鑑定証明システム審決取消請求事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2024.04.25
事件番号 R5(行ケ)10101
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 鑑定証明システム
キーワード 実施可能要件、技術常識
事案の内容 本事案は、特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消訴訟であり、原告の請求が棄却された。

事案の内容

【手続の経緯】

・令和 2年 6月15日 元の特許権者による特許出願(特願2020-103179号)

・令和 3年 6月 4日 設定登録(特許第6894033号。以下、本件特許)

・令和 4年 7月13日 被告へと特許権移転

・令和 4年 9月 7日 原告による無効審判請求

・令和 5年 8月 2日 無効審判請求不成立との審決(以下、本件審決)

・令和 5年 9月 6日 本件審決の取消しを求めて本件訴訟提起

 

【本件特許の請求項1】

A:バッグ、カバン、衣類、時計、美術工芸品、自動車等の鑑定証明が必要とされる製品の鑑定証明システムであって、

B:秘密鍵α₁、製品情報を含む情報を記録した小型記録媒体(a₁)が貼着または組み込まれた前記製品、および秘密鍵β₁、製品情報を含む情報を記録した小型記録媒体(b)が貼着または組み込まれたギャランティカードを用いて鑑定証明が行われ、

C-1:前記製品の製品情報、前記製品がユーザーへ渡るまでの各流通段階における取引情報の各情報を、ブロックチェーンデータとして記録する専用プラットフォームと、

C-2:前記製品情報および前記取引情報を、製造メーカー・製造者および流通業者が、前記ブロックチェーンデータに書き込むために使用されるアプリケーション[A]と、

C-3:前記ユーザーが前記製品情報および前記取引情報を、前記ブロックチェーンデータから読み込むために使用されるアプリケーション[B]と、

C-4:を備え、

D:前記製造メーカー・製造者および前記流通業者が、前記アプリケーション[A]を用いて、前記製品情報および前記取引情報を、前記ブロックチェーンデータに書き込み、

E:前記ユーザーが、前記製品に付与された前記秘密鍵α₁、および前記ギャランティカードに付与された前記秘密鍵β₁を使用し、前記アプリケーション[B]を用いて、前記製品の前記製品情報および前記取引情報を、前記ブロックチェーンデータから読み込むことにより、前記製品の鑑定証明を行うことを特徴とする、

F:鑑定証明システム。

 

【裁判所の判断】(筆者注記:以下の下線部は、本事案における重要部分)

2 取消事由1(実施可能要件の判断の誤り)について

⑴ 判断基準

 法36条4項1号に規定する実施可能要件については、明細書の発明の詳細な説明が、当業者において、その記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、特許請求の範囲に記載された発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているかを検討すべきである。

⑵ 本件明細書の発明の詳細な説明の記載

 構成要件E、Fに関する発明の詳細な説明には、【発明を実施するための形態】として、以下の記載がある。

(中略)

また、ユーザー4は、アプリケーション[B]10を用いて、要鑑定製品1に付与された秘密鍵α₁、およびギャランティカード2に付与された秘密鍵β₁を使用して、専用プラットフォーム8のブロックチェーンデータ8bに書き込まれた、要鑑定製品1の製品情報および取引情報を読み込むことができ、これによりユーザーは信頼性の高い鑑定証明を簡単に行うことができる。この実施形態では、ユーザー4がブロックチェーンデータ8bに書き込まれた、要鑑定製品1の製品情報および取引情報を簡単に読み込めるように、端末[B]6を、スマートフォン6-1としているが、パーソナルコンピュータ等の他の端末も適宜用いることができる。」(段落【0021】)

(中略)

「要鑑定製品1の新製品または中古品を購入したユーザー4は、端末[B]6を用いて、要鑑定製品1に付与された秘密鍵α₁、およびギャランティカード2に付与された秘密鍵β₁を使用し、アプリケーション[B]10を用いて、専用プラットフォーム8のブロックチェーンデータ8bに書き込まれた、要鑑定製品1の製品情報および取引情報を読み込むことができる。これにより、要鑑定製品1およびギャランティカード2を所有する真のユーザーだけが、信頼性の高い鑑定証明を簡単に行うことができる。」(段落【0036】)

 上記記載によれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、「ユーザー4は、アプリケーション[B]10を用いて、要鑑定製品1に付与された秘密鍵α₁、およびギャランティカード2に付与された秘密鍵β₁を使用して、専用プラットフォーム8のブロックチェーンデータ8bに書き込まれた、要鑑定製品1の製品情報および取引情報を読み込むことができ」ることが記載されている。

 また、上記1のとおりの、「要鑑定製品1およびギャランティカード2を所有する真のユーザーだけが、信頼性の高い鑑定証明を簡単に行うことができる」との本件各発明の奏する効果を考慮すると、本件明細書の発明の詳細な説明には、「ユーザー4が要鑑定製品1およびギャランティカード2を所有する真のユーザーであるという認証を行った後に、認証されたユーザー4だけが、専用プラットフォーム8のブロックチェーンデータ8bに書き込まれた、要鑑定製品1の製品情報および取引情報を読み込むことができ」ることも記載されているといえる。

