生海苔異物分離除去装置事件

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  • 知財判決例-侵害系
判決日 2017.02.16
事件番号 H28(ワ)2720
担当部 東京地方裁判所民事第47部
発明の名称 生海苔異物分離除去装置における生海苔の共回り防止装置
キーワード 構成要件充足性、記載要件、進歩性
事案の内容  原告保有の特許権(本件特許:特許第3966527号)に基づく特許権侵害差止請求事件であり、被告製品が本件特許の技術的範囲に属すること、本件特許には被告が主張する無効理由がないこと、が判示された。
 構成要件充足性の判断において、ポイントとなる構成要件である「突起物」について、クレーム・明細書に限定解釈すべき記載もないことを理由に広い概念で解釈された点がポイント。
 無効理由の判断では、記載要件について、課題ないし目的及び作用効果の関係に基づいて判断されるべきと判示された点がポイント。

事案の内容

【本件発明】
(請求項3)
A1 生海苔排出口を有する選別ケーシング,
A2 及び回転板,
A3 この回転板の回転とともに回る生海苔の共回りを防止する防止手段,
A4 並びに異物排出口
A5 をそれぞれ設けた生海苔・海水混合液が供給される生海苔混合
液槽を有する生海苔異物分離除去装置において,
前記防止手段を
B1 突起・板体の突起物とし
B2 この突起物を回転板及び/又は選別ケーシングの円周面に設ける構成とした
C 生海苔異物分離除去装置における生海苔の共回り防止装置。
 
【争点となった取消事由】
(1)争点1(構成要件B1の充足性):
(2)争点2-1(発明未完成、記載要件違反)
(3)争点2-2(拡大先願違反)
(4)争点2-3(進歩性欠如)
 
※争点3、4については、本レジュメでは省略。
 
判決において引用されている文献
①乙1文献:登録実用新案第3053035号公報(拡大先願の引例)
②乙2文献:登録実用新案第3017060号公報(進歩性欠如の副引例)
③乙3文献:特開平8-112081号公報(進歩性欠如の副引例)
④乙4文献:特開平8-140637号公報(進歩性欠如の主引例)
 
【裁判所の判断】
2 争点1(構成要件B1の充足性)について
(1)「突起・板体の突起物」の意義
 一般的に,「突起」とは,「部分的につきでること。また,そのもの」などとされている(広辞苑第6版2020頁)。
 そして,特許請求の範囲には,「前記防止手段(判決注:生海苔の共回りを防止する防止手段。構成要件A3)を,」(構成要件B)「突起・板体の突起物とし」(構成要件B1)と記載されるにとどまり,文言上,突起物の形成手段や形状は特定されていない
 また,本件訂正明細書には,突起物の実施例として,「・・・図6の例は,回転板34の円周面34a及び/又は選別ケーシング33の円周面33a(一点鎖線で示す。)に切り溝,凹凸,ローレット等の突起物を1ケ所又は数ヶ所,或いは全周に設ける。・・・」(段落【0026】)と記載されているが,その他,「突起」の上記意義を限定すべきことを示す記載は見当たらない
 以上によれば,構成要件B1の「突起・板体の突起物」の「突起」とは,部分的に突き出ている部分又は部分的に突き出たものであり,「突起物」とは,部分的に突き出たものであると解するのが相当である
 
(2)「突起・板体の突起物」の充足性
・・・本件回転円板の凸部Dは,側面部(端面)3a1(回転円板3の側面部(端面)3aの一部の面と共通である。),平面部3b1(回転円板3の表面3bの一部の面と共通である。)及び2カ
所の径方向側面部(側面壁)3cなどから構成され,平面部3b1,径方向側面部(側面壁)3c及びエッジxによって回転円板の表面の一部である回転円板側凹部の底面部3b2との間で段差を形成されることによって突出させられており,凸部Dの平面部3b1と回転円板側凹部Eの底面部3b2の段差(高低差)は,エッジxの長さと略同一の1mm弱ないし5mm程度である。また,回転円板3の円周に沿う方向で見ると,凸部Dは,凹部Eと交互に配置されている。
 このように,凸部Dは,底面部3b2から平面部3b1に向かって部分的に突き出ているといえ,「突起(物)」の意義が上記⑴のとおりであることからすれば,構成要件B1の「突起・板体の突起物」に該当するというべきである
よって,本件装置は,構成要件B1を充足する。
 
(3)被告らの主張に対する判断
・・・本件回転円板の構成は,凸部Dの間に凹部Eが形成され,凹部Eの間に凸部Dが形成され,回転円板の円周に沿う方向に凸部Dと凹部Eが交互に現れる構成である。また,被告らは,凹部Eにつき,両端縁・・・が,生海苔を切断するエッジ機能を果たす旨主張するようであるが,(被告が主張する凹部)は凸部Dの縁でもあるから,上記主張の事実をもって,凹部Eと凸部Dの構成や作用が異なるとはいえない。
 
