非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2016.12.21
事件番号 H27(行ケ)10261号
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット
キーワード 新規事項,サポート要件
事案の内容 無効審判において新規事項追加として訂正請求を認めず、サポート要件違反とした無効審決について、訂正事項は新規事項ではないと認定した上で、請求項4についてサポート要件を満たすと判断し、審決の請求項4に係る部分を取り消した。

事案の内容

【特許庁等における手続の経緯】
平成22年 3月 8日  特許出願
平成23年 1月28日  設定登録(特許第4673448号:「本件特許」)
平成26年 9月18日  特許無効審判請求(無効2014-800158号。請求項1ないし8)
平成27年 8月 3日  訂正請求(「本件訂正」)
平成27年11月24日  本件訂正の請求を認めず,無効審決(「本件審決」)
平成27年12月28日  本件訴訟提起
 
【本件訂正前特許請求の範囲】
【請求項1】Crが5mol%以上20mol%以下,残余がCoである合金と
非磁性材粒子との混合体からなる焼結体スパッタリングターゲットであって,この
ターゲットの組織が,合金の中に前記非磁性材粒子が均一に微細分散した相(A)
と,前記相(A)の中に,ターゲット中に占める体積の比率が4%以上40%以下
であり,長軸と短軸の差が0~50%である球形の合金相(B)とを有しているこ
とを特徴とする非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット。
【請求項2】Crが5mol%以上20mol%以下,Ptが5mol%以上3
0mol%以下,残余がCoである合金と非磁性材粒子との混合体からなる焼結体
スパッタリングターゲットであって,このターゲットの組織が,合金の中に前記非
磁性材粒子が均一に微細分散した相(A)と,前記相(A)の中に,ターゲット中
に占める体積の比率が4%以上40%以下であり,長軸と短軸の差が0~50%で
ある球形の合金相(B)とを有していることを特徴とする非磁性材粒子分散型強磁
性材スパッタリングターゲット。
【請求項3】Crが5mol%以上20mol%以下,Ptが5mol%以上3
0mol%以下,Bが0.5mol%以上8mol%以下,残余がCoである合金
と非磁性材粒子との混合体からなる焼結体スパッタリングターゲットであって,こ
のターゲットの組織が,合金の中に前記非磁性材粒子が均一に微細分散した相(A)
と,前記相(A)の中に,ターゲット中に占める体積の比率が4%以上40%以下
であり,長軸と短軸の差が0~50%である球形の合金相(B)とを有している
とを特徴とする非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット。
【請求項4】球形の合金相(B)は,中心部がCr25mol%以上であって,
中心部から外周部にかけてCrの含有量が中心部より低くなる組成の合金相を形成
していることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の非磁性材粒子分散
型強磁性材スパッタリングターゲット。
【請求項5】~【請求項8】省略
 
【本件訂正における訂正事項】
特許請求の範囲請求項1~3のそれぞれに「球形の合金相(B)とを有している」とあるのを,「球形の合金相(B)とを有し,前記球形の合金相(B)はCo濃度の高い領域と低い領域及びCr濃度の高い領域と低い領域をそれぞれ有している」に訂正する。それぞれを、訂正事項1~3という。
 
【審決の理由の要点】
(1)訂正事項1ないし3を加える本件訂正は,新規事項の追加に該当する。
球形の合金相(B)のCr濃度の態様について,「中心付近にCrが濃縮し外周部にかけてCrの含有量が中心部より低くなる」態様以外の態様は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術事項とすることはできないから,「前記球形の合金相(B)はCo濃度の高い領域と低い領域及びCr濃度の高い領域と低い領域をそれぞれ有している」という訂正事項1ないし3を加える本件訂正は,新規事項の追加に該当する。
(2)本件明細書の発明の詳細な説明には,本件各発明の課題を解決する手段として「球形の合金相(B)は,Co-Cr合金であって,中心付近にCrが25mol%以上濃縮し,外周部にかけてCrの含有量が中心部より低くなる組成であるスパッタリングターゲット」であることが記載されているから,これを特定していない本件各発明に係る特許請求の範囲の記載は,サポート要件を満たさない。
 
