2010年08月18日 所内研究レポート > 知財判決例−侵害系
鉄筋用スペーサー事件 伊藤陽一
【事件番号】平成20年(ワ)第3277号 特許権侵害差止等請求事件(大阪地裁)
【判決日】平成21年8月27日
【発明の名称】鉄筋用スペーサー
【キーワード】構成要件充足性、プロタクト・バイ・プロセス・クレーム
【事案の概要】
原告((株)高橋製作所)が被告(アートスペース(株))に対し、被告製品が原告の鉄筋用スペーサーに関する特許に係る特許発明の技術的範囲に属すると主張して、被告製品の製造・販売等の差止等を請求したが、原告の請求が棄却された事件。
【控訴事件】
不明
【原告の特許】
(1)特許番号:特許第3732202号
(2)出願日:平成16年4月2010年8月4日
(3)登録日:平成17年10月21日
(4)特許請求の範囲(本件特許発明)(請求項1の分説)
A長方形の4辺面が90度ずつの方向変換によって,コンクリート構造物成形用の型枠パネル(M)と択一的に接触使用される一定厚み(t)のコンクリートブロック(B)から成り,
B上記長方形のほぼ中心部に1個か,又はその長方形の長手中心線(O-O)上に点在分布する合計2個の結束用金属線材受け入れ孔(3)を貫通形成し,
C 上記4辺面の角隅部を凸曲面(2)に造形する一方,少なくとも隣り合う2辺面を鉄筋(A)の係止用凹曲面(1)として陥没させると共に,
Dその各鉄筋係止用凹曲面(1)の底部からこれと向かい合う1辺面までの間隔距離を,上記鉄筋(A)の互いに異なる2種以上のコンクリートかぶり厚さ(D1)(D2)(D3)(D4)となる寸法に設定した鉄筋用スペーサーにおいて,
E上記長方形の4辺面に対応する平面形状の囲い壁面(19)とフラットな底面(20)とから成る断面ほぼU字型の胴体(18)を備え,且つそのフラットな底面(20)から上向き一体的に垂立する上記結束用金属線材受け入れ孔(3)の賦形用芯棒(21)のみならず,上記鉄筋(A)の互いに異なる2種以上のコンクリートかぶり厚さ(D1)(D2)(D3)(D4)となる寸法を簡略に示す陥没数字(G)の賦形用凸版(P)も反転数字として隆起された耐熱性と耐衝撃性に富む高強度な合成樹脂製のコンクリートブロック用成形キャビティ(C)を,裏返し脱型作業できる金属製の枠台(F)へ取り付け使用して,
Fその成形キャビティ(C)の内部へ上方から充填した生コンクリートを硬化させることにより,上記コンクリートブロック(B)自身を成形すると一挙同時に,そのコンクリートブロック(B)のフラットな片面(5)における各鉄筋係止用凹曲面(1)の底部とほぼ対応位置する個所へ,成形キャビティ(C)の凸版(P)により一定な輪郭幅(s)と深さ(d)の上記陥没数字(G)を,その隣り合う同士での直交する姿勢として賦形したことを特徴とする鉄筋用スペーサー。
注:下線は補正により追加された内容
【争点】
被告製品は、構成要件E及びFを充足するか。(特に、成型キャビティは枠台へ取り付けられているか?)
