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Pebble という時計

 このトピックスの欄に、Hさんが「お出かけ用の時計」について書いておられた。私は、「お出かけ用の時計」がどのようなものか、具体的な見当がまるで付かないのだが、この10年ほど愛用してきた時計はある。時計つながりでちょっとその時計のことを書いてみたい。
 その時計は、いわゆるスマートウォッチの一種なのだが、Pebbleという。この時計に出会ったのは、今から10年前。この頃、私は、アメリカで急速に広がったクラウドファウンディングの仕組みに興味を持ち、KickStarterを覗き、面白そうなガジェットがあると出資して製品が届くのを待つ、ということを何回か経験していた。初代のPebbleについては、気づいた時には出資期限(2012年5月19日)が過ぎていたが、その内容に大いに興味を持った私は、同じものがAmazon.usで販売されているのを見つけ、購入した。そして同じ開発者が、2015年にKickStarterで募集したカラー表示可能なPebble Timeという2代目の時計に出資し、手に入れた。現在私が常用しているのはこの時計だ。
 初代Pebbleおよび2代目のPebble Timeの最大の特徴は、表示が液晶ではなく、E-inkと呼ばれる表示方式を採用している点だ。E-inkは電子ペーパーの一種で、電気泳動方式という仕組みを用いており、書き換えの時だけ電気を必要とし、一旦表示されれば、電気を供給しなくても表示は継続される。時計だから、秒針がなくても1分に一度は表示を書き換える必要があるが、それでも、画面の書き換えをしなくても表示に電気を使う液晶とは消費電力が桁違いに少ない。このため、Pebble Timeと同時期に発表された初代Apple Watchの定格稼働時間が18時間であったのに対して、Pebble Timeのそれは7日間だった。しかも、E-inkは反射型なので、屋外の明るいところ、直射日光の下でくっきりと表示される。暗いところでは、確かに見にくくなるが、時計を付けた腕を振るとバックライトが点灯するようになっていた。
 この時計の優れたもう一つの特徴は、仕様をオープンにし、ウォッチフェイスから、内部に組み込めるアプリの作り方まで、全て公開し、更にそれらを作るツールも提供し、できあがったものを利用するプラットフォームまで提供したことだ。その結果、何千種類ものウォッチフェイスやアプリが世界中で作られ、提供され、各国で利用された。写真1は、私が常用しているウォッチフェイスだが、日の入り・日の出の時間に応じて昼夜の面積が変更される。また、腕を振るなどして振動を与えると画面が月齢表示になる。
【写真1】
20230523-写真1
 
 こうした、いわば手作りできる楽しさがあって、各国でユーザグループが生まれ、情報を交換し、時には誰かの要望に拠って、新しいウォッチフェイスが作られたり、機能が追加されたりした。私もそのグループに加わり、新しい利用方法を提案したり、自分が作ったPebble用のグッズなどを紹介したりもした。それは、コンピュータの利用が始まった黎明期の、乱立したボードコンピュータのユーザグループにも似て、自分たちの手で、自分たちの製品を育てていく、という楽しみの場だった。こうして書いてみて、最近の「推し」の世界も、同じようなものかも知れないと思った。
 ユーザグループで最大の課題になったのは、日本語の扱いだった。発売された初代Pebbleは日本語が扱えなかったのだ。連携して利用するスマートフォンに着信すれば、腕時計の画面に発信者名が表示され、メールが届けば送信者や件名、本文の一部が表示されるのだが、表示できるのは、英語などの1バイト系の文字だけだった。こうした問題に対して、ユーザグループの中で、時計のOS(正確にはファームウェア)を改良し、日本語が表示できるようにしようとする取り組みが始まった。そして、それは、2015年3月29日に一人のプログラマの献身により可能になった。日記には、この日の出来事が興奮と共に記されている。その後、多数の改良がなされ、Pebbleは、安定な日本語表示が可能なスマートウォッチに成長した。
 この時計を作り出した会社は、KickStarterで3回目となる募集、新しいPebble Time 2の募集期間に、Fitbit社に買収され、消滅した。そのニュースを聞いて、私は、直ぐにAmazon.usで予備機を買った。買っておいて良かった。Pebble Time 2のプロジェクトは中止になり、買収したFitbit社からも後継機は発売されなかったからだ。ユーザグループもその後解散した。だから、このPebbleという小さくて可愛いスマートウォッチは、やがてこの世から消える。バッテリの寿命が尽き、あるいは内部の電気回路が故障するなどとして、1つずつ消えていく。アメリカの電気製品を評価するサイトには、Pebbleの修理は極めて困難、と書いてあった(実際、私も、1台、自分でバッテリ交換を試みたが壊した)。しかし、私はこのPebble Timeというスマートウォッチが好きだ。Apple フリークを自認してはいるが、スマートウォッチだけはPebbleで行く、と決めている。私の手元にあるこの時計、そして確保してある予備機が壊れるまで、使い続けるつもりだ。自分で作ったPebble専用の備品、例えばこの充電用スタンド(写真2)や、あのユーザグループと共に、自分たちで製品を育ててきた日々の記憶があるからだ。私にとって、Pebble Timeは、実用の時計でもお出かけ用の時計でもなく、物語としての時計なのだ。[ T.S ]

【写真2】
20230523-写真2
 

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投稿日:2023年05月23日