鋼管ポール事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2018.09.19
事件番号 H29(行ケ)10001
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 鋼管ポールおよびその設置方法
キーワード 進歩性(一致点の認定・相違点の看過)
事案の内容 拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決について争われた事案であり、原告(出願人)の主張が認められ、拒絶審決が取消された。本事案では、補正後の発明(本件補正後発明)と引用発明との一致点の認定において、引用例の「パイプ」が、本件補正発明の「基礎体」に相当するか否かが争われた。

事案の内容

【経緯】
平成26年 6月 5日 特許出願(特願2014-116674号)
平成27年 7月16日 特許請求の範囲等を補正
平成27年 8月20日 補正却下決定および拒絶査定
平成27年11月25日 拒絶査定不服審判請求(不服2015-20893号)
平成28年11月18日 拒絶審決(本件審決)
平成29年 1月 4日 審決取消訴訟提起
平成29年 9月19日 拒絶審決取消判決
 
【本件補正発明の要旨】
【請求項1】
灯具、信号機、標識、アンテナなどの装柱物を支持する支柱と、前記支柱の下端部を固定する鋼製基礎とを有する鋼管ポールであって、前記鋼製基礎は上下に貫通した筒状の基礎体から構成され、前記基礎体と前記支柱とは締付部材により締め付け固定され、前記基礎体は地中に埋設され、前記支柱は前記基礎体を貫通して先端部分が地中に突出していることを特徴とする鋼管ポール。
 
【本件審決の理由】
<本件審決の理由の要旨>
①本件補正は特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるところ,本件補正発明は,下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに下記イの周知例1及び下記ウの周知例2に記載された周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができるものではないから,本件補正は,同法17条の2第6項において準用する同法126条7項に違反し,却下すべきものであるとした上で,②本願発明は,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同法29条2項の規定により特許を受けることができない。
ア 引用例:実願昭61-155521号(実開昭63-59973号)のマイクロフィルム(甲1)
イ 周知例1:特開2003-328354号公報(甲2)
ウ 周知例2:登録実用新案第3114768号公報(発行日平成17年10月27日。甲3)
 
<引用発明の要旨>
安全柵,ポール,案内用のロープ張り,その他簡易車庫等構造物の柱状物と,ベースの中央部にパイプを溶接で強固に突設し,平板状の羽根をベースのパイプ取付面の四隅に配設し,羽根の一辺をパイプ側面と固着させていて,炭素鋼を使用し,土中に埋込んで柱状物を支持する支持基礎とを有する柱状物構造であって,ベースのパイプの取付部に貫通穴を設けることにより,柱状物は,柱先端部がパイプ及びベースを貫通して土中に突出している柱状物構造。
<本件補正発明と引用発明との対比>
(ア) 一致点
支柱と,前記支柱の下端部を固定する鋼製基礎とを有する鋼管ポールであって,前記鋼製基礎は上下に貫通した筒状の基礎体から構成され,前記基礎体は地中に埋設され,前記支柱は前記基礎体を貫通して先端部分が地中に突出している鋼管ポール。
(イ) 相違点1
「支柱」に関して,本件補正発明は,「灯具,信号機,標識,アンテナなどの装柱物を支持する支柱」であるのに対し,引用発明は,「安全柵,ポール,案内用のロープ張り,その他簡易車庫等構造物」の「支柱(柱状物)」である点。
(ウ) 相違点2
「支柱」及び「基礎体」に関して,本件補正発明は,「基礎体」と「支柱」とは「締付部材により締め付け固定され」るのに対し,引用発明には,その特定がない点。
 
