構成された試着ツール1が記載されているが,他方で,本件明細書には,本件登録実用新案1の試着ツールを実施例1に記載された形状のものに限定する記載や,図1ないし3に記載された形状のものに限定する記載はない。かえって,本件明細書には,「グリップ部11の形状は,平板形状に限るものではなく,他の形状であってもよい。例えば,グリップ部11を円柱状に形成することもできる。」(段落【0020】),「本実施例では,グリップ部11および支持部12の間に,試着ツール1の長さを確保するための延長部14を設けている。ここで,延長部14の長さは,試着ツール1の使いやすさなどを考慮して適宜設定することができる。

また,延長部14は,省略することもできる。」(段落【0026】)との記載があることからすれば,本件明細書は,本件登録実用新案1の試着ツールを実施例1に記載された形状のものや図1ないし3に記載された形状のものに限定していないことは明らかである。

そうすると,本件登録実用新案1の「前記グリップ部から延びる棒状の支持部」とは,その文言どおり,「棒状の支持部」が「グリップ部」から延びていることを特定したにとどまるものであって,棒状の支持部の一端のみがグリップ部につながっていることを意味するものと解することはできないし,ましてや,上記「前記グリップ部から延びる棒状の支持部」の構成が本件登録実用新案1の「試着ツール」の形状が長尺状であることを特定したものと解することはできない。

(イ) これに対し原告は,特定部分が他の部分から一方向につながっていることを表現するために,「…から延びる棒状…」と記載することは,極めて一般的かつ定型的な手段であること(甲22ないし25)からすると,本件登録実用新案1の「前記グリップ部から延びる棒状の支持部」の構成は,棒状の支持部の一端のみがグリップ部につながっていることを意味するものであり,本件明細書の段落【0014】記載の「つけまつげの購入者(使用者)は,本考案の試着ツールを用いて,自分の眼につけまつげを合わせることにより,つけまつげを装着した状態を容易に確認することができる。」という本件登録実用新案1の効果は,長尺状の試着ツールを別紙1の図7に示す使用形態で使用することによって奏するのものといえるから,本件登録実用新案1の「前記グリップ部から延びる棒状の支持部」の構成は,本件登録実用新案1の「試着ツール」の形状が長尺状であることを特定したものと解すべきである旨主張する。

しかしながら,部材の特定部分が他の部分から一方向につながっていることを表現するために「…から延びる棒状…」と記載する例があるとしても,他方で,「…から延びる…」の語は,部材の両端部が他の部分につながっていることを表現する場合に用いる例もあり(乙10ないし13),本件登録実用新案1の「前記グリップ部から延びる棒状の支持部」の文言から直ちに棒状の支持部の一端のみがグリップ部につながっていることを意味するものと解することはできない

また,前記(1)ウ認定の本件明細書の開示事項によれば,本件登録実用新案1は,従来は,つけまつげが包装された状態で店頭に置かれているため,購入者は,自分に似合いそうなつけまつげを選択する際に装着した状態を確認することができず,実際に装着して初めて不似合いであることに気付くことがあるという問題を解決し,つけまつげの購入者(使用者)が,つけまつげを選択するときに,つけまつげを装着した状態を容易に確認することができる試着ツールを提供することを目的とするものであって,つけまつげが包装されていない状態で,装着した状態を容易に確認することができる構成のものであれば,本件登録実用新案1の効果(段落【0014】)を奏するものといえるから,長尺状の試着ツールを図7に示す使用形態で使用することによってのみ上記効果を奏するということはできない

したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

(ウ) 前記(2)の刊行物1(甲7)の記載事項によれば,刊行物1には,本件審決認定の刊行物1考案が記載されていること(前記第2の3(2)ア)が認められる。

そして,前記(ア)によれば,刊行物1考案の「延伸把持部7」及び「仮接着部1」は,それぞれ本件登録実用新案1の「グリップ部」及び「支持部」に相当し,刊行物1考案の「延伸把持部7から延びる細線状の仮接着部1」は,本件登録実用新案1の「前記グリップ部から延びる棒状の支持部」に相当するものと認められる。

そうすると,刊行物1考案は,本件登録実用新案1の「前記グリップ部から延びる棒状の支持部」の構成を備えているといえるから,刊行物1考案は,上記構成を備えていない点において本件登録実用新案1と相違するとの原告の主張は,理由がない。

イ 「前記支持部は,…前記つけまつげの装着ラインに沿って延びている」との構成

原告は,本件明細書の段落【0029】の記載によれば,本件登録実用新案1の「前記支持部は,眼を開いたときの前記つけまつげの装着ラインに沿って延びている」との構成は,支持部が,「三次元方向において屈曲する」つけまつげの装着ライン(つけまつげを試着するライン)に沿って延びていることを特定したものと解すべきであるが,刊行物1には,仮接着部1が所定の平面に沿って配置されていることが開示されているが,これは,仮接着部1が「三次元方向において屈曲する」ものと異なるから,刊行物1考案は,上記構成を備えていない点において本件登録実用新案1と相違する旨主張する。

(ア) 本件登録実用新案1の実用新案登録請求の範囲(請求項1)には,本件登録実用新案1の「支持部」に関し,「前記つけまつげの基端部を支持し,前記グリップ部から延びる棒状の支持部」,「前記支持部は,眼を開いたときの前記つけまつげの装着ラインに沿って延びていること」との記載があるが,「支持部」が,「三次元方向において屈曲する」つけまつげの装着ライン(つけまつげを試着するライン)に沿って延びていることを特定した記載はない。かえって,「支持部は,三次元方向に曲げ形成されている」ことは請求項1を引用する請求項5に記載されていることからすると,請求項5は,請求項1の「支持部」を「三次元方向に曲げ形成されている」構成のものに限定したものと解するのが自然であるから,本件登録実用新案1の「支持部」は,上記構成のものに限定されないというべきである。

