棒状ライト事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2016.1.14
事件番号 H27(行ケ)10069
担当部 知財高裁第1部
発明の名称 棒状ライト
キーワード 公然実施
事案の内容 無効審決(新規性なし)が維持された事案。
不特定多数の者に販売された製品に適用された発明特定事項は、外部からはわからなくても、公然実施に該当すると判断された点がポイント。

事案の内容

平成24年 4月20日      本件製品が販売

平成24年 5月29日      出願

平成24年 9月 4日      審査請求

平成24年 9月 5日      早期審査に関する事情説明書を提出

平成24年10月 9日      拒絶理由通知

平成25年 4月 8日      中国出願(実用新案)

平成25年 4月16日      拒絶理由通知

平成25年 7月26日      特許登録

平成26年 2月24日      無効審判請求

平成27年 3月10日      無効審決

平成27年 4月14日      出訴

 

【請求項1】

A. 筒状の胴体部101と,

B. 前記胴体部101の内部に位置し,発光する発光部201と,

C. 前記胴体部101の前端に設けられ,前記発光部201が発する光を遮蔽するヘッド部301と,

D. 前記胴体部101と連結し,側面に孔部を備える手でつかむための保持部401と,

E. 前記保持部401の内部に設けられ,前記発光部201に動力を供給する電源部501と,

F. 前記保持部401の内部であって,前記孔部に隣り合うように設けられた,前記発光部201が発する熱を散熱する散熱部(散熱器具585)とを有し,

G. 前記胴体部101は,前記保持部401に差し込まれることで前記保持部401に連結し,

H. 前記発光部201は,前記胴体部101の,前記保持部401に差し込まれた部分に位置する棒状ライト100。

 

当裁判所の判断

本件製品は,平成24年4月20日にディスカウントショップであるドン・キホーテ秋葉原店で購入されたものである。

遅くとも本件特許の出願日(平成24年5月29日)より前の平成24年4月20日には,日本国内で販売されていたこと,構成Fは,本件製品の保持部分を分解することにより知ることができることについては,当事者間に争いがない。

特許法29条1項2号にいう「公然実施」とは,発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいうものである。本件のような物の発明の場合には,商品が不特定多数の者に販売され,かつ,当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん,外部からはわからなくても,当業者がその商品を通常の方法で分解,分析することによって知ることができる場合も公然実施となる。

本件製品は,小売店であるディスカウントショップで商品として販売されていたため,不特定多数の者に販売されていたと認められる。また,当業者であれば,本件製品の構成F以外の構成は,その外観を観察することにより知ることができ,本件製品の構成Fについても,本件製品の保持部分を分解することにより知ることができるものと認められる。

そして,本件製品が販売されるに当たり,その購入者に対し,本件製品の構成を秘密として保護すべき義務又は社会通念上あるいは商慣習上秘密を保つべき関係が発生するような事情を認めるに足りる証拠はない。

また,本件製品の購入者が販売者等からその内容に関し分解等を行うことが禁じられているなどの事情も認められない。本件製品の購入者は,本件製品の所有権を取得し,本件製品を自由に使用し,また,処分することができるのであるから,本件製品を分解してその内部を観察することもできることは当然であるといえる。

以上によれば,本件製品の内容は,構成Fも含めて公然実施されたものであると認められる。

 

原告の主張について

ア原告は,本件製品の構成Fは本件製品を破壊しなければ知ることができないし,本件製品のパッケージ裏面の「意図的に分解・改造したりしないでください。破損,故障の原因となります。」との記載(甲4)により,本件製品の分解が禁じられており,内部構造をノウハウとして秘匿するべく購入者による本件製品の分解を認めていないのであるから,本件製品の購入者は社会通念上この禁止事項を守るべきであり,警告を無視する悪意の人物を想定し,本件製品の破壊により分解しなければ知ることができない構成Fについて「知られるおそれがある」と判断することは特許権者である原告に酷である旨主張する。

しかし,本件製品のパッケージ裏面の前記記載は,その記載内容等に照らすと,意図的な分解・改造が本件製品の破損,故障の原因となることについて購入者の注意を喚起するためのものにすぎないといえる。

