トイレットロール特許権侵害差止等請求事件
判決日 | 2024.08.21 |
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事件番号 | R4(ワ)22517 |
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担当部 | 東京地裁民事第46部 |
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発明の名称 | トイレットロール |
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キーワード | クレーム解釈 |
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事案の内容 | 本事案は、特許権侵害差止請求事件であり、原告の請求がすべて棄却された。 |
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事案の内容
【原告特許権】
特許権1
(ア) 登録番号 第6735251号
(イ) 発明の名称 トイレットロール
(ウ) 出願日 平成29年4月20日
(エ) 原出願日 平成27年4月14日
(オ) 登録日 令和2年7月15日
特許権2
(ア) 登録番号 第6590596号
(イ) 発明の名称 ロール製品パッケージ
(ウ) 出願日 平成27年8月31日
(エ) 登録日 令和元年9月27日
特許権3
(ア) 登録番号 第6186483号
(イ) 発明の名称 トイレットロール
(ウ) 出願日 平成28年10月13日
(エ) 登録日 平成29年8月4日
※本レジュメでは、特許権1のみについて取り上げる。
【事案の概要】
本事案は、特許権侵害差止請求事件であり、原告の請求がすべて棄却された。
【手続の経緯】
・2022年9月6日 特許権侵害差止請求訴訟を提起
・2024年8月21日 請求棄却判決
【特許権1の請求項1(以下、本件発明1という)】
なお、進歩性違反の無効理由およびサポート要件違反の無効理由も裁判の争点となったが、裁判所は判断を示していない。
【裁判所の判断】(筆者注記:以下の下線部は、本事案における重要部分であるとして筆者により付された。)
1.本件発明1について
ア 本件発明1は、2プライに重ねられたトイレットペーパーを巻き取ったトイレットロールに関するものである(【0001】)。
イ トイレットペーパーは、主に4ロール又は12ロール等を単位として包装されたものが市販されている。これらの包装体はかさ張るため、購入時に持ち運べる量は限られており、一度に購入できる量は自ずと限度がある。また、家庭や職場、公共施設などにおいても保管スペースが限られている。このようなことから、トイレットペーパーのシート1枚当りの坪量を14g/m2以下に低減し、巻長を長くしたトイレットロールが開発されているが、紙の坪量を下げると、強度が低下すると共に使用感やかさ高さが低下する。一方、これらの不具合を補うべく紙のかさを高くするため、カレンダー処理を弱めると、滑らかさが劣ったり、ロール径が大きくなってトイレットペーパーホルダーに収まり難くなる問題がある(【0002】~【0004】)。また、トイレットペーパーの坪量を高くしながら風合いを向上させた従来技術においては、ロールの柔らかさについては検討されていない。ロールの柔らかさとは、店頭でトイレットロールを手に持ったときの触感であり、仮にシート自体が柔らかくてもロールが硬いと、シートも硬いと思われてしまい、購入を促すことができないという問題がある(【0004】)。
ウ 本件発明1は、以上のような課題を前提として、坪量を下げずにシート及びロールの柔らかさに優れると共に1ロール当りの巻長を長くし、販促効果を高め、持ち運びや保管時の省スペース性に優れたトイレットロールの提供を目的とするものであり、このような課題を解決する手段として、トイレットペーパーのシートの柔らかさについては、例えばエンボスを付与して適度な凹凸状にすることで向上させ、さらにロールの柔らかさと巻長を確保するため、巻固さ、巻密度について着目したものである(【0004】、【0005】)。
2 構成要件1Bの充足性について
⑴ 構成要件1Bは、「前記エンボスのエンボス深さが0.05~0.40mm、」というものであり、本件発明1のトイレットペーパーのエンボスのエンボス深さを定めている。本件発明1のトイレットペーパーのエンボスのエンボス深さについては、本件明細書1の【0020】から【0025】までにその測定方法に関する記載があり、そこでは、【図4】、【図5】(a)、(b)が参照されている。それらによれば、構成要件1Bのエンボス深さは、おおむね、以下のように測定されたものである。
ア 本件発明1のエンボス深さDは、形状測定レーザマイクロスコープを用いて、エンボスの高低差を測定することで求める。形状測定レーザマイクロスコープは、点光源であるレーザ光源を、対物レンズを介して観察視野内のX-Y平面を複数に分割したピクセルにスキャンし、各ピクセルの反射光を受光素子で検出する。形状測定レーザマイクロスコープとしては、KEYENCE社製の製品名「ワンショット3D測定マクロスコープ VR-3100」を使用することができ、レーザマイクロスコープの画像の観察・測定・画像解析ソフトウェアとしては、製品名「VR-H1A」を使用することができる。(【0021】)。このように形状測定レーザマイクロスコープにより測定された高さプロファイルは図5(a)のようなものであり、その濃色部位が個々のエンボスを示す(【0022】)。