【原告の主張】
1 一致点の認定誤りと相違点の看過
⑴ 本件審決の判断の誤り
本件補正発明と引用発明とは,「基礎体」に関して,本件補正発明は「上下に貫通した筒状」であるのに対し,引用発明は「中央部にパイプを突設し」た「ベース」と当該「ベースのパイプ取付面の四隅に配設し」た「平板状の羽根」とからなる点においても相違する(以下,この相違点を「相違点3」という。)。
本件審決は,本件補正発明と引用発明との一致点の認定を誤り,相違点3を看過したものである。
⑵ 本件補正発明の「基礎体」の意義
本件補正発明の「基礎体」という用語は,「機能,特性等」を用いて物を特定しようとする記載である。そして,「基礎」とは,「上部構造物の荷重を地盤に伝えるための工作物」(甲15),「柱,壁,土台およびつかなどからの荷重を地盤または地業に伝えるために設ける構造部分」(甲16)をいうところ,本件補正発明における荷重は,「支柱」からの荷重であるから,本件補正発明における「基礎体」とは,「前記支柱からの荷重を地盤に伝えるための工作物あるいは構造部分としての機能を有するもの」と解釈され,「鋼製基礎」として機能する「上下に貫通した筒状の基礎体」がこれに当たる。
また,本件補正発明において,「鋼製基礎は,上下に貫通した筒状の基礎体から構成され」,基礎体設置時に筒状の基礎体の内側空間部に土が入ることにより,筒状の基礎体の外周面が土圧に抵抗して基礎として機能するものである。
⑷ 本件補正発明と引用発明との対比
本件補正発明の鋼製基礎として機能する「上下に貫通した筒状の基礎体」と対比されるのは,引用発明の支持基礎として機能する「ベース」及び「平板状の羽根」の部分である。そして,引用発明において,支持基礎は,板状のベース上に板状の羽根を放射状に剝き出しに設けたものであって,外周壁が存在しないから,筒状とはいえない。
よって,本件審決は,本件補正発明と引用発明との一致点の認定を誤り,相違点3を看過したものである。
2 看過した相違点の容易想到性
相違点3は,本件補正発明と引用発明との実質的な相違点である。すなわち,本件補正発明の「上下に貫通した筒状の基礎体」と,引用発明の「ベース」及び「平板状の羽根」とは,前者は筒状であるのに対し,後者は筒状とはいえないから,構成が全く異なる。
また,本件補正発明は,筒状の基礎体内部に土を入れられることなどから,大きな応力を受けた場合に変形を起こすか否か(強度),下側の部分の地盤を強固にすることができるか否か(転圧性),基礎を重ねて用いることにより接地面積を増加させることなく抵抗面積を増やすことができるか否かという点において,引用発明から予想し得ない特有の効果を奏するものである。なお,本件補正発明において,「鋼製基礎は,上下に貫通した筒状の基礎体から構成され」るから,基礎体が内部に上下に貫通した空間部を有していることは明らかである。
 
【被告の主張】
1 一致点の認定誤りと相違点の看過
⑵ 本件補正発明の「基礎体」の意義
本件補正発明では,「筒状の基礎体」について,「支柱の下端部を固定する鋼製基礎」を構成すること,「支柱」と「締付部材により締め付け固定され」ること,「地中に埋設されること」及び「支柱」が「貫通して先端部分が地中に突出している」こと,並びに「上下に貫通した筒状」であることが特定されているのみである。
⑶ 引用発明の「支持基礎」
「パイプ」は「炭素鋼を使用し」た「支持基礎」の構成要素の一つである。「パイプ」が「土中での支圧部」の機能を果たすとはされていないとしても,引用発明の「支持基礎」の構成要素であることに変わりはなく,「土中での支圧部」の機能を果たすか否かで,「支持基礎」の一部であるか否かが変わるものではない。
ベース及び平板状の羽根が支圧部として,パイプが固定部として機能するとしても,「パイプ」が「支持基礎」の構成要素であることに何ら影響しない。
 
