連続貝係止具とロール状連続貝係止具事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2017.04.19
事件番号 平成28年(ワ)第20818号
担当部 東京地裁民事部第29部
発明の名称 連続貝係止具とロール状連続貝係止具
キーワード 課題の共通性、動機付け
事案の内容 本件特許権に基づき、被告製品の差止等を請求した事案であり、特許権者の請求が認められた事案。
当業者といえども,乙20公報及び乙22公報に接することにより本件発明の課題を意識することができたとはいえないから、乙20の技術に乙22の技術を組み合わせる動機付けがあるとは認められないと判示した点がポイント。

事案の内容

【経緯】
平成21年 2月13日 分割出願(特願2003-85881、原出願日は平成18年5月24日)
平成23円 8月12日 設定登録(特許第4802252号)
 
【本件発明】
イ 本件発明1(請求項1記載の発明)は,次のとおり(以下,分説に係る各構成要件を符号に対応して「構成要件1A」などという。),構成要件1A,1B,1C,1D,1E,1F,1G及び1Hに分説することができる。
1A:ロープと貝にあけた孔に差し込みできる細長の基材(1)と,その軸方向両端側の夫々に突設された貝止め突起(2)と,夫々の貝止め突起(2)よりも内側に貝止め突起(2)と同方向にハ字状に突設された2本のロープ止め突起(3)を備えた貝係止具(11)が基材(1)の間隔をあけて平行に多数本連結されて樹脂成型された連続貝係止具において,
1B:前記多数本の貝係止具(11)がロープ止め突起(3)を同じ向きにして多数本配列され,
1C:配列方向に隣接する貝係止具(11)のロープ止め突起(3)の先端が,他方の貝係止具(11)の基材から離れて平行に配列され,
1D:隣接する基材(1)同士はロープ止め突起(3)の外側が可撓性連結材(13)で連結されず,ロープ止め突起(3)の内側が2本の可撓性連結材(13)と一体に樹脂成型されて連結され,
1E:可撓性連結材(13)はロープ止め突起(3)よりも細く且つロール状に巻き取り可能な可撓性を備えた細紐状であり,
1F:前記2本の可撓性連結材(13)による連結箇所は,2本のロープ止め突起(3)の夫々から内側に離れた箇所であり且つ前記2本のロープ止め突起(3)間の中心よりも夫々のロープ止め突起(3)寄りの箇所として,
1G:2本の可撓性連結材(13)を切断すると,その切り残し突起(16)が2本のロープ止め突起(3)の内側に残るようにした
1H:ことを特徴とする連続貝係止具。
 
本件発明1は,構成要件1Aないし同1Hの構成を備える連続貝係止具であり,同構成を備えることにより,貝係止具を一本ずつ切断するときに可撓性連結材の一部が切り残し突起となって基材に残って突出しても,貝係止具を手で持って貝へ差し込むときに手(指)が切り残し突起に当たらないため手が損傷したり,薄い手袋を手に嵌めて作業しても手袋が破れたりしにくいとの効果を奏する(【0005】,【0008】)。
 
【争点】
(1) 被告各製品は本件各発明の技術的範囲に属するか(争点1)
ア 被告各製品は構成要件1Dを充足するか(争点1-1)
イ 被告各製品は構成要件1Eを充足するか(争点1-2)
ウ 被告各製品は構成要件1Fを充足するか(争点1-3)
エ 被告各製品は構成要件1Gを充足するか(争点1-4)
オ 被告各製品は,本件各発明の作用効果を奏しないために,本件各発明の技術
的範囲に含まれないといえるか(争点1-5)
(2) 本件各発明についての特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認められるか(争点2)
ア 無効理由1(進歩性欠如)は認められるか(争点2-1)
(乙20または乙21+乙22)
イ 無効理由2(サポート要件違反)は認められるか(争点2-2)
(3) 被告各製品に対する本件特許権の行使が,前訴和解の効力により否定されるか(争点3)
 
