眼鏡レンズ加工装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2016.3.2
事件番号 平成27年(行ケ)第10078号
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 眼鏡レンズ加工装置
キーワード 動機付け
事案の内容 拒絶査定不服審判の拒絶審決に対する審決取消訴訟であり、審決が取り消された事案。
当業者において,本願出願当時,引用発明に係る一対の加工具回転軸を備えたダブルスピンドル方式の眼鏡レンズの製造装置につき,あえて加工具回転軸を1つとするシングルスピンドル方式の構成を採用することについては,動機付けを欠き,容易に想到し得ないというべきである、と判示した点がポイント。

事案の内容

【経緯】

平成22年 9月20日    特許出願(特願2010-222883号)

平成26年 1月22日    拒絶理由通知

平成26年 3月31日    手続補正書

平成26年 4月18日    拒絶査定

平成26年 7月22日    拒絶査定不服審判請求(不服2014-14234号事件)+手続補正書(本件補正)

平成27年 3月18日    本件審判の請求は成り立たない旨の審決

平成27年 4月29日    本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起

 

【本件補正前の請求項3(平成26年3月31日提出の手続補正書)】

眼鏡レンズを保持するレンズチャック軸を回転するレンズ回転手段と,レンズの周縁を粗加工する砥石が取り付けられた1つの加工具回転軸を回転する加工具回転手段と,前記レンズチャック軸を前記1つの加工具回転軸に向けて移動させることによって,前記レンズチャック軸と前記1つの加工具回転軸との軸間距離を変動させる軸間距離変動手段と,前記レンズ回転手段及び前記軸間距離変動手段を制御して粗加工軌跡に基づいて前記砥石によりレンズ周縁を加工する制御手段と,を備える眼鏡レンズ加工装置であって,

前記制御手段は,レンズを回転させない状態で,前記レンズチャック軸を前記1つの加工具回転軸に向けて移動させることによって,前記1つの加工具回転軸とレンズチャック軸との軸間距離を変動させ,前記砥石とレンズを1つの位置で当接させて,前記砥石を切り込ませる粗加工を複数のレンズ回転角方向でそれぞれ行う制御が可能であることを特徴とする眼鏡レンズ加工装置。

 

【本件補正後の請求項3】下線部は本件補正による補正箇所

眼鏡レンズを保持するレンズチャック軸を回転するレンズ回転手段と,眼鏡レンズの周縁を粗加工する砥石が取り付けられた1つの加工具回転軸を回転する加工具回転手段と,前記レンズチャック軸を前記1つの加工具回転軸に向けて移動させることによって,前記レンズチャック軸と前記1つの加工具回転軸との軸間距離を変動させる軸間距離変動手段と,前記レンズ回転手段及び前記軸間距離変動手段を制御して粗加工軌跡に基づいて前記砥石により眼鏡レンズ周縁を加工する制御手段と,を備える眼鏡レンズ加工装置であって,

前記制御手段は,レンズを回転させない状態で,前記レンズチャック軸を前記1つの加工具回転軸に向けて移動させることによって,前記1つの加工具回転軸とレンズチャック軸との軸間距離を変動させ,前記砥石と眼鏡レンズを1つの位置で当接させて,前記砥石を切り込ませる粗加工を複数のレンズ回転角方向でそれぞれ行う制御が可能であることを特徴とする眼鏡レンズ加工装置。

 

 

【本件審決の理由の要旨】

要するに,①本願補正発明は,下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び下記イからエの周知例1から3に記載された慣用技術ないし周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであって,本件補正は,同法17条の2第6項で準用する同法126条7項の規定に違反するので,同法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである,②本願発明は,本願発明の構成を全て含む本願補正発明と同様に,引用発明及び上記慣用技術ないし周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

ア 引用例:特開2006-123073号公報(甲1)

イ 周知例1:特開2010-179397号公報(甲2。平成22年8月19

日公開)

ウ 周知例2:特開2006-319292号公報(甲3)

エ 周知例3:特開2000-317789号公報(甲4)

⑵ 本件審決が認定した引用発明,本願補正発明と引用発明との一致点及び相違

点は,次のとおりである。

ア 引用発明

省略

イ 本願補正発明と引用発明との一致点

眼鏡レンズを保持するレンズチャック軸を回転するレンズ回転手段と,眼鏡レンズの周縁を粗加工する砥石が取り付けられた加工具回転軸を回転する加工具回転手段と,前記レンズチャック軸と前記加工具回転軸との軸間距離を変動させる軸間距離変動手段と,前記レンズ回転手段及び前記軸間距離変動手段を制御して粗加工軌跡に基づいて前記砥石により眼鏡レンズ周縁を加工する制御手段と,を備える眼鏡レンズ加工装置であって,

前記制御手段は,レンズを回転させない状態で,前記加工具回転軸とレンズチャック軸との軸間距離を変動させ,前記砥石を切り込ませる粗加工を複数のレンズ回転角方向でそれぞれ行う制御が可能である眼鏡レンズ加工装置である点

 

