LED製造方法均等侵害事件

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判決日 2016.10.14
事件番号 H25(ワ)7478
担当部 東京地裁 民事40部
発明の名称 窒化ガリウム系化合物半導体チップの製造方法
キーワード 均等侵害
事案の内容 本件は、損害賠償を求めた事案であり、「変質部」を形成する被告方法が、本願発明の「第2の割り溝」を用いる場合と均等であるとして、侵害が認められた事案

事案の内容図を含む全文

【原告の特許権】
特許番号    第2780618号
出願日     平成5年11月6日(特願平5-300940号)
登録日     平成10年5月15日
存続期間満了日 平成25年11月6日
 
【請求項1】(下線は、補正部分)
A サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体を積層したウエハーから窒化ガリウム系化合物半導体チップを製造する方法において,
前記ウエハーの窒化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割り溝を所望のチップ形状で線状にエッチングにより形成すると共に,第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成する工程と,
前記ウエハーのサファイア基板側から第一の割り溝の線と合致する位置で,第一の割り溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)を有する第二の割り溝を形成する工程と,
D 前記第一の割り溝および前記第二の割り溝に沿って,前記ウエハーをチップ状に分離する工程とを具備することを特徴とする
E 窒化ガリウム系化合物半導体チップの製造方法。
 
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【争点】
(1) 被告方法は本件発明の技術的範囲に属するか
ア 構成要件Bの充足性
(ア)「エッチングにより」の充足性
(イ)「第一の割り溝・・・と共に・・電極が形成できる平面を形成する」の充足性
(ウ)「第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成する」の充足性
イ 構成要件C及びD「第二の割り溝」の充足性
(2) 構成要件C及びD「第二の割り溝」についての均等侵害の成否
(3) 本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものか
ア 乙2公報に基づく新規性ないし進歩性欠如の有無
イ 乙3公報に基づく進歩性欠如の有無
ウ 本件補正における新規事項追加の有無
エ 乙6公報及び乙3公報に基づく進歩性欠如の有無
(4) 損害発生の有無及びその額
(5) 弁済の抗弁の成否
 
上記下線部分について、以下に紹介する。
 
【裁判所の判断】
2 被告チップについて
証拠(甲6,7,17,18〔枝番省略〕)及び弁論の全趣旨によれば,被告チップについて次のとおり認められる。
(1) イ号チップの形状等(甲6,17,18)
ア 半導体層側
イ号チップは,模式図である下記図1(1)-1ないし3のとおり,白色のサファイア基板上に水色及びピンク色の窒化ガリウム系半導体層が積層されている(ただし,白色のサファイア基板において「切り欠き」と記載されている部分については,「切り欠き」ではなく,後記イのとおりLMA法のレーザースクライブによる変質部分が残存したものである。)。
 
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イ サファイア基板側
サファイア基板の半導体層とは反対側の底面部分には,半導体層のn型層の露出面のうち直線部分に対応する位置に,LMA法のレーザースクライブによる断面V字形状の変質部分(断面V字状変質部)が残存しており,その幅は約5ないし8μmである。
そして,証拠(甲20)によれば,LMA法でサファイア基盤を加工した場合,溶融領域が発生し急激な冷却で多結晶化し,この多結晶領域は多数のブロックに分かれるが,加工領域中央に実質の幅が極端に狭い境界が発生し,この表面に垂直な境界線の先端に応力集中するので割れやすくなることが認められる。
 
