2024年4月
« 3月    
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

検索

カテゴリー

トピックス

三つの役割

 年賀状のやり取りをしたのが、ついこの間のような気がするのだが、既に二月も終わろうとしている。年賀状と言えば、今年は申年ということから、「見ざる、聞かざる、言わざる」のいわゆる三猿を扱ったデザインのものが散見された。三大都市とか、三題噺とか、日本人は、3でまとめるのが好きだ。しかも、この「三大○○」の○○には入るのは、それほど厳密ではないと聞く。そういえば、三大都市といっても、最近は、「東京、大阪、福岡」だと思っている人も少なくないとか。人口ではまだまだ差があるが、地域的なバランスや九州全体を背負っているという意気込みからすれば、そういう三大都市もあるかも知れないと思ったりする。
 物事を3つの面から捉えるのは、最も少ない要素の数で、多面的な見方を提示できる、という意味で優れている。1つでは一面的だし、2つでは表裏の関係に過ぎない。3つ揃うことで、初めて物事を多面的に示せる。このために、三つの何々、という形式が選ばれるのだろう。
 私にも、こうした三つの何々として、座右にしてきた言葉がある。それは、若い頃に出会った「人には三つの役割がある」という言葉だ。「人には三つの役割がある、一つは、良き家庭人としての役割、二つ目は、良き職業人としての役割、そして最後が善き市民としての役割である」という言葉だった。
 この言葉に出会ったのは、29歳で結婚して家庭を持ち、弁理士試験合格を目指していた頃だったと思う。最後の「市民として」という言葉が強く自分を捉えた。家庭人として、職業人として頑張ってもまだ足りない、もうひとつの役割、善き市民としての役割とは何か。
 私は、高校の時の友人が難聴だったこともあり、二十代の半ばから聴覚障害者をサポートするボランティア活動にささやかながら関わっていた。こうした活動をすると、職場でも地域でもないところで、様々な人と出会う。行政と接触することもある。そうだ、これが自分にとっての「善き市民としての役割」として育てていくべきものだ、と思った。爾来三十余年、様々な形で、耳の聞こえにくい人を支援する活動に関わってきた。
 事務所を開業してからの10年間ほどは、二人の子どもを保育園や学童に通わせながら仕事と子育てとを両立させるのに四苦八苦していた。九州に出張するのに、子どもをお風呂に入れてから夜行の寝台列車に乗り、翌朝から仕事をして夕方の新幹線で帰ったことも一再ならず。それでもボランティア活動から手を引かなかったのは、何処かで、この三つの役割を全うしたいと願っていたからだ。
 子育ても終わり、弁理士としてのキャリアももう終着駅に向かう単線に乗っている。ボランティアの活動も以前と比べれば、使っている時間は大幅に減った。しかし、三つの役割を全うしようとして、懸命に生きた日々は、自分の中で少しも悔いのない記憶として残っている。三つ目の役割が、自分の人生を、多面的なものに、豊かなものにしてくれたことは間違いない。
 私は、そろそろあの看板は下ろすけれども、事務所の若い人たち、特に現在子育て真っ最中の人には、良き家庭人、良き職業人としてだけに終わらないで、自分なりの「善き市民としての役割」も見つけて欲しいと思う。それがきっとこれからの人生を、多面的で豊かなものにするから。[ T.S ]

 

トピックス

投稿日:2016年02月23日