【取消事由】
本件訂正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤り(取消事由1)
本件各発明のサポート要件に係る判断の誤り(取消事由2)判断せず
本件各訂正発明のサポート要件に係る判断の誤り(取消事由3)
 
【裁判所の判断】
1.取消事由1(本件訂正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤り)について
裁判所は,本件訂正は,本件明細書等に記載された範囲内においてするものであると判断した。
以下、判決文抜粋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(1)本件訂正の内容
・・・訂正事項1ないし3は,いずれも,球形の合金相(B)の組成のうちCrとCoの濃度分布について,「Co濃度の高い領域と低い領域及びCr濃度の高い領域と低い領域をそれぞれ有している」という限定を付加するものということができる。
(2)本件明細書の記載
・・・本件明細書の【0016】には,「球形の合金相(B)には,少なからずCrの濃度が低い領域と高い領域が存在し」と,球形の合金相(B)の組成のうち,Crの濃度分布について「Cr濃度の高い領域と低い領域」があることが,明示的に記載されている。また,前記のとおり,請求項1ないし3における球形の合金相(B)は,いずれも組成としてCrとCoを含むものであるから,球形の合金相(B)の組成のうち,Coの濃度分布について,「Co濃度の高い領域と低い領域」があることも,本件明細書の上記記載から自明である。
(3)新たな技術的事項の導入の有無
・・・前記のとおり,本件訂正は,特許請求の範囲に限定を付加するものであって,訂正事項1ないし3は,いずれも本件明細書に明示的に記載された事項ないし本件明細書の記載から自明な事項である。このような場合,本件訂正は,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入しないものというべきであるところ,本件訂正前の特許請求の範囲や本件明細書に,球形の合金相(B)に含まれるCrとCoの濃度分布について,訂正事項1ないし3に矛盾する記載も見当たらない。したがって,本件訂正は,本件明細書等に記載された範囲内においてするものであるということができる。
(4)被告の主張について
ア 被告は,本件明細書の【0015】,【0018】及び実施例1~9などの記
載から,球形の合金相(B)について「中心付近にCrが濃縮し外周部にかけてC
rの含有量が中心部より低くなる」という組成以外の組成は,本件明細書等の全て
の記載を総合することにより導かれる技術的事項ではないと主張する。
イ 本件明細書の【0015】には,「球形の合金相(B)が,中心付近にCr
が25mol%以上濃縮し,外周部にかけてCrの含有量が中心部より低くなる組
成の合金相を形成していることが有効である。本願発明は,このようなターゲット
を提供する。」と記載されている。しかし,【0015】の記載は,特許請求の範囲
請求項4に記載された発明の内容を開示したもの,すなわち「本願発明は,このよ
うなターゲットを提供する。」との文言にいう「本願発明」は,請求項4に記載さ
れた発明を指すものとも解される。
また,本件明細書の【0018】には,「組成不均一な相(B),すなわち中心付
近にCrが25mol%以上濃縮し,外周部にかけてCrの含有量が中心部より低
くなる組成の合金相が容易に形成されるようになる。」と記載され,かかる球形の
合金相(B)の具体的組成を前提として【0019】も記載されている。しかし,
【0018】は,「合金相(B)が球形であると」,特定の濃度分布を有する合金相
「容易に形成される」と説明するにとどまり,それ以外の濃度分布を有する合金
相が形成されることを排除するものではない
さらに,本件明細書の発明を実施するための形態は,発明を実施するための最良
の形態が記載されたものであって,本件明細書の実施例の記載は,発明の内容を制
限するものではない。
ウ したがって,本件明細書の【0015】,【0018】及び実施例1~9など
の記載をもって,球形の合金相(B)のCr濃度の傾斜の方向についてまで特定,
限定されているものということはできず,訂正事項1ないし3が,Cr濃度が中心
部から外周部にかけて高くなるような濃度分布等を含むものであったとしても,こ
れをもって新たな技術的事項を導入するものであるということはできない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・判決文抜粋終了
 
