液体を微粒子に噴射する方法とノズル事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2018.01.11
事件番号 H27(ワ)12965
発明の名称 大阪地方裁判所第26民事部
キーワード 構成要件充足性、技術的範囲
事案の内容 本件特許に基づく侵害訴訟事件であり、被告製品が本件特許の技術的範囲に属さないと認定された事案。
特許請求の範囲において特定されていない「微粒子」の大きさの範囲を、本件発明の技術的意義に基づいて特定し、被告製品において特定が困難な微粒子の大きさを種々の証拠に基づいて推認して判断された点がポイント。

事案の内容

【本件発明1】
A:液体を薄膜流とし,この薄膜流を気体流で空気中に噴射して,液体を微粒子に噴射する方法において,
B:加圧された空気を,空気口から開放された空間に噴射して高速流動する空気流とすると共に,
C:空気口から噴射される空気を,液体の流動方向に平滑な平滑面に向けて噴射して,この平滑面に接触しながら平滑面と平行に一定の方向に高速流動する空気流とし,
D:空気流を高速流動させている平滑面の途中に,空気流の流動方向に交差するように,しかも,空気流と平滑面との間に液体を供給し,供給された液体を,高速流動する空気流で平滑面に押し付けて薄く引き伸ばして薄膜流とし
E:この薄膜流を平滑面から離して微粒子として噴射することを特徴とする
F:液体を微粒子に噴射する方法。
 
※基本的な構成は、本件特許公報の図5参照。
 
※本レジュメでは、本件発明2,4,6については省略。
 
【被告製品】
 イ号製品(ノズル)・・・判決文第55頁図面参照。
 ハ号製品(ノズル)・・・判決文第57頁図面参照。
 
【裁判所の判断】
・・・
 
2 争点1-カ(イ号製品等が,「液体を微粒子に噴射する」ものであるか)について
・・・本件明細書においては,まず,従来技術において,粒子径を10μm以下の微粒子に噴射できるノズル5 は,極めて詰まりやすいという欠点があることを指摘した上で,本件発明はその詰まりやすいという課題を解決することを目的とするものであることを説明し,さらに,課題解決手段の項でノズル試作段階の結果に触れ,いったん粒子径を5μmとする微粒子が得られるノズルの試作に「成功」したが,同ノズルは,調整を誤ると粒子径が20ないし30μmと急激に大きくなってしまう「欠点」があるので,さらなる試行錯誤の中で,10μm以下の微粒子が得られるノズルを製作し,最終的にはそのノズルの問題点を解決したとしている。
 そして,試作したノズルにおいて,1分間に1000gの液体を噴射すれば,粒子径を10μm以下の微粒子の液滴を噴射することに「成功」することを説明している。
 これらの本件明細書の記載からすると,本件発明は,単に,ある程度粒径の小さな粒子が噴射されれば足りるというのではなく,液体を「極めて小さい微粒子」に噴射できることが重要な目的のひとつとして挙げられている(【0008】)ように,噴射される「微粒子」の大きさが極めて重要な意味を有するものであることから,本件発明において生成されるべき「微粒子」の粒径の範囲は特定されているものと解するのが相当である。
 そして,前記各記載においては,10μm以下の微粒子の噴射を「成功」,20ないし30μmの微粒子の噴射を「欠点」と位置づけており,また,本件発明は,もともと,従来技術によった場合の粒子径10μm以下の微粒子に噴射できるノズルにおける欠点を解決することを目的としたものであるとしていることも踏まえると,本件発明において噴射されるべき「微粒子」は,粒子径10μm以下のものとして設定されており,本件発明の「液体を微粒子に噴射する」とは,高速流動空気によって押しつけられた液体の薄膜流が平滑面ないし傾斜面から離れるときに10μm以下の液滴の微粒子になることをいうと解するのが相当である。
 そして,この解釈は,出願手続における拒絶理由通知に対して原告が特許庁に提出した意見書(乙3)・・・とも合致するところである。
 
