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最近の出願を巡って

 11月になってから、3件の新規案件の明細書を書いた。一つは大企業の案件、もう一つは中規模企業の案件、最後が個人発明家の案件だった。中規模企業は、事務所を開設した直後からの顧客だが、ここしばらく依頼がなかった。会社の業績などの理由で、出願を手控えておられたのかも知れない。ブランクを経て、再び声がかかるのは嬉しい。今後の方向性をしっかり聞いて、その方向に射程の長い権利が取れるように、最大限の考慮をする。もともと特定の分野に独自の強みを持っておられたから、その強みが生きれば伸びしろは大きい。ついつい肩入れしてしまう。
 個人発明家の案件は、いつも楽しい。身近なものに創意工夫が凝らされていて、思わず同じ目線になってしまう。個人発明家が、発明で食べていけるという環境は、残念ながら日本にはほぼ存在しないが、それを気にしなければ、「発明する」ということは、楽しい作業のはずだ。もちろん弁理士に依頼する費用、特許庁の審査請求費用などを考えると、遊びで出願するわけにはいかないが、身近ところに課題を見いだし、創意工夫を凝らして解決していく、それは、樹上生活をやめてサバンナに降り立った太古の昔から今日まで、人間という種が営々と続けてきたことなんだろうと思う。創意工夫がなければ、身体能力では他の動物に劣る人間がここまで繁栄したはずがない。
 大企業の案件は、極めて理論的な内容だった。大企業に関して言うと、最近、この種の案件が増えているような気がする。上手く説明できるか分からないが、対象の状態を記述する方程式が理論的には求められるとして、それを解けば、対象の状態をほぼ完全に把握できるとしても、実際のその方程式を解くことにかかる時間が対象の変化に追いつかなければ、制御には使えない。なので、従来は、その方程式の近似解を求め、原則はその近似解に従うが、この場合は○○する、あの場合は××する、といった処理を行なっている。
 ところが、最近は、コンピュータの処理能力が上がり、方程式を解くのに要する時間が短くなり、理論により近い式が、様々な処理や制御に使えるようになってきたのだと思う。多次元の方程式を解き、目的関数を最小にする解を求め、あるいは状態量をもとめて、対象を制御する。こうすれば、理論的な正解に近い解を求めているので、「この場合はこうする」といった対処療法的な処理はほとんど必要ない。「ほとんど」と書いたのは、演算誤差や理論を構築した際に無視した要素分の誤差は残るからだ。理論通りに解を求めて最適な処理を行なう。発明は、そのための目的関数の作り方や、理論的な最適解を求める手法そのものが対象になる。
 こうした発明を理解して、明細書に落とし込んでいくためには、こちらに理論を理解する力が必要になる。しかし正直、大学の数学を駆使しなければ分からない式の展開について行くことはなかなか大変だ。発明者は、それぞれの分野の専門家だが、弁理士はその分野の専門家では普通ないし、その分野ばかり担当する訳ではない。もちろんどんな理論や数式の展開であれ苦にしないという方もおられるだろう。でも、凡人にはなかなか大変だ。時間は無限にはないし、費用請求が青天井ということもあり得ない。
 だが、私の個人的な印象かも知れないが、これからこの手の発明・出願は増えることはあっても減ることはないように思う。コンピュータの計算能力が上がれば、考慮できる要素は増え、理論式の精度は高まっていく。場合分けして、それぞれ場合の最適な対処方法考えるより、理論を精密に組み上げ、これに従って一律に制御した方が好ましい場合が増えていくはずだからだ。大学の修士や博士課程を出て、企業に就職し、研究しておられた理論的なアプローチを駆使して、企業の課題を解いていく、というパターンが増えるような気がする。
 そうした発明を成り立たせている理論について発明者から聞き、中身はともかく、理論を支える数式を、数式としての整合性を取りながら、明細書に落とし込んでいく、これからの弁理士は、そういう操作ができないと、仕事にならないのではないか。個人発明家から大企業まで、発明の内容は多種多様だが、大きな変化が生まれているような気がしてならない。[ T.S ]

 

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投稿日:2018年11月20日