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座いす 実用新案権侵害差止等請求事件
事件の概要
| 判決日 | 2026.01.22 |
|---|---|
| 事件番号 | R6(ワ)1462 |
| 担当部 | 大阪地方裁判所第21民事部 |
| 発明の名称 | 座いす |
| キーワード | 実用新案権侵害、無効、進歩性、サポート要件、阻害要因 |
| 事案の内容 | 本事案は、座いすに関する実用新案権に基づく実用新案権侵害訴訟である。裁判所は 原告の請求を一部認容した。 |
事案の内容
【手続の経緯】
<出願~訴訟>
2022年 1月18日 本件実用新案登録出願
2022年 3月10日 設定登録(第3236826号)
2023年 1月13日 原告による被告への警告(技術評価書添付)
2024年 2月29日 損害賠償請求の遅延損害金起算日(訴状送達の翌日)
2026年 1月22日 判決言渡(請求一部認容)
本件考案:
【請求項1】
A 背もたれ部と、
B 背もたれ部の下部左右から前方に延びる一対の肘置き部と、
C 背もたれ部の下部から後方に延びる底面部と、
D 背もたれ部の背もたれ角度を調整する第1調整機構と、を備えた
E 座いす
【裁判所の判断】
(以下の下線部は、筆者により付した。)
1 争点1(被告製品2の譲渡等主体性)について
・・省略・・
2 争点2(本件考案の技術的範囲への属否)について
・・省略・・
以上からすれば、被告製品1の上記部材部分は、上記(1)で解釈したところの「底面部」(構成要件C)に該当するといえるから、被告製品1は構成要件Cを充足するもので、その結果、本件考案の各技術的範囲に属するといえる。
3 争点3(無効理由の有無)について

(1) 争点3-1(乙11文献を主引例とする進歩性欠如・本件考案1)
ア 乙11考案の構成等
・・省略・・
イ 本件考案1と乙11考案との相違点
本件考案1は「背もたれ部の下部左右から前方に延びる一対の肘置き部」を備えるが、乙11考案は同部分に相当する構成を備えない点において、両者は相違する。
ウ 容易想到性等
(ア) 乙18ないし20に開示された技術との組合せ
乙18文献には、発明の名称を「座面付きクッション」とする背もたれ部及び肘置き部を備えるクッションが、乙19及び乙20は、座面のない肘置き部を有する背もたれクッションが開示されているから、乙18ないし20には、上記イの相違点に係る構成が開示されている。乙18ないし20に開示されているのは、いずれも背もたれクッションであるから、乙11考案と技術分野において共通する。しかし、乙11考案は、意匠公報(乙11文献)に記載されているもので、乙11文献にその課題に関する記載はないから、乙11考案の課題と乙18ないし20に開示された背もたれクッションの課題が共通すると認めることはできない。また、乙11文献の【意匠の物品の説明】欄には、乙11考案の用途につき、「背もたれクッション」のほか「枕、オットマン、座布団として使用することもできる」と記載されているところ、仮に、乙11考案に上記相違点である肘掛け部の構成を付加すると、上記の「枕」や「座布団」の用途を実現することができなくなる上、背もたれ部と底面部という2つの構成のみから成るデザインであるという乙11考案の意匠としての美観が損なわれることになるから、乙11考案に乙18ないし20に開示された上記肘掛け部の構成を組み合わせることについては阻害要因がある。よって、乙11文献を主引例とし、乙18ないし20に開示された技術を組み合わせることを理由とする無効理由は認められない。
(イ)乙21文献を副引例とする組合せ
・・省略・・
乙11考案と乙21考案の技術分野は、いずれもクッションに関する考案であるとの点において技術分野は共通であるといえるが、上記(ア)のとおり、乙11考案は意匠公報(乙11文献)に記載されているもので、乙11考案の構成やその用途を前提とすると、乙11考案に上記相違点に係る構成である肘掛け部の構成を付加することについては阻害要因がある。よって、乙11文献を主引例とし、乙21文献を副引例として組み合わせることを理由とする無効理由は認められない。
(2) 争点3―2(乙12文献を主引例とする新規性欠如・本件考案1)
ア 乙12考案の構成等
・・省略・・
イ 本件考案1と乙12考案との対比
被告は、乙12考案の構成fは本件考案1の構成要件Bと実質的に同一であり、その他の構成は本件考案1の他の構成要件と同一であると主張する。乙12文献には、乙12考案の構成fの「肘掛け」につき、一対の「肘掛け」が「背凭れ部」(本件考案1の「背もたれ部」に相当する。)から前方に延びる構成が開示されているところ、乙12文献の実用新案登録請求の範囲及び明細書には、「肘掛け」が「背凭れ部」のどの位置から延びるかについて明示する記載はなく、実施例(【図1】【図4】など)に「肘置き部」が「背凭れ部」から前方に延びる構成が示されているにとどまり、その点に係る技術的意義の開示もない。一方で、本件考案1における「肘掛け部」は、「背もたれ部」の「下部(左右)」から前方に延びる構成に特定されているもので、本件明細書の記載からは、「後方に延びる底面部」(構成要件C)とともに作用して、座面のない座いすを床等に安定的に設置させられる程度に「下部」から前方に延びる構成であることが求められていると解されるところ、乙12文献の「肘掛け」がそのような構成を開示するものとは認められず、本件考案1の構成要件Bの構成とは相違する。