ウ 本願補正発明と引用発明との相違点

(ア) 相違点1

本願補正発明は,加工具回転軸が1つであり,砥石と眼鏡レンズを1つの位置で当接させて粗加工を行うものであるのに対し,引用発明は,加工具回転軸が一対であり,一対の砥石と眼鏡レンズを2つの位置で当接させて粗加工を行うものである点

(イ) 相違点2

レンズチャック軸と加工具回転軸との軸間距離を変動させる軸間距離変動手段が,本願補正発明においては,レンズチャック軸を加工具回転軸に向けて移動させるというものであるのに対し,引用発明においては,一対の砥石軸を眼鏡レンズ駆動装置に固定された眼鏡レンズに向けて移動させるというものである点

 

4 取消事由

本願補正発明の進歩性の判断の誤り

⑴ 相違点1及び2に係る容易想到性の判断の誤り(取消事由1)

⑵ 顕著な効果の看過(取消事由2)

 

【裁判所の判断】

1.本願補正発明について

省略

2.引用発明について

・・・(省略)・・・

ウ 引用発明は,前記アの従来の玉型加工の方法において,回転する眼鏡レンズには,砥石に当接した直後から,その回転を停止する方向の力が加わり,その力が眼鏡レンズをねじるような方向に作用して,眼鏡レンズの軸部材に対する位置ずれや角度ずれ,すなわち,軸ずれが発生しやすくなるという知見に基づいて(【0006】),眼鏡レンズにこれを保持する軸部材からの回転駆動力をかけないで,すなわち,眼鏡レンズを回転させないで粗加工をするという課題解決手段を採用した(【0007】,【0008】)。

 

3.取消事由1(相違点1及び2に係る容易想到性の判断の誤り)について

⑴ 加工具回転軸の個数について

原告は,平成8年3月26日,発明の名称を「レンズ研削加工装置」とする特許出願(特願平8-97444号)をし,平成19年11月2日,特許権の設定の登録を受けているところ(特許第4034842号。甲18),同特許発明は,「眼鏡枠に嵌合するように眼鏡レンズを研削加工するレンズ研削加工装置に関する」(【0001】)ものであり,・・・(中略)・・・上記特許発明は,従来の加工具回転軸を1つとするスピンドル方式の眼鏡レンズ加工装置においては,機械剛性があまり高くなく,加工時間も長いという問題があったことから,複数の加工具回転軸(砥石軸)をレンズ回転軸と平行に複数設け,同一種類のレンズの粗加工を行う粗加工砥石を上記複数の加工具回転軸にそれぞれ設け,複数の粗加工砥石を同時に使用する構成を採用して,上記問題を解決したものということができる。

ダブルスピンドル方式の眼鏡レンズ加工装置は,上記アの構成を採用した眼鏡レンズ加工装置の1つであるから,加工具回転軸を1つとするシングルスピンドル方式のものに比して,機械剛性が高く,加工時間も短いという利点を有するものと推認することができる。

⑵ 引用発明について

ア 引用発明の構成

(ア) 前記2⑵のとおり,引用発明は,従来の玉型加工の方法においては軸ずれが発生することから,同方法において,回転する眼鏡レンズには,砥石に当接した直後から,その回転を停止する方向の力が加わり,その力が眼鏡レンズをねじるような方向に作用して軸ずれが発生しやすくなるという知見に基づいて,眼鏡レンズにこれを保持する軸部材からの回転駆動力をかけないで,すなわち,眼鏡レンズを回転させないで粗加工をするという課題解決手段を採用したものである。

(イ)そして,従来の玉型加工の方法とは,軸部材の保持部に固着した玉型加工前の円形の眼鏡レンズを軸部材の一対の軸部材本体で挟持し,軸部材を回転させて,眼鏡レンズを回転駆動するとともに,眼鏡レンズの周囲に複数の砥石を配置し,これらの砥石を回転させながら,回転する眼鏡レンズに当接させる方法であるところ(【0002】),この方法は,複数の砥石を回転させながら同時に眼鏡レンズに当接させるというものであるから,各砥石を取り付ける砥石数と同数の加工具回転軸を備えた装置を使用するものということができる。

(ウ) したがって,引用発明は,複数の加工具回転軸を備え,複数の砥石によって眼鏡レンズを加工する装置を用いる従来の玉型加工の方法において問題とされていた軸ずれの発生を防止するために,眼鏡レンズを回転させないという構成を採用したものと認められる。

イ 引用例の記載について

・・・

他方,引用例には,加工具回転軸を1つとするシングルスピンドル方式についての記載はなく,示唆もされていない。加工具回転軸が複数あること自体に起因して何らかの問題が発生する,又は,加工具回転軸を1つとすることにより何らかの効果が期待できるなどといった,シングルスピンドル方式を採用する動機付けにつながり得ることも何ら示されていない。

 

⑶ 相違点1の容易想到性について

ア 本願補正発明と引用発明の間に前記第2の3⑵ウ(ア)のとおりの相違点1が存在することは,当事者間に争いがない。

イ 動機付けについて

(ア) 前記⑵アのとおり,引用発明は,複数の加工具回転軸を備え,複数の砥石によって眼鏡レンズを加工する装置を用いる従来の玉型加工の方法に,眼鏡レンズを回転させないという構成を採用したものである。

