白色ポリエステルフィルム事件

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  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2016.07.19
事件番号 H27(行ケ)第10099号
担当部 知的財産高等裁判所第3部
発明の名称 白色ポリエステルフィルム
キーワード サポート要件、動機付け
事案の内容 本件特許:特許第3593817号
本件は、特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消訴訟であり、原告の請求が棄却された事案である。
原告の主張に対して、種々の判断が示されているが、本レジュメでは、サポート要件、進歩性についての裁判所の判断を、ポイントとして紹介する。

事案の内容

【経緯】
(1)原告: 無効審判請求(無効2012-800177号)
(2)被告: 訂正請求
(3)特許庁:第1次審決/訂正を認めた上で、無効審決
(4)被告: 審決取消訴訟の提起(平成25年(行ケ)第10303号)
(5)知財高裁:第1次判決/審決の取り消し ※弊所HPの知財レポートにて紹介済み。
(6)特許庁:本件審決/訂正を認め、無効審判の請求棄却
(7)原告: 審決取消訴訟の提起(本件訴訟)

 

【本件発明】
・本件発明1(訂正後の請求項1。下線が訂正箇所)
[請求項1]
無機粒子を5重量%以上含有するポリエステル組成物であって、該ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル106g以下であり、かつ昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が下記式を満足してなることを特徴とするポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルム。
30≦Tcc-Tg≦60

 

【争点となった取消事由】
(1)取消事由1(訂正要件適合性についての誤り):
(2)取消事由2(サポート要件についての判断の誤り)
(3)取消事由3(実施可能要件についての判断の誤り)
(4)取消事由4(明確性要件についての判断の誤り)
(5)取消事由5(引用発明の認定の誤り)
(6)取消事由6(甲5発明に基づく新規性についての判断の誤り)
(7)取消事由7(甲1発明、甲2発明、甲3発明又は甲4発明を主引例とする進歩性についての判断の誤り)
(8)取消事由8(甲7発明を主引例とする進歩性についての判断の誤り)

 

【引例等一覧】
①甲1:特開平7-331038号公報
②甲2:特開平7-316404号公報
③甲3:特開平8-143756号公報
④甲4:特開昭62-207337号公報
⑤甲5:特開平6-157877号公報
⑥甲6:特開平4-1224号公報
⑦甲7:特開平6-210720号公報
⑧甲8:湯木和男編「飽和ポリエステル樹脂ハンドブック」
1989年12月22日株式会社日刊工業新聞社発行 676、677頁
⑨甲9:特開平8-245711号公報

 