本件製品のパッケージ裏面の意図的な分解・改造が破損,故障の原因となる旨の記載により,この記載を看取した購入者がそれでもなお意図して本件製品を分解し,本件製品を破損・故障させるなどした場合については,販売者等に対し苦情を申し立てることができないということはあるとしても,この記載を看取した購入者に本件製品の構成を秘密として保護すべき義務を負わせるものとは認められず,そのような法的拘束力を認めることはできない。

また,上記記載があるからといって,社会通念上あるいは商慣習上,本件製品を分解することが禁止されているとまでいうことはできず,秘密を保つべき関係が発生するようなものともいえない。

仮に,原告が本件製品のパッケージ裏面に前記記載をした意図が購入者による本件製品の分解禁止にあったとしても,前記認定を左右するものではない。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

 

イ原告は,特許庁の審査基準に記載された工場の例をあげ,本件の事例を審査基準の例に当てはめれば装置の前に内部を見ることを禁止する看板が掲げられているようなものであるから,本件製品の販売が「公然知られるおそれのある状況」であるとするのは不当である旨主張する。

しかし,前記審査基準における例示は,装置の所有権等の管理権が工場側にあることを前提とするものであるのに対し,前記のとおり,本件製品の購入者は,本件製品の所有権を取得しており,本件製品をどのように使用し,処分するかは購入者の自由であるといえるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものといわざるを得ない。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

 

ウ原告は,会社設立から間もないこともあって資金面で不十分な時期に本件製品を発売したため,本件製品として具体化された発明(本件発明)を特許で保護するのではなく,ノウハウとして秘匿することで他者による模倣から守ろうとしたのであり,その手段として本件製品のパッケージ裏面に分解禁止の文言を付したなどとも主張する。

しかし,前記認定のとおり,本件製品のパッケージ裏面の記載は,意図的な分解・改造が破損,故障の原因となることについて購入者の注意を喚起するためのものにすぎず,原告の意図がどのようなものであれ,これによってこの記載を看取した購入者と販売者等との間に本件製品の分解等について何らかの法的関係を発生させるものではない。

また,原告は,善意の実施者が保護されるという先使用権制度の趣旨等に鑑みても,善意の実施者である先使用者の事業によってその後に出願された特許が公然実施を理由に無効になってしまうのであれば,そもそも先使用権の制度に先使用者の事業を含める必要性がない,本件製品のパッケージ裏面に分解禁止の文言を付したことで本件製品の内部の秘匿状態は守られるべきであり,本件製品を販売したことを公然実施とした審決の判断は誤りであるなどとも主張する。

しかし,特許を受ける権利を有する者の行為に起因する発明の新規性喪失については,特許法30条2項ないし4項に規定するところにより保護されるものであるから,先使用権制度の趣旨を理由とする原告の上記主張は,採用することができない。

 

【所感】

判決は妥当であると考えられる。

 

なお、本特許の出願日(平成24年5月29日)には、平成23年改正の特許法30条の適用を受けることができた。

特に中小企業の場合、出願しようとしている発明が既に実施されているか否かは、弁理士が確認すべきであろう。

また、審査請求の時点で気づけば、30条の適用申請を伴う出願(国優を主張した方が良い)をすることで、平成24年4月20日の実施による無効理由は回避できたはずである。

 

また、本判決によれば、所有権が出願人にあり且つ外観では分からない技術であれば、公衆の目に触れても、新規性は喪失していないと判断され得る。

或いは、本件製品が販売されるに当たり,その購入者に対し,本件製品の構成を秘密として保護すべき義務又は社会通念上あるいは商慣習上秘密を保つべき関係が発生すれば、新規性は喪失していないと判断され得る。

 

なお、中国での新規性喪失の例外の条件は下記の通りであり、本件の場合、適用を受けることは不可能である。

1.発表場所が次のいずれかであること

中国政府が主催し又は承認した国際博覧会

国務院の関連主管部門又は全国的な学術団体組織が開催する学術会議又は技術会議

2.発表してから6月以内に出願すること(本件の場合、平成24年10月20日まで)

3.出願時に手続きすること