知財レポート
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- 知財判決例-審取(当事者系)
永久磁石の樹脂封止方法 審決取消請求事件
事件の概要
| 判決日 | 2026.05.19 |
|---|---|
| 事件番号 | R7(行ケ)10057 |
| 担当部 | 知的財産高等裁判所第1 部 |
| 発明の名称 | 永久磁石の樹脂封止方法 |
| キーワード | サポート要件 |
| 事案の内容 | 無効とすることはできないとの審決の取り消しを求めた本訴訟において、「作業性が悪 い」との課題に関して、サポート要件について争われた。 |
事案の内容
【手続の経緯】
平成17年 1月24日 特許出願(特願2005-15860号)
平成17年11月24日~平成27年 1月16日 分割出願(第1世代~第6世代)
平成28年 2月 3日 第6世代の一部を分割出願(特願2016-40066号)
平成29年 2月 9日 手続補正
平成29年 7月28日 設定登録(特許第6180569号)
令和 2年10月 8日 特許無効審判(無効2020-800097号)
令和 3年10月22日 前件審決(本件審判の請求は、成り立たない)
令和 5年 9月20日 前件判決(前件審決を取り消す旨の判決)後、審理再開
令和 6年11月 8日 本件訂正を請求(本件特許の特許請求の範囲及び明細書を訂正する旨の訂正)
令和 7年 4月28日 本件審決(本件訂正を認めた上で、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決)
令和 7年 6月11日 本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起
【主文】
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
【特許請求の範囲】
1.本件補正前
【請求項1】
複数枚の鉄心片が積層された回転子積層鉄心の複数の磁石挿入孔にそれぞれ永久磁石を挿入し、前記各磁石挿入孔に前記永久磁石を樹脂封止する方法において、
前記回転子積層鉄心を、上型及び下型の間に配置して、前記下型及び前記上型で前記回転子積層鉄心を押圧し、前記回転子積層鉄心の前記磁石挿入孔に前記永久磁石を樹脂封止することを特徴とする回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法。
【請求項2】
請求項1記載の回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法において、前記下型を上昇させることによって、前記回転子積層鉄心を前記上型及び前記下型によって押圧することを特徴とする回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法において、前記上型に前記磁石挿入孔に樹脂部材を押し込むポットが設けられていることを特徴とする回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法。
2.本件補正後・本件訂正前
【請求項1】
複数枚の鉄心片が積層された回転子積層鉄心の複数の磁石挿入孔にそれぞれ永久磁石を挿入し、前記各磁石挿入孔に前記永久磁石を樹脂封止する方法において、
前記回転子積層鉄心を、上型及び下型の間に配置して、前記上型及び前記下型同士が当接することなく、前記下型及び前記上型で前記回転子積層鉄心を押圧し、前記回転子積層鉄心の前記磁石挿入孔に前記永久磁石を樹脂封止することを特徴とする回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法。
【請求項2】
請求項1記載の回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法において、前記下型を上昇させることによって、前記回転子積層鉄心を前記下型及び前記上型によって押圧することを特徴とする回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法において、前記上型に前記磁石挿入孔に樹脂部材を押し込むポットが設けられていることを特徴とする回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法。
3.本件訂正後
【請求項1】
複数枚の鉄心片が積層され、中央に軸孔を有する回転子積層鉄心の複数の磁石挿入孔にそれぞれ永久磁石を挿入し、前記各磁石挿入孔に前記永久磁石を樹脂封止する方法において、