【裁判所(大阪地裁)の判断】(判決文P67~P80)
被告は構成要件E及びFの充足性を否認することから,以下この点について検討する。
(1) 構成要件E及びFの位置づけについて
前記当事者間に争いのない事実(第2の1(1)イ)のとおり,本件特許発明は構成要件AないしFに分説することができる。しかし,他方で,原告は,構成要件Eの「枠台」の解釈において,裏返し脱型作業するという製造工程までも構成要件とする方法の発明ではないとも主張する。
たしかに,本件特許発明は特許法2条3項1号の物の発明と解されるところ,それにもかかわらず,特許請求の範囲に物の製造方法(構成要件E及びF)が記載されている。そこで,本件特許発明における構成要件E及びFの位置づけについて最初に検討することとする。
しかしながら,証拠(乙18)によれば,本件特許に係る出願経過について,以下の事実が認められる。
~省略~
(ウ) 補正
原告は,平成17年9月9日,手続補正書を提出し,出願当初の請求項1の内容を本件特許発明のように補正するなどし(以下「本件補正」という。),平成17年9月26日,特許査定を受けた。原告は,本件補正に係る同日付けの意見書において以下のように述べた。
~省略~
「引用文献3の段落【0003】,【0019】,【0022】には,なる程『型枠』の記載がありますが,その『型枠』が本願発明に係るコンクリートブロック用成形キャビティ(C)のような耐熱性と耐衝撃性に富む高強度な合成樹脂からの成形品であることや,裏返し脱型作業できる金属製の枠台(F)に合成樹脂製の成形キャビティ(C)を取り付け使用することまでは,一切記載されておりません。」
「一般に合成樹脂製品を成形する金属製の成形金型と異なり,本願発明のようなコンクリートブロック(B)を成形する合成樹脂製の成形キャビティ(C)としては,ましてそのフラットな底面(20)から反転数字の凸版(P)を異なる2種以上の点在分布状態に隆起させた構成や,その成形キャビティ(C)を裏返し脱型作業できる金属製の枠台(F)へ取り付けたことまでは,決して従来から周知であると言うことができません。」
イ 上記のとおり,原告は本件補正において,特許請求の範囲に構成要件Bを加えると共に,「鉄筋(A)のコンクリートかぶり厚さ(D1 )(D2)(D3)(D4)となる寸法を簡略に示す陥没数字(G)を,そのコンクリートブロック(B)自身の成形と一挙同時に賦形」する手段として,構成要件E及びFのような成形キャビティを使用する方法を具体的に加えていることが認められる。
~省略~
成形キャビティを用いたコンクリートブロックの成形及び陥没数字の賦形手段については,上記意見書においても,原告が従来技術との相違点として特に強調していた点であり,本件補正がなされたことによって特許査定がなされていることからすれば,特許庁審査官も,その当否は措くとして,この点を考慮して特許査定したものと認められる。
そうとすれば,原告が本件特許権を行使するに当たり,本件特許発明は物の発明であって,構成要件E及びFの製造工程を構成要件とするものではないと主張することは,禁反言の法理に照らして到底許されるものではないというべきである。
ウ よって,構成要件E及びFの製造工程も,本件特許発明の技術的範囲を画する構成要件と解すべきであり,ここに記載された製造工程によって製造された鉄筋用スペーサーのみが本件特許発明の技術的範囲に属し得るものというべきである。そこで,以下では被告製品の製造方法について認定した上,構成要件E及びFの充足性について検討することとする。
(2) 被告製品の製造方法について
被告製品の製造方法は以下のとおりと認められる。
~省略~
オ キャビティ取り外し工程
養生後(コンクリート硬化後),枠台を裏返し,硬化した鉄筋用スペーサーを内包した成形キャビティを枠台から落下させる。
カ 脱型工程
成形キャビティを裏返して,金枠にたたきつけ,衝撃により鉄筋用スペーサーを成形キャビティから脱型する。
(3) 構成要件Eの解釈について
次に,構成要件Eの「成形キャビティ(C)を,裏返し脱型作業できる金属製の枠台(F)へ取り付け使用して」の意義について検討する。