イ 個々のエンボスについて、図4に示すような、周縁frの最長部である最長部aと、最長部aに垂直な方向での最長部bとを求める(【0022】【0024】)。
ウ 図5aの濃色部が個々のエンボスを示し、X-Y平面画像の色の濃淡でエンボスの凸部(非エンボス部)と凹部が分かるので、エンボスの最長部aを見分けることができ、凸部と凹部が隣接している部分を横切るように線分A-Bを引くと、図5(b)に示すようにエンボスの高さ(測定断面曲線)プロファイルが得られる(【0022】)。
エ 図5(b)の高さプロファイルは、実際のトイレットぺーパーの試料表面の凹凸を示
す(測定)断面曲線Sであるが、トイレットペーパーの表面にある繊維塊などのノイズも含んでいるから、図6に示すように、高さプロファイルの断面曲線Sから、λc:800μm(ただし、λc は JIS-B0601「3.1.1.2」に記載の「粗さ成分とうねり成分との境界を定義するフィルタ」)より短波長の表面粗さの成分を低減フィルタによって除去して輪郭曲線Wを計算する。この輪郭曲線Wのうち、上に凸となる2つの変曲点P1、P2と、変曲点P1、P2ではさまれる最小値を求め、これを深さの最小値Minとする。変曲点P1、P2の深さの値の平均値を深さの最大値Maxとする。そして、エンボス深さD=最大値Max-最小値Minとする。また、変曲点P1とP2のX-Y平面上の距離(長さ)を最長部aの長さとする。(【0023】)。
オ 最長部aに垂直な方向での最長部bについても、上記ウ及びエと同様の方法で、エンボス深さDを測定し、最長部aと最長部bの各エンボス深さDのうち、大きい方の値をエンボス深さDとして採用する(【0025】)。
カ 上記ウからオまでの測定を、トイレットペーパーの表面の任意の10個のエンボスについて行い、その平均値を最終的なエンボス深さDとして採用する。(【0025】)
キ エンボス深さDを測定する際、シングルエンボスパターンであっても、ダブルエンボスパターンであっても、測定面はトイレットペーパーの表面側とする。エンボス深さDで任意の10個のエンボスを選定する際には、トイレットロールの外巻の端部(トイレットペーパーを使用し始める位置)から、トイレットロールの巻長の20%に当たる部分で測定する。巻長の20%の部分がミシン目に当たる場合は、ミシン目の外巻側を測定する
(【0025】)。
⑵ 本件明細書1には、エンボスの深さの測定方法が記載されており、上記⑴エのとおり、輪郭曲線のP1、P2を「変曲点」とした上で、P1とP2ではさまれる最小値や、P1とP2の深さの平均値を求め、その平均値と最小値の差をエンボス深さとしている。その「変曲点」とされるP1、P2は、「上に凸となる」ものである。ここで、図6でP1、P2として示されている点の位置に照らせば、それらP1、P2は、輪郭曲線において「上に凸となる曲率極大点」であると認められる。上記「変曲点」と呼ばれている点が、
「上に凸となる曲率極大点」であることは、本件において、両当事者間に実質的に争いがないと認められる・・・(略)・・・。
⑶ 原告は、各被告製品について、エンボス深さD、エンボス面積を測定した結果として実験結果報告書(甲10。以下「甲10報告書」という。)を提出する。甲10報告書には、・・・(略)・・・。そして、そのような測定の結果、エンボス深さの平均は、被告製品1が0.09mm、被告製品2が0.08mm、被告製品3が0.08mmであったことが記載されている。・・・(略)・・・。
⑷ ・・・(略)・・・甲51報告書では、P1、P2の特定について、「なお、ワンショット画像を見るとエンボスの位置やおおよその幅が確認できる。そこで、ワンショット画像やワンショット画像上に重ねて表示される断面曲線とを見ながら、断面曲線を観察することで、断面曲線のどこがエンボスに対応しているのかが理解できる。例えば、以下のワンショット画像の黄色の枠内にあるエンボスのエンボス深さを測定する場合、黄色の枠内に測定対象のエンボスがあり、これが断面曲線でいえば緑色の枠内の部分に対応することが理解できる。そこで、この位置における変曲点(P1、P2)を決定すると、「×」で示した箇所となる(各断面写真で示した「×」はこのようにして決定している。)。」と記載されている。そして、甲51報告書には、各被告製品の測定対象とした10個のエンボスについて、ワンショット画像と、水平方向と垂直方向の断面曲線上の2点に「×」が付された図が示されている(以下、このような甲51報告書で示された原告による測定方法を「原告測定方法」ということがある。)
⑸・・・(略)・・・甲10報告書では、各被告製品のエンボスの形状が略正方形であることを確認したとして、その略正方形の横方向の辺の長さをaとしたうえで、該略正方形を水平方向に横切る線及びその線を垂直に横切る線で、エンボスの高さ(測定断面曲線)プロファイルを取得している。
