留置針組立体審決取消請求事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2022.03.10
事件番号 R3(行ケ)10062
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 留置針組立体
キーワード 拡大先願、実質同一
事案の内容  本件は、訂正審判における訂正不成立審決の取り消しを求める審決取消訴訟であり、訂正不成立審決が維持された事案である。訂正後の発明は、引用発明と実質同一であるから、特許法29条の2の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないと判断された。「凹部を設けることにより、小径部の肉厚寸法は、凹部を設ける前に比べて小さくされている」ことが実質的な相違点と認められるか否かがポイント。

事案の内容

【手続の経緯】
平成29年 6月 2日 原出願(特願2018-521150号)(優先日 平成28年6月3日)
平成31年 4月26日 分割出願(特願2019-86620号)
令和 1年 8月 9日 設定登録(特許第6566160号)
令和 2年10月23日 請求項2及び3を訂正することを求めて訂正審判請求(訂正2020-390098号)
令和 2年12月11日 訂正拒絶理由通知
令和 3年 1月15日 意見書提出
令和 3年 3月31日 訂正不成立審決
令和 3年 4月 9日 審決謄本送達
令和 3年 5月 6日 審決取消訴訟提起
 
【特許請求の範囲】
 本件訂正後の請求項2を示す。以下、本件訂正後の請求項2に記載の発明のことを「本件訂正発明2」、あるいは、単に「本件訂正発明」という。なお、本件訂正により追加された箇所には筆者が下線を付した。
【請求項2】(本件訂正発明2)
 針先を有する金属製の留置針と,
 前記留置針の基端側に設けられた針ハブと,
 筒状の周壁を有し,前記針ハブに外挿装着されて針先側へ移動することで該留置針の針先を覆う針先プロテクタとを備え,
 該留置針の針先側へ該針先プロテクタが移動せしめられた所定位置において,該針先プロテクタに設けられた係止片が該針ハブに対して係止されることで該留置針の針先の再露出が防止されるようになっている留置針組立体であって,
 前記針先プロテクタは,
  針軸方向に延びる円筒状部を有し,
  前記円筒状部の基端側には,前記係止片と,前記円筒状部より大径で前記係止片よりも外周側にあり,小径部と大径部とを備えた拡開部とが設けられ,
  前記大径部の周壁に,前記針ハブが係合されて前記留置針の針先が突出状態に保持される針ハブ係合部が設けられ,
  前記係止片は,弾性変形可能で,前記針ハブに向かって傾斜した内側面を有し,前記大径部側に前記円筒状部と一体形成される一方,前記小径部側には設けられておらず,
前記小径部の外周面に凹部を設けることにより,前記凹部における前記小径部の肉厚寸法は,前記凹部を設ける前に比べて小さくされている,
 留置針組立体。
 
【審決の概要】
 本件訂正発明2は、甲6発明(特開2017-196060号公開特許公報)と同一であるから、特許法29条の2の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない、と判断された。本件訂正発明2と甲6発明との同一性について、本件訂正発明2では、「凹部を設けることにより、前記凹部における前記小径部の肉厚寸法は、前記凹部を設ける前に比べて小さくされている」のに対して、甲6発明では、そのように構成されているか不明である点で相違する。しかしながら、当該相違点は実質的な相違点とはいえないから、本件訂正発明2は甲6発明と実質同一である、と判断された。
 
【裁判所の判断】
3 相違点2に関する判断の誤り(取消事由)の有無について
⑴ 特許法29条の2所定の「発明」と「同一であるとき」の意義
 特許法29条の2所定の「発明」と「同一であるとき」の判断に当たっては,対比すべき複数の発明間において,その構成やこれにより奏せられる効果が全て合致するということは通常考えられないことであるから,後願に係る発明(後願発明)が,先願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載された発明(先願発明)とは異なる新しい技術に係り,新たな効果を奏するものであるか否かという見地から判断されるべきであって,両発明に差異があっても,その差異が,新しい技術に係るものではなく,単なる課題解決のための具体化における設計上の微差であり,新たな効果を奏するものでなければ,両発明は技術的思想の創作として実質的に同一であるといえるから,上記「同一であるとき」に当たるというべきである。そして,上記の判断に当たっては,当業者の有する技術常識を参酌することができるというべきである。
 
