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感染症と制御との架橋

 新型コロナウィルスによる新規感染者数が減らない。感染拡大の第三波に対して出された緊急事態宣言が、首都圏に関して解除されたものかは、既に幾つかの指標がステージ4相当だという府県があるという。新型コロナウィルスのように、かなり強い感染力がある感染症の場合、感染の初期に徹底的な対策をとることが何より大事だが、それができず、社会に一定の数の感染者が存在する状態になると、もはや新規感染者数を0にすることは実際問題としてできない。この状態になると、現在の日本がそうであるように、新規感染者数を一定以下にして、病床の逼迫を生じさせない範囲で、経済を回す、ということが社会にとっての目標となる。しかし、この感染症に関しては、感染の初期に徹底的な対応をとって押さえ込んだ国、例えば台湾や中国はあっても、感染症をコントロールして、新規感染者数を一定以下に制御して経済を回しているという国は見当たらない。なぜだろうか。
 
 ここまでの感染者数の変動を見ていると、感染症対策というのは、いわゆる一次遅れがある系の制御なんだろうと思う。一次遅れがある系とは、制御量を変えたとき、その効果が観測できるまでに有意の時間がかかる系だ。例を挙げよう。私は、ここ数年燻製を作ってきたが、熱燻の場合、燻製庫内の温度を75℃程度に保つ必要がある。昔は炭火で庫内の温度を上げ、75℃に保とうとしていた。ところが、温度計を使って温度を見ながら、新たに加える炭の量を制御するのでは、庫内を75℃にすることはとても難しかった。炭火で、庫内の温度が高くなって、75℃に近づいたとき、追加する炭の量を減らしても、その効果が現われて温度上昇が止まるまでには、数分の時間がかかるのだ。炭の追加を止めても温度上昇が止まらないので、炭を減らすと、今度は温度の低下が止まらなくなる。慌てて炭を足すが、その効果が温度計に現われるのはまた数分後だ。なので、最初の頃は燻製庫内の温度が75℃を中心に20度くらいの幅で変動し続けることになった。これが典型的な一次遅れある系の、下手なフィードバック制御だ。
 新型コロナウィルスの感染拡大も、感染の可能性のある状況の変動と新規感染者数の変動との間には一次遅れがある。緊急事態宣言を出すなり自粛要請をするなりして、人出を減らし、感染の生じる場面を減らしても、新規感染者数が減り始めるまでには10日から2週間程度の遅れがある。かなり減って、もう底を打っただろうと考えて、宣言や自粛を解除し、経済を回し始めても、しばらくは感染者数は増えない、というので、GO toなんとかを始めると、その辺りから新規感染者数は増え始め、ありゃこのまま増えると困るなと思った頃には急増し始める。
 こうした一次遅れのある系の制御は、遅れ時間を予測した制御が必要になる。制御理論はあるが、制御対象の振る舞いが感染症などのように不確かな場合は、理論通りにはいかない。しかし、例えば先の燻製庫内の温度であれば、75℃に制御する程度のことは、制御理論を知らなくても慣れればできるようになる。人は、数回、やれば「加減」を覚えるのだ。温度上昇の遅れを見越して、つまり数分後の状態を予測して、炭の追加量を加減するようになる。
 そう考えると、感染者数を一定以下に押さえ込むためには、こうした「加減」の分かる人、つまり感染症の専門家に、コントロールを委ねる他ない。勿論、感染症の専門家といっても、新型コロナウィルスの専門家はまだいないから、専門家とて、失敗する可能性はある。しかし、経済を回したい人や、オリンピックを実施したい人などが、この遅れを理解して見通しを立て、自粛要請などを適切に制御することができないことは、はっきりしている。感染症の専門家ならば、たとえ一回目は失敗しても、そこから学習して加減を調整できる。だから、感染症の専門家が対策を立て、それを政治家が、政策に反映させ、法律の整備を図り、人々に説明と訴えとを行ない、専門家の立てた対策を現実のものにしていくという関係にならない限り、この感染症による新規感染者数の制御はできないだろう。このままでは、ワクチンが行き渡るまで、新規感染者数の増減は繰り返される。
 社会全体を巻き込む事態が生じたとき、いわゆる学際的な研究、ここでは感染症と制御とを架橋する研究が必要になる。そしてその成果を、現実の政治に生かす政治家が必要になる。彼らは、今どこにいるのか。[ T.S ]

 

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投稿日:2021年03月30日