空調服の空気排出口調整機構、空調服の服本体及び空調服審決取消請求事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2023.02.07
事件番号 R4(行ケ)10037
担当部 知財高裁第2部
発明の名称 空調服の空気排出口調整機構,空調服の服本体及び空調服
キーワード 進歩性
事案の内容 本件は、特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消訴訟である。審決では、本件発明(請求項3~10)について進歩性が認められた。これに対し、公然実施された発明(2つの紐で空気排出口の開口度を調整できる空調服)と、腰回りの大きさを調整するベルトを備えた介護用パンツとを組み合わせることで、本件発明(請求項3~10)に容易に想到できると認定され、進歩性が否定された。

事案の内容

【手続の経緯】
平成25年10月 9日 原出願   (特願2013-212139号)
平成29年 6月16日 設定登録  (特許6158675号)
令和 2年10月15日 無効審判請求(無効2020-800103号)
令和 4年 3月30日 請求棄却
令和 4年 5月 6日 審決取消訴訟提訴
 
【本件発明3】
 送風手段を用いて人体との間に形成された空気流通路内に空気を流通させる空調服の襟後部と人体の首後部との間に形成される、前記空気流通路内を流通する空気を外部に排出する空気排出口について、その開口度を調整するための空気排出口調整機構において、
 第一取付部を有し、前記空調服の服地の内表面であって前記襟後部又はその周辺
の第一の位置に取り付けられた第一調整ベルトと、
 前記第一取付部の形状に対応して前記第一取付部と取り付けが可能となる複数の第二取付部を有し、前記第一調整ベルトが取り付けられた前記第一の位置とは異なる前記襟後部又はその周辺の第二の位置に取り付けられた第二調整ベルトと、
 を備え、
前記第一取付部を前記複数の第二取付部の少なくともいずれか一つに取り付けることで前記空気流通路内を流通する空気の圧力を利用することにより、前記襟後部と人体の首後部との間に、複数段階の予め定められた開口度で前記空気排出口を形成することを特徴とする空気排出口調整機構。
 
【審決の概要】
・本件公然実施発明(以下、下線は筆者が付したものである。)
 ファンを用いて人体との間に形成された空気流通路内に空気を流通させる空調服の襟と人体の首との間に形成される、前記空気流通路内を流通する空気を外部に排出する空気排出口を備えた空調服において、
 前記空調服の服地の内表面であって前記襟又はその周辺の第一の位置に取り付けられた紐1と、
 前記紐1が取り付けられた前記第一の位置とは異なる前記襟又はその周辺の第二の位置に取り付けられた紐2とを備え、
2本の紐(1、2)を結ぶことによって、空気排出量を調節することができる
首周りの空気排出スペースを調整する手段。
 
・本件発明3と本件公然実施発明との対比
(一致点1)
 送風手段を用いて人体との間に形成された空気流通路内に空気を流通させる空調服において、襟後部と人体の首後部との間に形成される、前記空気流通路内を流通する空気を外部に排出する空気排出口の開口度を調整するための手段である点。
(相違点1)
 空気排出口の開口度を調整するための手段について、
 本件発明3は、「第1調整ベルトと第2調整ベルトとを備え、第一取付部を複数の第二取付部の少なくともいずれか一つに取り付けることで空気流通路内を流通する空気の圧力を利用することにより、襟後部と人体の首後部との間に、複数段階の予め定められた開口度で空気排出口を形成する」「開口度を調整するための空気排出口調整機構」であるのに対し、
 本件公然実施発明は、「前記空調服の服地の内表面であって前記襟後部又はその周辺の第一の位置に取り付けられた紐1と、前記紐1が取り付けられた前記第一の位置とは異なる前記襟後部又はその周辺の第二の位置に取り付けられた紐2とを備え、2本の紐(1、2)を結ぶことによって、空気排出量を調節することができる、首周りの空気排出スペースを調整する手段」である点。
 
