船舶 審決取消請求事件
事案の内容 |
本件は、特許無効審判における特許維持審決の取り消しを求める審決取消訴訟であり、特許維持審決が取り消された事案である。引用文献に記載された「アンチローリングタンク」が、特許請求の範囲に記載された「浸水防止部屋」に該当するか否かがポイント。 |
事案の内容
【手続の経緯】
平成22年12月18日 原出願(特願2010-282471号)
平成26年10月 8日 分割出願(特願2014-207630号)
平成27年 7月 9日 特許請求の範囲について補正
平成28年 3月 4日 設定登録(特許第5894240号)
平成29年 8月 9日 特許無効審判請求(無効2017-800109号)
平成30年11月26日 特許請求の範囲について訂正請求
令和 1年 8月20日 訂正を認めた上で特許維持審決
令和 1年 5月13日 審決謄本送達
令和 1年 6月 5日 審決取消訴訟提起
【特許請求の範囲】
【請求項1】(以下、本件訂正発明1と呼ぶ)
A 船外に面する左右の側壁を有する船体と,
B 該船体の内部であって隔壁により推進方向の前後に区画される複数の部屋と,
C 前記側壁及び前記隔壁に接する少なくとも1つの浸水防止部屋と,
D を備え,
E 前記浸水防止部屋は,端部が前記側壁及び前記隔壁に接合される仕切板により形成され,前記仕切板の全面が前記部屋に面すると共に,
F 前記浸水防止部屋は,ショアランプが設けられる甲板の下方に面して,複数の前記部屋からなる機関区域に設けられ,前記機関区域の前記部屋の前記側壁と前記隔壁との連結部を覆った空間であり前記側壁が損傷した場合浸水し,
G 前記機関区域の前記部屋は,縦通隔壁で区画されていないことを特徴とする船舶。
(筆者注記:下線部は本事案における重要部分である。以下の下線部についても同様)
【審決の概要】
本件訂正発明の「浸水防止部屋」は、損傷を受けた場合に浸水する「空間」であり、専ら「浸水防止」を企図した「空間」であると解すべきであるところ、甲4文献に記載された発明(以下、甲4発明と呼ぶ)のアンチローリングタンクは、専ら「浸水防止」を企図した「空間」であるとはいえないから、本件訂正発明の「浸水防止部屋」には該当しないとして、本件訂正発明と甲4発明との対比等を行うことなく、進歩性違反の無効理由は成立しないと判断した。
・甲4文献:「船の科学」1977年12月号(昭和52年12月10日),発行所:株式会社船舶技術協会,第30巻第12号,p31-33,51-57,106
【裁判所の判断】
8 取消事由7(相違点の認定の誤り(無効理由2-2,2-3関係))について
(1) 甲4発明を主引例とする無効理由(無効理由2-2)について
ア 甲4文献の記載
甲4文献の51頁から57頁は,「ロール・オン/ロール・オフ貨物船“TOUGGOURT”について」と題する文章であり,下記(ア)から(ウ)の記載のほか,「ロールオン・ロールオフ貨物船“TOUGGOURT”」の一般配置図(別紙3【甲4図面】参照)が示されている。
(ア) 51頁右欄3~7行
「3.一般計画及び配置
一般配置に示すとおり,本船は車両搭載用として,主甲板下の船倉,主甲板,および全通上甲板を有し,機械室を主甲板下船尾に,居住区を上甲板上船首に配置し,その外観は客船のようにスマートである。」
(イ) 51頁右欄16~18行
「主甲板下,船首タンクの次に,バウスラスター室,船倉,アンチローリングタンク,機械室,舵取機室等が配置されている。」
(ウ) 52頁右欄10~20行
「4・3 準受動式減揺兼自動ヒール調整装置
本船には,荒天時車両の移動防止および乗り心地を良くする為にアンチローリングタンクを設けた。我国では初めてのこの方式は,左右舷側に設けられたタンク間の下部をダクトで結び,各タンク上部には空気駆動の弁が設けられており,・・・減揺効果が得られるので,貨物の積付がいろいろとかわるこの種の船には,効果的なものである。」
イ 当事者の主張等
原告は,アンチローリングタンクが,「浸水防止部屋」に相当する旨主張するのに対し,被告は,「浸水防止部屋」とは,損傷を受けた場合に浸水する「空間」であって,主として「浸水防止」を企図した「空間」であると解すべきところ,アンチローリングタンクは,主として「浸水防止」を企図した「空間」ではないから,本件訂正発明の「浸水防止部屋」に該当しない旨主張する。また,本件審決は,「浸水防止部屋」は,損傷を受けた場合に浸水する「空間」であり,専ら「浸水防止」を企図した「空間」であると解すべきであるところ,甲4発明のアンチローリングタンクは,専ら「浸水防止」を企図した「空間」であるとはいえないから,本件訂正発明の「浸水防止部屋」には該当しないとして,本件訂正発明と甲4発明との対比等を行うことなく,進歩性違反の無効理由は成立しないと判断した。
ウ 「浸水防止部屋」の意義
