知財レポート
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- 日本判例研究レポート
- 知財判決例-審取(当事者系)
女性用衣料 審決取消請求事件
事件の概要
| 判決日 | 2025.12.23 |
|---|---|
| 事件番号 | R7(行ケ)10056 |
| 担当部 | 知財高裁第2部 |
| 発明の名称 | 女性用衣料 |
| キーワード | 進歩性 |
| 事案の内容 | 本件は、特許無効審判請求不成立審決の取消訴訟である。争点は、本件特許に係る発明が、進歩性欠如といえるかである。裁判所は、請求項1の相違点である「左右の前身頃部材をバスト下部の中央部近傍で互いに連結する構成」について、甲1発明から本件発明1の構成へ変更することには動機付けがなく、むしろ阻害要因があるとして、進歩性を肯定し、原告の請求を棄却した。 |
事案の内容
【事件の経緯】
2002年2月22日 特許出願
2007年8月10日 設定登録
2023年12月12日 原告が請求項1~3、5につき無効審判請求
2025年4月22日 特許庁が「本件審判の請求は、成り立たない」との審決
2025年5月7日 審決謄本送達
2025年6月5日 審決取消訴訟提起
2025年12月23日 判決
【本願発明】
【請求項1】下線は筆者が付した。
A 少なくとも女性のバスト部を覆う女性用衣料において、
B 前記バスト部を覆うカップ部材と、
C 前記カップ部材と分離した状態で当該カップ部材の表面側に配置され、前記バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態でバスト下部の中央部にかけて設けられる左右の前身頃部材と、
D 前記左右の前身頃部材をバスト下部の中央部近傍で互いに連結するとともに、その連結幅を調節可能に設けられた複数の連結部材とを備えたことを特徴とする女性用衣料。
以下、判決文の一部を抜粋する。下線は筆者が付した。
3 本件審決の理由の要旨
ア 甲1発明
女性の乳房を覆う女性用スポーツ衣類において、女性の乳房を覆う乳房係合ポケット12と、前記乳房係合ポケット12と独立して変位可能であり、当該乳房係合ポケット12にオーバーフィットし、前記乳房の左右の各脇部から乳房の側部を覆った状態で乳房の中央部にかけて設けられる2つの乳房支持フラップ13、14と、前記2つの乳房支持フラップ13、14を乳房の中央部近傍で連結するとともに、当該2つの乳房支持フラップ13、14の連結幅を調節可能に設けられた留め具手段22とを備えた女性用スポーツ衣類。
イ 一致点
少なくとも女性のバスト部を覆う女性用衣料において、前記少なくとも女性のバスト部を覆うカップ部材と、前記カップ部材と分離した状態で当該カップ部材の表面側に配置され、前記バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態でバストの中央部にかけて設けられる左右の前身頃部材と、前記左右の前身頃部材をバストの中央部近傍で互いに連結するとともに、当該左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた複数の連結部材とを備えた女性用衣料。
ウ 相違点
前記カップ部材と分離した状態で当該カップ部材の表面側に配置され、前記バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態でバストの中央部にかけて設けられる左右の前身頃部材と、前記左右の前身頃部材をバストの中央部近傍で互いに連結するとともに、当該左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた複数の連結部材に関し、本件発明1は、左右の前身頃部材が「バスト下部」の中央部にかけて設けられ、連結部材が前記左右の前身頃部材を「バスト下部」の中央部近傍で互いに連結するのに対し、甲1発明は、乳房支持フラップ13、14が乳房係合ポケット12にオーバーフィットし、留め具手段22におけるバストとの位置関係が「バスト下部」である特定がない点。
本件特許図1

甲1発明図1

ウ 発明が解決しようとする課題
しかしながら、従来技術では、上記ブラジャーやボディスーツ等の女性用衣料の場合には、女性のバスト等のサイズや形、あるいはバストアップ等の補正機能に対応するため、各種のバストのサイズや形などに応じて、多種多様の女性用衣料を製造する必要があるため、大幅にコストがかかるという問題点を有していた(【0005】【0006】)。また、従来技術は、女性のバストのサイズや形などは千差万別であり、女性のバストのサイズや形などに応じて、多種多様の女性用衣料を用意したとしても、十分満足のいく着用感や求める補正機能などを得ることが困難であるという問題点を有していた(【0007】)。
本件各発明は、上記従来技術の問題点を解決するためにされたものであり、その目的とするところは、女性のバストのサイズや形などに応じて、多種多様の女性用衣料を個々に用意することなく、個人差を有する女性のバスト等のサイズや形、あるいはバストアップ等の補正機能などに対応することが可能な女性用衣料を低コストにて提供することにある(【0008】)。
エ 課題を解決するための手段
本件発明1は、請求項1記載の構成を有し、女性のバスト部を覆うカップ部材の表面側に、左右の前身頃部材を配置し、前記左右の前身頃部材をバスト下部の中央部近傍で互いに連結するとともに、当該左右の前身頃部材の連結幅を、複数の連結部材によって調節可能とすることにより、左右のバストの引き寄せ効果を高めるように構成したものである(【0009】【0010】)。