⑶ 本件特許の出願時の技術常識

 本件特許の出願時における技術常識を示す文献である甲2(新版暗号技術入門 秘密の国のアリス、2012年〔平成24年〕7月25日第7刷発行)には、「公開鍵信号・・・では、『暗号化の鍵』と『復号化の鍵』を分けます。送信者は『暗号化の鍵』を使ってメッセージを暗号化し、受信者は『復号化の鍵』を使って暗号文を復号化します。」、「『復号化の鍵』は・・・あなだだけが使うものなのです。ですから、この鍵をプライベート鍵・・・と呼びます。「公開鍵で暗号化した暗号文は、その公開鍵とペアになっているプライベート鍵でなければ復号化できません。」、「デジタル署名では、署名の作成と検証とで異なる鍵を使います。署名を作成できるのはプライベート鍵を持っている本人だけですが、署名の検証は公開鍵を使いますので、誰でも署名の検証を行えます」との記載があり、甲1、3、乙2ないし4にもこれと同旨の記載がある。

 そうすると、本件各発明の属する暗号技術分野において、秘密鍵で暗号化し、その秘密鍵と対の関係にある公開鍵で復号化することにより、本人認証を行う公開鍵暗号方式によるデジタル署名技術は、本件特許の出願当時の技術常識であったことが認められる

⑷ 判断

 そうすると、上記⑵の本件明細書の発明の詳細な説明の記載に接した当業者は、上記⑶の出願当時の技術常識に基づくと、要鑑定製品1に付与された秘密鍵α₁及びギャランティカード2に付与された秘密鍵β₁は、それらと対の関係にある公開鍵と共に、ユーザー4が要鑑定製品1及びギャランティカード2を所有する真のユーザーであるという本人認証に使用されることが自然であると理解できるから、本件明細書の発明の詳細な説明には、アプリケーション[B]10を用いる許可を得るための本人照合の手段として、要鑑定製品1に付与された秘密鍵α₁及びギャランティカード2に付与された秘密鍵β₁で暗号化し、秘密鍵α₁及び秘密鍵β₁と対の関係にある公開鍵で復号化することで本人認証を行うデジタル署名技術により、ユーザー4が要鑑定製品1及びギャランティカード2を所有する真のユーザーであるという認証がなされ、認証されたユーザー4だけが、専用プラットフォーム8のブロックチェーンデータ8bに書き込まれた、要鑑定製品1の製品情報および取引情報を読み込むことができることが記載されていると理解できる

 したがって、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件特許の出願当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、構成要件E、Fを含む本件発明1の鑑定証明システムを製造し、使用することができる程度に、明確かつ十分に記載されているものと認められる。

 よって、本件発明1について、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を満たしているといえ、本件発明2ないし7についても同様に解される。

 したがって、原告の主張する取消事由1は理由がない。

⑸ 原告の主張に対する判断

イ 原告は、前記第3の1〔原告の主張〕⑵のとおり、本件審決の挙げる「例」は誤りであり、秘密鍵を有するユーザーにパスワードが設定された適切なアプリケーションをダウンロードにより入手させることもできないから、「例」について実施可能要件違反がある旨を主張する。

 しかし、本件審決は、「例」につき、ユーザーが要鑑定製品1及びギャランティカード2を所有する真のユーザーであるという認証について実施可能であることを示す例として示したにすぎず、仮にこの「例」が誤りであったとしても、直ちに本件審決の結論に誤りがあることにはならないから、原告の主張は前提を欠くものである

 また、本件明細書の段落【0023】には、「要鑑定製品1の小型記録媒体(a₁)1aに記録された秘密鍵α₁、製品情報を含む情報、および、ギャランティカード2の小型記録媒体(b)2aに記録された秘密鍵β₁、製品情報を含む情報の読み取りは、図2に示すように、パーソナルコンピュータ5-1のリーダー5-2や、スマートフォン6-1を接触させて行うこともできるし、NFC(NearFieldCommunication)、RFID(RadioFrequencyIDenticifier)等の近距離無線通信により非接触で行うこともできる。」との記載があり、要鑑定製品1の小型記録媒体(a₁)1a又はギャランティカード2の小型記録媒体(b)2aから、秘密鍵α₁及び秘密鍵β₁のほかに、製品情報も読み取られているから、この記載に接した当業者であれば、秘密鍵α₁及び秘密鍵β₁ではなく、製品情報に基づいてアプリケーション[B]がダウンロードされると考えることも自然であるということができる。

 したがって、原告の上記主張は採用することができない。

(中略)

6 結論

 以上によれば、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。

 よって、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

 

【所感】

 裁判所の判断は、審査基準と同様の基準に従ってなされており、妥当と考える。

 本事案は、明細書等の記載を技術常識によって首尾よく補うことができた例であると言える。ただし、通常、クレーム中の構成要件に関しては、進歩性を確保する観点から技術常識では説明がつかない要素を構成要件として記載する可能性が高いと考えられるため、過度に技術常識に頼らず明細書で丁寧に説明するスタンスの方が得策と思われる。本事案の場合、「秘密鍵を使用」が「公開鍵認証」を意図したものであったなら、明細書中に公開鍵(認証)について記載すべきであったように思われる。