6 争点(1)イ(構成要件C及びDの「第二の割り溝」の充足性)について
(1) 「第二の割り溝」の意義
「第二の割り溝」における「溝」の意義について検討するに,本件発明に係る特許請求の範囲の記載には,「第二の割り溝」における「溝」の形状を示す記載はなく,本件明細書等においても,「溝」の形状に関する定義はない。
乙26(大辞林第2版)によれば,一般に,「溝」とは細長く掘ったものや細長い窪みを指すことが認められ,また,本件明細書等においても,エッチング,ダイシング又はスクライブ等の手法を用いることができるとされ(段落【0009】),【図1】ないし【図3】においても,第二の割り溝22として,窪みの形状が記載されている。
そうすると,第二の割り溝における「溝」とは,周囲よりも窪んでいる細長い形状の部分を指すものと認めるのが相当である。
(2) 充足性
これを被告方法についてみるに,被告方法が,サファイア基板側の加工方法として,LMA法のレーザースクライブを採用していることは,当事者間に争いがない。
そして,原告の主張によっても,サファイア基板に対してLMA法のレーザースクライブが行われると,元々存在していた単結晶サファイアが変質し,多結晶化した断面V字形状変質部,すなわち,多結晶化した物質が存在しており,周囲よりも窪んだ状態にはなっていないのであるから,そのような部分が本件発明における第二の割り「溝」に該当すると認めることはできない。
 
7 争点(2)(構成要件C及びD「第二の割り溝」についての均等侵害の成否)について
(1) 特許請求の範囲に記載された構成中に他人が製造等する製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても,①その部分が特許発明の本質的部分ではなく(以下「第1要件」という。),②その部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって(以下「第2要件」という。),③そのように置き換えることに,特許発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(以下「第3要件」という。),④対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく(以下「第4要件」という。),かつ,⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(以下「第5要件」という。)は,対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
 
(3) 第1要件について
イ 本件特許請求の範囲は前記第2,1(4)のとおりであり,本件明細書等の記載は前記1(1)のとおりであるところ,本件発明は,サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体が積層されたウエハーをチップ状に切断するに当たり(段落【0001】),ウェハーを切断する従来技術としては,一般に,刃先をダイヤモンドとするブレードの回転運動により,ウエハーを直接フルカットするか,または刃先巾よりも広い巾の溝を切り込んだ後(ハーフカット),外力によってウエハーを割る装置であるダイサー,又は,同じく先端をダイヤモンドとする針の往復直線運動によりウエハーに極めて細いスクライブライン(罫書線)を例えば碁盤目状に引いた後,外力によってウエハーを割る装置であるスクライバーが使用されていたところ(段落【0003】),サファイア基板は硬く,へき開性を有しないため,従来技術のスクライバーを用いる方法では切断するのが困難であり,ダイサーを用いる方法でもクラック等が発生しやすく,正確に切断できないという課題があったことから(段落【0005】),本件発明においては,ウエハーの半導体層から線幅W1の第一の割り溝をエッチングにより形成すること,サファイア基板側に第二の割り溝を形成すること,第二の割り溝について第一の割り溝の線と合致する位置とすること,第二の割り溝の線幅W2を第一の割り溝の線幅W1よりも狭くすること,それらの割り溝に沿ってウエハーを分離するという工程を採用することで(段落【0007】),クラック等の発生を防止するとともに,ウエハーをまっすぐに割ることが可能となるか,切断線が斜めとなってウエハーが切断された場合でも,p-n接合界面まで切断面が入らずチップ不良が出ることがないので,一枚のウエハーから多数のチップを得ることができるという効果を奏するようにしたものである(段落【0006】,【0012】ないし【0017】)。
また,本件明細書等には,「第二の割り溝」を形成する方法について,手法は特に問わないとしており,エッチング,ダイシング,スクライブ等の手法を用いることが可能であるとされ,このうち,線幅を狭くすることが可能であるなどの理由から,スクライブが特に好ましいとするにとどまっており(段落【0009】),「第二の割り溝」に関して,その形成の方法は特に限定されていない。
そして,本件においては,本件明細書等に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分であるという事情は認められない。
以上のような,本件特許の特許請求の範囲及び明細書の記載,特に明細書記載の従来技術との比較から導かれる本件発明の課題,解決方法,その効果に照らすと,本件発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は,サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体が積層されたウエハーをチップ状に切断するに当たり,半導体層側にエッチングにより第一の割り溝,すなわち,切断に資する線状の部分を形成し,サファイア基板側にも何らかの方法により第二の割り溝,すなわち,切断に資する線状の部分を形成するとともに,それらの位置関係を一致させ,サファイア基板側の線幅を狭くした点にあると認めるのが相当であり,サファイア基板側に形成される第二の割り溝,すなわち,切断に資する線状の部分が,空洞として溝になっているかどうか,また,線状の部分の形成方法としていかなる方法を採用するかは上記特徴的部分に当たらないというべきである。
ウ 被告方法は,前記2で認定したように,サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体が積層されたウエハーをチップ状に切断するに当たり,半導体層側にエッチングにより切断に資する線状の部分を形成し,サファイア基板側にもLMA法のレーザースクライブによって切断に資する線状の変質部を形成するとともに,それらの位置関係を一致させ,サファイア基板側の線幅を狭くしているのである。
そして,前記2(1)イで説示したとおり,LMA法でサファイア基板を加工した場合,溶融領域が発生し急激な冷却で多結晶化し,この多結晶領域は多数のブロックに分かれるが,加工領域中央に実質の幅が極端に狭い境界が発生し,この表面に垂直な境界線の先端に応力集中するので割れやすくなることが認められる。
そうすると,被告方法は本件発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分を共通に備えているものと認められる。したがって,本件発明と被告方法との相違部分は本質的部分ではないというべきである。
 
