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弾塑性履歴型ダンパ 特許権侵害損害賠償請求控訴事件 

事件の概要

判決日 2025.08.27
事件番号 R6(ネ)10034
担当部 知的財産高等裁判所第1部
発明の名称 弾塑性履歴型ダンパ
キーワード クレーム解釈
事案の内容 本事案は、特許権侵害訴訟の控訴審である。本事案では、原判決とは異なり、一部の被告製品について、損害賠償の請求の原因には理由があると認められた。

事案の内容

【手続の経緯】

 <出願~訴訟>
 2012年12月14日 原出願
 2014年 6月17日 分割出願
 2014年12月19日 設定登録(第5667716号)
 2021年 6月30日 特許権侵害訴訟提起
 2024年 3月22日 請求棄却判決
             原告控訴
 2025年 8月27日 一部の被告製品について、損害賠償の請求原因には理由があるとの中間判決
<無効審判・訂正審判>
 2022年3月25日 無効審判請求
 2022年4月14日 訂正審判請求
 2024年3月28日 訂正が認められ、無効審判不成立審決
 2025年3月12日 審決取消訴訟を提起したが、請求棄却判決
本件訂正発明1(下線部は訂正にて追加された箇所)

※被告Σ形ダンパ1~4=被告ダンパ1、被告Σ形ダンパ5及び6=被告ダンパ2
 以下では、主に構成要件Gについて説明する。

【裁判所の判断】

(以下の下線部は、筆者により付した。)
第3 当裁判所の判断
1.当裁判所は、原審と異なり、被告Σ形ダンパ5及び6(=被告ダンパ2)が組み込まれた被告製品は本件各訂正発明の技術的範囲に属し、その余の被告製品(=被告ダンパ1)は本件各訂正発明の技術的範囲に属しないから、被告Σ形ダンパ5及び6が組み込まれた被告製品による本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求の原因(数額の点は除く。)は理由があり、その余は理由がないと判断する。その理由は次のとおりである。

2.本件各訂正発明の技術的思想及び技術的意義について
 本件訂正明細書には、本件各訂正発明に関し、次のような技術的思想及び技術的意義が記載されているものと認められる。従来の剪断パネル型ダンパは、建築物や橋梁等において、上部構造物と下部構造物との間における下部構造物に固定設置され、常時や所定レベルまでの地震に対しては上部構造の変位を拘束するストッパとして機能し、所定レベル以上の地震に対しては剪断塑性変形することによりダンパとして機能するものであるが(【0002】)、剪断部を一つしか有しておらず、一方向からの水平力に対してしかダンパとして機能しないため、例えば、橋軸方向の水平力に対してダンパとして機能するように設置された場合に、橋軸方向以外の方向からの水平力が加わると、入力のあった水平力を十分に減衰させることができず(【0004】)、また、その設置に際しては、想定される入力方向に対して高精度にダンパの剪断変形方向を合わせる設置角度設定が必要とされるという課題があった(【0005】。)
 そこで、本件各訂正発明は、所定レベル以上の地震の際に、複数の方向からの入力に対してダンパとして機能し得る弾塑性履歴型ダンパを提供することを目的とし(【0006】)、・・(中略)・・。
 本件各訂正発明では、二つの剪断部が設けられているので、所定レベル以上の地震の際に、剪断部が直接又は間接に上部構造物のストッパに突き当たり、突き当たったときの衝撃を剪断部が剪断弾塑性変形することにより減衰させることができ、また、二つの剪断部を連結部で連結してなるので、より大きな地震時の振動を吸収することができ、さらに、二つの剪断部の向きを異ならせることで、一方向だけでなく複数の方向からの地震時の振動を吸収することができる(【0014】)。