前記回転子積層鉄心の下面が当接するトレイ部と、前記トレイ部の中心部に立設され、前記回転子積層鉄心の前記軸孔に嵌入するガイド部材とを有する搬送トレイに載せた前記回転子積層鉄心を、前記回転子積層鉄心を収容する有底穴部のない下型上に搬送し、上型及び下型の間に配置して、前記上型及び前記下型同士が当接することなく、前記下型及び前記上型で前記回転子積層鉄心を押圧し、前記回転子積層鉄心の前記磁石挿入孔に前記永久磁石を樹脂封止し、その後、前記搬送トレイを前記回転子積層鉄心と共に前記下型から取り外し、前記回転子積層鉄心が前記搬送トレイから取り外されることを特徴とする回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法。
【請求項2】
請求項1記載の回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法において、前記下型を上昇させることによって、前記回転子積層鉄心を前記下型及び前記上型によって押圧することを特徴とする回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法において、前記上型に前記磁石挿入孔に樹脂部材を押し込むポットが設けられていることを特徴とする回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法。
【当裁判所の判断】
※以下、下線は筆者が付した。
2 取消事由1(訂正要件違反)について
⑴ア 原告は、訂正事項2から4までは、訂正前の請求項にはなかった新たな工程を追加する訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正に該当する訂正であるため、特許請求の範囲の減縮を目的とするものとは認められないと主張する。
前記第2の2⑶において認定したとおり、訂正事項2は、本件訂正前は回転子積層鉄心を載せるものに関する特段の限定がなかったのに対し、「前記回転子積層鉄心の下面が当接するトレイ部と、前記トレイ部の中心部に立設され、前記回転子積層鉄心の前記軸孔に嵌入するガイド部材とを有する搬送トレイに載せた」ものであることを限定するもの、訂正事項3は、本件訂正前は下型上への搬送に関する特段の限定がなかったのに対し、「前記回転子積層鉄心を収容する有底穴部のない下型上に搬送し」て、配置するものと限定するもの、訂正事項4は、本件訂正前は「前記回転子積層鉄心を、上型及び下型の間に配置して、前記上型及び前記下型同士が当接することなく、前記下型及び前記上型で前記回転子積層鉄心を押圧し、前記回転子積層鉄心の前記磁石挿入孔に前記永久磁石を樹脂封止する」ことが特定されていたのに対し、前記のとおり、訂正事項2及び訂正事項3により搬送トレイに係る限定がされたことを受けて、当該特定に加えて、「その後、前記搬送トレイを前記回転子積層鉄心と共に前記下型から取り外し、前記回転子積層鉄心が前記搬送トレイから取り外される」ことを特定するものであるから、いずれも新たな工程を追加するものではなく、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
イ これに対し、原告は、本件訂正発明1が、課題を解決するために不可欠な構成を備えないことによる無効理由6を有する発明を、課題を解決するために不可欠な構成を加えることによって無効理由6を有さない発明に訂正することを目的とするものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当すると主張する。
しかし、訂正前の特許請求の範囲の請求項に記載された事項に、課題を解決するための手段が十分に特定されておらず、課題を解決できない発明も含まれていた場合、特許請求の範囲を減縮する訂正により、訂正後の請求項の記載において、課題を解決するための手段を十分に特定し、課題を解決できる発明のみとすることは、実質上特許請求の範囲を拡張するものでも、変更するものでもない。
また、原告は、訂正事項2から4までは、搬送トレイを構成要素として含んでおり、搬送トレイについて間接侵害が成立することになるほか、カテゴリーを変更する訂正となるため、第三者に不測の損害を与えることになるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当すると主張する。
しかし、本件訂正前明細書の記載によると、従来技術の問題2を解決するための手段として、搬送トレイを不可欠の構成としていると解されるところ、従来技術の問題2を解決する本件訂正発明1が当該不可欠な構成である搬送トレイを備えているであろうことは第三者も理解するのであるから、本件訂正により、本件訂正発明1が搬送トレイを構成要素として含んだとしても、第三者に不測の損害を与えることになるとはいえない。また、本件訂正の前後の発明は、いずれも「回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法」についての発明であることに変わりはなく、発明のカテゴリーが変更する訂正ということはできない。
