防眩フィルム 審決取消請求事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2023.03.27
事件番号 R4(行ケ)10029
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 防眩フィルム
キーワード サポート要件
事案の内容 本件は、特許異議申立の特許取消決定の取り消しを求める特許取消決定取消請求訴訟であり、原告の主張が認められ、異議の特許取消決定は取り消された。

事案の内容

【手続の経緯】
平成29年 8月 4日 出願 (特願2017-151494号)(優先権主張を伴う国際出願)
令和 2年 6月22日 設定登録(特許第6721794号)
令和 3年 3月14日 特許異議申し立て
令和 3年11月15日 訂正請求(「本件訂正」)
令和 4年 3月14日 異議の決定(訂正を認め、特許取消を決定)
令和 4年 4月27日 本件訴訟を提起
 
【特許請求の範囲】
【請求項1】
 ヘイズ値が60%以上95%以下の範囲の値であり、内部ヘイズ値が0.5%以上15.0%以下の範囲の値であり、且つ、画素密度が441ppiである有機ELディスプレイの表面に装着した状態において、8ビット階調表示で且つ平均輝度が170階調のグレースケール画像として画像データが得られるように調整したときの前記ディスプレイの輝度分布の標準偏差が、0以上10以下の値である防眩層を備える、防眩フィルム。
※判決文では、「ヘイズ値」「内部ヘイズ値」「輝度分布の標準偏差」を「光学三特性」と称している。
 
【決定の要旨】
(2)取消しの理由の概要(本件決定第4)
ア 理由1(進歩性)
イ 理由2(実施可能要件)
ウ 理由3(サポート要件)
エ 理由4(明確性要件)
 
【取消事由】
(1) 取消事由1(進歩性の判断の誤り-取消しの理由1関係)
ア 取消事由1-1(本件発明1の進歩性の判断の誤り)
(ア)取消事由1-1-1
(イ)取消事由1-1-2
イ 取消事由1-2,ウ 取消事由1-3,エ 取消事由1-4
(2) 取消事由2(実施可能要件の判断の誤り-取消しの理由2関係)
(3) 取消事由3(サポート要件の判断の誤り-取消しの理由3関係)
(4) 取消事由4(明確性要件の判断の誤り-取消しの理由4関係)
※以下、(3)について取り上げる。また、下記の下線などは筆者が付した。
 
【原告の主張】
 本件各発明の課題は、「着色しにくく、良好な防眩性を有すると共に、ディスプレイのギラツキを抑制可能な防眩フィルムを提供する」ことにあり、請求項1において特定された光学三特性を有する本件各発明(請求項1及びこれを引用する請求項2ないし4)の防眩層は、このような課題を解決するための手段である。そして、第1実施形態の実施例1ないし6の防眩フィルムの画素密度441ppiにおける輝度分布の標準偏差は、本件明細書等の表1(段落【0160】)の項目の「ギラツキ」欄記載のとおりであり、光学三特性に定められた0以上10以下の値の範囲内にあり、また、実施例1ないし6の防眩フィルムのヘイズ値及び内部ヘイズ値は、実施例5の内部ヘイズ値を除き、光学三特性に定められた範囲内にある。そのため、当業者は、光学三特性を有する防眩層を備える防眩フィルムにより、およそその光学三特性の範囲全般にわたって、当該課題を解決できると認識するから、本件各発明は、本件明細書等の発明の詳細な説明に記載したものである。第2実施形態及び第3実施形態の防眩フィルムも、その防眩層が光学三特性を有しているのであるから、当業者は、当該防眩フィルムにより、上記の課題を解決できると認識する。
 そうすると、本件各発明は、本件明細書等の発明の詳細な説明に記載したものである。したがって、本件各発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであるということはできないという本件決定の判断(本件決定第5の2⑶ウ)は誤りである。
 