なお,この点について,原告は,成形キャビティを枠台に固定せずに載せていたとしても,成形キャビティが枠台から浮いていない限り成形キャビティを枠台へ取り付けたものと解釈できると主張するのに対し,被告は,「鉄筋用スペーサーのコンクリートブロック(B)が成形硬化した後に,成形キャビティが並列配置された枠台を裏返して作業テーブルへ強く叩打した際に,成形キャビティ(C)からコンクリートブロック(B)は脱型するが,枠台(F)から成形キャビティ(C)は離脱しない程度の強固さで,成形キャビティ(C)が枠台(F)に装着された状態」をいうと主張している。
ア 本件明細書の記載
本件明細書には以下の記載のあることが認められる(甲2)。
~省略(段落0023、0039、0042、0052~0054、0061、図8、図9の抜粋が記載)~
イ 検討
~省略~
このような実施例の記載からすれば,同実施例においては,脱型作業時に成形キャビティが抜け出さないようにするために強固に固定されていることが窺える。
以上によれば,構成要件(ウ) Eの「成形キャビティ(C)を,裏返し脱型作業できる金属製の枠台(F)へ取り付け」るとは,その取付方法は本件明細書の実施例に明示された方法には限定されないものの,少なくとも「コンクリートブロック(B)が成形硬化した後,成形キャビティが取り付けられた枠台を裏返して作業テーブルへ叩打した際に,成形キャビティ(C ) からコンクリートブロック(B ) は脱型するが,枠台(F)から成形キャビティ(C)が離脱しない程度の強固さで成形キャビティ(C)を枠台(F)に取り付け」ることをいうものと解するのが相当である。
(4) 構成要件Eの充足性
上記(2)で認定したとおり,被告製品の製造工程においては,成形キャビティを単に枠台に載せるにとどまり,それ以上,特段の固定手段を施さないまま成形キャビティに生コンクリートを充填し,養生硬化後も枠台を裏返して成形キャビティを落下させた上,別途成形キャビティからコンクリートブロックを脱型しているのであるから,枠台を叩打してコンクリートブロックを脱型しておらず,枠台を裏返して叩打した際に成形キャビティが枠台から離脱しない程度の強固さで取り付けられているものとは認められない。
~省略(原告の反論:枠台を裏返しただけで成形キャビティが全て抜け落ちるわけではない)~
よって,被告製品の製造工程においては,「成形キャビティ(C)を,裏返し脱型作業できる金属製の枠台(F)へ取り付け使用して」いるものとは認められず,被告製品は構成要件Eを充足するとは認められない。
(5) 構成要件Fの充足性
構成要件Fの「その成形キャビティ(C)の内部へ上方から充填した生コンクリートを硬化させる」との部分について,ここにいう「その成形キャビティ」は構成要件Eの枠台に取り付けられた成形キャビティを受けるものと解されることから,構成要件Fの上記部分は,枠台に取り付けられた成形キャビティに生コンクリートを充填して硬化させるという方法を定めるものと解するのが相当である。
この点,上記認定のとおり,被告製品の製造工程において,生コンクリートを充填する前の成形キャビティは単に枠台に載せられているにすぎず,その段階で裏返せば,成形キャビティの自重で枠台から抜け落ちると考えられるから,同段階では,未だ成形キャビティが枠台に取り付けられているとは認め難い。
よって,被告製品の製造工程は,枠台に取り付けられた成形キャビティに生コンクリートを充填して硬化させるものではないので,被告製品は構成要件Fも充足しない。
(6) 小括
以上のとおり,被告製品はいずれも構成要件E及びFを充足しないから,本件特許発明の技術的範囲に属さない。
よって,争点1-2について判断するまでもなく,被告製品を製造,販売する被告の行為が本件特許権を侵害するものとは認められない。
【考察】
この判決例では、プロダクトバイプロセスクレームの場合、被告製品が異なる製造工程(プロセス)であっても同一の製品(プロダクト)であれば、その被告製品は特許発明の技術的範囲に属することが原則であるとしつつも、その製造工程が補正によって追加され、その製造工程について意見書で主張されている場合には、その製造工程は、特許発明の技術的範囲を画する構成要件と解すべきであると判断された。侵害訴訟においては、補正の経緯等の出願経過について参酌される場合があることが再度確認された。
以 上
参考1:審査基準抜粋
1. 新規性
1.5 新規性の判断の手法
1.5.2 特定の表現を有する請求項における発明の認定の具体的手法
(3)製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)