・相違点1についての判断
 本件公然実施発明が無段階で調節できる利点を有するものの、異なる位置への速やかな調節には向いていないものであるのに対し、本件発明3が、有段階で微調節に向かないものの、異なる位置への変更は容易であるから、両者は互いにその技術的意義を異にするものであり、本件公然実施発明の2本の紐を結ぶことによる「首周りの空気排出スペースを調整する手段」を、本件発明3の「複数の第二取付部を有」する「第二調整ベルト」を備え、「第一調整ベルト」の「第一取付部を複数の第二取付部の少なくともいずれか一つに取り付ける」ようにして「複数段階の予め定められた開口度で空気排出口を形成する」「空気排出口調整機構」に置き換えることの動機付けがない
【原告の主張】
 本件公然実施発明は、長さを無段階に調節できるようにする目的で結び紐を採用するものではなく、長さを無段階で微調整できる利点を指向するものでもない(本件公然実施発明は、一番簡略な手法をとりあえず採用したものである。)。本件発明3と本件公然実施発明は、長さを調節するという技術的事項・意義において基本的に共通しており、本件審決が指摘する両者の違いは、長さの調整の仕方の違いにすぎないから、このような両者の違いは、上記動機付けを否定する理由になるものではない。そして、2つの紐状部材を結んで(締結して)つなぐのに手間がかかるという課題は、周知かつ自明のものであるから、本件公然実施発明に接した当業者にとって、このような課題を解決する手段があれば、これを採用する動機付けが存在するというべきである。
 
【裁判所の判断】
(1) 本件発明3と主引用発明(筆者注:上記公然実施発明)との相違点
審決認定相違点に係る本件発明3の構成の容易想到性の判断に当たっては、空気排出口
の開口度を調整するための手段(空気排出口調整機構)に係る次の各点(以下「本件相違
点」という。)を検討すれば足りる。
ア 本件発明3の「第一調整ベルト」は、「第一取付部を有」するのに対し、主引用発
明の「紐1」は、そのような構成を備えない点
イ 本件発明3の「第二調整ベルト」は、「前記第一取付部の形状に対応して前記第一
取付部と取り付けが可能となる複数の第二取付部を有」するのに対し、主引用発明の「紐
2」は、そのような構成を備えない点
ウ 空気排出口の形成に関し、本件発明3は、「前記第一取付部を前記複数の第二取付
部の少なくともいずれか一つに取り付けることで」形成するのに対し、主引用発明は、そ
のような構成を備えない点
エ 空気排出口の開口度に関し、本件発明3は、「複数段階の予め定められた」もので
あるのに対し、主引用発明は、そのような構成を備えない点 (2) 副引用発明の認定
(ア)甲30に記載された介護用パンツ1には、後当て部4の両端部に長尺の「帯紐6a」及び「帯紐6b」が設けられているところ、これらの「帯紐6a」及び「帯紐6b」は、個人差のある腰回りの大きさに応じて介護用パンツ1の装着が可能となるようにするとの効果を得る目的で、それらの装着長さを調整するように設けられたものであるから、それぞれ本件発明3の「第一調整ベルト」及び「第二調整ベルト」に相当するということができる。
(イ) 前記アの記載のとおり、甲30の図2に記載された「帯紐6a」には、止め部材として「ボタン7a」が設けられているところ、これが本件発明3の「第一調整ベルト」に設けられた「第一取付部」に相当することは明らかである。
(ウ) 前記アの記載のとおり、甲30の図2に記載された「帯紐6b」には、止め部材として複数の「ボタン7b」が設けられているところ、「ボタン7a」と「ボタン7b」は、相互に着脱自在とされるものであるから、「ボタン7b」は、「ボタン7a」の形状に対応して「ボタン7a」と取付けが可能となる複数の部材であるといえる。また、「帯紐6b」に設けられた止め部材である「ボタン7b」が本件発明3の「第二調整ベルト」に設けられた「第二取付部」に相当することは明らかである。以上によると、甲30の図2に記載された「ボタン7b」は、本件発明3の「前記第一取付部の形状に対応して前記第一取付部と取り付けが可能となる複数の第二取付部」に相当するということができる。
(エ) 前記アの記載のとおり、甲30の図2に記載された「ボタン7a」は、複
数ある「ボタン7b」のいずれか一つにはめ込まれるものであるから、甲30には、本件発明3の「前記第一取付部を前記複数の第二取付部の少なくともいずれか一つに取り付ける」との構成に相当する構成が開示されているといえる。
(オ) 甲30の図2に記載された「ボタン7a」が「ボタン7b」のいずれにはめ込まれるかにより、「帯紐6a」及び「帯紐6b」の装着長さは、複数段階のあらかじめ定められたものとなるといえる。したがって、甲30には、本件発明3の「複数段階の予め定められた」との構成に相当する構成が開示されているといえる。
(カ) 以上のとおりであるから、甲30には、本件相違点に係る本件発明3の構成に相当する構成を全て含んだ介護用パンツの発明が記載されているものと認めるのが相当である。
 
