セレコキシブ組成物審決取消請求事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2024.03.18
事件番号 R4(行ケ)10127等
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 セレコキシブ組成物
キーワード 明確性、PBPクレーム
事案の内容 本事案は、特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消訴訟であり、審決が取り消された。本事案では、プロダクトバイプロセス(PBP)クレームが、不可能・非実際的事情の検討をするまでもなく、明確性要件に違反すると判断された。

事案の内容

【手続の経緯】
・平成11年11月30日 特許出願(特願2000-224975号)
※優先日平成10年11月30日(優先権主張国米国)を国際出願日とする特許出願
・平成16年 6月11日 設定登録(特許第3563036号。以下、本件特許)
・平成28年 9月30日 無効審判請求
・平成30年 5月 7日 原告による訂正請求
・平成30年 6月26日 訂正請求を認めた上で、第1次審決(無効審判請求不成立)
・その後、第1次審決の取消訴訟提起(知財高裁平成30年(行ケ)第10110号、第10112号、第10155号。併合審理。)
・令和 元年11月14日 サポート要件違反が認定され、第1次審決の取消判決
・令和 3年 6月30日 審決予告
・令和 3年10月 8日 訂正請求(以下、本件訂正)
・令和 4年11月 8日 本件訂正を認めた上で、本件審決(無効審判請求不成立)
その後、本件審決の取消しを求めて、本件訴訟提起
 
【本件訂正前の請求項1】
 一つ以上の薬剤的に許容な賦形剤と密に混合させた10mg乃至1000mgの量の微粒子セレコキシブを含み、一つ以上の個別な固体の経口運搬可能な単位投与量を含む製薬組成物であって、粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する製薬組成物。
 
【本件訂正後の請求項1】※下線部は訂正箇所
 一つ以上の薬剤的に許容な賦形剤と密に混合させた10mg乃至1000mgの量の微粒子セレコキシブを含み、一つ以上の個別な固体の経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物であって、
 セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり、
 粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が30μmである粒子サイズの分布を有し、
 ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤を含む
 製薬組成物。
(以下、請求項1に係る訂正事項〔「投与量単位」の訂正部分を除く。〕を「訂正事項2」という。)
 
【本件審決の理由の抜粋】
イ 本件訂正発明は明確であり、同条6項2号所定の明確性要件に適合する。
 なお、本件訂正発明は、物の発明の特許請求の範囲に製造方法が記載されたいわゆるプロダクト・バイ・プロセスクレーム(以下「PBPクレーム」という。)に当たるが、最高裁判所平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁が、PBPクレームが明確性要件を満たすために必要であるとする、本出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情(以下「不可能・非実際的事情」という。)が認められる。
 