【裁判所の判断】
⑴ 本件補正発明の「基礎体」の意義
ア 特許請求の範囲の記載
本件補正発明の特許請求の範囲には,本件補正発明の「基礎体」とは,「支柱の下端部を固定する鋼製基礎」を構成するものであること,「支柱」と「締付部材により締め付け固定され」ること,「地中に埋設されること」及び「支柱」が「貫通して先端部分が地中に突出している」こと,並びに「上下に貫通した筒状」のものであることが記載されている。
そうすると,特許請求の範囲の記載には,「基礎体」とは,「地中に埋設」され,別の部材である「締付部材」により「支柱」を固定し,また,「支柱の下端部を固定する」,「上下に貫通した筒状」の部材であるという程度の特定しかない。
イ 本願明細書の記載
(前略)
(イ) したがって,特許請求の範囲の記載に加え,本願明細書の記載も併せて考慮すれば,「基礎体」とは,「地中に埋設」され,別の部材である「締付部材」により「支柱」を固定し,支柱の荷重を地盤に伝え,地盤から抵抗を受けることにより,「支柱の下端部を固定する」,「上下に貫通した筒状」の部材という意義を有するものと解される。
ウ 用語の一般的意義
本件補正発明は,円形鋼管や角鋼管を使用した鋼管ポール及びその設置方法に関するものであるところ(【0001】),土木・建築の分野において「基礎」とは,「上部構造物の荷重を地盤に伝えるための工作物」(甲15),「柱,壁,土台およびつかなどからの荷重を地盤または地業に伝えるために設ける構造部分」(甲16)を意味する。
このように,基礎という用語は,上部構造物の荷重を地盤に伝える工作物や構造部分という一般的意義を有するものとされている。
したがって,本件補正発明の「基礎体」を,前記イ(イ)のとおり解することは,基礎という用語の一般的意義にも沿うものである。
エ 「基礎体」の意義
よって,本件補正発明の「基礎体」とは,「地中に埋設」され,別の部材である「締付部材」により「支柱」を固定し,支柱の荷重を地盤に伝え,地盤から抵抗を受けることにより,「支柱の下端部を固定する」,「上下に貫通した筒状」の部材という意義を有するものと認められる。
⑵ 引用発明の「支持基礎」
イ 「ベース」及び「平板状の羽根」について
(前略)
同記載によれば,引用発明の「ベース」は埋め戻した土の重量で引抜き力に対する抵抗力を発揮する部分であり,「ベース」において支柱の引抜き力が地盤にかかることが前提になっており,また,「平板状の羽根」は横方向の荷重に対する反力を発揮する部分であり,「平板状の羽根」には支柱の横方向の荷重が地盤にかかることが前提になっていると認められる。
したがって,引用発明の「ベース」及び「平板状の羽根」は,少なくとも,支柱の荷重を地盤に伝え,地盤から抵抗を受ける部材である。
ウ 「パイプ」について
引用例には,「パイプ」について,「柱状物を挿入するパイプ」(実用新案登録請求の範囲,3頁15行~16行),「パイプ(2)に柱(7)を挿入し,パイプ(2)との隙間に砂(8)を詰め込んで固定する。」(6頁18行~7頁2行)と,支柱を固定することが記載されるにとどまり,地盤との関係については記載されていない。
(中略)
そうすると,引用発明の「パイプ」は,支柱の荷重を地盤に伝え,地盤から抵抗を受ける部材に相当するということはできない。
エ さらに,引用例には「本考案では,柱状物構造の支持部と土中での支圧部を」「お互いに連続しているが別形状とし」たと記載され(4頁5行~8行),「支持基礎」における「土中での支圧部」と「柱状物構造の支持部」とが互いに区別されている。
このことは,引用発明の「ベース」及び「平板状の羽根」を,支柱の荷重を地盤に伝え,地盤から抵抗を受ける部材に相当し,「パイプ」をこのような部材に相当しないと区別して解することと整合するものである。
⑶ 本件補正発明と引用発明との対比
(前略)
そして,前記検討によれば,引用発明の「ベース」及び「平板状の羽根」は,別の部材により「支柱」を固定し,支柱の荷重を地盤に伝え,地盤から抵抗を受けることにより,「支柱の下端部を固定する」部材であって,引用発明の,「ベースのパイプの取付部に貫通穴を設けることにより,柱状物は,柱先端部が」「ベースを貫通して土中に突出している」構成は,本件補正発明の「前記支柱は前記基礎体を貫通して先端部分が地中に突出していること」に相当し,引用発明の「土中に埋込んで」は,本件補正発明の「地中に埋設され」に相当し,さらに,これらによれば,引用発明の「ベース」及び「平板状の羽根」は,本件補正発明の「基礎体」に相当する。一方,「パイプ」が,本件補正発明の「基礎体」に相当するということはできない。
