プログラム審決取消訴訟

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2023.08.10
事件番号 R4(行ケ)10118
担当部 知財高裁第2部
発明の名称 プログラム
キーワード 進歩性
事案の内容 本件は、拒絶査定の不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。原告は、甲4に記載された発明を上位概念化し公知技術として認定することは誤りであることを主張したが、その主張は認められなかった。

事案の内容

【手続の経緯】
平成28年 5月11日 原出願 (特願2016-095558)
令和 2年12月 7日 分割出願(第2世代)(特願2020-202553号)
令和 3年11月30日 拒絶査定
令和 4年 3月 1日 拒絶査定不服審判請求(拒絶2022-003044号)
令和 4年10月12日 請求不成立の審決
令和 4年11月21日 審決取消訴訟提起
 
【特許請求の範囲】
【請求項2】
A タッチパネルディスプレイを有する制御装置であって、
B 前記制御装置とは異なる制御対象機器の状態を前記制御対象機器から取得する第1手段と、
C 前記取得した状態に基づいて、前記制御対象機器の状態を示す状態表示を、前記制御対象機器の状態に応じた表示態様で前記タッチパネルディスプレイに表示させる第2手段と、
D 前記状態表示の表示態様を更新するタッチ操作に応じて、更新後の前記状態表示の表示態様と前記制御対象機器の状態とが対応するよう、前記制御対象機器の状態を調整するための制御信号を生成する第3手段と、を備え、
E 前記制御対象機器は、スピーカを有するがテレビではなく、
F 前記制御対象機器の状態は、前記スピーカの音質または音量であり、
G 前記スピーカを有するがテレビではない制御対象機器との通信が可能でない場合には、前記状態表示の表示態様を更新できない、
A 制御装置。」
 