3.被告ダンパは、「入力」を受けるものであるか(構成要件G)(争点1-1)について
(1) 本件訂正後の特許請求の範囲及び本件訂正明細書の記載によると、本件訂正発明1は、従来の剪断パネル型ダンパが、「剪断部を一つしか有しておらず、所定レベル以上の地震に対して、一方向からの水平力に対してしかダンパとして機能しない」(【0004】)という課題に着目し、「所定レベル以上の地震の際に、複数の方向からの入力に対してダンパとして機能し得る弾塑性履歴型ダンパを提供することを目的と」して(【0006】)、「板状の一対の剪断部」を「互いの向きを異ならせて設け」た構成としたものであり(【0007】)、「剪断部」に対する「入力」の方向については何ら限定していない。そうすると、本件訂正発明1は、従来と同様の構成の「剪断部」を「互いの向きを異ならせて設け」た「一対の剪断部」という構成により、複数の方向からの入力に対応しようとするものであり、各「剪断部」自体が新規な構成を有するものではない。
 そして、構成要件Gの「前記剪断部」が指し示すものは、「一対の剪断部」(構成要件C’)を構成する各「剪断部」であるから、構成要件Gの「入力により荷重を受けたときに、変形してエネルギー吸収を行う」のは、各「剪断部」が有する特徴であって、これは、剪断部が有する一般的な機能が記載されているにすぎないと解される。そうすると、構成要件Gの「入力」は、「剪断部」に対して外部から与えられる荷重であれば足り、特定の方向に限定されるものではないと解するのが相当である。
 前提事実(6)及び(7)によると、被告ダンパが備える各ウェブ部は、「入力により荷重を受けたときに、変形してエネルギー吸収を行う」ものであると認められるから、被告ダンパは構成要件Gを充足する。
(2) これに対し、被控訴人は、「入力」とは、剪断パネルの中心線方向から面内方向に近い方向までの方向からの複数の水平力の入力と解釈すべきであると主張する。しかし、「入力」とは、「剪断部」に対して外部から与えられる荷重であれば足り、特定の方向に限定されるものではないと解されることは上記(1)のとおりであり、被控訴人の主張のように限定して解釈すべき根拠はない。
 また、被控訴人は、その主張の根拠として、本件訂正明細書の【0026】の記載や中心線方向からの入力とそこから斜めの方向からの入力の図(【図3】【図4】)を指摘する。しかし、本件訂正明細書には様々な構成の弾塑性履歴型ダンパが記載されているのであり(【0016】~【0070】、図1~図42)、被控訴人が指摘する構成は、そのうちの一つにすぎないから(例えば、本件訂正明細書には、剪断部を連結する連結部を鈍角とした構成の弾塑性履歴型ダンパも記載されているが(【0037】、図8)、この構成は、中心線方向からの入力を含めた複数方向の水平力の入力に対して機能するものとは認められない。)、被控訴人指摘の本件訂正明細書の記載はその主張の根拠になるものではない。

4.被告ダンパが弾塑性履歴型ダンパに当たるか(構成要件A、H)(争点1-2)について
 本件訂正明細書の記載及び証拠(甲29、40の1、甲41)によると、「弾塑性履歴型ダンパ」とは、材料のヒステリシスループ(履歴ループ)によるエネルギー吸収を利用したダンパを意味するものと解されるところ、被告ダンパは、材料のヒステリシスループ(履歴ループ)によるエネルギー吸収を利用したダンパであると認められるから、被告ダンパは「弾塑性履歴型ダンパ」に当たり、構成要件A及びHを充足する。・・(中略)・・

5.被告ダンパに「補強部」が存在するか(構成要件B、C’、D、E、F)(争点1-3)について
(1) 本件訂正後の特許請求の範囲及び本件訂正明細書の記載によると、「補強部」とは、「剪断部」の機能を補う部材であり、「剪断部」とは「入力により荷重を受けたときに、変形してエネルギー吸収を行う」部材であると認められる。そして、前提事実(6)及び(7)によると、被告ダンパの平行板部は、ウェブ部の面外変形や座屈を防ぐ目的を有する部材であるから、「補強部」に該当すると認められ、被告ダンパは、構成要件B、C’、D、E及びFを充足する。・・(中略)・・

