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父という窓

 もう15年ほど前になるが、父の三回忌を前に、私たちは父を偲ぶ小冊子を作ることにした。子どもたち、孫たち、父のことをおじさんと呼んでいた人たち、思いがけず沢山の追悼文が集り、「風の吹くまま」というタイトルの小冊子になった。
 私は、そこに、私が小学校5年生のときにした工夫を、父が特許出願してくれた、という思い出を書いた。小学生の私がした小さな工夫を父は面白がり、特許事務所まで相談に行ったらしい。「小学生でも発明者になれるそうだ」-ある日、帰宅するなり、嬉しそうに父が話したことを覚えている。そうして私の小さな工夫は特許出願され、何年か後に拒絶理由通知を受け、そのまま応答することなく確定した。出願公開制度が始まる前の出願だから、その時の明細書を読むことはできない。それが、とても残念だ。担当してくださった弁理士は、少し変わった苗字の方で、後年、私が特許事務所で働くようになったとき、まだ活躍しておられるのを知って、不思議な感慨を持った(M先生、その節はありがとうございました)。
 この小学生のときの特許出願の経験は、それまで一度も、特許事務所に転職した時でさえ、思い出すことがなかった。だから、父がしてくれた特許出願が自分の進路に直接的な影響を与えたとは思わない。しかし、小冊子のための小文をまとめながら、直接的ではなかったが、父は私の進路に確かに大きな影響を与えたのだと気付いた。父親は、あるいは父に代わる誰かは、子どもたちに社会というものを最初に見せてくれる窓なのだ。成長するにつれて、子どもは社会に出会う。そのとき、いきなり裸の社会と向き合うのではなく、社会とはどういうものなのかを見せてくれる人がいる。それをここでは「父」と呼ぼう。父という窓が歪んでいたり、曇っていたりしたら、私たちは社会を正しく理解するのに手間取り、正しく向き合うことが困難になる。その意味で、子どもにとっての父の役割は大きい。
 父という窓を通して、私は社会を、社会に存在する様々な仕組みを見てきた。特許出願はその一つだったのだ。今にして思えば、父の窓は、四角く、大きく、そして良く磨かれていた。その窓は、晩年に至っても曇ることがなかった。そう思えることは私の誇りだ。自分の子どもたちに、父と同じように、社会を見る良き窓を提供してやれたのかは心許ない。が、父に倣って、窓を磨く努力を続けたいと願う。[ T.S ]

 

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投稿日:2017年04月11日