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「交話」について

 最近コミュニケーションということについて考える機会があった。まぁこういう「考える機会」というのは、トラブルが起きたとき、と言うことが多い。今回もご多分に漏れず、トラブル絡みではあったのだが、いくつか気づくことがあった。
 さて、その「コミュニケーション」だが、私は通常できるだけ、カタカナ語は使わないようにしたいと考えている。しかし「コミュニケーション」に関してはなかなか適切な日本語がない。辞書によると、コミュニケーションは「人間が互いに意思・感情・思考を伝達し合うこと」(大辞林)とされている。英和辞典などを引いても適切な訳語はない。なので、しばらく「コミュニケーション」という言葉を使う。
 コミュニケーションの中心には、おそらく「言葉を使って、何かを相手に通じさせる」ことがある。弁理士は、もともと言葉を使って、発明というものを説明し伝える仕事をしており、弁理士の書く文章は「達意」の文章でなければならない、と以前書いた。従って、「言葉を使って何かを相手に伝える」という点では、弁理士は本来慣れているはずだ。言葉を使ったコミュニケーションが下手では仕事にならない。話し言葉によるコミュニケーションは、達意の文章(書き言葉)を話し言葉に置き換えるだけなので、達意の文章が書ければ、話し言葉によるコミュニケーションもさほど問題なくできるのではないか、と考えるのだが、残念ながら、話はそれほど簡単ではない。
 人と人とのコミュニケーションでは、言葉以外の割合が高い、というのは、つとに指摘されている。コミュニケーションにおける「伝達」の手段に着目すると、言葉によるコミュニケーション(バーバルコミュニケーション)と言葉以外の、例えば表情や身振りなどによるコミュニケーション(ノンバーバルコミュニケーション)とを区別することができる。日常生活では、ノンバーバルな、つまり言葉によらないコミュニケーションの割合は、およそ7割と言われる。言葉を用いたコミュニケーションの割合より、遙かに高いのだ。話はそれるが、だから言葉しか使えないメールでのやり取りには細心の注意が必要だし、メールにノンバーバルなコミュニケーションの要素を付加しようとして、絵文字を多用する人がいるのだ(と思う)。言葉以外のコミュニケーションが上手くできないと、いくら正確に言葉を運用していても、仕事で、コミュニケーション上のトラブルを起こすことは有り得る。
 では、良好なコミュニケーションを保とうとすれば、ノンバーバルコミュニケーションのスキルを高める以外方法はないのだろうか。この点を考えていて、「交話」という言葉を思い出した。人は、通常、何かを伝えようとして言葉を使う。例えば、技術を説明するために、あるいは自分の意思を相手に伝えるために、言葉を選び、正しい語順で組み立てる。しかし「交話」は違う。「交話」とは、言葉を交わすためにだけ、言葉を発し、受け取ることだ。「交話」では、言葉を交わしてその意味内容を伝えることが目的ではなく、言葉を交わしているということ、それ自体が目的とされる。
 この「交話」という概念は、ニホンザルの群れを観察することから見い出された。群れの中で一匹の猿が声を上げると、他の猿がこれを呼応して声をあげる。その呼応して声を上げるまでの時間は、群れ毎に違っているが、群れの中ではかなりの程度で同じになっている。つまりニホンザルの群れでは、一定の時間で声を交わすことが群れとしての一体性を維持するコミュニケーションとして用いられているらしいのだ。
 私たちは挨拶をする。「おはよう」「お先に」などなど。これも実は「交話」の一つなのだ。「最近、調子はどう?」「うーん、普通かな」なんていう、たわいのないやり取りも、「交話」としての役割を果たしている。言葉によるコミュニケーションというと、ついつい達意の文書とか、明晰な日本語で話すとか、考えてしまうが、言葉を用いたコミュニケーションの中にも、こうしたノンバーバルコミュニケーションに近いものが存在し、その役割をしっかりと果たしている。
 言葉の専門家であれと言い、達意の文章を書けるように、と言ってきたが、「交話」の重要性についても指摘しておかねばならない。ノンバーバルなコミュニケーションが得意とは言えない弁理士であればなおさら、言葉によるコミュニケーションの一つである「交話」のスキルを高めてもらいたいものだ。「交話」というとなにやら難しそうだが、なに、まず挨拶をしっかりすることから始めれば良いのだから。[ T.S ]

 

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投稿日:2017年09月19日