【裁判所の判断】(筆者注記:以下の下線部は、本事案における重要部分)
2 取消事由3(明確性要件に関する判断の誤り)について
(1) 特許法36条6項2号は、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うなど第三者の利益が不当に害されることがあり得ることから、特許を受けようとする発明が明確であることを求めるものである。その充足性の判断は、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から行うのが相当である。
(2) 本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び2は、「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり、」との発明特定事項(以下「本件ピンミル構成」ということがある。)を含む(削除された請求項を除く他の請求項も、請求項1又は2を直接又は間接的に引用することで本件ピンミル構成を含むことになっている。)ところ、本件ピンミル構成を巡っては、そのクレーム解釈(PBPクレームといえるか否か、「ピンミルのような」は衝撃式ミルの単なる例示か、衝撃式ミルの一部に限定する構成かなど)と、当該クレーム解釈を前提とした明確性要件の適合性の議論が重層的に争われているので、以下、順次検討していく。
(3) まず、本件ピンミル構成がPBPクレームに当たるかについて検討するに、本件ピンミル構成に関する本件明細書の【0024】、【0190】の記載が、セレコキシブ粒子を粉砕する製造工程、製造方法を開示していることは明らかであり、したがって、本件訂正によって特許請求の範囲の発明特定事項とされるに至った本件ピンミル構成についても、「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕」するという製造方法をもって物の構造又は特性を特定しようとするもの(その意図が成功しているかどうかはともかく)と理解される。この限度では、被告が主張し、本件審決が判断を示しているとおりである。
 1事件原告は、製薬組成物の製造には複数の工程が必要であるなどとしてこれを争うが、そのような工程の全てを特定することがPBPクレームとしての必須条件とはいえない。実質的に製造方法の明確性を問題にしているとすれば、この点からの検討は後に示すこととする。
(4) 次に、本件ピンミル構成の意味するところ(例示か限定か)を検討するに、「ピンミルのような衝撃式ミル」との特許請求の範囲の文言自体に着目して考えた場合、①ピンミルは単なる例示であって衝撃式ミル全般を意味するという理解、②衝撃式ミルに含まれるミルのうち、ピンミルと類似又は同等の特性を有する衝撃式ミルを意味するという理解のいずれにも解する余地があり、特許請求の範囲の記載のみから一義的に確定することはできない。
 そこで、本件明細書の記載を参照するに、本件明細書の【0024】には、「セレコキシブと賦形剤とを混合するに先立ち、ピンミル(pin mill)のような衝撃式ミルでセレコキシブを粉砕させて、本発明の組成物を作製することは、改善された生物学的利用能を提供するに際して効果的であるだけでなく、かかる混合若しくはブレンド中のセレコキシブ結晶の凝集特性と関連する問題を克服するに際しても有益であることを発見した。ピンミルを利用して粉砕されたセレコキシブは、未粉砕のセレコキシブ又は液体エネルギーミルのような他のタイプのミルを利用して粉砕されたセレコキシブよりは凝集力は小さく、ブレンド中にセレコキシブ粒子の二次集合体には容易に凝集しない。減少した凝集力により、ブレンド均一性の程度が高くなり、このことはカプセル及び錠剤のような単位投与形態の調合において、非常に重要である。これは、調合用の他の製薬化合物を調合する際のエアージェットミルのような液体エネルギーミルの有用性に予期せぬ結果をもたらす。特定の理論に拘束されることなく、衝撃粉砕により長い針状からより均一な結晶形へ、セレコキシブの結晶形態を変質させ、ブレンド目的により適するようになるが、長い針状の結晶はエアージェットミルでは残存する傾向が高いと仮定される。」との記載が、【0135】には、「セレコキシブは先ず粉砕される若しくは所望の粒子サイズに微細化される。さまざまな粉砕機若しくは破砕機が利用することが可能であるが、セレコキシブのピンミリングのような衝撃粉砕により、他のタイプの粉砕と比較して、最終組成物に改善されたブレンド均一性がもたらせる」との記載がある。
 以上の記載に上記(3)の解釈を併せて考えると、本件ピンミル構成は、被告が主張(第3の3(6)ア)するように、本件訂正発明に係る薬剤組成物の含むセレコキシブ粒子が、ピンミルで粉砕されたセレコキシブ粒子に見られるのと同様の、長い針状からより均一な結晶形へと変質されて、凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上した構造、特性を有するものであることを特定する構成であって、したがって、「ピンミルのような衝撃式ミル」とは、ピンミルに限定されるものではなく、上記のような構造、特性を有するセレコキシブ粒子が得られる衝撃式ミルがこれに含まれ得るものと理解するのが相当である。
(5) 以上を前提に、本件ピンミル構成を含む本件訂正発明の特許請求の範囲の記載が明確性要件を満たすかどうかを検討する。