ウ 以上のとおり、本件考案1と乙12考案には相違点がある以上、本件考案1には、乙12文献を主引例とする新規性欠如の無効理由があると認めることはできない。
(3) 争点3-3(乙12文献を主引例とする進歩性欠如・本件考案1)
・・省略・・
上記(2)のとおり、本件考案1と乙12考案は、本件考案1の構成要件Bの構成を備えるか否かが相違点となるところ、被告の上記主張は相違点の解釈を誤るものである上、副引例等との組合せによる容易想到性について具体的な主張立証をしていない。よって、被告の上記主張は採用できず、乙12文献を主引例とする進歩性欠如の無効理由があると認めることはできない。
(4) 争点3-4(乙13文献を主引例とする進歩性欠如・本件考案1)
ア 乙13考案の構成等
・・省略・・
イ 本件考案1と乙13考案との相違点
本件考案1と乙13考案との相違点は、本件考案1の構成要件B「背もたれ部の下部左右から前方に延びる一対の肘置き部」の構成の有無である。
ウ 容易想到性等
(ア)乙18ないし20に開示された技術との組合せ
上記のとおり、乙18ないし20に開示されているのは、いずれも背もたれクッションであるのに対し、乙13考案は、介護用背もたれ器具であるところ、人が背もたれ部に背面を預けて床面等に安定的に座るという意味においては共通するが、介護用であるか広く一般消費者用であるかとの点において大きく異なる以上、両者は、産業上の利用分野及び技術分野において相違するというべきである。また、乙13考案は、「従来の椅子に介護人が病人を抱えて座らせるという重労働を解消するために、介護人が楽に病人を安定した状態で座らせるとの課題(乙13文献【課題】【0002】【0003】)を解決するための背もたれ器具であり、介護人が重労働から解放されて非常に楽になり、器具の滑りを防ぐとともに、器具を閉じたときに出てくる支柱(コ字形支柱)を持ち運びのときの取っ手として利用でき、閉じバンドを設けてマジックテープで止めればコンパクトに収納することができるとの作用効果(同【発明の効果】)」を奏するものである。一方、乙18ないし20に開示された背もたれクッションの作用効果が、乙13考案の上記作用効果を有するものとは認められないから、両者の作用効果は相違する。そして、乙13考案に上記相違点に係る「肘置き部」の構成を付加すると、介護者の重労働からの解放やコンパクトな収納の実現といった乙13考案の上記作用効果に反することになるといえ、乙13考案に乙18ないし20に開示された技術を適用することには阻害要因があるというべきである。以上から、乙13文献を主引例とし、乙18ないし20に開示された技術を組み合わせることを理由とする無効理由は認められない。
(イ) 乙21考案を副引例とする組合せ
・・省略・・
上記(ア)のとおりの乙13考案の課題及び作用効果等に照らせば、乙13考案と乙21考案は、産業上の利用分野及び技術分野、並びに作用効果において相違する。また、上記(ア)のとおり、乙13考案に上記相違点に係る構成を付加することについては、阻害要因がある。以上から、乙13文献を主引例とし、乙21文献を副引例として組み合わせることを理由とする無効理由は認められない。
(5) 争点3-5(乙14文献を主引例とする進歩性欠如・本件考案1)
ア 乙14考案の構成等
・・省略・・
イ 本件考案1と乙14考案との相違点
本件考案1と乙14考案との相違点は、本件考案1の構成要件B「背もたれ部の下部左右から前方に延びる一対の肘置き部」の構成の有無である。
ウ 容易想到性等
(ア) 乙18ないし20に開示された技術との組合せ
上記のとおり、乙18ないし20に開示されているのは、いずれも背もたれクッションであり、乙18文献によれば、「ベッド上あるいは床に直接敷いたマットレスや布団の上で使用すること」(乙18文献【0013】)が想定されている。他方、乙14考案は、屋内の使用を目的に作られていた座いすには重くて屋外への携帯に不便であったとの従来の欠点を除くために考案された「携帯用座椅子」であり、海浜や山里への携帯を容易にできるものである(乙14文献「考案の詳細な説明」)。そうすると、両者は、人が背もたれ部に背面を預けて床面等に安定的に座るという意味においては共通するが、産業上の利用分野及び技術分野において相違するというべきである。また、上記のとおり、乙14考案は、屋外への携帯を容易にするとの作用効果を奏するものであるが、乙18ないし20に開示された背もたれクッションの作用効果が同様の作用効果を有するものとは認められないから、両者の作用効果は相違する。そして、乙14考案に上記相違点に係る「肘置き部」の構成を付加すると、携帯の容易性という乙14考案の上記作用効果に反することになるから、乙14考案に乙18ないし20に開示された技術を適用することには阻害要因があるというべきである。以上から、乙14文献を主引例とし、乙18ないし20に開示された技術を組み合わせることを理由とする無効理由は認められない。