【裁判所の判断】
3 取消事由2(サポート要件についての判断の誤り)について
・・・
(1) 本件明細書の発明の詳細な説明には、前記1のとおり、本件発明1は、多量の無機粒子を含有するポリエステル組成物からなる白色ポリエステルフィルムにおいて、従来の欠点を解決し、白色性、隠蔽性、機械特性、光沢性とともに耐熱性、成形加工性に優れたフィルムを得ることを課題とし、その解決手段として、「カルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル106g以下」であり(特性(a))、かつ「昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差」が式「30≦Tcc-Tg≦60」を満足してなること(特性(b))を特徴とするポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルムとするものであることが記載されている。
・・・本件明細書の発明の詳細な説明には、無機粒子を5重量%以上含むポリエステル組成物において、特性(a)、(b)はいずれも具備する実施例1ないし7では、無機粒子の種類及び量、リン化合物の種類及び量、ポリエステルの共重合成分、種類及び量の変更に関わらず、いずれも、粒子分散性、耐熱性、成形加工性に優れていたのに対し、特性(a)又は特性(b)のいずれかを具備していない比較例1ないし3では、いずれも、成型加工性に劣るとともに、得られた二軸延伸フィルムの白色性、隠蔽性等の特性に劣っていたことが記載されているものといえる。
(3) 以上のような、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、当業者であれば、上記の(1)の記載から、無機粒子を含有するポリエステル組成物における特性(a)及び(b)の各数値と、粒子分散性、熱安定性、延伸製膜性及び得られるフィルムの白色性・隠蔽性・機械特性等の物性との技術的な関係を理解するとともに、上記(2)の実施例および比較例に係る記載から、実際に特性(a)及び(b)を満たすポリエステル組成物であれば、粒子分散性、熱安定性、延伸製膜性に優れており、得られる二軸延伸フィルムの白色性、隠蔽性、機械特性、光沢性も優れたものとなることを理解するものといえる。
したがって、・・・本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)は、本件明細書の記載により当業者が本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものということができ、サポート要件を充足するというべきである。
(4) 原告の主張について
ア 原告は、本件明細書の発明の詳細な説明の実施例1ないし7は、いずれも ①リン酸化合物で表面処理した無機粒子と ②ポリエステル微粉末を用いて製造したポリエステル組成物に係るものであり、これらの記載からは、当業者が、上記①及び②を用いない組成物によって本件発明1の課題を解決し得ると理解することはできないから、上記①及び②を用いるとの限定をもって発明を特定する本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は、サポート要件を充足しない旨主張するので、以下検討する。
イ 本件明細書の発明の詳細な説明においては、本件発明1に係るポリエステル組成物の製造に当たって上記①及び②を用いることについて、次のように記載されている。
「使用するポリエステルは特に限定されないが、・・・ポリエステル微粉末を含むポリエステルとすることが好ましい。」(段落【0014】)
「本発明における無機粒子含有ポリエステル組成物は、耐熱性、フィルムなどに成形加工する際の延伸製膜性、得られる成形品の白色性等の点からリン元素を50ppm以上含有することが好ましい。」(段落【0019】)
「本発明の無機粒子含有ポリエステル組成物にリン元素を含有させる方法は特に限定されるものでなく、・・・する方法が好ましく、特には・・・する方法が特に好ましい。」(段落【0021】)
「本発明の無機粒子含有ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度を35当量/ポリエステル106g以下とする方法としては、例えば上述した・・・方法、また・・・する方法を挙げることができるが、特に限定されるものではない。」(段落【0025】)
ウ 以上のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明では、本件発明1に係るポリエステル組成物の製造に当たって上記①や②を用いることについて、本件発明1の課題解決にとって「好ましい」ことが記載されるとともに、それが、得られるポリエステル組成物を特性(a)を満たすものとするための方法の一つとして例示された上で、その方法については、これらに「限定されるものではない」ことが明示されている。してみると、これらの記載に接した当業者であれば、本件発明1において、上記①及び②を用いてポリエステル組成物を製造することが課題解決に必須の事項とされているものと理解するとはいえず、このことは、実施例1ないし7がいずれも上記①及び②を用いて製造したポリエステル組成物に係るものであることによって、左右されるものではない。
そもそも本件発明1は、無機粒子を5重量%以上含むポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルムにおいて、当該ポリエステル組成物が有すべき物性(特性(a)及び(b))を特定することによって発明を特定するものであるところ、このような場合、明細書の発明の詳細な説明の記載としては、当該物性を満たすものとすることによって発明の課題が解決されることが理解できるように記載されていれば、サポート要件としては足りるものといえるのであって、当該物性を実現するための方法の全てが開示され、かつ、それらによって得られる物が発明の課題を解決し得るものであることが逐一実施例によって示されなければならないというものではない。・・・したがって、原告の上記主張は理由がない。

 