⑵ これを本件についてみるに,相違点2における本件訂正発明と甲6発明との差異は,小径部の外周面に関し,本件訂正発明2は凹部を設けることにより,前記凹部における前記小径部の肉厚寸法は,前記凹部を設ける前に比べて小さくされているのに対し,甲6発明はそのように構成されているか不明な点であるところ,この点に関して原告は,本件訂正発明において小径部の外周面に設けられた凹部は,周知技術又は技術常識として知られていた肉盗みにかかる技術を小径部に適用した構成であり,小径部の肉厚寸法を小さくしてエアの混入などを防止するという作用効果を有するものであって,本件明細書に接した当業者もそのように理解するのに対し,甲6には小径部が厚肉であることやエアの混入を防止することなどに関する記載はなく,凹部の記載もないから,本件訂正発明と甲6発明は実質的に相違すると主張する。
 しかしながら,以下のとおり,相違点2は,実質的な相違点とは認められず,これと同旨の本件審決の判断に誤りはないものというべきである。
 確かに,樹脂成形において,肉厚寸法を小さくしてエアの混入を防止する技術(肉盗み)は,本件優先日当時に周知技術又は技術常識と認められるところ,本件訂正発明の凹部が肉盗みの凹部を排除しているとはいえないとしても,本件訂正発明においては小径部の肉厚寸法について具体的な記載はないし,当該小径部の肉厚は,外周面の形状だけでなく,拡開部の内部空間(段落【0056】は実施例の内部空間について触れている。)の形状によっても左右されるものであるところ,本件訂正発明において拡開部の内部空間の形状は特定されていないから,小径部の肉厚寸法がどの程度かは不明である。また,凹部を設ける前の小径部が既に肉盗みの技術を用いた結果の形状である可能性もあるから,本件訂正発明の小径部が肉盗みの技術を必要とするものであるかどうかは当業者にとって不明であるというべきである。さらに,肉盗みの技術が,部材へのエアの混入を防止する必要がない場合にまで用いられるものでないことは明らかであるところ,仮に本件訂正発明の針先プロテクタが樹脂製であるとしても,本件訂正発明の小径部が肉盗みの技術を必要とするものであるかどうかは不明である上に,肉盗みの技術をどこに適用するのかについては種々の選択があり得るから,当該小径部に設けられた凹部が肉盗みの技術であることが当業者にとって明らかであるとはいえない。そして,仮に当業者が「凹部を設ける前」の小径部の形状を想起することができるとしても,本件訂正発明の小径部の凹部における肉厚寸法は,そのような「凹部を設ける前」のものとの関係で相対的な肉厚寸法が定められ,凹部を設けた場合は凹部を設けない場合よりも肉厚寸法が小さくなるということが示されているのみであり,上記小径部の「凹部」は,その形状,大きさ,深さ等に特段の指定のない「凹形状」であって,そのような「凹部」は,小径部の肉厚寸法を小さくしてエアの混入などを防止するという作用,効果を奏するための「肉盗み」の凹部であるとは限らず,デザイン上の凹部や落とし込みのための凹部を排除するものではないというべきである。
 したがって,本件明細書に接した当業者は,本件訂正発明の凹部が肉盗みの技術を適用したものであると理解するとは認められない。
 以上のように,本件訂正発明において小径部の外周面に設けられた凹部は,原告が主張するような肉盗みのための凹部と断定できるものではなく,その形状,大きさ,深さ等は何ら特定されず,何らかの作用効果を奏するものとは認められず,他方,甲6においては,凹部の記載も小径部が厚肉であることやエアの混入を防止することなどに関する記載はないものの,逆に小径部の外周面に凹部を設けることを排除する記載や示唆もないこと,上記のとおり,本件優先日当時,肉盗みにかかる技術は周知技術又は技術常識として知られていたことからすると,小径部の外周面の凹部の有無は,新しい技術に係るものではなく,単なる課題解決のための具体化における設計上の微差若しくは技術的に意味がない単なる外形上の微差であるというほかないから,本件訂正発明と甲6発明は実質的に同一であるというべきである。
(以下省略)
 
5 結論
 以上によれば,本件審決の相違点2に関する判断に誤りはなく,本件審決に原告主張の取消事由は認められない。したがって,本件訂正発明2及び3はいずれも甲6発明と「同一」であり,特許法29条の2の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないから,訂正事項1及び2は,特許法126条7項の規定に適合せず,これらの訂正事項を含む本件訂正は認められないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告の請求は理由がない。
 よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
 
【所感】
 裁判所の判断は特許・実用審査基準に記載されている判断基準と同様であるため、新しい判断が示されたわけではないが、拡大先願を理由として拒絶される機会は新規性や進歩性を理由として拒絶される機会に比べて少ないので、拡大先願における同一性の判断基準について思い出すきっかけになればとの思いから本件を紹介した。
 本件では、原告は「本件訂正発明において小径部の外周面に設けられた凹部は、周知技術又は技術常識として知られていた肉盗みにかかる技術を小径部に適用した構成」であると主張している。しかしながら、この主張は、肉盗みが周知技術又は技術常識であると自認するもの、つまり、本件訂正発明2が甲6発明と実質同一であると自認するものであるため有効ではない。他の相違点について検討すべきだったと考える。