黒ショウガ成分含有組成物事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2016.11.22
事件番号 H27(行ケ)10231
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 黒ショウガ成分含有組成物
キーワード サポート要件
事案の内容 無効審判請求を不成立とした審決に対する取消訴訟であり、審決が取り消された。
クレームにおける「一部又は全部」との記載が、極小量(僅かな被覆量)を許容しており、極小量の場合には本願発明の効果を奏するとはいえないとして、サポート要件違反と判断された点がポイント。

事案の内容

【特許請求の範囲】
[請求項1] 黒ショウガ成分を含有する粒子を芯材として,その表面の一部又は全部を,ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆したことを特徴とする組成物。
[請求項2] 経口用である請求項1に記載の組成物。
【裁判所の判断】
ウ 本件発明の課題
(ウ) 本件発明の課題は,「黒ショウガ成分を経口で摂取した場合においても,含まれるポリフェノール類を効果的に体内に吸収することができる組成物を提供すること」にある(段落【0008】)。
エ 本件出願当時の技術常識
前記イのとおり,甲24の段落【0002】には,フラボノイドについて,生体に対する吸収性が悪いこと,甲25の段落【0005】には,アントシアニンについて,体内への吸収性が低いこと,甲26の段落【0011】には,ポリフェノールについて,吸収率が低く,体内に取り込まれずに糞便中に排泄されることがそれぞれ記載されている。
これらの記載や本件明細書の記載(段落【0003】~【0005】,【0007】)からみて,本件出願当時,摂取されたポリフェノールの生体内に取り込まれる量は一般に少ないということが当業者の技術常識であったといえる。
(3) 検討
ア 本件発明の課題(前記(2)ウ)を解決する手段として,本件明細書には,次の記載が認められる。
・ 本発明者らは,油脂を含むコート層で,上述の黒ショウガ成分含有コアの表面の一部又は全部を被覆することにより,意外にも,経口で摂取した場合においても,黒ショウガ成分に含まれるポリフェノール類の体内への吸収性が高まることを見出し,本発明を完成するに至った(段落【0009】)。
・ 本発明の組成物は,黒ショウガ成分を含有する粒子と,その表面の一部又は全部を被覆した油脂を含むコート層と,を含む。本発明の組成物は,経口で摂取した場合においても,黒ショウガ成分の体内への吸収性が高い(段落【0014】)。
・ 黒ショウガ成分を含有する粒子表面の一部又は全部を,油脂を含むコート剤にて被覆することにより,経口で摂取した場合においても,特に黒ショウガ成分に含まれるポリフェノール類の体内への吸収性が高まる(段落【0026】)。
これらの記載からみて,本件明細書には,課題解決手段として,「黒ショウガ成分を含有する粒子(黒ショウガ成分含有コア)」の表面の一部又は全部を,「油脂を含むコート剤(コート層)」で被覆することが記載されているといえる。
ここで,「一部」とは,「全体の中のある部分。一部分。」(広辞苑〔第六版〕)を意味するものであり,当該部分が全体の中に占める割合の大小までは定められていないことから,本件明細書に記載された課題解決手段には,「黒ショウガ成分を含有する粒子」の表面の僅かな部分を,「油脂を含むコート剤」で被覆することも包含されているといえる(このことは,後記のとおり,本件明細書の記載がコート剤による被覆の量や程度を特に制限していないと解されることからも導かれる。)。
イ そこで,このような僅かな部分を被覆した状態においても,(2)ウに示した本件発明の課題を解決できると当業者が認識できるか否かについて検討する。
(ア) まず,「黒ショウガ成分を含有する粒子」について,本件明細書には次の記載が認められる。
これらの記載によれば,本件明細書は,「黒ショウガ成分を含有する粒子」の原料である黒ショウガを特に制限しておらず,当該粒子の粒子径や粒度,当該粒子の製造方法についても特に制限していないものと認められる。
したがって,「黒ショウガ成分を含有する粒子」には,従来例のように腸管から容易に吸収できる程度までに低分子化されているものとは異なる態様のものも包含されているといえる。
(イ) 次に,「油脂を含むコート剤」について,本件明細書には次の記載が認められる。
・ 段落【0028】には,ナタネやパームを含む様々な油脂が非限定的に記載されており,段落【0029】,【0031】及び【0032】には,油脂以外の成分(賦形剤等)も種々記載されている。
・ 段落【0032】には,コート剤による被覆は,特に限定されることなく公知の方法を適用することが可能であること,例えば,油脂を適切な溶媒に溶解させてコーティング液を作成し,このコーティング液を黒ショウガ成分含有コアにノズル又はアトマイザー等の公知の噴霧器により吹き付けて行うことができることが記載されている。併せて,溶媒として,アルコール溶液等が例示されており,また,その使用量は,油脂等が溶解すればよく,特に限定されないが,通常,これらの物質が5~50重量%となるように調製したコーティング液を用いることができることが記載されている。
・ 段落【0033】には,コート剤の被覆量について,油脂の含有量に応じて適宜調整することができ,特に制限されることはないが,黒ショウガ成分を含有する粒子100重量部に対し,1~50重量部とすることが好ましいことが記載されている。
これらの記載によれば,本件明細書は,「油脂を含むコート剤」の材質,被覆方法,被覆の量や程度について,好ましいあるいは望ましい例を示しているものの,それ以外の構成をとることも特に制限していないものと認められる。
したがって,「油脂を含むコート剤」については,材質に特に制限がない以上,従来例のように吸収促進のための成分が含まれているものとは異なる態様のものも包含されているというべきである。