8 取消事由7(甲1発明2、甲2発明、甲3発明又は甲4発明を主引例とする進歩性についての判断の誤り)について
・・・
ア 「甲1発明2を主引例とする容易想到性の判断の誤り」について
(ア)相違点1-1について
原告は、甲1発明2において、相違点1-1に係る本件発明1の構成(ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度を35当量/ポリエステル106g以下)とすることは、甲5、6及び8の記載から当業者が容易に想到し得たことであるから、相違点1-1の容易想到性を否定した本件審決の判断は誤りである旨主張するので、以下検討する。
・・・
b 甲5の適用について
・・・甲5には、摩擦係数を低下させるために炭酸カルシウムを添加したポリエステルフィルムにおいて、耐スクラッチ性、耐摩耗性に優れたフィルムを提供するという課題を解決するために必要な条件として、当該フィルムの製造に用いられるポリエステル組成物に、多価カルボン酸化合物によって表面処理した特定量のバテライト型炭酸カルシウム及びリン元素を含有させることに加え、当該ポリエステル組成物の「カルボキシル末端基濃度を106グラム当たり10~100当量とすること」(以下「甲5記載のカルボキシル末端基濃度」という。)が記載されている。
・・・しかし、甲5の上記記載は、飽くまでもポリエステルに炭酸カルシウム(無機粒子)を添加する目的が「摩擦係数の低下」であること及び課題としてフィルムに求められる物性が「耐スクラッチ性、耐摩耗性」であることを前提とした場合において、甲5記載のカルボキシル末端基濃度とすることがバテライト型炭酸カルシウム粒子の分散性等を向上させ、上記課題の解決につながることを開示したものであって、無機粒子添加の目的やフィルムに求められる物性のいかんにかかわらず、無機粒子含有のポリエステルフィルム一般に当てはまるものとして、甲5記載のカルボキシル末端基濃度とすることが無機粒子の分散性を向上させるものであることを開示ないし示唆するものとはいえない。
他方、前記aのとおり、甲1発明2は、多量の白色無機粒子をポリエステル組成物に含有させることによって白色に形成するポリエステルフィルムにおいて、白色性、隠蔽性、光沢性に優れた成形品を得るために、特定のリン化合物で表面処理した炭酸カルシウムからなるポリエステル系樹脂用改質剤を高濃度に含有したポリエステル組成物からなるフィルムとするものであるから、無機粒子をポリエステルに添加する目的(白色フィルムの形成)の点においても、課題としてフィルムに求められる物性(白色性、隠蔽性、光沢性)の点においても、甲5記載のフィルムとは異なるものである。
してみると、多量の白色無機粒子を含有する白色ポリエステルフィルムにおける白色性、隠蔽性、光沢性の向上を課題とする甲1発明2において、甲5に記載された、摩擦係数を低下させるために炭酸カルシウムを添加したポリエステルフィルムの耐スクラッチ性、耐摩耗性の向上という課題の解決に必要とされる条件の一つである甲5記載のカルボキシル末端基濃度を適用すべき動機付けがあると認めることはできないというべきでる。
・・・
b 甲6の適用について
・・・甲6には、ポリエステルのフィルム等において、その表面に凹凸を形成する手段として炭酸カルシウムなどの無機粒子を添加したフィルム等、特に、磁気テープ用途などで、高速走行させたときのフィルムについて、耐ケズレ性などを改善するために、不活性無機粒子の分散性が良好なポリエステルを直重法により製造する方法を提供することを課題として、「芳香族ジカルボン酸を主成分とするカルボン酸とエチレングリコールを主成分とするグリコールからポリエステルを製造するに際して、エステル化反応が実質的に終了した後、該反応生成物のカルボキシル末端基濃度が反応生成物106g当たり100当量以下である反応系に、平均粒子径が0.5~5.0μの不活性無機粒子を0.01~3重量%添加することを特徴とするポリエステルの製造方法」を採用することが記載されている。
・・・甲6においては、ポリエステルを直重法により製造する場合に生じる不活性無機粒子の凝集化、分散性低下の問題を解決することを課題とし、その解決手段として、エステル化反応後の反応生成物につき甲6記載のカルボキシル末端基濃度とするものである。
 他方、甲1発明2は、・・・当該ポリエステル組成物の製造方法は直重法に限定されず、それ以外の製造方法(エステル交換法)に係るポリエステルも含むものであるから(前記a⒟)、このような甲1発明2において、専ら直重法により製造するポリエステルに係る問題点を解決するための手段である甲6に係る構成をあえて適用すべき動機付けはないというべきである。
さらに、甲6においては、フィルム等の製造に用いられるポリエステル組成物についてのカルボキシル末端基濃度ではなく、当該ポリエステル組成物を得るための反応過程にある生成物(直重法において、エステル化反応が終了し、重縮合反応が行われる前のもの)について、甲6記載のカルボキシル末端基濃度とすることが記載されているにすぎないから、仮に、甲1発明2に甲6記載の事項を適用したとしても、その結果得られる重縮合反応後のポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度がいかなる値となるかは明らかではなく、相違点1-1に係る本件発明1の構成となることが認められるものではない。
ⅲ 以上によれば、甲1発明2に甲6記載の事項を適用することはできないというべきであり、また、適用できたとしても、その結果得られるものが相違点1-1に係る本件発明1の構成を有するものとは認められない。
・・・
(イ) 相違点1-2について
原告は、甲1発明2において、相違点1-2に係る本件発明1の構成(30≦Tcc-Tg≦60)とすることは、甲7の記載及び周知技術(甲29、30)から当業者が容易に想到し得たことであるから、相違点1-2の容易想到性を否定した本件審決の判断は誤りである旨主張するので、以下検討する。
a 甲7の適用について
・・・甲7には、ポリエステルフィルムについて、厚みむらのない均一な厚みのフィルムを成型する方法を提供するという課題を解決するために必要な条件の一つとして、フィルム成形前のポリエステル組成物につき、「Tc-Tgの値を60℃以下とすること」(以下「甲7記載のTc-Tgの値」という。)が記載されている。
そこで、甲1発明2に甲7記載のTc-Tgの値を適用することができるかどうかにつき検討するに、甲7において、ポリエステル組成物のTc-Tgの値が60℃以下とされるのは、厚みむらのない均一な厚みのポリエステルフィルムを成形する方法を提供するという課題を解決するために、当該ポリエステル組成物の物性の一つとして必要とされるからである。
・・・甲1発明2と甲7記載の技術は、いずれもポリエステルフィルムに係る技術であるという点においては共通するものの、それぞれの解決すべき課題は異なっているものといえる。しかも、甲7において、上記課題を解決するためには、フィルム成形前のポリエステル組成物が、上記Tc-Tgの値のみならず、「結晶化度を0.5~25%とする」との物性をも有することが必須の条件とされている。
してみると、白色ポリエステルフィルムにおける白色性、隠蔽性、光沢性の向上を課題とする甲1発明2において、甲7に記載された、厚みむらのない均一な厚みのポリエステルフィルムを成形する方法を提供するという課題の解決に必要とされる成形前のポリエステル組成物の物性のうちの一つである甲7記載のTc-Tgの値を、「結晶化度を0.5~25%とする」という他の条件とは切り離して、あえて適用すべき動機付けがあると認めることはできないというべきである。
ⅱ これに対し、原告は、甲1発明2と甲7に記載された発明とは、延伸製膜性の課題及び二軸延伸ポリエステルフィルムを提供するという技術分野において共通するから、甲1発明2に甲7記載の発明を適用する動機付けがある旨主張する。
しかし、技術分野を共通にすることが直ちに適用の動機付けにつながるものではないし、二軸延伸ポリエステルフィルムの分野において、延伸製膜に当たって安定かつ均一な厚みのフィルムを得ようとすることが当然の課題として当業者に認識されていることは明らかであるから(この点は、原告も認めている。)、このような当該分野における当然の課題が共通しているからといって、他にも様々な課題を有する甲1発明2に、甲7を適用する動機付けが直ちに認められるものではない。