2 甲1発明に基づく本件発明1の進歩性の有無
(相違点)
前記カップ部材と分離した状態で当該カップ部材の表面側に配置され、前記バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態でバストの中央部にかけて設けられる左右の前身頃部材と、前記左右の前身頃部材をバストの中央部近傍で互いに連結するとともに、当該左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた複数の連結部材に関し、本件発明1は、左右の前身頃部材が「バスト下部」の中央部にかけて設けられ、連結部材が前記左右の前身頃部材を「バスト下部」の中央部近傍で互いに連結するのに対し、甲1発明は、乳房支持フラップ13、14が乳房係合ポケット12にオーバーフィットし、留め具手段22におけるバストとの位置関係が「バスト下部」である特定がない点。
⑶ 相違点の容易想到性
ア 本件明細書の記載によれば、本件発明1は、「女性のバストのサイズや形などに応じて、多種多様の女性用衣料を個々に用意することなく、個人差を有する女性のバスト等のサイズや形、あるいはバストアップ等の補正機能などに対応することが可能な女性用衣料を低コストにて提供すること」を課題とし、この課題を解決するための手段として、「女性のバスト部を覆うカップ部材の表面側に、左右の前身頃部材を配置し、前記左右の前身頃部材をバスト下部の中央部近傍で互いに連結するとともに、当該左右の前身頃部材の連結幅を、複数の連結部材によって調節可能とすることにより、左右のバストの引き寄せ効果を高めるように構成」するものであることが認められ、そうすると、本件発明1の「左右の前身頃部材をバスト下部の中央部近傍で互いに連結するとともに、当該左右の前身頃部材の連結幅を、複数の連結部材によって調節可能」とすることによる技術的意義は左右の前身頃部材をバスト下部の中央部近傍で互いに連結して、左右の前身頃部材の連結幅を調節することにより、左右のバストを引き寄せるとともに、左右のバストを下側から上側に持ち上げることを可能にし、女性のバスト等のサイズや形、あるいはバストアップ等の補正機能などに対応することが可能な女性用衣料を低コストにて提供することにあるといえる。
イ 他方、甲1公報及び弁論の全趣旨によれば、甲1発明は、運動に従事する女性は、乳房の動きによって、胸と乳首を衣服に擦り付けるなどして痛みや不快感が引き起こされることを課題とし、これを、乳房支持フラップ13、14を乳房係合ポケット12にオーバーフィットするよう配置し、乳房支持フラップ13、14が乳房全体を覆って締め付け、留め具手段22により乳房支持フラップ13、14を連結して内向きの圧力を提供することにより解決するものであると認められる。そうすると、乳房支持フラップ13、14を乳房係合ポケット12にオーバーフィットするよう配置し、乳房支持フラップ13、14が乳房全体を覆って締め付け、留め具手段22により乳房支持フラップ13、14を連結することによる技術的意義は、これにより、乳房に対して内向きの圧力を提供し、運動に従事する女性の乳房の過度の動きを防止することにあり、上記の構成により、女性のバスト等のサイズや形、あるいはバストアップ等の補正機能などに対応することにあるということはできない。この点、原告は、甲1公報には、甲1発明の乳房支持フラップ13、14が乳房全体を覆う構成であるとする記載はない旨の主張をするが、甲1公報に「オーバーフィット」との記載があることに加え、上記の甲1発明の課題解決手段、技術的意義からみると、甲1発明の乳房支持フラップ13、14は乳房全体を覆う構成であると認められ、原告の上記主張は採用できない。
ウ そうすると、甲1発明の、乳房支持フラップ13、14を乳房係合ポケット12にオーバーフィットする構成は、本件発明1の課題とは異なる甲1発明の課題を解決するためものであると認められ、本件発明1の出願当時、乳房支持フラップ13、14の締め付け位置をバスト下部にし、バスト下部を覆う構成に変更する動機付けがあったということはできない。のみならず、このような構成に変更した場合、乳房支持フラップ13、14が乳房を締め付け、これに対して内向きの圧力を提供する範囲が減少し、運動に従事する女性の乳房の過度の動きを防止するという課題を解決することができなくなるのであるから、上記の変更には阻害要因があるといえる。
⑸ 小括
したがって、相違点に係る甲1発明の構成を本件発明1の構成に変更することは、甲2記載事項等を参考にしたとしても、当業者が容易に想到し得たということはできないから、本件発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたということはできない。
【所感】
本判決は、相違点を単なる部材配置の差異として把握するのではなく、本件発明及び引用発明の各課題からなる各構成の技術的意義を踏まえて、容易想到性を検討している。裁判所は、甲1発明の構成を本件発明1の構成に変更することについて、課題の共通性を認めず、さらに変更が甲1発明の課題解決を妨げることを理由に阻害要因を肯定しており、進歩性判断における課題の重要性を改めて示したものといえる。実務上では、出願前に想定される従来技術に対し、自発明との相違点が独自の課題解決にどう寄与するかを、明細書で具体的に示しておくこと、そして、その相違点が従来技術側では採用困難な理由まで見通して整理しておくことが重要であると考えられる。