⑵ア 原告は、訂正事項3の「前記回転子積層鉄心を、前記回転子積層鉄心を収容する有底穴部のない下型上に搬送し、」という発明特定事項は、新たな技術的事項を導入するものであるから、新規事項の追加に該当すると主張する。
本件訂正前明細書によると、永久磁石を積層鉄心に樹脂封止により固定する方法において、従来は、積層鉄心を下型の有底穴部に嵌挿していたため、積層鉄心を下型の有底穴部から取り出す作業の作業性が極めて悪いという課題を有していたことから、生産性及び作業性に優れており、安価に作業ができる永久磁石の樹脂封止方法を提供することを目的として当該発明がされたことが記載されており(【0002】、【0004】、【0005】)、下型17には、回転子積層鉄心12を入れる(嵌挿する)有底穴部が示されていない構成が図示されている(【図1】、【図7】、【図10】)。かかる構成によれば、搬送トレイ16に載せた回転子積層鉄心12を下型17上に搬送・配置するに際し、回転子積層鉄心12が下型17に入らないことから、下型17と搬送トレイ16に載せた回転子積層鉄心12の分離が容易であることは明らかであり、従来の、積層鉄心を下型の有底穴部から取り出す作業の作業性が極めて悪いという課題が解決されることが理解できる。
そうすると、上記課題を解決するために、搬送トレイ16に載せた回転子積層鉄心12を、当該回転子積層鉄心12を入れる(嵌挿する)有底穴部のない下型17上に搬送することが、本件訂正前の明細書等に開示されているものといえるから、訂正事項3の「前記回転子積層鉄心を、前記回転子積層鉄心を収容する有底穴部のない下型上に搬送し、」という発明特定事項が、新たな技術的事項を導入するものということはできない。
イ これに対し、原告は、本件訂正前の明細書等には、搬送トレイが配置される表面に凹凸のない一枚の平板からなる下型のみが開示されているにすぎないと主張する。
しかし、本件訂正前明細書には、「回転子積層鉄心を入れる有底穴部のない下型」が開示されており、これにより、積層鉄心を下型の有底穴部から取り出す作業の作業性が極めて悪いという課題が解決できることは、上記のとおりであるから、搬送トレイが配置される表面に凹凸のない一枚の平板からなる下型のみが開示されているにすぎないということはできない。
また、原告は、「収容」とは、特定の範囲の場所にしまう対象となる人や物品の全てがおさめ入れられ、当該人や物品がはみ出すことはないとの意味であるから、「収容」と「入れる」とは同義ではなく、本件審決が、これを同義に理解したことは誤りであると主張する。
しかし、「収容」という用語の意味については、「人や物品を一定の場所におさめ入れること。」(広辞苑(第七版)1389頁・甲68)、「おさめいれること。」(新選国語辞典(改訂新版)441頁・甲91)、「人や物品をおさめいれること。」(日本国語大辞典(第二版)1313頁・甲92)と記載されており、さらに、「おさめ」るという用語の意味については、「物を特定の場所に入れる。しまう。」(広辞苑(第七版)409頁・甲90)、「しかるべき所にしまう。」(大辞林(第二版)339頁・甲45)、「しまう。なかへ入れる。」(新選国語辞典(改訂新版)120頁・甲91)、「(品物、農作物などを)ある場所にしまう。」(日本国語大辞典(第二版)1119頁・甲92)などと記載されている。そして、本件訂正前明細書に「嵌挿」(【0004】。挿入して嵌めること・甲34)との用語が用いられていることを併せ考慮すると、「収容」については、物を一定の場所に入れることを意味しており、物が一定の場所からはみ出ていないことまでを意味するものとは解されないから、原告の主張は前提を欠くものである。
⑶ 以上のとおり、訂正事項2から4まではいずれも訂正要件を満たすから、原告の主張は採用することができない。そして、訂正事項2から4までが訂正要件を満たさないのと同様の理由により訂正事項5が訂正要件を満たさないとする原告の主張も、同様にして採用することができない。
3 取消事由2(サポート要件違反・無効理由6)について
⑴ 原告は、本件審決が認定する「回転子積層鉄心12を入れる有底穴部のない下型」であっても、依然として、回転子積層鉄心を下型から取り出す作業の作業性が悪いという課題は解決できないと主張する。
しかし、「回転子積層鉄心12を入れる有底穴部のない下型」という構成によって、回転子積層鉄心を下型から取り出す作業の作業性が悪いという課題が解決できることは、前記2⑵アに判示したとおりである。
⑵ 原告は、「収容」の意味からすれば、「収容」と「入れる」は同義ではなく、「回転子積層鉄心を収容する有底穴部のない下型」は、下型に有底穴部を有するが、上面から回転子積層鉄心がはみ出している構成を含むところ、これでは回転子積層鉄心を下型から取り出す作業の作業性が悪いという本件各訂正発明の課題は解決できないと主張する。