2.取消事由3(本件各訂正発明のサポート要件に係る判断の誤り)について
<サポート要件の判断基準>
以下、判決文抜粋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲
の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,
発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当
該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳
細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課
題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと
解される。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・判決文抜粋終了
<課題>
漏洩磁束を大きくすること
<判断>
明細書の発明の課題解決手段の記載(段落0018)、発明を実施するための形態の記載(段落0027)、実施例の記載から、Crの濃度変動があるだけで,その濃度変動の程度が何ら特定されていない球形の合金相(B)を含むターゲットは,当業者が本件各訂正発明の課題を解決できると認識できる範囲のものということはできないと判断され、本件訂正発明1~3は、サポート要件を満たしているとはいえないと判断された。
以下、判決文抜粋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
…,①本件各訂正発明の構成要件である合金相(B)が球形であることは,「中心付近にCrが25mol%以上濃縮し,外周部にかけてCrの含有量が中心部より低くなる組成の合金相」を形成するために求められているものと理解できること,②本件明細書の発明を実施するための形態に関する記載は,中心付近にCrが約25mol%以上濃縮し,外周部にかけてCrの含有量が中心部より低くなる組成の合金相が形成されることを想定していること,③本件明細書に記載された実施例1ないし6,8及び9は,全て球形の合金相(B)について,「Crが25mol%以上濃縮されたCrリッチ相が中心付近に存在し,外周に近づくにつれてCrの濃度が低くなっている」ものであり,かつ,実施例7に記載された球形の合金相(B)も,下限値は不明であるもののCrが「濃縮されたCrリッチ相が中心付近に存在し,外周に近づくにつれてCrの濃度が低くなっている」ものであること,④球形の合金相(B)について,Crの濃度変動の程度が小さい場合に,漏洩磁束の向上という本件各訂正発明の課題を解決できるか否かは明らかではないことからすれば,Crの濃度変動があるだけで,その濃度変動の程度が何ら特定されていない球形の合金相(B)を含むターゲットは,当業者が本件各訂正発明の課題を解決できると認識できる範囲のものということはできない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・判決文抜粋終了
 
本件訂正発明4は、「中心付近にCrが25mol%以上濃縮し,外周部にかけてCrの含有量が中心部より低くなる組成」を有する球形の合金相(B)である点を特定しているから,本件訂正発明4は,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえると判断された。球形の合金相(B)が,「Co-Cr合金」であることまで必要であると認識するということはできないと判断された。
以下、判決文抜粋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
…なお,本件明細書に記載された発明を実施するための形態も実施例も,いずれもCo-Cr合金である原料粉末を焼結するものであるが,本件明細書の【0018】の記載は,球形の合金相(B)の組成をCo-Cr合金に限定しておらず,また,「周囲の金属粉(Co粉,Pt粉など)との拡散が進みにくく」と記載されていることからすれば,球形の合金相(B)について,Ptなどが含まれる合金も想定されているものである。そうすると,当業者は,発明の課題を解決するに当たり,球形の合金相(B)が,「Co-Cr合金」であることまで必要であると認識するということはできない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・判決文抜粋終了
 
【所感】
本判決では、新規事項に関しては、訂正事項が明細書に明示的に記載された事項ないし本件明細書の記載から自明な事項であるか否かを判断されており、サポート要件は、課題の解決可否の観点で判断されている。
すなわち、追加された事項が新規事項でないと判断されても、サポート要件違反となる場合がある。そのため、請求項の補正を行う場合には、新規事項追加になるか否かに加え、課題の解決可否の観点からサポート要件違反となるか否かも検討することが大切である。