(ウ) 以上を前提に本件明細書の実施例(段落【0044】~【0054】,表1及び図1)の記載をみると,実施例1として,パーム油でコートした黒ショウガの根茎の乾燥粉末(黒ショウガ原末)をコーン油と混合して150mg/mLとし,懸濁することにより調製した被験物質(以下「実施例1被験物質」という。),実施例2として,黒ショウガ原末をナタネ油でコートした以外は,実施例1と同様にして調製した被験物質(以下「実施例2被験物質」という。),及び比較例1として,黒ショウガ原末をコーン油と混合して150mg/mLとし,懸濁することにより調製した被験物質(以下「比較例1被験物質」という。)を,それぞれ,6週齢のSD雄性ラットに,10mL/kgとなるように,ゾンデで強制経口投与し,投与の1,4,8時間後(コントロールはブランクとして投与1時間後のみ)に採血して,血中の総ポリフェノール量を測定したところ,実施例1被験物質及び実施例2被験物質を摂取した群の血中ポリフェノール量は,いずれも比較例1被験物質を摂取させたものに比べて高い値を示したことが記載されている。
ここで,本件明細書の段落【0028】に,「油脂」の具体例として,パーム油,ナタネ油と並んで「とうもろこし」から得られる油脂,すなわち「コーン油」も記載されていることからすれば,上記実施例で用いたコーン油についても,黒ショウガ成分に含まれるポリフェノール類の体内への吸収性を高める効果を期待し得る一方で,上記実施例の結果からは,単にコーン油に混合,懸濁しただけの比較例1被験物質では,そのような効果がないことも認識し得るといえる。
したがって,当業者は,本件明細書の実施例の記載から,「黒ショウガ成分を含有する粒子」が,パーム油あるいはナタネ油と混合,懸濁された状態とするのではなく,パーム油あるいはナタネ油により被覆された状態とすることにより,本件発明の課題を解決することができると認識するものと認められる。
(エ) そして,本件出願当時,一般に摂取されたポリフェノールの生体内に取り込まれる量は少ないという技術常識があるにもかかわらず(前記(2)エ),本件発明には,黒ショウガ成分を含有する粒子」自体に吸収性を高める特段の工夫がなされていない態様が包含されており(前記(ア)),また,油脂を含むコート剤」にも吸収促進のための成分が含まれていない態様が包含されている(前記(イ))ことからすれば,当業者は,本件発明の課題を解決するためには,パーム油あるいはナタネ油のような油脂を含むコート剤にて被覆することが肝要であると認識するといえる。
しかし,その一方,ある効果を発揮し得る物質(成分)があったとしても,その量が僅かであれば,その効果を発揮し得ないと考えるのが通常であることからすれば,当業者は,たとえ,「黒ショウガ成分を含有する粒子」の表面を「油脂を含むコート剤」で被覆することにより,本件発明の課題が解決できると認識し得たとしても,その量や程度が不十分である場合には,本件発明の課題を解決することが困難であろうことも予測するといえる。
(オ) ところが,本件明細書においては,実施例1の「パーム油でコートした黒ショウガ原末」の被覆の量や程度について具体的な記載がなされておらず,実施例2についても同様であるから,これらの実施例によってコート剤による被覆の量や程度が不十分である場合においても本件発明の課題を解決できることが示されているとはいえず,ほかにそのような記載や示唆も見当たらない。すなわち,コート剤による被覆の量や程度が不十分である場合には,本件発明の課題を解決することが困難であろうとの当業者の予測を覆すに足りる十分な記載が本件明細書になされているものとは認められないのであり,また,これを補うだけの技術常識が本件出願当時に存在したことを認めるに足りる証拠もない。
したがって,本件明細書の記載(ないし示唆)はもとより,本件出願当時の技術常識に照らしても,当業者は,「黒ショウガ成分を含有する粒子」の表面の僅かな部分を「油脂を含むコート剤」で被覆した状態が本件発明の課題を解決できると認識することはできないというべきである。
ウ 以上のとおり,本件発明は,黒ショウガ成分を含有する粒子の表面の一部を,ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆する態様,すなわち,「黒ショウガ成分を含有する粒子」の表面の僅かな部分を「油脂を含むコート剤」で被覆した態様も包含していると解されるところ,本件明細書の記載(ないし示唆)はもとより,本件出願当時の技術常識に照らしても,当業者は,そのような態様が本件発明の課題を解決できるとまでは認識することはできないというべきである。
そうすると,本件発明の特許請求の範囲の記載は,いずれも,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願当時の技術常識に照らして,当業者が,本件明細書に記載された本件発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えており,サポート要件に適合しないものというべきである。
(4) 被告の主張について
これに対し,被告は,本件発明は,黒ショウガ粒子の被覆剤として,ナタネ油あるいはパーム油を用いることを特徴とするものであり,「黒ショウガ成分を経口で摂取した場合においても,含まれるポリフェノール類を効果的に体内に吸収することができる組成物」を提供することを課題とし,その課題を「(黒ショウガ粒子)の表面の一部又は全部を,ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆」することにより解決するものであるから,発明の詳細な説明に記載されたものであり,芯材である「黒ショウガ成分を含有する粒子」におけるコート剤によって被覆されている部分がごく一部である態様等,本件明細書の記載や本件出願当時の技術常識からみて,当業者が通常想定しないような極端なケースを挙げてサポート要件違反とすることは,適切な発明の保護が観点からみて不当である旨を主張する。
しかしながら,前記のとおり,サポート要件の趣旨は,要するに,発明の詳細な説明に記載していない発明が特許請求の範囲に記載され,公開されていない発明について独占的,排他的な権利を認めることを許容しないことにあるところ,本件発明には,「黒ショウガ成分を含有する粒子」の表面の僅かな部分を「油脂を含むコート剤」で被覆した態様が包含されているといえるのであるから,このような態様についてのサポート要件を検討することが不当であるとはいえないことはもちろんであって,上記被告の主張は採用することができない。
(5) 小括
以上によれば,サポート要件に違反しないとした本件審決の判断は誤りであり,取消事由1(サポート要件に関する判断の誤り)は理由がある。また,かかる判断の誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことも明らかである。
2 結論
以上の次第であるから,その余の取消事由について検討するまでもなく,原告の請求は理由がある。
 