しかし、「収容」の意味については、前記2⑵イに判示したとおり、物を一定の場所に入れることを意味すると解されるのであるから、「回転子積層鉄心を収容する有底穴部のない下型」は、下型に有底穴部を有するが、上面から回転子積層鉄心がはみ出している構成を含まない。
また、原告は、回転子積層鉄心を下型から取り出す作業の作業性が悪いという課題を解決するためには、回転子積層鉄心のみならず、搬送トレイも有底穴部のない下型上に配置されることが必要であり、「前記回転子積層鉄心を、前記回転子積層鉄心を収容する有底穴部のない下型上に搬送し、」と特定したのみでは上記課題は解決できないと主張する。
しかし、「回転子積層鉄心を入れる有底穴部のない下型」という構成により、回転子積層鉄心を下型の有底穴部から取り出す作業の作業性が極めて悪いという課題が解決できるのであって、このことは、搬送トレイの下型への配置状態を問わないものである。
⑶ 原告は、回転子積層鉄心を下型から取り出す作業の作業性が悪いという課題を解決するためには、少なくとも、「一枚の平板からなる下型」であることが必要であると主張する。
しかし、「回転子積層鉄心12を入れる有底穴部のない下型」という構成によって、回転子積層鉄心を下型から取り出す作業の作業性が悪いという課題が解決できることは、前記2⑵アに判示したとおりであるから、上記課題の解決のためには、「一枚の平板からなる下型」であることが必要であるということはできない。
⑷ 原告は、「搬送トレイ」の形状が特定されておらず、また、「搬送トレイを回転子積層鉄心と共に下型から取り外す」方法、「搬送トレイ」から「回転子積層鉄心」を取り外す方法が特定されていないため、課題を解決することができると認識することができないと主張する。
しかし、「回転子積層鉄心12を入れる有底穴部のない下型」という構成によって、回転子積層鉄心を下型から取り出す作業の作業性が悪いという課題が解決できることは、前記2⑵アに判示したとおりであるから、原告が指摘する上記の方法が特定されていないとしても、上記課題を解決することができると認識することができないということはできない。
⑸ 原告は、本件審判手続において、本件訂正発明1の「前記上型及び下型同士が当接することなく」、「下型及び上型で回転子積層鉄心を押圧し」、「上型」という発明特定事項について、サポート要件違反の無効理由があると主張したが、本件審決は、この点についての判断を一切しておらず、判断に遺漏があると主張する。
本件審判手続における原告の主張を踏まえると、原告の主張は、上記発明特定事項について、いずれも発明の詳細な説明に記載された特定の具体例を超えて上位概念化(拡張又は一般化)できないという主張であると解されるが、いずれの主張も発明の詳細な説明に記載された特定の具体例との比較を主張するにとどまるものであるから、上記主張を踏まえても、本件各訂正発明は、発明の詳細な説明に基づき、当業者が出願時の技術常識も照らして、当該発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えるものではない。よって、仮に本件審決の判断に遺漏があったとしても、本件審決の結論に影響を及ぼすものとはいえない。
(略)
10 結論
以上のとおり、原告が主張する取消事由はいずれも理由がない。原告は、その他にも様々な主張をするが、いずれも前記認定判断を左右するものではない。
よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
【所感】
本件発明では、回転子積層鉄心を下型から取り出す作業の作業性が悪いという課題は解決できないとの原告の主張に対して、搬送トレイは下型に入らないから、この課題は解決できるとの裁判所の判断は妥当であると考えます。
本件の課題は、「作業性が悪い」というやや漠然とした課題です。このため、本件訂正前の請求項でも、課題を解決しているような印象を受けます。また、搬送トレイの形状によっては、下型ではなく、搬送トレイから取り出す作業の作業性が悪くなるという別の課題も考えられることから、訂正後の発明においても、課題が完全に解決されたとの印象を持ちにくい発明であると感じました。
発明が構造物である場合には、課題を解決するための構成を比較的特定し易いと思います。対して、本件のような作業手順に関する方法の発明の場合には、課題を解決するための構成、本件の場合には、「搬送トレイ」が必要な構成なのか、無くても良いのか、別の部材でも良いのかは、発明者が説明する実施形態から導き出すことは難しいと思います。そこで、本件のような作業手順に関する方法の発明の場合には、請求項で特定すべき構成や権利範囲についての出願人の意向について、きちんと確認する必要があると感じました。