知財レポート
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- 知財判決例-審取(査定系)
マンコンベヤ 審決取消請求事件
事件の概要
| 判決日 | 2025.01.27 |
|---|---|
| 事件番号 | R7(行ケ)10049 |
| 担当部 | 知財高裁第3部 |
| 発明の名称 | マンコンベヤ |
| キーワード | 進歩性、周知技術 |
| 事案の内容 | 本事案は、拒絶査定不服審判の拒絶審決に係る審決取消請求事件であり、原告の請求が棄却された。周知技術を用いた進歩性判断について争われた。 |
事案の内容
【手続の経緯】
・令和 6年 3月15日 本願特許出願(特願2024-40881号。以下、本願)
・令和 6年10月 7日 拒絶理由通知
・令和 6年11月14日 意見書及び手続補正書を提出(※)
※補正は先行文献番号の誤記修正であり、実質的には意見書のみでの応答
・令和 6年12月24日 拒絶査定
・令和 7年 1月24日 拒絶査定不服審判請求
・令和 7年 3月26日 拒絶審決(以下、本件審決)
・令和 7年 5月15日 本件訴訟提起
2 発明の内容(筆者注記:以下の下線部は、本事案における重要部分)
本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本願発明」といい、その明細書(ただし、令和6年11月14日付け手続補正書による補正後のもの)及び図面(甲4、5、7)を「本願明細書等」という。)は、以下のとおりである。
「人を搬送するために走行するステップと、
乗り部の第1定位置の人を検出する第1人検出部と、
前記乗り部の第2定位置の人を検出する第2人検出部と、
前記ステップの走行速度を制御する処理装置と、を備え、
前記処理装置は、
前記第1人検出部及び前記第2人検出部の検出に基づいて、人の歩行速度を演算し、
前記ステップの走行速度が設定速度よりも速いときに前記演算した歩行速度が設定歩行速度以下である場合に、前記ステップの走行速度を設定走行速度以下へする低速制御を実行する、マンコンベア。」
【本件審決の内容】
(1)本件審決の理由の要点は、本願発明は、引用文献1(特開2017-214180号公報、甲1。以下、その文献を「甲1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づき、相違点1、2に係る構成について、例えば引用文献2(特開2008-273728号公報(発明の名称は「乗客コンベアの制御装置」)、甲2。以下、その文献を「甲2」という。)に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから、特許法29条2項により特許を受けることができない、というものである。
(2)本件審決は、上記判断をするに当たり、引用発明の内容、本願発明と引用発明との一致点及び相違点並びに周知技術を、次のとおり認定した。
[引用発明の内容]
「乗客が乗り、走行する踏段30と、
乗降板32に設けられ、マット72の上を歩いた乗客の足跡の面圧分布を検出するマット72と、
前記踏段30の走行速度vを制御する制御部50と、を備え、
前記制御部50は、
前記マット72が検出した足跡の面圧分布と当該足跡の入力時刻tを用いて乗客の歩行速度wを算出し、
前記踏段30の走行速度vが第1基準走行速度v1(25m/分)よりも速い通常速度v0(30m/分)のときに算出した歩行速度wが第1基準歩行速度k1(50m/分)より遅ければ、前記踏段30の走行速度vを通常速度v0から第1基準走行速度v1(25m/分)に下げる制御を実行する、
エスカレータ10。」
[一致点]
「人を搬送するために走行するステップと、
乗り部の人を検出する人検出部と、
前記ステップの走行速度を制御する処理装置と、を備え、
前記処理装置は、
前記人検出部の検出に基づいて、人の歩行速度を演算し、
前記ステップの走行速度が設定速度よりも速いときに前記演算した歩行速度が設定歩行速度以下である場合に、前記ステップの走行速度を設定走行速度以下へする低速制御を実行する、マンコンベア。」である点。