イ これに対し,原告は,上記の本件明細書の記載は例示にすぎない等と主張するが,前記のとおり,本件明細書の記載では,従来技術の課題,課題を解決するための手段及び発明の効果のいずれにおいても粒子径を10μm以下にすることが記載されているから,これらの記載を総合すれば,本件発明によって噴射される微粒子のあるべき粒子径として10μm以下という数値が設定されていると解するのが相当であり,これら記載を,単に例示として記載された数値にすぎないとする原告の主張は採用できない。
・・・
(2) 粒子径の評価指標について
 証拠(乙9及び16)及び弁論の全趣旨によれば,分布する粒子径の評価をする際の代表値の取り方には,一般にD50とザウター平均径があり,D50は,粒径分布上の50パーセント中位の粒径をとったものであり,ザウター平均径は,粒子の体積の総和と表面積の総和との比をとったものであると認められる。しかし,本件発明によって噴射される微粒子につき,その粒子径の評価に用いられた指標は,本件明細書上明らかではない。
・・・
 以上を踏まえると,噴霧ノズルにおける粒子径の評価指標としては,D50,ザウター平均径のいずれもが一般的に用いられているというべきであるから,技術常識を考慮しても,本件明細書における粒子径がそのいずれを評価指標とするものかを決することはできない。そうすると,明細書の公示機能に鑑み,本件発明の技術的範囲に属するのは,D50,ザウター平均径のいずれの指標を用いて測定しても,噴射される微粒子の粒子径が10μm以下となる場合に限ると解するのが相当である。
 
(3) 対比の対象となる微粒子について
 前記のとおり,本件発明の技術的意義は,傾斜面に沿って高速流動させた空気流によって,供給から傾斜面に送り出された液体を薄く引き伸ばして薄膜流とすることにより,この薄膜流が傾斜面を離れる時に,表面張力で粉々にちぎれて微粒子の液滴となるようにすることにあり,・・・液体が平滑面又は傾斜面上で薄く引き伸ばされ,「微粒子」になった状態で噴射されること,すなわち,平滑面又は傾斜面から離れる時点で引き伸ばされた液体が「微粒子」の状態になっていることを前提とするものであり,平滑面又は傾斜面から離れた粒子に,他の粒子との衝突など,何らかの要因が加わって,事後的に「微粒子」となることまでその技術的範囲に含むものではないと解するのが相当である。
 したがって,本件では,イ号製品等において,噴霧流同士が衝突する前に粒子径10μm以下の微粒子が製造されているか否かについて検討すべきである。
 
(4) イ号製品等における衝突前の粒子径について
・・・
(ア) ハ号製品を用いた被告による実験結果(乙9)
 ハ号製品では,上流側の液体供給口及び空気口と下流側の液体供給口及び空気口には,それぞれ別個の供給路により液体及び空気が供給されることから,片側の液体及び空気の供給を止めることにより,噴霧流同士が衝突しない状況を作出できる。
・・・
イ 衝突なし試験に基づく検討
(ア) 被告による実験結果について
 前記のとおり,ハ号製品を用いた被告による実験では,衝突前の微粒子の粒子径は,D50 が35.77μm,ザウター平均径が33.71μmとなり,10μmを大きく超えている。ハ号製品を用いた場合,液体供給口及び空気口の片側を閉塞することにより,通常の噴霧状況と変わらない状況の下で噴霧流同士の衝突が生じない状況を作出することができることから,被告による衝突なし試験の結果は,当該試験条件下での衝突前の液滴の粒度を示すものとして信用するに足りるというべきである。
 
(イ) イ号製品を用いた原告による実験結果1(甲19)
 イ号製品はハ号製品と異なり,液体供給口と空気口の起点が一体化しており,片側のみ液体供給と空気供給を停止することができない構造となっている。・・・
・・・
 この点に加え,そもそも噴射口を閉塞しても,噴霧流同士の衝突を完全に封ずることができていないことも併せ考慮すれば,原告による衝突なし試験については,直ちに採用することができないといわざるを得ない。
 よって,原告による衝突なし試験の結果から,イ号製品等において,衝突前に,D50 及びザウター平均径が10μm以下の微粒子が製造されるものと認めることはできない。
 