【被告の主張】
 本件各発明は、「着色しにくく、良好な防眩性を有すると共に、ディスプレイのギラツキを抑制可能な防眩フィルムを提供する」(本件明細書等の段落【0007】)という課題を解決しようとする発明であって、防眩フィルムの防眩層中に微粒子を分散させた従来技術においては、入射した光が微粒子によって広角に散乱されてフィルムが着色していたところ、防眩層の内部ヘイズ値を高めずに、防眩層の表面を適切に粗面化して外部ヘイズ値を調節することにより、防眩フィルムの着色を防止しつつ、良好な防眩性を得たものであって(本件明細書等の段落【0010】)、輝度分布の標準偏差の値を適切な値に設定することにより、防眩フィルムの着色を防止しながら、ディスプレイのギラツキを抑制した(本件明細書等の段落【0011】)ものである。そして、本件各発明は、第1構造防眩層のみならず、第2構造防眩層及び第3構造防眩層を備える防眩フィルムをも明らかに含むものである。
 一方、本件明細書等の発明の詳細な説明に、上記課題を解決できるように、実施例と比較例の対比をもって記載されているのは、第1構造防眩層を備えた防眩フィルムのみである。そして、製造方法が異なれば、表面の凹凸構造のみならず、内部構造も別異の構造となり、内部構造が異なれば内部ヘイズ値も変動する。そうすると、第1構造防眩層とは構造を異にする第2構造防眩層及び第3構造防眩層を備えた防眩フィルムについては、防眩層の表面の凹凸構造及び内部構造によって光学三特性のパラメータの値がさまざまな値をとり得るにもかかわらず、具体的にどのようなものにすれば、内部ヘイズ値を高めることなく、全体のヘイズ値を所望の値に調節でき、かつ、輝度分布の標準偏差の値を適切な値に設定できるのかについて、発明の詳細な説明に、何ら具体例の開示はないし、また、本件特許出願時の技術常識を参酌すれば、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載されている、ともいえない。そのため、本件各発明は、発明の詳細な説明に、当業者が課題を解決できると認識できるように記載された範囲を超えるものである。
 したがって、本件各発明は、本件明細書等の発明の詳細な説明に記載したものではなく、本件特許の特許請求の範囲の記載は、サポート要件(特許法36条6項1号)を充足しない。
 
【裁判所の判断】
⑴特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
 
⑵ア 本件訂正後の特許請求の範囲の記載は、前記第2の2のとおりであり、本件明細書等の記載は、前記1⑵のとおりである。
イ(ア) 本件明細書等の記載によれば、当業者は、以下の事項を理解することができると認められる。本件各発明の解決しようとする課題は、「着色しにくく、良好な防眩性を有すると共に、ディスプレイのギラツキを抑制可能な防眩フィルムを提供すること」(段落【0007】)である。本件各発明においては、防眩層の内部ヘイズ値を高めなくても、防眩層の表面を適切に粗面化して外部ヘイズ値を調節し、良好な防眩性を得ることができ(段落【0010】)、ヘイズ値が60%以上95%以下の範囲の値であれば良好な防眩性が得られる(段落【0007】ないし【0009】)。また、内部ヘイズを高くしないことにより、防眩フィルム内に入射した光が、防眩層中の微粒子によって広角に散乱するのを抑制できるので、防眩フィルム内に入射した所定波長の光が広角に散乱されて防眩フィルムが着色するのを防止できるものであり(段落【0010】)、内部ヘイズ値が0.5%以上15.0%以下の範囲の値のときに、防眩フィルムが着色するのを防止できる(段落【0007】ないし【0009】)。また、ギラツキを抑制する方法としては、防眩層の表面の凹凸を縮小するだけでなく、防眩層の凹凸の傾斜を高くして凹凸を急峻化すると共に凹凸の数を増やすことで、ディスプレイのギラツキを抑制しながら防眩性を向上させることができるから(段落【0078】)、ディスプレイの輝度分布の標準偏差が、0以上10以下の値である凹凸構造の防眩フィルムは、ギラツキを抑制することができる(段落【0011】)。そのため、光学三特性を有する本件各発明は上記課題を解決することができる。
(イ) そして、第1実施形態により光学三特性を有する防眩フィルムを製造できることは、前記4⑵のとおりである。
ウ 以上によれば、本件特許については、特許請求の範囲の記載と本件明細書等の発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるものと認められ、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものと認められる。
したがって、本件各発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであるということはできないという本件決定の判断(本件決定第5の2⑶ウ)は誤りであり、取消事由3は理由がある。
 
【所感】
 被告は、「内部に微粒子を含むため着色するとの課題に対して、第1実施形態の相分離構造で課題が解決されているため、第2実施形態(微粒子を分散させた構造)の場合に、解決手段が開示されていない」と主張した。これに対して、「内部構造は、問わず、内部ヘイズ値を小さくすることによって、着色が防止できる」ため、課題は解決されている。よって、サポート要件を満たす、との裁判所の判断は妥当だと考える。
 今回取り上げなかったが、実施可能要件については、第1実施形態の記載をもって、要件を満たすと裁判所に判断された。
 出願人としては、請求項を内部構造・外部構造にて明確に規定しきれなかったため、特性で規定したと思われる。また、出願人は、第1実施形態の防眩層を含む防眩フィルムをその構造で特定した出願(特開2014-85371)を別途行っている。そして、第1実施形態以外の作製方法でも、同様の光学特性を持つ構造の防眩層を作製できる可能性はあると考えて本出願をしたと思われる。このように、1つの発明について、構造で規定でき、かつ、特性で規定できる場合には、当初から、それぞれの規定に対応する2つの出願を行うことも一案かと考える。