(ア) 特許請求の範囲の記載によれば,本件訂正発明1の「浸水防止部屋」は,側壁及び隔壁に接すること,仕切板により形成されること,機関区域に設けられること,側壁と隔壁との連結部を覆った空間であり側壁が損傷した場合浸水することなどが特定されているものの,「専ら」あるいは「主に」浸水防止を企図した空間であるべきかは明らかでない。なお,当業者の技術常識として,「空間」とは,「空所」や「ボイド」とは異なり,必ずしも物体が存在しない場所には限定されないと認められ,このことは「下層空間13の船尾側に推進用エンジン14が配置されている」(段落【0022】)などの本件明細書の記載とも整合する。したがって,「空間」であることから,直ちに「専ら」あるいは「主に」浸水防止を企図していることは導けない。また,SOLAS条約によれば,浸水率の計算において,タンクは,0または0.95のいずれかよりリスクが高くなるケースを用いて計算すべきとされており,タンクであってもそれに面する側壁が損傷した場合浸水する場合があることとなるから,「空間に面する側壁が損傷した場合浸水すること」が,必ずしもタンクを排除するものとはいえない。
次に,本件発明の課題及び解決手段は,前記のとおり,浸水防止部屋を設けて,側壁における隔壁の近傍が損傷を受けても,浸水防止部屋が浸水するだけで,浸水防止部屋を設けた部屋が浸水することがないようにすることで,浸水区画が過大となることを防止し,設計の自由度を拡大することを目的とするものである。そうだとすれば,「浸水防止部屋」は,それに面する側壁が損傷し浸水しても,それが設けられた「部屋」に浸水しないような水密構造となっていれば,浸水区画が過大となることを防止するという本件発明の目的にかなうのであって,タンク等の他の機能を兼ねることが,当該目的を阻害すると認めるに足りる証拠はない(被告は,タンクが浸水すると,タンク本来の機能を果たせなくなったり,環境汚染につながったりするから,タンクと「浸水防止部屋」は両立しえないと主張するが,本件発明は,「浸水防止部屋」を意図的に浸水(損傷)しやすくするわけではないから,上記認定は左右されない。)。かえって,実願昭49-19748号(実開昭50-111892号)のマイクロフィルム(甲17)には,別紙5に示す第1図及び「本考案は,横置隔壁2の船側部両端に,船側外板1を一面とした高さ方向に細長い浸水阻止用の区画7を備えているから,横隔壁数を増加しなくても,船側外板1の損傷による船内への浸水を該区画7内に,または該区画7と隣接する1つの船内区画内にとどめることができ」(4頁下から7~1行)との記載があり,本件発明の「浸水防止部屋」の機能に類似する「空間7」を有する船舶の発明が開示されているところ,同文献には,「該区画7を小槽として利用することもできる。」(5頁7行)とも記載されているから,浸水防止を目的とした区画を,小槽(タンク)として利用することは,公知であったと認められる。また,「浸水防止部屋」が他の機能を兼ねることを許容する方が,設計の自由度が拡大し,その意味で本件発明の目的に資するものである。
以上によれば,「浸水防止部屋」とは,それに面する側壁が損傷し浸水しても,それが設けられた「部屋」に浸水しないような水密の構造となっている部屋を意味すると解するのが相当である。
(イ) 被告は,本件明細書の段落【0004】を根拠に,本件明細書では,タンクと浸水防止部屋は区別されている旨主張する。
しかし,段落【0004】は,ボイドスペースを海水バラストタンクとして機能させるという従来技術が記載されているにとどまり,タンクと浸水防止部屋を比較して記載しているものではないから,前記「浸水防止部屋」の解釈を左右するものではない。
エ アンチローリングタンクについて
甲4発明のアンチローリングタンクは,タンクであって液体を貯留するものであるから,それが設けられた部屋に液体が浸水しないような水密の構造となっている可能性がある。
しかるに,本件審決は,アンチローリングタンクが,専ら浸水防止を企図した空間ではないとの理由のみから,これが浸水防止部屋に該当せず,無効理由2-2は成立しないと判断したものであるから,本件審決の判断には誤りがあり,その誤りは審決の結論に影響を及ぼすものである。
(以下省略)
9 結論
以上のとおり,取消事由1から6については理由がないが,取消事由7については理由があるので,本件審決のうち,請求項1,2,5から12に係る部分については取り消し,請求項3,4に係る部分については原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
【所感】
本件訂正発明1の「浸水防止部屋」とアンチローリングタンクとでは、機能や目的等が全く異なると考えられるので、裁判所の判断は厳しすぎると感じる。とはいえ、本件訂正発明1に記載された特徴以外にも、浸水防止部屋ならではの構造上の特徴があると考えられるので、浸水防止部屋ならではの構造上の特徴を明細書等により詳細に記載しておくべきであったと考えられる。