ア 衝撃式粉砕機に分類される粉砕機としては、本件審決も認定しているとおり、多種多様なものがある(ハンマーミル、ケージミル、ピンミル、ディスインテグレータ、スクリーンミル等が知られており、ハンマーの形状によっても、ナイフ型、アブミ型、ブレード型、ピン型等がある。甲イ111、112、136)ところ、上記(4)で示したクレーム解釈によると、衝撃式粉砕機によって粉砕されたセレコキシブ粒子を含む薬剤組成物であっても、本件特許の技術的範囲に属するものと属しないものがあることになるが、本件明細書に接した当業者において、「ピンミルで粉砕されたセレコキシブ粒子に見られるのと同様の、長い針状からより均一な結晶形へと変質されて、凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上した構造、特性を有するセレコキシブ粒子」を製造できる衝撃式粉砕機がいかなるものかを理解できるとは到底認められない。すなわち、一般に、明細書に製造方法の逐一が記載されていなくても、当業者であれば、明細書の開示に技術常識を参照して当該製造方法の意味するところを認識できる場合も少なくないと解されるが、本件の場合、本件明細書には、「ピンミルで粉砕されたセレコキシブ粒子」の凝集力の小ささ、改善されたというブレンド均一性が、ピンミルのいかなる作用によって実現されるものかの記載がないため、衝撃式ミル一般によって実現されるものなのか、衝撃式ミルのうち、ピンミルと何らかの特性を共通にするものについてのみ達成されるものなのかも明らかとなっていない。そのため、技術常識を適用しようとしても、いかなる特性に着目して、ある衝撃式ミルが本件ピンミル構成にいう「ピンミルのような衝撃式ミル」に当たるか否かを判断すればよいのかといった手掛かりさえない状況といわざるを得ない。
イ そうすると、本件明細書等に加え本件出願日(明確性要件の判断の基準時)当時の技術常識を考慮しても、「ピンミルのような衝撃式ミル」の範囲が明らかでなく、「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕」するというセレコキシブ粒子の製造方法は、当業者が理解できるように本件明細書等に記載されているとはいえないから、本件訂正発明は明確であるとはいえない。
ウ ところで、PBPクレームは、物自体の構造又は特性を直接特定することに代えて、物の製造方法を記載するものであり、そのような特許請求の範囲が明確性要件を充足するためには、不可能・非実際的事情の存在が要求されるのであるが、本件においては、不可能・非実際的事情を検討する以前の問題として、前記ア、イに示したようにそもそも特許請求の範囲に記載された製造方法自体が明確性を欠くものである。
(6) 本件審決は、「ピンミルのような衝撃式ミルは、いわゆる衝撃式粉砕機であり、粉砕された粉体は、ジェットミルのような流体式(気流式)粉砕機とは異なる粒度分布の粉体を作製する装置であることが理解できるから明確である」としており、これは、「ピンミルのような」について、「いわゆる衝撃式粉砕機」のなかでも、さらに、「粉砕された粉体は、ジェットミルのような流体式(気流式)粉砕機とは異なる粒度分布の粉体を作製する」ことのできる装置であるとの意味づけを与えた認定であると解される。
 そして、「ピンミルによる」粉砕が、「粉砕された粉体は、ジェットミルのような流体式(気流式)粉砕機とは異なる粒度分布の粉体を作製する」ものであることについて、本件審決は、本件明細書の、ピンミルと、エアージェットミルのような他のタイプのミルとの粉砕物の凝集力の違いに関する記載(【0024】)、及び、粉砕装置の粉砕機構が異なれば得られる粒子の粒度分布が異なるという技術常識を認定したことにより、導き出しているものと認められる。
 しかし、本件明細書には、凝集力の違いが、粉砕装置の違いに基づく粒子の粒度分布の違いに起因するものであるとの記載も示唆もない。粉砕装置の違いが、粒度分布の違い以外の粒子特性を導くことも当然考えられるところである(これを否定する技術常識があるとは認められない。)。そうすると、「ピンミルのような」が、「衝撃式ミル」に対して、さらに「粉砕された粉体は、ジェットミルのような流体式(気流式)粉砕機とは異なる粒度分布の粉体を作製する装置」であるとの意味づけを与えた本件審決の解釈は、本件明細書等の記載及び技術常識を考慮しても、無理があるものといわざるを得ない。
5 (7) 以上より、不可能・非実際的事情の検討をするまでもなく、本件訂正後の請求項1、2、4、5、7~13、15、17~19の記載は明確性要件に違反するものであり、取消事由3は理由がある。
4 結論
 以上のとおり、取消事由3は理由があるから、取消事由4,5について判断するまでもなく、原告らの請求は理由があるから、本件審決中、本件特許の請求項1、2、4、5、7~13、15、17~19に係る部分を取り消すこととし、主文のとおり判決する。
 
【所感】
 本件訂正後の請求項1における「ピンミルのような」の意義は、本件明細書の内容を考慮しても明確ではないため、明確性要件違反とした裁判所の判断は妥当と考える。
 本件ピンミル構成は、先の判決(知財高裁平成30年(行ケ)第10110号)にて、サポート要件違反の認定要因の1つとして、『「ピンミリングのような衝撃粉砕」により粉砕されたものに限定する旨の記載もないこと』が挙げられたことに対応した訂正事項と見受けられる。しかし、当該訂正事項が明確性要件を満たすか否かについて慎重に検討すべきであった。
 なお、本レポートでは省略するが、本件訴訟ではサポート要件についても再度争われ、本件ピンミル構成を発明特定事項として考慮しなくてもサポート要件を満たすと判示されている。つまり、結果的に、本件ピンミル構成は、サポート要件違反の解消に不要であった。
 また、上記判断では、明細書中の作用等の記載の程度によっては、請求項中の「~のような」との表現が許容され得るように読めるが、その程度に明細書が記載されている場合、他の表現を採用できる余地も大きいと考える。そのため、「~のような」を、請求項中の表現として積極的に採用すべき場面は少ないように思われる。