[相違点]
【相違点1】
「乗り部の人を検出する人検出部」に関して、本願発明では、「乗り部の第1定位置の人を検出する第1人検出部と、前記乗り部の第2定位置の人を検出する第2人検出部と」であるのに対して、引用発明では、「マット72の上を歩いた乗客の足跡の面圧分布を検出するマット72」である点。
【相違点2】
「前記人検出部の検出に基づいて、人の歩行速度を演算する」点に関して、本願発明は、「第1人検出部及び前記第2人検出部の検出に基づいて」演算するのに対して、引用発明は「前記マット72が検出した足跡の面圧分布と当該足跡の入力時刻tを用いて」演算する点。
[周知技術](本件審決10頁17行目ないし19行目)
「人の歩行速度に応じた踏段の制御を行うために、第1定位置と第2定位置に人を検出する第1人検出部及び第2人検出部を設け、第1人検出部と第2検出部の検出に基づいて人の歩行速度を演算すること」
4 原告の主張する本件審決の取消事由
本願発明の容易想到性の判断の誤り。具体的には、引用発明に、本件審決が周知技術と認定した、甲2記載の構成(以下、「甲2構成」という。甲2構成の内容は、上記3(2)の本件審決が認定した周知技術の内容と同一である。)を適用する動機付けの不存在(後記理由1、2)及び甲2構成の周知性の欠如を主張する。
【裁判所の判断】
1 原告の主張する取消事由(本願発明の容易想到性の判断の誤り)について
(2)そこで、甲2構成が周知技術であるか否かにつき検討する。被告が証拠として提出する、本願の出願日(令和6年(2024年)3月15日)以前に公開された文献には、以下の記載がある。
ア 特許第7416311号公報(発明の名称「乗客コンベア」。令和6年(2024年)1月17日発行。乙3)
(中略)
イ 特開2004-99266号(発明の名称「乗客コンベア」。平成16
年(2004年)4月2日公開。乙4)
(中略)
(3)上記乙3及び4はいずれも発明の名称を「乗客コンベア」とする、本願と同じ技術分野に属するものである。乙3の上記記載によれば、乙3には、乗客コンベアの制御装置である甲2構成と同じく、「乗客コンベアにおいて、乗り部(乗降口)の第1定位置の人を検出する第1人検出部(乗客検出部31)と、乗り部の第2定位置の人を検出する第2人検出部(乗客検出部32)とを備え、処理装置(移動速度検出部)は、人の歩行速度を第1人検出部及び第2人検出部の検出に基づいて演算する」技術(カッコ内は対応する乙3の記載)が開示されているものといえる。また、乙3に記載の技術は、人の歩行速度に応じた制御を行うという課題を有し、人を検出し、人の歩行速度を演算する作用・機能を有している。
上記乙4の記載によれば、乙4には、同じく「乗客コンベアにおいて、乗り部(乗降口の近傍)の第1定位置の人を検出する第1人検出部(乗客移動速度検出装置15D)と、乗り部の第2定位置の人を検出する第2人検出部(乗客移動速度検出装置16D)とを備え、処理装置(演算手段17)は、人の歩行速度を第1人検出部及び第2人検出部の検出に基づいて演算する」技術(カッコ内は対応する乙4の記載)が開示されているものといえる。また、乙4に記載の技術は、人の歩行速度に応じた制御を行うという課題を有し、人を検出し、人の歩行速度を演算する作用・機能を有している。そして、甲2に記載された、「人の歩行速度に応じた踏段の制御を行うために、第1定位置と第2定位置に人を検出する第1人検出部及び第2人検出部を設け、第1人検出部と第2人検出部の検出に基づいて人の歩行速度を演算すること」との構成が、本願の出願前に公知となったことについても当事者間に争いがない。
乙3、4及び甲2の記載は、本願出願前に公開され、いずれも「乗客コンベア」の技術分野に属するものであるから、本願の技術分野である当該分野において、甲2に記載の「乗り部(乗込み口1e)の第1定位置の人を検出する第1人検出部(第1投受光器30a)と、乗り部の第2定位置の人を検出する第2人検出部(第2投受光器30c)とを備え、処理装置(モータ制御装置50)は、人の歩行速度を第1人検出部及び第2人検出部の検出に基づいて演算する」技術(カッコ内は対応する甲2の記載)は、本願の出願時において、周知技術であると認められる。