(3) 副引用発明の主引用発明への適用
ア 主引用発明が属する技術分野と副引用発明が属する技術分野は、身体の一部を包ん
で身体に装着する被服であるという点で関連性を有する。
イ 証拠によると、主引用発明に接した当業者は、2つの紐状部材を結んでつないで長さを調整することや、そもそも2つの紐状部材を結んでつなぐこと自体、手間がかかって容易ではないとの周知かつ自明の課題を認識するものと認められ、また、当業者は、副引用発明につき、これを当該課題を解決する手段として認識するものと認められるから、主引用発明から認識される課題と副引用発明が解決する課題は、共通する。主引用発明が空調服の首周りの空気排出スペースの大きさを調整するものであるのに対し、副引用発明が介護用パンツの腰回りの大きさを調整するものであるとの点(両者が何を調整するのかにおいて異なること)は、課題の共有性に係る上記結論を左右するものではない(両者は、
紐状部材の締結により被服が形成する空間の大きさを調整するとの目的ないし効果におい
て異なるものではない。)。
ウ 上記ア及びイのとおりであるから、主引用発明に接した当業者は、副引用発明を採
用するよう動機付けられたものと認めるのが相当である。
(4)以上によると、当業者は、本件相違点に係る本件発明3の構成に容易に想到し得
たものと認められ、したがって、当業者は、審決認定相違点に係る本件発明3の構成にも
容易に想到し得たものと認められる。
 
【所感】
 裁判所の判断では、主引用発明と副引用発明は、同じ被服の分野であるという点で関連性を有すると判断された。しかし、被服の中でも比較的特殊な「送風手段を用いて人体との間に形成された空気流通路内に空気を流通させる衣服」と「介護用パンツ」の当業者は大きく異なり、主引用発明に副引用発明を適用する動機づけは難しいのではないかと考える。
 令和2年(行ケ)10103号「多色ペンライト」事件では、「進歩性の判断においては、・・・、主引用発明と副引用発明又は周知の技術事項の技術分野が完全に一致しておらず、近接しているにとどまる場合には、技術分野の関連性が薄いから、主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を採用することは直ちに容易であるとはいえず、それが容易であるというためには、主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を採用することについて、相応の動機付けが必要であるというべきである。」と判示されている。副引用発明中では「この止め部材7a、7bとしては、面ファスナー、ホック又はボタン等を固定し、長尺の面ファスナー、或いは複数のホック又はボタンに対して、どの位置で固定するによって、帯紐6a、6bの装着長さを調整することにより、個人差のある腰周りの大きさに対応するようにしている。(段落0036)」と記載されているだけであり、主引用発明の課題と共通しているとも考え難い。裁判所の判断は、被告(特許権者)にとって厳しすぎる印象を受ける。