仮にエンボスの形状が略正方形であるとしても、本件明細書1でいう最長部aが、その横方向の辺の長さとなるとは必ずしもいえず・・・(略)・・・、原告測定方法におけるエンボスの深さを測定するための測定断面曲線の取得位置は、本件明細書1で示された位置であるとは必ずしもいえない。また、本件明細書1では、断面曲線で上に凸となる曲率極大点をP1、P2としているのに対し、原告測定方法では、断面曲線上のP1、P2の具体的位置はワンショット画像によって決められたものである。このようなP1、P2の決定方法は、本件明細書1に記載された測定方法とはいえない。なお、後記⑹で示すとおり、原告測定方法によってP1、P2とされた点の中には、各被告製品について、上に凸となる曲率極大点でない点が相当数存在する。そうすると、以上に述べた点で、原告測定方法で測定されたエンボスの深さDは、本件明細書1に記載された方法で測定されたものとはいえない。
⑹甲51報告書において示された、被告製品1のエンボス①、②のワンショット画像及びこれを白黒の画像にさせたものは以下のようなものである。
また、甲51報告書において示された、被告製品1のエンボス①、②、⑦とされる2点の「×」が付された断面曲線は、次のとおりである。
これらの断面曲線をみると、上記エンボス①及び②の水平方向の点については、原告がP1、P2として選択した赤字の×マークの間に凸部がみられるのであり、この凸部の点にそのプロファイル中「上に凸となる曲率極大点」が認められるにもかかわらず、この点をP1又はP2として特定していない。また、エンボス⑦の水平方向では、「上に凸」ですらない点をP1、P2としている。
そして、そのように本件明細書1の測定方法に従ったP1、P2とはいえない点をP1、P2として特定しているといえるのは、被告製品2のエンボス①、②及び⑥、被告製品3のエンボス③、④、⑤、⑦、⑧、⑨及び⑩においても、同様である。
これらの点で、甲10報告書でエンボス深さDとされているのは、本件明細書1記載の測定方法によるエンボス深さDであるということはできないものである。
そして、そもそも、本件明細書1では、本件発明1のエンボス深さDの測定に当たり、X-Y平面上の高さプロファイルの濃淡によりエンボスの凸部、凹部が分かることでエンボスの周縁の位置が特定できることを前提として、個々のエンボスについて、エンボスの周縁frの最長部aを求めるとしている。ところが、各被告製品のワンショット画像(X-Y平面上の高さプロファイル)は、被告製品1のエンボス①、②について上に示したものと同様のものであり、各被告製品のエンボスは、エンボス周縁の位置が明確に特定できるようなものではない。前記⑸のとおり、原告測方法において、略正方形とされるエンボ
スの横方向の辺の長さをaとすることが本件明細書1記載の測定方法によるとは必ずしもいえないことに加え、各被告製品においては、本件発明1が前提とするようなエンボスの周縁frが認められるとは必ずしもいえない。・・・(略)・・・
本件発明1のエンボス深さDは、X-Y平面上のエンボスの高さプロファイルを得ることができ(【図5】(a))、エンボスの周縁frやその最長部aがどこに位置するのかを特定できるトイレットロールについて、【図5】(b)、【図6】のような断面曲線を得た上で、測定されたものであり、そのようにして測定されたものであるエンボス深さDが一定の数値のトイレットロールについて本件発明1の効果を奏するとしているものといえる。各被告製品は、各シートのエンボスの凹凸の位置関係を特に調整しないまま、プライボンディングした通常の2プライのダブルエンボスである(弁論の全趣旨)。このようなダブルエンボスのトイレットロールにおいては、表面と裏面にそれぞれ付されたエンボスが重なるとは限らず、エンボスの周縁が一致することが保証されていないことから、エンボスの周縁が明確にならず、また、エンボスの凹凸の位置がずれることにより干渉し、その形状が明瞭でないエンボスが生じ得る。そして、甲51報告書によれば、各被告製品については、原告がエンボスとして特定した部分の中央に、断面曲線で上に凸の曲率極大点が認められるなど、そのエンボスが本件発明1のエンボス深さDを測定する際に想定されていた凹部形状のものであるかが必ずしも明らかではないほか、X-Y平面上のエンボスの高さプロファイルによって、エンボスの周縁frやその最長部aがどこに位置するのかを確定できるものとは必ずしもいえない。そうすると、そのようなエンボスが付された各被告製品のトイレットロールについてエンボスを10個選んで測定を行い、それらの平均値として一定の深さDを求めたとしても、本件発明1におけるエンボス深さDが測定できたということはできない。
⑺ 以上によれば、原告測定方法は、本件明細書1に記載されたエンボス深さの測定方法とはいえず、原告測定方法に基づいた甲10報告書によって、各被告製品が構成要件1Bを充足するとは認めることはできない。・・・(略)・・・
したがって、各被告製品はいずれも構成要件1Bを充足するとはいえない。
【所感】
本件特許に記載のエンボスは周縁frが特定できる前提であるのに対し、各被告製品のエンボスでは、その周縁が明確に特定できなかった。エンボスの周縁を特定できなければ、エンボス深さも一義的に定まらないと考えられることから、裁判所の判断は妥当と考える。
数値限定発明特許では、その測定方法が明細書等から一義的に定まるように記載するべきであるが、それに加え、権利範囲が限定的に解釈されないように測定方法を記載することも十分に留意する必要があると感じた。