(4)甲2に前記第2の3(2)の[周知技術]に記載の内容の甲2構成が開示されていること自体は当事者間に争いがないところ、上記(3)によれば、甲2構成は周知技術であると認められる。そして、周知技術である甲2構成は、人の歩行速度に応じた制御を行うために、甲2構成に記載された第1人検出部と第2人検出部を設けて人の歩行速度を演算するとの作用・機能を有しているのであるから、本願発明と同一の課題解決のための手段となり得る。そうすると、本願発明と引用発明との相違点1及び2に係る構成の差異を、この甲2構成の周知技術で代替することは、当業者の通常の創作能力の発揮に過ぎないものといえる。
加えて、引用発明と甲2構成の周知技術とは、同一の課題解決原理に属し、作用機能も同一のものであるから、上記本願発明と引用発明との相違点1及び2に係る構成の差異を、甲2構成の周知技術で埋めることについての動機付けも存在する。
そうすると、本願発明は、引用発明から当業者において容易に想到し得たものであるということができ、本件審決が、本願発明に進歩性が欠如する旨判断したことに誤りはないというべきである。
2 原告の主張に対する判断
(1)原告は、上記第3〔原告の主張〕1(1)ないし(3)のとおり、本願発明の課題解決手段と引用発明の課題解決手段とは異なるところ、引用発明は、本願発明の課題と共通する引用発明の課題を、本願発明の課題解決手段とは異なる別の引用発明の課題解決手段で既に解決しているから、当該課題解決手段に換えて、甲2構成とする動機付けはなく、容易想到ではない旨を主張する。
しかし、上記第4の1(3)、(4)のとおり、甲2構成は周知技術であると認められるところ、原告の主張するとおり、引用発明と本願発明の課題も同一であり、甲2構成も同じ課題の解決手段であるから、相違点1及び2に係る構成を甲2構成と置き換えることは、当業者の通常の創作能力の発揮に過ぎない。これを動機付けの観点からみても、技術分野が同一であり、課題が共通し、作用・機能も共通しており、置換えを阻害する要因がないのであるから、動機付けについても当然認められるところであり、異なる別の解決手段によって既に解決しているか否かは動機付けの有無とは関係しない。したがって、上記原告の主張は採用することができない。
(2)原告は、上記第3〔原告の主張〕1(3)のとおり、引用発明に、当該課題解決手段に換えて、本願発明の構成とする必要はない旨の判断がされたことによって、引用発明に、本願発明の構成を適用する動機付けが存在しないとの判断がされた裁判例は、多数存在するとし、4件の知財高裁の裁判例を挙げる。
しかし、原告が援用する上記裁判例はいずれも本件と事案を異にするものであるところ、甲11(※筆者注記:R3(行ケ)10082「電気絶縁ケーブル」事件)の裁判例は、相違点に係る構成の容易想到性につき、周知技術を適用する動機付けがあるとした上で、引用発明に周知技術の構成を加えると効果を損なうとの点を理由として容易想到性を否定したものであり、引用発明と本願発明とで共通する課題が別の解決手段によって既に解決していることは一つの事情として考慮されているに過ぎず、動機付けの有無の判断に当たって考慮されたものではない。
また、甲12(※筆者注記:H28(行ケ)10103「掴線器」事件)の裁判例は、相違点に係る構成が、出願時に周知慣用の技術であったとは認められないとの判断が前提とされており、相違点に係る構成が周知技術である事案ではない。
甲13(※筆者注記:H19(行ケ)10238)の裁判例は、既に独自の構成によって発明の目的を達成し本願発明にはみられない引用発明独自の効果を奏する引用発明に、更に相違点に係る構成を採用することは考え難いとする事案であって、甲14(H18(行ケ)10251)の裁判例も、枠部によってプリント回路板が強力に保持される引用発明に、この上更に、枠部が回路板を保持する力を強化することを目的として相違点に係る構成を採用することについて判断する事案であり、これら裁判例も、引用発明の課題解決手段を、同一の課題を解決して同一の作用効果を奏するものと替える事案ではない。