そして,前記⑵イのとおり,引用例には,加工具回転軸を1つとするシングルスピンドル方式についての記載はなく,示唆もされていない。加工具回転軸が複数あること自体に起因して何らかの問題が発生する,又は,加工具回転軸を1つとすることにより何らかの効果が期待できるなどといった,シングルスピンドル方式を採用する動機付けにつながり得ることも何ら示されていない。

(イ) 加えて,前記⑵イのとおり,ダブルスピンドル方式の眼鏡レンズ加工装置は,加工具回転軸を1つとするシングルスピンドル方式の眼鏡レンズ加工装置に比して,機械剛性が高く,加工時間も短いという利点を有するものと推認することができるのに対し,シングルスピンドル方式の眼鏡レンズ加工装置がダブルスピンドル方式の眼鏡レンズ加工装置に比して優位な点があることは,本件証拠上,認めるに足りない。

(ウ) したがって,当業者において,本願出願当時,引用発明に係る一対の加工具回転軸を備えたダブルスピンドル方式の眼鏡レンズの製造装置につき,あえて加工具回転軸を1つとするシングルスピンドル方式の構成を採用することについては,動機付けを欠き,容易に想到し得ないというべきである。

 

⑷ 相違点2の容易想到性について

ア 相違点2について

省略

イ 本願補正発明における軸間距離変動手段は,加工具回転軸が単数であること

を前提とするものであり,加工具回転軸が複数の場合に同手段を採用することは,事実上不可能である。したがって,相違点2は,相違点1に係る加工具回転軸の個数差を前提とするものということができ,相違点1に係る本願補正発明の構成が容易に想到し得ない以上,相違点2に係る本願補正発明の構成も容易に想到し得るものではない。

 

⑸ 被告の主張について

イ 被告は,周知例1には,シングルスピンドル方式においてもレンズを回転さ

せないで軸ずれを軽減することが示唆されている旨主張する。

確かに,周知例1には,軸ずれを軽減する方法として「レンズチャック軸に掛かる負荷トルクを検知し,負荷トルクが所定値内に入るようにレンズ回転速度を減速」すること(【0003】,【0004】)が記載されているものの,同記載は,レンズが一定の速度で回転していることを前提とするものであり,レンズを回転させないことを示唆するものということはできない。周知例1において,ほかにレンズを回転させないことを示す記載はない。

ウ 被告は,シングルスピンドル方式は,従来から行われていた眼鏡レンズ加工技術であり,それに立ち返るのは通常の発想である旨主張する。

しかし,前記アと同様に,本件証拠上,加工具回転軸の個数と引用発明が課題とする軸ずれとの間に何らかの関係があるものとは認めるに足りない以上,当業者が,引用発明の加工具回転軸の個数を変えることに想到することは考え難い。

エ 被告は,眼鏡レンズ加工の技術分野においては,シングルスピンドル方式の装置で用いられる技術をダブルスピンドル方式の装置に転用することは,従来から行われており,両方式が互いの技術の転用を全く考えないほど,それぞれに確立された独自の技術であるということはできない旨主張する。

しかし,被告の主張するとおり,シングルスピンドル方式の装置及びダブルスピンドル方式の装置のいずれにおいても適用し得る技術が存在するとしても,それをもって,当業者が,引用発明の一対の加工具回転軸を1個の加工具回転軸とすることに想到するとは考え難い。

⑹ 小括

以上によれば,相違点1及び2に係る容易想到性は認められず,引用発明に基づいて本願補正発明が容易に想到できるとした本件審決の判断は,誤りというべきである。したがって,原告主張の取消事由1は,理由がある。

4 結論

以上のとおり,原告主張の取消事由1には理由があり,その余の点について判断するまでもなく,本件審決は取消しを免れない。

よって,原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。

 

【感想】

 裁判所の相違点1についての判断はやや無理があるように感じる。

 裁判所は、「引用例には,加工具回転軸を1つとするシングルスピンドル方式についての記載はなく,示唆もされていない。加工具回転軸が複数あること自体に起因して何らかの問題が発生する,又は,加工具回転軸を1つとすることにより何らかの効果が期待できるなどといった,シングルスピンドル方式を採用する動機付けにつながり得ることも何ら示されていない。」と判示しているが、シングルスピンドル方式の改良としてダブルスピンドル方式があり、また、シングルスピンドル方式だけでなくダブルスピンドル方式であっても、軸ずれが発生しやすくなる課題は生じるように思う。ダブルスピンドル方式とシングルスピンドル方式とは被告が主張するように、両方式が互いの技術の転用を全く考えないほど、それぞれに確立された独自の技術ではないように感じた。

(所内のその他の感想)

・引用例は、一貫してダブルスピンドルについての課題やその解決手段について記載されており、裁判所が判示したように、ダブルスピンドルを前提とした引用例の技術をシングルスピンドルに変更する動機付けはないと感じる。

・周知例1はシングルスピンドル方式であり、レンズ回転速度を減速することも開示されているので、周知例1を主引例として、引用例を副引例とした方が本願発明は進歩性を有さないと判断された可能性はある。

以上