ウ 衝突あり試験及びデータに基づく検討
 そこで次に,衝突あり試験の結果得られた粒子径をもとに,イ号製品等において衝突前に粒子径10μm以下の微粒子が得られると推認することができるか否かにつき検討する。
・・・衝突なし試験について唯一信用するに足る測定値であると認められる被告による実験結果によれば,気液比1300ないし1400の設定条件下で得られる衝突前の微粒子の粒子径は,衝突後の微粒子の粒子径に比して,D50 につき約2.09倍(35. 5 77μm/17.09μm),ザウター平均径につき約3.39倍(33.71μm/9.92μm)となったことが認められる。・・・液滴径が被告の実験よりも小さくなった場合に,衝突前後で液滴径がどのように変わるかについては,これを認めるに足りる的確な証拠がないことから,衝突あり試験及びデータから衝突前の液滴径を推認するに当たっては,上記の被告の実験における変化の度合いを踏まえて検討する以外にないというべきである。
・・・イ号製品等が衝突前に粒子径10μm以下の液滴を噴射し得るか否かは,その使用方法に依存しているところ,イ号製品等が,その想定する通常の使用方法の下で衝突前に粒子径10μm以下の液滴を噴射し得るのでなければ,産業社会において実際にそのような機能効用を有する製品として取り扱われることがないのであるから,そのような場合にまで,イ号製品等が衝突前に粒子径10μm以下の液滴を噴射し得る構成を有するということはできない。
e そして,本件発明においては,前記のとおり,D50 及びザウター平均径のいずれによっても衝突前に粒子径10μm以下の液滴が噴射されることが必要であると解されるから,ザウター平均径の場合について上記のとおり衝突前に10μm以下の液滴を噴射し得るとは認められない以上,D50 の場合について検討するまでもなく,原告による衝突あり試験の結果から,イ号製品等において,衝突前に,10μm以下の液滴径が得られる構成を有するということはできない。
・・・
(5) 以上より,イ号製品等におい5 て,噴霧流同士の衝突前にD50 及びザウター平均径のいずれもが10μm以下の微粒子が製造されると認めることはできない。
 よって,イ号製品等は,少なくとも本件発明1の構成要件A,E及びF,本件発明2の構成要件H,本件発明4の構成要件ア,オ及びカ,本件発明6の構成要件キを充足するとは認められない。
 
【所感】
 本件では、微粒子の大きさを、明細書の記載から特定している。特許法第70条に基づいて、技術的範囲を定める際に、明細書の記載を参酌することができるとは言え、技術的範囲を、クレームされていない具体的な数値範囲で限定してしまうことが妥当な判断であるのか議論の余地があると思う。
 また、本件では、被告製品において微粒子同士が衝突する前の微粒子の大きさの特定が困難であることから、種々の実験結果から推認された結果に基づいて判断されているが、本判決での判断が、論理的かつ客観的で妥当なものと言えるかどうかは、やはり、議論の余地があるように思う。
 
 本件では、明細書に微粒子の大きさの測定方法が特定されていないことから、技術常識を考慮して、一般的に採用されていると考えられる2つの測定方法が特定され、両方の測定方法で得られた測定値がいずれも、技術的範囲に属する必要があると判示されている。本件に限らず、これまでにも、明細書を参酌しても測定方法の特定ができない場合には、こうした判断がなされてきている。こうした判断の下では、明細書中に技術範囲に関わるパラメータの測定方法が記載されていなければ、技術的範囲に属するか否かの判定基準が増えることとなり、権利者にとって不利な結果につながる。よって、特許明細書を作成する実務家にとっては基本的なことではあるが、そうしたパラメータの測定方法については明細書中に積極的に記載すべきである。
 
 なお、その他にも、本件では、被告製品において想定されている使用環境の範囲内で技術的範囲に属する機能が発揮されるのか、をひとつの判断基準として示している点についても興味深いと考える。