したがって、上記原告の主張は採用することができない。
(4)原告は、前記第3〔原告の主張〕2(1)のとおり、引用発明に甲2構成を適用すると、引用発明の「確実に乗客の歩行速度を算出することができる」との技術的意義が失われてしまい、何らかの有利な効果がもたらされるものではないため、仮に甲2構成が周知技術であったとしても、引用発明に敢えて甲2構成を適用する動機付けがあるとは認められない旨を主張する。
確かに甲1には、「乗客の歩行速度wは、乗客が歩くマット72の足跡に基づいて判断するため、確実に歩行速度wを算出できる。」(段落【0044】)との記載があるものの、この部分以外に歩行速度を確実に算定することに関する記載はなく、マットを採用することによる算定の確実性についての具体的な記載もない。一方、引用発明が解決しようとする課題については、携帯端末を有しない高齢者などの乗客が乗客コンベアに乗る場合に踏段を低速にするため、携帯電話の識別情報を必要とすることなく(甲1の段落【0004】及び【0005】。別紙審決書(写し)2頁)乗客の歩行速度を算出することについての記載があるのみなのであるから、引用発明の技術的意義が、原告が主張するような「確実に乗客の歩行速度を算出する」ことにあるものとは認められないというべきである。原告の主張する、引用発明に係る「マットの上を歩いた乗客の足跡を検出し、前記制御部は、検出した前記足跡から前記乗客の歩行速度を算出」することは、上記乗客が有する携帯端末の識別情報を必要とすることなく乗客の歩行速度を算出するための手段の一つに過ぎないものと認められる。
したがって、上記原告の主張は採用することができない。
(5)原告は、前記第3〔原告の主張〕2(2)のとおり、引用発明が、乗降口の人を検出する構成として「マット」を採用することを前提としていることは明らかであり、引用発明に甲2構成を適用する動機付けは存しないから、甲1及び2に記載された発明に基づいて当業者が本願発明を容易に想到することができない旨を主張する。
しかし、甲2構成に係る周知技術も、歩行速度を算出できることは当然の前提とされており、前記(4)のとおりの技術的意義を有する引用発明のマットと異なるところはないから、引用発明におけるマットを周知技術に置き換えたことで、直ちに発明の課題が解決できないとか作用効果を奏しないということにはならないし、その技術的意義が失われるということにもならないというべきである。
したがって、上記原告の主張は採用することができない。
3 結論
以上のとおり、本件審決の認定及び判断に誤りは認められず、原告主張の取消事由は理由がない。
よって、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。
【所感】
進歩性判断における周知技術の適用について理解を深める上で参考になる事案である。
近年の裁判例には、「主引例において、本願と共通の課題を、本願とは別の解決手段で解決済みであるか否か」(以下、共通課題解決済み論)が、主引例への周知技術適用の動機付け有無に影響することを示唆するものが存在する。しかしながら、本事案では、共通課題解決済み論が動機付け有無に関係しないと判示された。さらに、過去の「電気絶縁ケーブル事件」についても、共通課題解決済み論は、動機付けに無関係の一事情として考慮されたに過ぎないとの解釈がなされた。なお、筆者個人的には、過去の事件の解釈についても言及がなされた点は、大変興味深いポイントである。
本事案を踏まえると、進歩性判断に際して周知技術が引用された場合に、共通課題解決済み論に依存した主張を展開するのはリスクが高いと考える。ただし、他に阻害要因等の主張材料があるならば、動機付け(論理付け)について争うというアプローチ自体は、十分に有効であると考える。例えば、本事案においても、仮に、主引例の課題解決に「マット」が必須であったなら、マットを周知技術に置換することについて阻害要因の主張が通った可能性があり、進歩性欠如との判断が覆された可能性があると考える。