【審決の要旨】
(1) 甲1(特開2013-106168号公報)に記載された発明の認定甲1には、次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。
(甲1発明)
表示部45、表示部45の表示面上に形成されるタッチパネルセンサ46を備えるリモートコントローラ(制御端末装置)であって、
無線の伝送路により構成されるネットワーク4上の他の機器から送信されてきた情報、例えば各機器の現在の音量設定情報の受信処理を行い、
各機器の音量設定情報については、後述する音量操作表示での表示内容に反映させ、
表示部45では、音量操作表示70として示すようなGUI表示が行われ、音量操作表示70としては、マスター音量設定部FDMと、個別音量設定部FD1~FD4としての表示を含み、再生装置1に対応して個別音量設定部FD1、ネットワークスピーカ2Bに対応して個別音量設定部FD2、ネットワークスピーカ2Cに対応して個別音量設定部FD3、ネットワークスピーカ2Dに対応して個別音量設定部FD4が、それぞれ表示され、再生装置1は、例えば音楽コンテンツの再生部やスピーカ部等を備え、独自に音楽等の再生を行うことができる機器であり、コンテンツデータを、ハードディスクドライブ(HDD:Hard Disk Drive)、フラッシュメモリ、複数毎の光ディスク、例えばCD(Compact Disc)、DVD(Digital Versatile Disc)、BD(Bluray Disc(登録商標))等を収納した交換型光ディスクプレーヤなどから再生し、ネットワークスピーカ2B、2C、2Dはアンプ及びスピーカ部を備えた音声出力機器であり、再生装置1はサーバ装置として、ネットワーク4上のネットワークスピーカ2B、2C、2Dに対して再生た音楽コンテンツデータを配信することができ、個別音量設定部(FD1~FD4)に、それぞれスライドバー(SL1~SL4)、ノブ(N1~N4)、数値表示部(L1~L4)、ミュートボタン(MT1~MT4)が含まれ、
例えば個別音量設定部FD1について述べると、ユーザはスライドバーSL1上でノブN1を左右に移動させることで、対応する音声出力装置である再生装置1の出力音量の設定を増減させることができ、
現在の音量設定値が数値表示部L1に表示され、例えば、ユーザがノブN1を「75」の位置まで移動させた場合、音量設定状態を「75」に相当するレベルまで上昇させる制御コマンドを再生装置1に送信すると、再生装置1の制御部11は、この制御コマンドの受信に応じて、アンプ部17での出力音量設定を可変制御することにより、再生装置1の出力音量が「75」相当のレベルまで上昇され、リモートコントローラ3における音量操作表示70は、常に実際の音量設定を表す表示状態とされる、リモートコントローラ3。
(2) 甲4(特開2007-158409号公報)に記載された技術の認定
ア 甲4には、次の技術(以下「審決認定甲4技術」という。)が記載されている。
(審決認定甲4技術)
操作対象の高精細テレビ1との間で、信号の送受信を試みて、無線通信が可能な環境であるかどうかをチェックし、
無線通信が不能と判断されたときは、メニュー表示中の「テレビ再生」という項目を操作部312で選択したとしてもその操作が無効になるよう構成する技術。
イ 審決認定甲4技術は、無線通信を利用して高精細テレビ1を操作制御する技術であるから、無線通信を利用した操作制御技術であって、当該無線通信が不能の場合には、「テレビ再生」という項目を選択する操作をしても、高精細テレビ1で「テレビ再生」を実行することができない、すなわち、当該操作を無効にする構成であるといえる。
すなわち、無線通信を利用した操作制御技術において、通信が不能と判断されたときに、通信が不能であると実行できない機能(「テレビ再生」)についての操作を無効なものとする操作制御技術(以下「本件技術」という。)は、公知技術であるといえる。
(3) 本願発明と甲1発明との対比
本願発明と甲1発明は、次の一致点で一致し、相違点で相違する。
(一致点)
タッチパネルディスプレイを有する制御装置であって、
前記制御装置とは異なる制御対象機器の状態を前記制御対象機器から取得する第1手段と、
前記取得した状態に基づいて、前記制御対象機器の状態を示す状態表示を、前記制御対象機器の状態に応じた表示態様で前記タッチパネルディスプレイに表示させる第2手段と、
前記状態表示の表示態様を更新するタッチ操作に応じて、更新後の前記状態表示の表示態様と前記制御対象機器の状態とが対応するよう、前記制御対象機器の状態を調整するための制御信号を生成する第3手段と、を備え、
前記制御対象機器は、スピーカを有するがテレビではなく、
前記制御対象機器の状態は、前記スピーカの音質または音量である、
制御装置。
(相違点)
本願発明は、「前記スピーカを有するがテレビではない制御対象機器との通信が可能でない場合には、前記状態表示の表示態様を更新できない」ものであるのに対し、甲1発明は、そのような構成に特定されているものではない点。
(4) 相違点についての判断
ア 無線通信においては、通信状況を通常監視しており、無線通信を利用した操作制御技術において、通信が可能でない状態となった場合にどのような対処を行うかをあらかじめ検討しておくことは、当業者であれば当然に考慮する事項である。そうすると、甲1発明においても、リモートコントローラ3と各機器との通信が可能でない状態となった場合にどのような対処を行うかをあらかじめ検討しておくことは、当業者であれば当然に考慮する事項であるといえる。
ここで、甲1発明において通信が可能でない状態では、リモートコントローラ3からの制御コマンドを再生装置やネットワークスピーカが受信することができないため、リモートコントローラ3の音量操作表示70で音量設定を変化させても、再生装置やネットワークスピーカの出力音量は変化せず、音量設定を変化させる前の音量のままである。
そうすると、甲1発明のリモートコントローラ3における音量操作表示70は、常に実際の音量設定を表す表示状態を反映していることから、通信が可能でない状態では、実際の音量設定すなわち音量設定を変化させる前の音量を表示させようとすると考えるのが自然である。
そして、上記(2)で検討したように、本件技術は公知技術であり、甲1発明と本件技術は、被制御機器を無線により制御するという点で共通する技術である。