【裁判所の判断】
3 争点2(本件各発明についての特許は特許無効審判により無効とされるべき
ものと認められるか)について
(1) 争点2-1(無効理由1〔進歩性欠如〕は認められるか)について
ア 乙20公報(引用発明)に記載された発明の構成
省略
イ 引用発明と本件発明1との対比
(ウ) 相違点
引用発明と本件発明1とは,次の各点において相違する。
a 本件発明1において,隣接する基材(1)同士は,ロープ止め突起(3)の「外側」ではなく,「2本のロープ止め突起(3)の夫々から内側に離れた箇所であり且つ前記2本のロープ止め突起(3)間の中心よりも夫々のロープ止め突起(3)寄りの箇所」において,2本の可撓性連結材(13)で連結されているのに対し,引用発明の隣接する軸部同士は,抜け止め部の「軸方向外方部分」において,2本の可撓性連結片により連結されている点(以下「相違点1」という。)
b 本件発明1において,隣接する基材(1)同士は,2本の可撓性連結材と一体に樹脂成型されているのに対し,引用発明の隣接する軸部同士は,2本の可撓性連結片と一体に樹脂成型されているか不明である点(以下「相違点2」という。)
c 本件発明1において,可撓性連結材(13)は,「ロープ止め突起(3)よりも細く」かつ「細紐状」であるのに対し,引用発明の可撓性連結片がかかる形状を有するか不明である点(以下「相違点3」という。)
d 本件発明1において,2本の可撓性連結材(13)を切断すると,その切り残し突起(16)が2本のロープ止め突起(3)の内側に残るのに対し,引用発明では,可撓性連結片を切断した際の切り残し突起は,抜け止め部の「軸方向外方部分」に残る点(以下「相違点4」という。もっとも,この点は,相違点1に係る構成の差異に伴い必然的に発生する相違点であり,相違点1と実質的に異なるものではない。)
 
ウ 相違点についての検討
b 以上によれば,乙22公報には,連続貝係止具について,平行に配列された基材同士を連結する構成として,①基材の上下に突設されたロープ止め突起同士を連結する構成,②基材の上部に突設されたロープ止め突起と基材とを連結する構成,③ロープ止め突起の先端を基材と連結すると共に,更に可撓性連結材によって基材同士を連結する構成が,それぞれ開示されており,また,④前記③の場合において,2本の可撓性連結材は,ロープ止め突起と一体成型されており,2本の可撓性連結材による連結箇所を,ロープ止め突起からみて軸方向内側とする構成が開示されているものと認められる。
したがって,乙22公報に開示された基材の連結に関する構成のうち,上記④の構成から,殊更,可撓性連結材がロープ止め突起と一体成型されているとの部分を捨象して,2本の可撓性連結材による連結箇所をロープ止め突起からみて軸方向内側とするとの構成のみを取り出した上,これを引用発明に組み合わせれば,相違点1に係る本件発明1の構成に至るとはいえる。
c ここで,乙20公報及び乙22公報は,いずれも連続貝係止具に係る発明が記載されたものであり,両者の技術分野は共通するものではある。しかしながら前記1(3)でみたとおり,本件発明1は,構成要件1Aないし同1Hの構成を備えることにより,貝係止具を一本ずつ切断するときに可撓性連結材の一部が切り残し突起となって基材に残って突出しても,貝係止具を手で持って貝へ差し込むときに手(指)が切り残し突起に当たらないため手が損傷したり,薄い手袋を手に嵌めて作業しても手袋が破れたりしにくいとの効果を奏するものであるところ,かかる作用効果に対応する課題(可撓性連結材を切断した際に突出して残る切り残し突起が,作業時に作業者の手に当たり,怪我をしたり手袋が破れたりするとの課題)については,乙20公報及び乙22公報のいずれにおいても記載されておらず,その示唆もない。また,かかる課題が本件特許の原出願日において周知の課題であったことを認めるに足りる証拠もなく,上記課題が自明のものと認めるべき事情も見いだせない。
 そうすると,当該課題を解決するために,乙22公報に開示された基材の連結に関する構成から,2本の可撓性連結材による連結箇所をロープ止め突起からみて軸方向内側とするとの構成のみを取り出した上,これを引用発明に組み合わせる動機付けがあるとは認められないというべきであり,本件証拠を検討しても,上記組合せに想到する動機付けとなるべき他の事情も見当たらない。また,かかる事情に照らせば,可撓性連結材による連結位置を当業者において適宜選択し得たとか,これらが設計的事項にすぎないなどということもできない。
 
5.結論
(前半省略)
よって,原告の請求はいずれも理由があるから,これらを認容することとし,主文のとおり判決する(被告各製品の廃棄を命じる主文第3項及び第4項については,仮執行宣言を付すことは相当でないので,これを付さないこととした。)
 
【感想】
 裁判所の判断は妥当であると考える。
 一見すると、乙20において、可撓性連結部材の配置位置を乙22に開示の配置位置とすると本件発明の構成になるとも考えられる。
 しかしながら、裁判所の判示のように、乙20および乙22には、本件発明の課題(可撓性連結材を切断した際に突出して残る切り残し突起が,作業時に作業者の手に当たり,怪我をしたり手袋が破れたりするとの課題)が開示、示唆されていないので、可撓性連結部材の配置位置を本件発明の配置位置へと変更する動機付けはないと考える。
 裁判所は、本願発明の作用効果の記載から、作用効果に対応する課題を認定しており、可撓性連結部材の配置位置が内側か外側という二者択一の事項であったとしても、作用効果をある程度記載することも進歩性を主張する上で役に立つと考えられる。