【解説・感想】
 裁判所の判断は、やむを得ないと考える。
 化学物質に係る用途発明の場合には、例えば、「~を有効成分として含む~剤」のように規定することにより、(生理活性を示す)下限値を規定することなく権利化できる可能性がある。しかしながら、本願発明のポイントは、特定の油脂をコート剤として用いることにより、コートされた黒ショウガ成分に含まれるポリフェノール類の体内への吸収性を高め、保存安定性を高め、摂取後の黒ショウガ成分の変成を防止することにある([0011])。すなわち、本願効果は、特定の芯材(黒ショウガ成分)と特定の油脂との組み合わせによる(化学的な)相互作用等に加えて、被覆という物理的な状態により得られると考えられる。そして、本願のクレームは、「一部又は全部」と規定することにより、表面の僅かな部分を被覆する場合も文言上含んでおり、本願明細書は、被覆量が僅かであっても本願所定の効果が得られることが当業者に理解できるように記載されているとは言い難いと思われる。そのため、本願の特許請求の範囲の記載が、当業者が,本件明細書に記載された本件発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えていると認定されたこともやむを得ないと考える。
 
 上記サポート要件を満たすためには、本願所定の効果を得られる被覆量を示す実験例を、出願時に明細書に記載する必要があったと考えられるが、被覆の効果を得るためのパラメータとしては、芯材である黒ショウガ成分に対する重量比の他、被覆部の面積の割合や被覆層の厚みなど、種々考えられる。どのようなパラメータで規定するのがよいのか、侵害発見の容易性等も考慮して、出願前に十分に検討すべきであったと思われる。
 
 明細書中には、コート剤の被覆量に関して、「黒ショウガ成分を含有する粒子100重量部に対し、1~50重量部とすることが好ましい。」との記載がある([0033])。本願請求項1は、出願当初は、「ナタネ油あるはパーム油」ではなく「油脂」と規定していたため、明細書における上記記載は、「油脂」に関する一般的な記載となっているが、「油脂」に「ナタネ油あるはパーム油」が含まれることは、本願明細書に記載されている。そのため、「ナタネ油あるはパーム油を含むコート剤の被覆量が、黒ショウガ成分を含有する粒子100重量部に対し、1重量部以上」であるという限定を訂正で加えることも考えられる。しかしながら、1重量部以上であれば本願課題を解決できると認識できるとは言い難いと思われ、上記のように減縮しても、サポート要件違反の判断を覆すことは困難と思われる。
 また、実施例では、ナタネ油あるはパーム油で「コートした」と記載するのみであり、被覆量については全く記載が無い。そして、他に、被覆量の下限値の根拠となる記載も無い。
 よって、被覆状態をさらに限定することによって無効理由を解消することはできないのではないかと考える。
 
 なお、「一部又は全部」との記載は、本願発明の本質的な部分ではなく、被覆は合目的的に行なわれれば足りるとも考えられる。そのため、弊所内においては、発明保護の観点から今回の判断は厳しすぎるのではないか、との意見が少なからず出された。