してみると、甲1発明において、通信が可能でない状態では、実際の音量設定すなわち音量設定を変化させる前の音量を表示させるために、本件技術を採用し、ユーザがノブN1を「75」の位置まで移動させる操作を無効にし、元の位置のままの表示をする、すなわち、表示を更新せず元のままにすることで「前記状態表示の表示態様を更新できない」という相違点に係る構成とすることは、当業者が容易に想到し得るものである。
【原告の主張】
2 公知技術の認定について
(2) 次に、本件審決は、審決認定甲4技術に基づき、本件技術が公知技術であると認定した。しかしながら、本件審決による本件技術の認定は、①制御対象機器を制御する主体(以下「制御主体」という。)が「デジタルカメラ3」であることを捨象し、②制御主体(デジタルカメラ3)における操作の対象(以下、審決認定甲4技術及び原告主張甲4技術における「操作対象」(これは、制御対象機器を指すものと解される。)と区別するため、「操作場所」という。)が「操作部312」であることを捨象し、③制御対象機器が「高精細テレビ1」であることを捨象し、④制御対象機器に対する制御の内容(以下「制御内容」という。)を「テレビ再生」に限定されない「通信が不能であると実行できない機能」を包含するものと解し、これらにより、甲4の記載から認定される原告主張甲4技術を過度に上位概念化するものであるところ、甲4には、そのような上位概念化を許容する根拠となるべき記載はない。
また、公知技術は、公知文献等を根拠に認定されるべきところ、本件審決は、何の根拠もなく、いわばアプリオリに、本件技術が公知技術であると認定したものである(本件審決が依拠する甲4は、公知技術を示す例として後付けで挙示されたものにすぎない。)。
さらに、甲4は、「無線通信が不能である場合には、無線通信が不能であると実行できない「テレビ再生」という機能を実行するための操作を行ったとしても、その機能を実行できない」という当然の事項を開示するにすぎないのであって、本件審決が判断したように「通信が不能と判断されたときに、どのような制御を行うかを考えた」ものではなく、本件技術が公知技術であることを示す例にすらなっていない。
【裁判所の判断】
(5) 甲4により認められる公知技術
ア 前記(1)のとおりの甲4の記載が具体的に言及している技術の内容に即してみると、甲4には、具体的には、原告が主張するとおりの次の技術(原告主張甲4技術)が記載されているものと認められる。
「デジタルカメラ3が、操作対象の高精細テレビ1との間で、信号の送受信を試みて、無線通信が可能な環境であるかどうかをチェックし、無線通信が不能と判断されたときは、メニュー表示中の「テレビ再生」という項目を操作部312で選択したとしてもその操作が無効になるよう構成する技術」
イ 前記アのとおり、甲4に記載された具体的な技術(原告主張甲4技術)は、制御主体をデジタルカメラ3とし、操作場所を操作部312とし、制御対象機器をテレビ(高精細テレビ1)とし、無効なものとされる操作の内容を「メニュー表示中の「テレビ再生」という項目を選択した操作」とするものである。しかしながら、前記(1)のとおりの甲4の記載及び原告主張甲4技術の内容に照らすと、原告主張甲4技術を無線通信を利用した電子機器の制御に用いる場合、制御主体がデジタルカメラ3であること及び制御対象機器がテレビ(高精細テレビ1)であることに特段の技術的意義があるものとは認められず、甲4の記載によっても、制御主体をデジタルカメラ以外の機器とし、制御対象機器をテレビ(高精細テレビ)以外の機器とした場合において、原告主張甲4技術に相当する技術が成り立たないものである、原告主張甲4技術はそのような機器について適用できないものである、原告主張甲4技術はそのような機器の場合を排除しているなどと認めることもできない。加えて、前記(2)ないし(4)のとおりの乙1ないし3の記載(特に、前記(2)エ、前記(3)ア及びイ、乙3の段落[0080]等)によると、無線通信を利用して電子機器の
制御を行うとの技術において、制御主体が具体的に何であるか(例えば、デジタルカメラであるか、リモートコントローラであるか、携帯通信端末であるかなど)及び制御対象機器が具体的に何であるか(例えば、テレビであるか、給湯器であるか、ボイラーであるか、空調装置であるか、照明であるか、冷蔵庫であるかなど)が特段の技術的意義を有するものとは認められず、乙1ないし3に記載された各技術に相当する技術がそれぞれの刊行物に記載された具体的な機器以外の機器の場合に成り立たないものである、当該各技術はそのような機器について適用できないものである、当該各技術はそのような機器の場合を排除しているなどと認めることもできないことを併せ考慮すると、制御主体及び制御対象機器を特定の機器(それぞれデジタルカメラ3及び高精細テレビ1)に限定しないものとして甲4に記載された公知技術を認定したとしても、そのことが不当な抽象化に当たるとか、過度な上位概念化に当たるとかいうことはできないというべきである(なお、付言すると、前記第2の2の特許請求の範囲の記載及び前記1(1)のとおりの本願明細書の記載も、制御対象機器がスピーカを有するがテレビではない機器であるか、テレビであるか
などによる技術的意義の相違がないことを前提としているものと解される。)。そして、制御主体及び制御対象機器が特定の機器に限定されないのであれば、操作場所及び無効なものとされる操作の内容についても、これらを具体的な操作場所及び操作の内容に限定しないものとして甲4に記載された公知技術を認定することも当然に許されることになる。
(中略)
6 結論
以上の次第であるから、原告が主張する審決取消事由は失当であり、原告の請求は理由がない。
 
【所感】
 原告は、引用発明との構成を差異を主張するために、当初請求項には含まれていなかった「前記制御対象機器は、スピーカを有するがテレビではなく」という構成を追加したと考えられる。しかしながら、裁判所の付言に記載されているように、明細書中には制御対象機器がテレビの実施例が記載されている。このことから、除かれた対象と、残された対象との間の技術的意義の差がないとの心証形成に少なからず影響があったと考えられる。
 中間対応において、引用発明に記載された構成を除く補正をすることにより、新規性・進歩性を主張することが考えられる。この場合においても、除かれた対象と、残された対象とに技術的意義の差がなければ、主張が認められる可能性は低い。特に、除かれた対象が明細書中に記載されている場合には注意が必要である