知財レポート
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- 日本判例研究レポート
- 知財判決例-審取(査定系)
二酸化炭素を電気化学還元する方法 審決取消請求事件
事件の概要
| 判決日 | 2026.07.08 |
|---|---|
| 事件番号 | R7(行ケ)10081 |
| 担当部 | 知財高裁第4部 |
| 発明の名称 | 二酸化炭素を電気化学還元する方法 |
| キーワード | 意見書提出機会 |
| 事案の内容 | 本件は、拒絶査定不服審判での拒絶審決の取り消しを求める審決取消訴訟であり、審判手続において拒絶理由を通知して意見書を提出する機会が与えられなかったことが違法であるとして、審決が取り消された事例である。 |
事案の内容
【手続の経緯】
平成31年 3月 4日 特許出願(優先日:平成30年3月5日)
令和 5年 2月21日 拒絶理由通知
令和 5年 7月31日 意見書及び手続補正書の提出(本件審査時補正)
令和 5年 9月28日 拒絶査定 15
令和 6年 2月 9日 拒絶査定不服審判の請求(不服2024-2395号)及び手続補正書の提出(本件補正)
令和 7年 3月28日 拒絶審決
令和 7年 4月15日 拒絶審決の謄本送達(出訴期間90日附加)
令和 7年 8月13日 審決取消訴訟提起
【特許請求の範囲】
<本件補正前>
本件補正前の請求項1の記載は、以下のとおりである(以下、この発明を「本願発明」という。下線部は本件審査時補正による補正箇所である)。
【請求項1】
電気化学セル中で、二酸化炭素を二酸化炭素還元生成物または生成物の混合物へと電気化学還元し、その場で前記二酸化炭素還元生成物または生成物の混合物を抽出する方法であって、
a)二酸化炭素が豊富な吸収剤を電気化学セルの陰極区画に導入することと、
b)前記電気化学セルの陽極と陰極の間に、前記陰極で前記二酸化炭素が豊富な吸収剤中の二酸化炭素を還元して前記二酸化炭素還元生成物または生成物の混合物にするのに十分な電位を印加することによって、二酸化炭素が乏しい吸収剤を供給することと、
c)その場での抽出により前記二酸化炭素還元生成物または生成物の混合物を収集することと、
を含み、
前記陰極区画は、酸、塩基、またはそれらの塩の少なくとも一つが添加された流体陰極液を含み、
前記陽極は、複数のセパレータによって前記陰極から分離されている、方法。
<本件補正後>
本件補正後の請求項1の記載は、以下のとおりである(以下、この発明を「本願補正発明」という。下線部は本件補正による補正箇所である)。
【請求項1】
電気化学セル中で、二酸化炭素を二酸化炭素還元生成物または生成物の混合物へと電気化学還元し、その場で前記二酸化炭素還元生成物または生成物の混合物を抽出する方法であって、
a)二酸化炭素を含むガス流を吸収剤と接触させることによって、前記二酸化炭素を含むガス流から二酸化炭素を吸収して前記二酸化炭素が豊富な吸収剤を形成することと、
b)前記二酸化炭素が豊富な吸収剤を電気化学セルの陰極区画に導入することと、
c)前記電気化学セルの陽極と陰極の間に、前記陰極で前記二酸化炭素が豊富な吸収剤中の二酸化炭素を還元して前記二酸化炭素還元生成物または生成物の混合物にするのに十分な電位を印加することによって、二酸化炭素が乏しい吸収剤を供給することと、
d)その場での抽出により前記二酸化炭素還元生成物または生成物の混合物を収集することと、
を含み、
前記陰極区画は、酸、塩基、またはそれらの塩の少なくとも一つが添加された液体陰極液を含み、
前記陽極は、複数のセパレータによって前記陰極から分離されている、方法。
【審決の概要】
本願補正発明は、引用文献1に記載された発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない。そうすると、本願補正発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるとはいえないから、本件補正は、特許法17条の2第6項、126条7項の規定に違反しており、却下すべきものである。そして、本願補正発明は本願発明の発明特定事項を全て含み、それを技術的に限定したものであり、これが引用文献1に記載された発明であるから、本願発明も同様の理由により引用文献1に記載された発明であり、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない。
【裁判所の判断】
第5 当裁判所の判断
1 取消事由2(手続違背)について事案に鑑み、取消事由2(手続違背)について判断する。
(1)認定事実
後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 引用文献1(甲1)には、二酸化炭素を炭酸ナトリウム溶液又はアルカノールアミン溶液からなる吸収液に吸収させるプロセス(引用発明中のaのプロセス)と、二酸化炭素ガスを「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」に飽和するまで入れるプロセス(同cのプロセス)とが記載されている。そして、引用発明においては、プロセスaで吸収された二酸化炭素はプロセスbで熱脱着され、この二酸化炭素ガスがプロセスcで気液混合液とされ、これがプロセスdで陰極室に入れられるとされている。したがって、炭酸ナトリウム溶液又はアルカノールアミン溶液と「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」とは、全く異なるプロセス及び目的で使用されており、同一のプロセスにおいて用いられる代替品や同等物といった関係にあるものではない。
