生海苔異物分離除去装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2017.09.11
事件番号 H29(行ケ)10084
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 生海苔異物分離除去装置における生海苔の共回り防止装置
キーワード 未完成発明
事案の内容 無効審判の不成立の取消請求が棄却された事案。
原告は未完成発明を無効理由として主張したが、反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され,客観化されているとして、退けられた。

事案の内容

【請求項1】(符号、図番は参考のために付した)
 生海苔排出口を有する選別ケーシング33(図1),及び回転板34(図1,2),この回転板34の回転とともに回る生海苔の共回りを防止する防止手段6(図3),並びに異物排出口4(図1),をそれぞれ設けた生海苔・海水混合液が供給される生海苔混合液槽2(図1),を有する生海苔異物分離除去装置1(図1)において,
 前記防止手段6(図3)を,突起・板体の突起物とし,この突起物を,前記選別ケーシング33(図1),の円周端面33b(図4)に設ける構成とした生海苔異物分離除去装置1における生海苔の共回り防止装置。
 
裁判所の判断
 発明は,自然法則の利用に基礎付けられた一定の技術に関する創作的な思想であるが,その創作された技術内容は,その技術分野における通常の知識経験を持つ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され,客観化されたものでなければならないから,その技術内容がこの程度に構成されていないものは,発明としては未完成のものであって,「発明」とはいえないと解される(最高裁判所昭和44年1月28日第三小法廷判決・民集23巻1号54頁参照)。
 本件明細書の記載によれば,本件発明は,従来装置の有する問題,すなわち,生海苔及び異物が回転板とともに回転し,クリアランスに吸い込まれない現象,又は生海苔等がクリアランスに喰い込んだ状態で回転板とともに回転し,クリアランスに吸い込まれない現象(共回り)が生じ,究極的には,クリアランスの目詰まり(クリアランスの閉塞)が発生するという問題に鑑み,共回りの発生をなくし,かつクリアランスの目詰まりをなくすこと,又は効率的・連続的な異物分離を図ること等を目的とする。
 そして,この目的を達成するために,「生海苔排出口を有する選別ケーシング,及び回転板,この回転板の回転とともに回る生海苔の共回りを防止する防止手段,並びに異物排出口をそれぞれ備えた生海苔・海水混合液が供給される生海苔混合液槽を有する生海苔異物分離除去装置」において,「防止手段」を「突起・板体の突起物」と具体的に特定し,その設置位置を,選別ケーシングの円周端面(本件発明1),生海苔混合液槽の内底面(本件発明2),回転板及び/又は選別ケーシングの円周面(本件発明3),選別ケーシングと回転板で形成されるクリアランス(本件発明4)と具体的に特定し,さらに,本件発明5においては,本件発明1~4の防止手段の構成及び設置位置を前提に,その設置形態を回転板の回転方向に傾斜するものと特定したものである。これにより,当業者は,このような構成の本件発明が「共回りの発生をなくし,かつクリアランスの目詰まりをなくすこと,又は効率的・連続的な異物分離(異物分離作業の能率低下,当該装置の停止,海苔加工システム全体の停止等の回避)が図れること,またこの防止手段を,簡易かつ確実に適切な場所に設置できること等」(【0029】)の効果を奏することを理解し得るといってよい。
 すなわち,本件発明に係る技術内容は,当業者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され,客観化されたものということができる。
したがって,本件発明につき,未完成であるということはできない。
 以上より,この点に関する本件審決の判断に誤りはない。
 
 これに対し,原告らは,本件審決は,「切り溝」について,「切り溝,凹凸,ローレット等の突起物」は本件発明の「突起・板体の突起物」に含まれない旨等の判断の理由を明記していないと主張する。
 
捕捉(審判での主張の抜粋)
「本件訂正明細書には、明らかに本件発明の共回り防止機能を発揮することのない「切り溝」が開示されており、「防止手段としての突起・板体の突起物」の技術的範囲の判断基準となる構成に、発明の目的を達成することのできない構成の「切り溝」が存在し、発明未完成の構成を部分的に含むので、依然として無効理由1は存在するものであると思料する。」
【0026】防止手段6は、一例として寸法差部Aに設ける。・・・さらに他の図6の例は、回転板34の円周面34a及び/又は選別ケーシング33の円周面33a(一点鎖線で示す。)に切り溝、凹凸、ローレット等の突起物を1ケ所又は数ヶ所、或いは全周に設ける。
 
しかし,前記のとおり,「突起・板体の突起物」にいう「突起」とは,「ある部分が周囲より高く突き出ていること。また,そのもの。でっぱり。」を意味するところ,原告ら主張に係る「切り溝」(鉛直溝)がこれに当たらないことは明らかである。また,原告ら指摘に係る被告の装置は,登録実用新案第3053035号公報記載の考案と同様の機序により目詰まり防止を図っているものと理解されるところ,当該装置において,異物による目詰まりが生じないようにする機能は,専ら「切り溝」(鉛直溝)部分において対向する壁との間の隙間が他の部分より広幅となっていることにより生じるものである。
 このため,当該装置は,「防止手段」を「突起・板体の突起物」としたものではなく,本件発明とは関係がない。
 そうである以上,当該装置につき「本件発明の共回り防止機能を発揮することがない」ことの理由を明記していなかったとしても,本件審決を取り消すべき事由ということはできない。
 
所感
 判決は妥当であると考える。
 なお、現在の審査基準には、「未完成発明」という文言は全く登場せず、36条違反に統合されたので、特許庁の審査においては、未完成発明が29条1項柱書を根拠とした拒絶理由は事実上「終わった」話であった(なお、本事件においても、36条違反の無効理由が争われたが、全て棄却された)。
 しかし、All Prior Art(※)の取り組み等、人工知能による「発明」が現実味を帯びてきたことによって、将来、特許法上の「発明」の再定義がされ、「未完成発明」の考え方も変わるかも知れない。
※パテント・トロール対策の公知資料(Prior Art)を生み出すために、既存技術をデタラメに組み合わせた内容を大量にウェブに公開している。
 今後、例えば、拒絶理由で引用発明として示された内容が、All Prior Art等による未完成発明である場合、「法上の発明でないので、引用発明になり得ない」という反論を検討するような場面があるかも知れない。
 人工知能が特許実務に与える影響は、今後も注視していきたい。