次に,本件明細書には,本件登録実用新案1の「前記支持部は,眼を開いたときの前記つけまつげの装着ラインに沿って延びている」にいう「つけまつげの装着ラインに沿って」の語を定義した記載はない。原告が挙げる本件明細書の段落【0029】の「人間のまつげのラインは,二次元平面内で屈曲しているのではなく,三次元方向(矢印R1,R2)において屈曲している。この点を考慮して,支持部12の形状を設定している。」との記載は,別紙1の図2及び図3に示す「実施例1」における「支持部12」に関するものであり,本件登録実用新案1は,上記実施例のものに限定されるものではない

そうすると,本件登録実用新案1の「前記支持部は,眼を開いたときの前記つけまつげの装着ラインに沿って延びている」との構成は,支持部が,眼を開いたときのつけまつげを装着する箇所(ライン)に沿うものであれば,その態様は特に限定されるものではなく,また,上記構成は,支持部が,「三次元方向において屈曲する」つけまつげの装着ライン(つけまつげを試着するライン)に沿って延びていることを特定したものとはいえない。

(イ) 刊行物1には,「選定された商品(その商品と同一の見本でも良い)をカウンセリング用具10,20,30の仮接着部1,31に糊を介して仮接着し,その後カウンセリング用具を顧客の顔の前にあてがい,睫位置が重なり合うようにセットして顧客自身の目でその良し悪しを判断し,」(段落【0023】)との記載があることからすると,カウンセリング用具10は,仮接着部1に接着された「つけ睫」を顧客の睫に重なり合うように配置することができるものであり,このことは,仮接着部1が眼を開いたときのつけまつげを装着する箇所(ライン)に沿うものであることを示すものといえる

そうすると,刊行物1考案における「仮接着部1は,眼を開いたときのつけ睫2の装着ラインに沿って延びている」との構成は,本件登録実用新案1の「前記支持部は,眼を開いたときの前記つけまつげの装着ラインに沿って延びている」との構成に相当するものと認められる。

 

2 取消事由1-(2)(本件登録実用新案1と刊行物2考案Aの同一性の判断の

誤り)について

(2) 同一性の判断の誤りの有無について

ア しかしながら,本件登録実用新案1の「前記グリップ部から延びる棒状の支持部」とは,「棒状の支持部」が「グリップ部」から延びていることを特定したにとどまるものであって,棒状の支持部の一端のみがグリップ部につながっていることを意味するものと解することはできず,また,上記「前記グリップ部から延びる棒状の支持部」の構成が本件登録実用新案1の「試着ツール」の形状が長尺状であることを特定したものと解することはできないことは,前記1(3)()のとおりである。

イ 前記(1)の刊行物2(甲1)の記載事項によれば,刊行物2には,本件審決認定の刊行物2考案Aが記載されていること(前記第2の3(2)イ(ア))が認められる。

そして,刊行物2考案Aの「長方形把持板(7)」及び「つけまつげ保持帯(12)」は,それぞれ本件登録実用新案1の「グリップ部」及び「支持部」に相当し,刊行物2考案Aの「長方形把持板(7)から延びる略棒状のつけまつげ保持帯(12)」は,本件登録実用新案1の「前記グリップ部から延びる棒状の支持部」に相当するものと認められる

そうすると,刊行物2考案Aは,本件登録実用新案1の「前記グリップ部から延びる棒状の支持部」の構成を備えているといえる。

また,刊行物2考案Aは,本件審決が認定するとおり,本件登録実用新案1の上記各構成以外のその余の構成も備えているものと認められる。

 

5 取消事由4-(2)(本件登録実用新案5と刊行物2考案Aの同一性の判断の誤り)について

 (1)ア しかしながら,刊行物2考案Aは,本件登録実用新案1の「前記グリップ部から延びる棒状の支持部」の構成を含む本件登録実用新案1の構成を全て備えていることは,前記2(2)認定のとおりである。

また,本件登録実用新案5は,「前記支持部は,三次元方向に曲げ形成されている」との構成を備えている点で本件登録実用新案1と相違するが,前記2(1)の刊行物2の記載事項によれば,刊行物2考案Aにおいて,「支持部」に相当する「つけまつげ保持帯(12)」が,「グリップ部」に相当する「長方形把持板(7)」を含む平面に対して,この平面内の方向とは異なる方向(すなわち,「三次元方向」)において曲げ形成された形状(実施例6,別紙3の図6ないし8,13等参照)であることが認められるから,刊行物2考案Aは,上記構成を備えているといえる。

【解説・感想】

考案の要旨をクレームの文言に基づいて認定すれば、裁判所の判断は妥当と考えられる。

本願考案と刊行物に記載の考案(刊行物1における顔の中心部を部材が通過する構成や、刊行物2における透明部材や枠部材が瞼上部を覆う構成)とは明らかに構成が異なると思われるが、「前記グリップ部から延びる棒状の支持部」,「前記支持部は,眼を開いたときの前記つけまつげの装着ラインに沿って延びている」等の表現では、結果的には刊行物との差異が認められなかった。

本願と刊行物との差異に関しては、例えば、「前記グリップ部は、眼を開いたときの前記つけまつげの装着ラインに前記支持部が沿うように、前記試着ツールを顔面上に配置したときに、前記支持部の目尻側端部を起点として、~に延びるように設けられている」のように、顔面上に配置したときのグリップ部の配置として記載していれば、少なくとも挙げられた刊行物との差異は認められ得たのではないかと考える。

実用新案は無審査で権利化されるため、十分な従来技術の調査を行なうと共に、従来技術との差異を明確にするためのクレーム文言の十分な検討を行なうことが重要であると改めて感じた。

以上