したがって,本件補正発明と引用発明とは,「支柱と,前記支柱の下端部を固定する鋼製基礎とを有する鋼管ポールであって,前記鋼製基礎は基礎体から構成され,前記基礎体は地中に埋設され,前記支柱は前記基礎体を貫通して先端部分が地中に突出している鋼管ポール」である点で一致し,相違点1及び2(前記第2の3(2)イ(イ)及び(ウ))のほか,以下の点で相違する(原告主張に係る相違点3に同じ)
「基礎体」に関して,本件補正発明は「上下に貫通した筒状」であるのに対し,引用発明は「中央部にパイプを溶接で強固に突設し」た「ベース」と当該「ベースのパイプ取付面の四隅に配設し」た「平板状の羽根」とからなる点。
⑷ 相違点3の容易想到性
相違点3に係る本件補正発明の構成は,引用例,周知例1及び周知例2のいずれにも記載されていないし,示唆もされていないから,これらに基づいて,当業者が容易に想到することができたということはできない。
⑸ 被告の主張について
ア 被告は,本件補正発明では「筒状の基礎体」について,「支柱の下端部を固定する鋼製基礎」を構成するものであること,「支柱」と「締付部材により締め付け固定され」ること,「地中に埋設されること」及び「支柱」が「貫通して先端部分が地中に突出している」こと,並びに「上下に貫通した筒状」のものであることが特定されているのみであると主張する。
しかし,本件補正発明の特許請求の範囲には,「前記基礎体と前記支柱とは締付部材により締め付け固定され」と記載され,「基礎体」と「締付部材」とが区別されているから,「支柱」を固定する部材である「基礎体」の技術的意義を一義的に明確に理解することができず,その要旨の認定に当たっては,発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の事情があるというべきである。そして,前記⑴のとおり,特許請求の範囲の記載に加え,本願明細書の記載及び用語の一般的意義を併せて考慮すれば,「筒状の基礎体」とは,被告の上記主張のほか,支柱の荷重を地盤に伝え,地盤から抵抗を受ける部材という意義をも有するものと解される。
イ 被告は,引用発明の「パイプ」は「支持基礎」の構成要素の一つであって,「土中での支圧部」の機能を果たしていなくても,本件補正発明の「筒状の基礎体」に相当すると主張する。
しかし,前記(1)のとおり,「基礎体」とは,少なくとも,支柱の荷重を地盤に伝え,地盤から抵抗を受ける部材であって,かかる「土中での支圧部」という機能を捨象することはできないから,被告の主張は採用することはできない。
ウ 被告は,引用発明の「パイプ」は,本件補正発明の「締付部材」に対応するものではない旨主張するが,これをもって,引用発明の「パイプ」が本件補正発明の「筒状の基礎体」に相当することにはならないから,同主張は失当である。
⑹ 小括
よって,本件審決は,本件補正発明と引用発明との一致点の認定を誤り,相違点3を看過したものである。また,前記(4)のとおり,相違点3に係る本件補正発明の構成は,引用例1,周知例1及び周知例2に基づいて当業者が容易に想到することができたということはできないから,本件審決による相違点3の看過が,その結論に影響を及ぼすことは明らかである。
なお,被告は,仮に相違点3が存したとしても,原告主張に係る本件補正発明の効果は,本件補正発明の構成に基づくものではないと主張するが,相違点3に係る本件補正発明の構成を容易に想到すること自体ができないから,上記主張をもって,本件補正発明について,引用発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたということはできない。
4 結論
よって,原告主張の取消事由は理由があるから,原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。
 
【所感】
裁判所が下した結論は妥当だと感じる。しかし、その過程で「「基礎体」の技術的意義を一義的に明確に理解することができず,その要旨の認定に当たっては,発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の事情がある」と判断した点については、違和感を持った。「請求項に係る発明の認定は、請求項の記載に基づいて行われる」ことが原則であるところ、安易に発明の詳細な説明の記載を参酌することを許容すれば、第三者に不測の不利益が生じることになりかねないと感じた。