(イ) 乙21考案を副引例とする組合せ
・・省略・・
上記(ア)のとおりの乙14考案の課題及び作用効果等に照らせば、乙14考案と乙21考案は、産業上の利用分野及び技術分野、並びに作用効果において相違する。また、上記(ア)のとおり、乙14考案に上記相違点に係る構成を付加することについては、阻害要因がある。以上から、乙14文献を主引例とし、乙21文献を副引例として組み合わせることを理由とする無効理由は認められない。
(6) 争点3-6ないし3-9(進歩性欠如・本件考案2ないし5)
・・省略・・
(7) 争点3-10(サポート要件違反)
被告は、考案の詳細な説明には、本件考案が「座面を有しない座いす」に関するものであると記載されているが、実用新案登録請求の範囲にはそのような記載はなく、座面を有しない座いすに関する考案であるかが不明であるから、本件考案にはサポート要件違反の無効理由があると主張する。実用新案登録請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、実用新案登録請求の範囲の記載と考案の詳細な説明の記載とを対比し、実用新案登録請求の範囲に記載された考案が、考案の詳細な説明に記載された考案で、考案の詳細な説明の記載により当業者が当該考案の課題を解決できる範囲のものであるか否か、また、考案の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該考案の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。この点、本件考案の実用新案登録請求の範囲には、本件考案が「座面を有しない座いす」であるとの明示的な記載はないが、「座面を有しない」構成を除外する記載もない。また、本件明細書によれば、本件考案の課題は「一般的な座いすの場合」座面を有するために使用する場面が限られるという問題」(【0004】)を前提に、「使用可能な場面を拡大した座いすを提供すること」(【0005】)にあるところ、「背もたれ部の下部左右から前方に延びる一対の肘置き部」(構成要件B)の構成は、従来の座いすにない構成(【0007】参照)であるといえ、同文言に「座面を有しない」構成が含まれていると解することはできる。さらに、本件明細書には、座面を有しない座いすの構成として複数の実施形態の記載がある。そうすると、当業者は、本件明細書の記載をもって、本件考案の構成が座面を有しない構成であると認識し得るといえる。
したがって、本件考案は、「考案の詳細な説明に記載したものである」といえるから、サポート要件違反の無効理由があると認めることはできない。
(8) 争点3-11(実施可能要件違反)
・・省略・・
4 争点4(損害の有無及び額)について
・・省略・・
第5 結論
よって、原告の請求は主文の限度で理由があるから、その限度で認容し、その余を棄却することとし、主文のとおり判決する。
【所感】
被告による無効の主張(争点3-1~争点3-11)を認めなかった裁判所の判断は、本件訴訟における当事者の主張を前提とする限り、おおむね妥当であると考える。
争点3-1関して、裁判所は、主引例である乙11考案が意匠公報に記載された意匠であり、課題に関する記載がないことを理由に、副引例に記載された考案との課題の共通性を認めなかった。また、裁判所は、乙11考案に他の構成を付加すると乙11考案の意匠としての美観が損なわれることを理由に、副引例を組み合わせることには阻害要因があると判断した。このことから、意匠公報に記載された意匠を主引例とする場合には、特許公報等に記載された構成を主引例とする場合と比較して、他の構成を組み合わせる動機付けが認められにくいことが示唆される。
争点3-10に関して、裁判所は、本件考案の構成が座面を有しない構成であると当業者が認識し得るとして、サポート要件違反を否定した。このことから、請求項に一切記載のない構成であっても、明細書全体の記載から当業者が考案の内容を理解できる場合には直ちにサポート要件違反とはならないことが示唆される。
実用新案権は、権利行使に際して実用技術評価書の取得(実案29条の2)および提示(実案29条の3)が必要となることや、訂正の機会が限られる(実案14条の2)ことなどから、実務上は権利行使が見送られる場面も多いと思われる。本件は、実用新案権であっても、権利行使が認められ得ることを改めて示した事例といえる。
なお、本件訴訟と並行して、本件登録実用新案に対する無効審判が請求されており(無効2024-400003、審決日:2026/4/17)、請求項1、5、6に係る考案は、乙12考案に対して新規性および進歩性を有さないとして無効とされた。