6.被告ダンパが「一対のプレート」に接続されているか(構成要件D)(争点1-4)について
(1) 「一対のプレート」の語義について
 証拠(甲7の3~5)によると、「プレート」とは「金属板」を、「板」とは「金属や石などを薄く平たくしたもの」を、「一対」とは「二個で一組となること」を意味する。そうすると、「一対のプレート」とは、二個で一組となる金属を薄く平たくしたものであると認められる。
・・(中略)・・
(2) 被告Σ形ダンパ1~4について
ア 前提事実(7)によると、被告Σ形ダンパ1~4は、平行板部及びウェブ部の一端が垂直板部に溶接されており、垂直板部は、耐力パネルを構成する柱にボルトで固定されている。他方、平行板部及びウェブ部の他端は、耐力パネルを構成する鋼管(被告Σ形ダンパ1~3)又は溝形鋼(被告Σ形ダンパ4)に直接溶接されていることが認められる。垂直板部と鋼管又は溝形鋼が、二個で一組となる金属を薄く平たくしたものということはできないから、被告Σ形ダンパ1~4は、「一対のプレート」を備えていると認められない。・・(中略)・・
(3) 被告Σ形ダンパ5について
ア 前提事実(7)によると、被告Σ形ダンパ5が用いられた耐力パネルにおいて、被告Σ形ダンパ5を構成するウェブ部及び平行板部は二つのデバイス補剛材に挟まれた形で配置され、ウェブ部及び平行板部の両端はそれぞれデバイス補剛材に直接溶接されているところ、二つのデバイス補剛材は、それぞれ、台形の金属板と、その各辺に溶接された四枚の長方形の金属板により構成され、これら4枚の金属板のうちの一つ(以下「接続プレート」という。)に、ウェブ部及び平行板部が溶接されていることが認められる。すなわち、被告Σ形ダンパ5を構成するウェブ部及び平行板部は、2枚の接続プレートに挟まれた形で配置され、ウェブ部及び平行板部の両端はそれぞれ接続プレートに直接溶接されているところ、2枚の接続プレートは、同じ形状の長方形の金属板であって、ウェブ部及び平行板部を挟む形で左右両側に配置されているから、これらが「一対のプレート」に該当すると認められる。・・(中略)・・
(4) 被告Σ形ダンパ6について
 前提事実(7)によると、被告Σ形ダンパ6が用いられた耐力パネルにおいて、被告Σ形ダンパ6を構成するウェブ部及び平行板部は2枚の補剛材に挟まれた形で配置され、ウェブ部及び平行板部の両端はそれぞれ補剛材に直接溶接されていることが認められる。上記2枚の補剛材は、同じ形状の長方形の金属板であって、ウェブ部及び平行板部を挟む形で左右両側に配置されているから、これらが「一対のプレート」に該当する。・・(中略)・・

7.被告Σ形ダンパ1~4は、本件各訂正発明に係る特許請求の範囲に記載された構成と均等なものといえるか(構成要件D)(争点1-5)について(なお、控訴人は、被告Σ形ダンパ5及び6についても均等侵害の主張をするが、被告Σ形ダンパ5及び6が構成要件Dを充足することは前記6で判示したとおりであるから、判断を要しない。)
(1)(中略)
(2)・・(中略)・・被告Σ形ダンパ1~4は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして本件訂正発明1の技術的範囲に属するということはできない。
(3)(中略)

8.被告製品では本件各訂正発明の作用効果が不奏功であるか(争点3)について
・・(中略)・・本件各訂正発明において、ダンパの中心線方向からの入力を含めた複数方向の水平力の入力で機能する必要があるということはできず、被控訴人の上記主張は採用することができない。

9.特許の出願時の補正態様を理由に、控訴人が被告ダンパにつき本件特許権を行使することが信義則上許されないか(争点4)について
 ・・(中略)・・したがって、控訴人が本件特許出願時に略M字形、略W字形、Σ字形を意識的に除外したということはできず、被控訴人の上記主張は採用することができない。

【所感】

 本事案では、原判決とは異なり、被告ダンパ2について、損害賠償の請求の原因には理由があると認められた。
 原審とは異なる判断がなされた構成要件Gに関して、『「入力」が特定の方向に限定されるものではない』とする知財高裁の判断は妥当と考える。他方、原審においてこれとは異なる判断がなされたことを踏まえると、クレームにおいて発明の使用態様に関わる文言を使用することはなるべく避けるのが望ましいと感じた。結果論にはなるが、仮に、構成要件Gにおいて「入力により荷重を受けたときに、」との表現を省略したとしても、特許が成立していた可能性はあるように思われる。