イ 本件拒絶理由通知書(甲4)には、引用文献1には「吸収剤といえる炭酸ナトリウム溶液に二酸化炭素を吸収させ」、「吸収剤としてアルカノールアミン溶液を用いてよい」と記載されている。本件拒絶査定(甲7)は、本件拒絶理由通知書に記載された理由、すなわち、炭酸ナトリウム溶液又はアルカノールアミン溶液が本願発明の「吸収剤」に相当するとの認定に基づき、本願を拒絶すべき旨の判断をした。
ウ 原告は、本件拒絶査定を不服として審判を請求するとともに、吸収剤が本件拒絶理由通知書に記載された炭酸ナトリウム溶液等であることを前提とする新規性欠如の拒絶理由を解消するため、本件補正をした(甲9)。
エ 本件審決は、「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」が本願補正発明及び本願発明の「吸収剤」に相当すると認定し、これに基づき本願を拒絶すべき旨の判断をした。
本件審判手続において、「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」が本願発明の「吸収剤」に相当するとの認定に基づき本願を拒絶するとの判断をすることについて、原告に対し、特許法159条2項、50条に基づき、拒絶理由を通知し、意見書を提出する機会は与えられなかった。
(2)判断
ア 上記(1)で認定したとおり、本件拒絶査定と本件審決は、本願発明の「吸収剤」として異なる物質を認定したものであるところ、炭酸ナトリウム溶液又はアルカノールアミン溶液と「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」とは、引用文献1において全く異なるプロセス及び目的で使用されており、同一のプロセスにおいて用いられる代替品や同等物といった関係にあるものではない。そうすると、「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」を吸収剤と認定して本願を拒絶することは原告に対する不意打ちとなるから、原告にその旨を通知して意見書の提出及び補正の機会を与えるのが相当であって、「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」(特許法159条2項)に該当するというべきである。そして、補正の機会を与えないという上記手続違背は、その性質上、本件審決の結論に影響を及ぼすものと解される。
したがって、本件審判手続には、特許法159条2項、50条に違反する違法があり、この点は本件審決を取り消すべき事由に当たると認められる。
イ これに対し、被告は、①本件拒絶査定も本件審決も、引用文献1の実施例2に基づく同じ発明を引用発明として新規性が欠如すると判断したものである、②本件拒絶理由通知書の記載及びそれによる引用文献1の摘示箇所を見れば、引用文献1に記載された「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」が本願発明の「吸収剤」に相当し得ると理解できたはずであると主張する。
しかし、上記①について、実施例は同じであっても、「吸収剤」に相当するものとして、炭酸ナトリウム溶液又はアルカノールアミン溶液であるとした発明と、「ギ酸及びギ酸ナトリウムを含む混合溶液」であるとした発明とでは発明の構成が異なるから、同じ発明を引用発明として判断したということはできない。
また、上記②について、本件拒絶理由通知書の記載からすれば、原告としては、炭酸ナトリウム溶液又はアルカノールアミン溶液が本願発明の「吸収剤」に相当すると認定したものと理解するのが自然である。そして、二酸化炭素の回収について記載された文献(甲12、13)において、「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」は二酸化炭素の吸収剤として記載されておらず、「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」が二酸化炭素の吸収剤として一般的であるとの技術常識を認めるに足りる証拠も見当たらないことからすると、本件拒絶理由通知書に明示されていない「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」が本願発明の「吸収剤」に相当すると認定されることを予期し得なかったとしても無理はない。そうすると、本件拒絶理由通知書の記載から、「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」が本願発明の「吸収剤」に相当し得ると理解できたはずであるということはできない。
2 結論
以上のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由があるから、本件審決を取り消すこととして、主文のとおり判決する。
【所感】
本件では、拒絶査定と拒絶審決とで同一引用文献の同一実施例に基づき新規性欠如と判断されているものの、拒絶査定において新規性欠如の根拠とされた引用発明A(吸収剤=炭酸ナトリウム溶液又はアルカノールアミン溶液)と、拒絶審決において新規性欠如の根拠とされた引用発明B(吸収剤=ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液)とが異なっていたため、「査定の理由と異なる拒絶の理由」に該当すると判断された。このことから、同一引用文献の同一実施例に基づく拒絶理由であっても、本願発明の構成要件に対応する引用発明の構成について従前と異なる認定がされた場合には、「査定の理由と異なる拒絶の理由」に該当し得ることが分かる。