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同期

 今から二十数年前、私は、連日、大阪で弁理士の新人研修(いまでいう「実務修習」)を受け、研修後は、同期合格者の人たちとしょっちゅう飲みに行っていました。ある日、研修後を通じて仲良くなった友人Kと二人で居酒屋のカウンターで飲み始めると、「堀さん、特許事務所に転職が決まりましたよ。」と報告してくれました。彼は、研修仲間で最も若く、大手企業の知財部に勤務していたのですが、弁理士資格取得を機に、特許事務所への転職活動をしていたのでした。「おお、おめでとうございます!」と乾杯した後、彼は、「堀さん、特許事務所に入るに当たって、何に一番気をつけたらいいですか?」と聞いてきました。私は、当時、特許事務所の勤務経験が4年ありました。私は、少し考えて「そうですね。同期がいないことですね。」と答えました。
 
 多くの特許事務所は、数人から数十人規模ですので、同じタイミングで複数人の明細書書きを採用することはめったにありません。すると、職場で一緒に働く人は、皆、先輩か上司か後輩になります。会社の同期の場合、仕事のあと一緒に飲みに行ったりして、愚痴を言い合い、「そういうやつ、いるよな。」と共感してくれたり、同じ会社にいるためにある程度、話し手の状況は理解できつつ、しかし別の部署であるために利害関係抜きで「いや、それはおまえが悪いだろ。」と言ってくれたりします。しかし、上司は、部下に仕事をしてもらわなければなりませんから、上司の言葉は、「利害関係抜き」というわけにはいきません。先輩だって、ましてや後輩は、言ったら相手に嫌われそうなことは、よほどの関係でないと言ってくれないでしょう。それはやはり、一緒に入社面接をくぐり抜け、入社後、それぞれの部署にどっぷり浸かる前に、机を並べて新人研修を受けて、泣き言や愚痴を言い合ったりした同期だからこそ、「いや、それはおまえが悪いだろ。」とも言ってくれるわけです。弁理士の新人研修を受けた仲間は、それに近いといえばそうですが、年齢も経歴もまちまちですし、そもそも同じ事務所で働くわけではありません。「その点でしょうね。特許事務所では、同期がいないから、仕事をしていく中で、自分で注意して、自分で軌道修正するしかない、というところ。」と私は答えました。
 
 それから二十年数年後、私は、会社時代の同期の友人Nに頼まれて、大学院の講義を引き受けることになりました。彼も私同様、会社はすでに辞めており、現在はある大学の大学院の専攻長(学部でいう学科長)を務めています。ある日、彼が「この講義枠(年度の前期の7,8回分)を担当してくれる先生が見つからないので、誰か弁理士の先生で引き受け手を探してくれないか。もちろん、堀がやってくれてもいい。」という話を持ち込んできました。しかし、非常勤講師というのは、非常に給料が安く、それを引き受けるということはボランティアに近いことです。このため、いろいろ当たりましたが、みな断られてしまいました。そこで、自分で引き受ける羽目になったのです。
 
 私は、知り合いの小規模事務所を経営しておられる弁理士の先生が、その大学で学部の方の講義をすでに受け持っていることを知っていたので、それも含めて、「おまえさあ、この給与の額は、本業を持っている専門家に時間を割いて授業をしてもらうような額じゃないだろう。ちょっとした講義だったら、全7,8回の講義の「受講料」の方が、この半期の講師の給与の合計額より高いぞ。よく○○先生や××先生は、やってくれてるな。」と、そこはかつての同期ですので、遠慮なく文句を言いつつ、昨年度からひきうけることになりました。彼曰く、非常勤講師の給与については(他の助教、准教授、教授も?)、文科省の基準のようなものがあり、それに沿わざるを得ない、自分も他大学の非常勤講師をそのくらいの値段でひきうけている、どうも教育産業というのは先生たちのボランティアに依存して成り立っているところがある、ということでした(こういう環境にある仕事を「シット・ジョブ」というそうですね)。
 
 昨年度は、新型コロナウイルスの対応方針について、大学側が慣れなかったこともあり、「開講を延期&回数削減」という対応を2回ほどやったあげく、結局、「開講ナシ」になりました(「ということは、そもそもなくてもいい講義枠なのでは?」という突っ込みは、敢えてしませんでしたが)。一方、今年度は、(ビデオ講義が最も推奨されるが、対面なら)「緊急事態宣言が出てない期間に開講」ということになり、初めて、大学(院)で学生相手に講義をすることになりました。その間、友人Nとやりとりする中で、何度か彼が私に言ったことが、「まあ、せっかくやるんなら、楽しんでやってほしいな。」ということでした。
 
 私はどちらかということ、「過ちを改むるに憚ること勿れ」というスタンスで、慎重に「これをこのまま続けていていいのかしらん?」というチェックを入れながら、コトに望む方なので、彼の言葉を、「なるほど。」、「彼らしいな。」と思って聞いていました。「これをこのまま続けていていいのかしらん?」というチェックを入れながらコトに望むというスタンスは、(制御的には)システムの応答性はよいのですが、彼のようなスタンスの方が、安定性はよいことになります。しかし、「これをこのまま続けていていいのかしらん?」というチェックを入れる間の期間に、それを楽しんでやるように意識すること、またはチェックの間隔、すなわち楽しむ時間を長めにするように意識することは、何も矛盾や問題を生じるものではない、とも思ったのでした。そして、「そういうことを言ってくれる同期は、やはりありがたいものであるな。」と二十数年前の自分の言葉を思いだしつつ、思ったのでした。もちろん、一方で彼には文句を言いながらも、講義やレポート、日程調整を通じた学生とのやりとりは、なかなか新鮮で面白いものでした。[K.H]
 

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投稿日:2021年08月31日