(4) 第2要件について
ア 前記(3)で検討したところによれば,本件発明は,半導体層側にエッチングにより第一の割り溝を形成し,サファイア基盤側にも第二の割り溝,すなわち,切断に資する線状の部分を形成するとともに,それらの位置関係を一致させ,サファイア基盤側の線幅を狭くすることで,切断線が斜めとなってウエハーが切断された場合でも,p-n接合界面まで切断面が入らずチップ不良が出ることがないなどといった作用効果を奏するものと認められる。
イ これに対し,被告方法は,本件発明の第二の割り溝を,LMA法のレーザースクライブにより形成された線状の変質部に置換したにすぎず,前記2(1)イで説示したとおり,線状の変質部の存在が切断に資することに変わりなく,また,第一の割り溝と位置関係が一致し,第一の割り溝の線幅より狭いという構成によって,切断線が斜めとなってウエハーが切断された場合でも,p-n接合界面まで切断面が入らずチップ不良が出ることがないという作用効果を奏するものと認められ,本件発明と同一の作用効果を奏するものである。
 
(5) 第3要件について
ア 前記(3)で判示したとおり,本件発明においては,第二の割り溝の形成方法は特に限定されていないものの,スクライブが好ましいとされていた。
これに対し,証拠(甲19,20,乙14)によれば,LMA法のレーザースクライブは,従来技術であるダイヤモンドの針を使用して溝を形成する物理的なスクライブや,レーザーを使用して溝を形成するアブレーション法のレーザースクライブに対する新たな技術として開発された技術であると認められる。
このように,本件発明における第二の割り溝の形成方法として,溝を形成する従来のスクライブが好ましい方法として記載されており,LMA法のレーザースクライブが,従来技術である溝を形成するスクライブの置換技術である以上,スクライブ等の方法による第二の割り溝の形成を,LMA法のレーザースクライブによる線状の変質部の形成に置換することは容易であったと認められる。
 
(6) 第4要件及び第5要件について
均等の法理の適用が除外されるべき場合である第4要件及び第5要件については,対象製品等について均等の法理の適用を否定する者が主張立証責任を負うと解するのが相当であるところ,本件において,被告らは,第4要件及び第5要件について何ら主張していない。
したがって,被告方法は第4要件及び第5要件を充足すると認められる。
(7) 以上のとおり,被告方法の「線状の変質部」は,構成要件C及びDの「第二の割り溝」と均等なものとして,その技術的範囲に属する。
 
【所感】
判決は妥当であると感じた。
ただ、もしLMA法のレーザースクライブについて、本件発明の出願を担当した弁理士が出願前に知っていた場合、均等論が持ち出されずに済んだとも思われるため、クライアントの技術分野やその周辺の技術分野を普段から勉強しておくことが望ましいと感じた。
 
以上