 

【所感】
本件でのサポート要件の判断では、明細書に、「~好ましい」、「~に限定されない」との記載があることを主な理由として、実施例の条件に限定すべきとする原告の主張を退けているようにも読める点において、権利者側に有利な判断が示されたように思う。
一般に、化学の分野でのサポート要件の判断は、実施例との対比で厳密に判断される場合もあるため、明細書には、実施例に限定されることなく、クレームの範囲において課題が解決できることの理論的な説明を記載することを常に心がけたい。
進歩性に関する甲5の適用の判断については、主引例と副引例とで課題が全く異なり、副引例の課題解決手段を広く一般に適用することができない、との判断は、概ね妥当であると考える。
甲6の適用については、副引例において解決しようとしている課題の対象が狭く、その課題の対象に限定されていない主引例の発明に、副引例の構成をあえて適用すべき動機付けはないと言える、と判断されている。ただし、この理屈では、主引例に対する副引例の適用の可能性が完全に排除されないため、本件判決でも示されているように、主引例と副引例とを組み合わせることができたとしても、相違点が充足されない点の主張の方が重要になってくると言える。
甲7の適用についての判断では、副引例の課題解決のために他の構成との組み合わせが必須として説明されている構成を、当該他の構成から切り離して適用することはできない旨の説明はなされている。ただし、この理屈では、副引例に開示されている構成を、その他の構成から切り離すことなく、ともに主引例に組み合わせることの動機付けについては否定し切れていないとも言える。判決では、技術分野の共通性が直ちに適用の動機付けになるものではない、とも判示されているが、その理由について、もう少し、つっこんだ説明が欲しいところであった。