請求項中に製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合には、1.5.1(2)にしたがって異なる意味内容と解すべき場合を除き、その記載は最終的に得られた生産物自体を意味しているものと解する(注)。したがって、請求項に記載された製造方法とは異なる方法によっても同一の生産物が製造でき、その生産物が公知である場合は、当該請求項に係る発明は新規性が否定される。
(注)このように解釈する理由は、生産物の構造によってはその生産物を表現することができず、製造方法によってのみ生産物を表現することができる場合(例えば単離されたタンパク質に係る発明等)があり、生産物の構造により特定する場合と製造方法により特定する場合とで区別するのは適切でないからである。したがって、出願人自らの意思で、「専らAの方法により製造されたZ」のように、特定の方法によって製造された物のみに限定しようとしていることが明白な場合であっても、このように解釈する。
例1:「製造方法P(工程p1,p2...及びpn)により生産されるタンパク質」
例1の場合、製造方法Qにより製造される公知の特定のタンパク質Zが、製造方法Pにより製造されるタンパク質と同一の物である場合には、方法Pが新規であるか否かにかかわらず、新規性が否定される。
例2:「溶接により鉄製部材Aとニッケル製部材Bを固着してなる二重構造パネル」
例2の場合、仮に溶接以外の方法で、溶接により固着した二重構造パネルと同じ構造の物が得られるものとすると、それが公知である場合には、新規性が否定されることになるが、通常は溶接により固着された物と同一の構造の物は他の方法では得られないため、溶接という方法を使用した二重構造パネルの発明が公知でなければ新規性は否定されない。
参考2:出願時における特許請求の範囲の記載
【書類名】特許請求の範囲
【請求項1】
長方形の4辺面が90度づつの方向変換によって、コンクリート構造物成形用の型枠パネル(M)と択一的に接触使用される一定厚み(t)のコンクリートブロック(B)から成り、
その4辺面の角隅部を凸曲面(2)に造形する一方、少なくとも隣り合う2辺面を鉄筋(A)の係止用凹曲面(1)として陥没させると共に、
その各凹曲面(1)の底部からこれと向かい合う1辺面までの間隔距離を、上記鉄筋(A)の互いに異なる2種以上のコンクリートかぶり厚さ(D1)(D2)(D3)(D4)となる寸法に設定した鉄筋用スペーサーにおいて、
上記コンクリートブロック(B)のフラットな片面(5)における各鉄筋係止用凹曲面(1)の底部と対応位置する個所へ、上記鉄筋(A)のコンクリートかぶり厚さ(D1)(D2)(D3)(D4)となる寸法を簡略に示す陥没数字(G)を、そのコンクリートブロック(B)自身の成形と一挙同時に賦形したことを特徴とする鉄筋用スペーサー。
参考3:拒絶理由通知書
理 由
この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
記 (引用文献については引用文献一覧参照)
【請求項1について】
1.引用例:引用文献1乃至3
引用文献1には、鉄筋用スペーサであること、凹溝部(本願の係止用凹曲面に相当)を陥没させること、凹溝部の底部からこれと向かい合う1辺面までの間隔距離を、互いに異なるコンクリートかぶり厚さとなる寸法に設定すること、コンクリートかぶり厚さに対応した数字を刻印等により表示することが記載されている。
2.相違点の検討
鉄筋用スペーサをコンクリートブロックにより構成することは引用文献2に記載されており、引用文献1記載の発明の合成樹脂によるスペーサをコンクリートにより製造することは、当業者が容易になし得ることである。
また、凹凸を形成するために、成型時に予め型枠側対応する形状を作り込んでおくことが従来周知であることを考慮すれば、かぶり厚さの刻印を構成するために、型枠側に対応する形状を作り込み、成型と同時に刻印を形成するようにすることは、当業者が適宜なし得ることにすぎない。
なお、コンクリートブロックによる鉄筋用スペーサを型枠により製造することは、引用文献3にもみられるように周知である。
引 用 文 献 一 覧
1.実願平3-97223号(実開平6-12619号)のCD-ROM
2.実願昭62-82129号(実開昭63-192518号)のマイクロフィルム
3.特開2001-207592号公報
4.実願昭63-32942号(実開平1-143824号)のマイクロフィルム