3 争点2(本件特許に係る無効理由の有無)について
(1)争点2-1(発明未完成,記載要件違反)について
 被告らは,原告の主張が,「凹凸…の突起物」が「突起・板体の突起物」に該当する旨であることを前提に,本件訂正明細書には,どのような構成の凹凸が本件発明の作用効果を発揮するかについて全く開示されていないから,本件発明が未完成であり,また,本件特許には,記載要件(実施可能要件,サポート要件及び明確性要件)違反の無効理由がある旨主張する。
 本件発明は,共回りの発生を防止しかつクリアランスの目詰まりをなくすこと,又は効率的・連続的な異物分離を図ること等を目的に,①共回りの発生をなくし,かつクリアランスの目詰まりをなくすこと,又は,②効率的・連続的な異物除去が図れること,③上記防止手段を,簡易かつ確実に適切な場所に設置できること等の効果を奏するものである。このように,本件発明では,その課題ないし目的及び作用効果の関係において,上記防止手段の具体的な大きさや形状ではなく,その設置場所(ひいてはクリアランスとの位置関係)が重要であると解されるところ,特許請求の範囲において,上記防止手段を「突起・板体の突起物」とし,当該防止手段の構成につき,本件発明では,回転板及び/又は選別ケーシングの円周面に設ける構成とすることが記載されており,本件訂正明細書にも,上記防止手段を設ける位置や形状の例示に関する記載がある(段落【0023】,【0 026】,【図3】ないし【図8】)
 このような記載内容に照らせば,本件訂正明細書が,当業者において,本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないとはいえず,また,その内容が明確ではないともいえない。さらに,本件訂正明細書の【発明の詳細な説明】の記載により,当業者が本件発明の課 題を解決できると認識できる範囲のものではないともいえない。
 そうすると,本件特許に,実施可能要件,サポート要件及び明確性要件の各違反があるとはいえず,本件発明が,発明未完成であるともいえない。
 よって,本件特許に発明未完成及び記載要件違反の無効理由があるとは認められない。
 
(2)争点2-3(進歩性欠如)について
・・・本件発明は,前記1⑵のとおり,乙4発明を従来技術とし,その有する課題の解決を目的として発明されたものであって,回転板方式による異物分離除去装置である乙4発明には,「共回り」の課題があることを見いだし,これを克服するために,回転板方式による異物分離除去装置において,回転板の回転とともに回る生海苔の共回りを防止する防止手段を設けたものである。
 そうすると,乙4発明は,回転板方式を前提とする発明である点で本件発明と共通するが,乙4文献には,本件発明の課題である「共回り」・・・に関する記載はない
 したがって,乙4文献に接した当業者において,回転板方式による異物分離除去装置である乙4発明に前記「共回り」の課題があることを想起し得たと認めることはできない。
 乙4発明は本件発明と同じく,固定部材と回転部材との間のクリアランスに生海苔を導入しつつ,異物を回転部材による遠心力により円周方向に追いやり,生海苔のみがクリアランスを通過するようにした回転板方式を前提とするものであるのに対し,乙2文献及び乙3文献の異物分離除去装置は,これとは異なり,スリットに生海苔調合液を通過させることによって生海苔調合液中の異物を分離するという方式によるものであって,乙4発明と乙2文献及び乙3文献に開示された技術とでは,その前提とする異物分離除去に係る技術的思想(方式)が異なるから,仮に,乙4文献に接した当業者において,乙4発明について,クリアランスに異物や生海苔の詰まりが生じるという問題があるという課題を想起し得たとしても,乙4発明に,それとは前提とする異物分離除去に係る技術的思想の異なる乙2文献及び乙3文献に記載された公知技術を適用する動機付けがあるとは認められない
 さらに,仮に,当業者において,乙4発明に乙2文献及び乙3文献に記載された公知技術を適用することを試みたとしても,乙4発明において,乙4発明とは異物分離除去の仕組みが異なる乙2文献及び乙3文献に記載された発明をどのように適用するのか想定することはできない上,乙2文献及び乙3文献には突起物の構成は何ら開示されていないから,乙4発明に乙2文献及び乙3文献で開示された技術を組み合わせたとしても,本件発明の構成に至ることはできないというべきである。
 
(3)争点2-2(拡大先願違反)について
・・・乙1考案は,環状枠固定部の内周縁に凹部を設けることによって・・・幅広としたクリアランスから生海苔異物の大部分を占める茎部の付いた生海苔を通過させ,これによってクリアランスの目詰まりという課題を解消するというものであり,乙1考案には,本件発明の・・・同突起物が,・・・生海苔の共回りを解消するとともに(防止効果),生海苔の動きを矯正し,効率的にクリアランスに導く(矯正効果)ことによって,共回りの発生をなくし,クリアランスの目詰まりをなくすという技術的思想は記載されていない。
 そうすると,乙1考案に設けられる「凹部」は,本件発明の「突起・板体の突起物」(構成要件B1)とは異なるから,乙1考案は,構成要件A3の「防止手段」の構成を備えていない。
 
【所感】
 構成要件充足性の判断では、「突起物」について、クレーム・明細書に限定解釈すべき記載もないことを理由に広い概念で解釈されている。しかしながら、「突起物」については、どこまでのものが「突起物」と言えるのか、具体的に突っ込んだ判断がされてもよかったのではないだろうか。例えば、図2-3における「凸部D」の構成が、「部分的に」突き出ているもの、と断定できるものなのか、少し疑問を感じた。
 また、記載要件に関しては、「突起物」の設置場所が重要である、として、本件明細書の記載で十分であると判断されているが、個人的には、上記の構成要件充足性の判断と同様、原告側に傾いた判断であるように思う。
 進歩性欠如、および、拡大先願については、いずれも典型的な判断がなされていると言え、判決は妥当であると考える。
全体的に、被告が有効な反論を展開できていない印象も否めず、判決における結論は、概ね妥当であると思う。