心棒無しホルダー事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2016.03.17
事件番号 H27(行ケ)10250
担当部 知財高裁第1部
発明の名称 心棒無しホルダー
キーワード 新規事項の追加
事案の内容 拒絶審決が維持された案件。
図面の補正が新規事項の追加と判断された点がポイント。

事案の内容

裁判所の判断
 前記第2の3の本件補正及び上記本件当初明細書の記載によれば,本件当初明細書におけるバネで構成する突起部8について,当初【図4】からは,同突起部8が長手方向に湾曲していることは読み取れるものの,幅方向にも湾曲しているとは到底読み取れないこと,特に,突起部8の長手方向の湾曲部分のサイド3からの立ち上がり開始部分(本体4側の立ち上がり開始部分)が直線で記載されていることからすれば,当業者において,当初【図4】の突起部分8は,平らな板バネを長手方向に湾曲させた形状,すなわち突起部8が幅方向には湾曲していない形状であると理解することは明らかである。
 そうすると,バネで構成する突起部8を長手方向のみならず幅方向にまで湾曲させる構成は,当初【図4】に開示されていたものと認めることはできない。そして,当該構成は,当初【図4】に開示されていた構成に比べ,ペーパーの交換を更に円滑にするという技術的意義を有するものである。
 また,本件当初明細書においては,当初【図4】記載の突起部8(板バネを長手方向にのみ湾曲させた形状のもの)を「球冠状の突起部」と表記している(【0006】,甲14の4頁11行目)。しかし,これは「球冠」の通常の用語の意味である「平面によって切り取られた球面の部分」 (乙4)とは異なる意味での使用であるため,本件当初明細書の【0006】における同記載は単なる誤記であるのか,あるいは本件当初明細書の請求項においても使用されている「球冠状」との用語を上記の通常の意味とは異なる意味に使用するものであるのか,その矛盾する記載により請求項における「球冠状」との用語の意味自体が不明確なものになっているといわざるを得ない。
 したがって,本件補正は,本件当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項とはいえないから,新たな技術的事項を導入するものであるというほかない。
 以上によれば,本件補正は,当初【図4】に記載された,長手方向にのみ湾曲している突起部8を,長手方向及び幅方向に湾曲している突起部8に変更するものであり,同補正後の構成は,本件当初明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術事項とはいえないから,特許法17条の2第3項にいう補正要件を充足しないものと認められ,これと同趣旨をいう審決の判断には誤りはない。

 

(3) 原告らの主張について
 原告らは,本件当初明細書には突起部8が「球冠状」であると説明されているのであり, 「球冠状」とは各方向全部が曲面であることを意味するから,本件補正をしない場合であっても,上記突起部8が「長手方向に湾曲すると共に,幅方向にも湾曲する」ものであることは,当業者にとって明らかであって,それにもかかわらず,当初【図4】の突起部8につき, 「帯状の板バネを長手方向に湾曲すると共に,幅方向にも湾曲していない,突起部8を形成した構成」であると認定した上,補正要件を充足しないとした審決の判断は,当初【図4】の突起部8についての事実誤認を前提とするものであり,違法なものであるなどと主張する。
 しかし,前記説示のとおり,当初【図4】の突起部8については,長手方向に湾曲しているものの,幅方向にも湾曲しているとは到底読み取れないこと,特に長手方向の湾曲部分のサイド3からの立ち上がり開始部分(本体4側の立ち上がり開始部分)が直線で記載されていることからすれば,このような記載内容を超えて,当業者において当初【図4】の突起部8が幅方向にまで湾曲していると理解するものと認めることはできない。
 また,当初【図4】の突起部8は,長手方向にのみ湾曲しているものであるから,本件当初明細書における上記箇所(【0006】,甲12の4頁12行目)にいう「球冠状」とは,前記のとおり単なる誤記であるのか,あるいは当業者において「球冠状」の通常の意味とは異なるものとして,請求項における「球冠状」の用語が使用されていると理解すべきなのか,不明確な記載であることは前記説示のとおりである。
 したがって,原告らの上記主張は, 「球冠状」という文言及び当初【図4】の意味につき独自の見解に立って,審決の事実誤認をいうものであり,その前提を欠くというほかなく,採用することができない。

 

【所感】
 判決は妥当である。
 実施可能要件違反を、図面の補正で解消しようとするのは無理がある。
 図面を補正せざるを得なくなったのは、明細書の記載が不足しているからであると考えられるが、出願人は、明細書で「球冠」と「球冠状」とを異なる意味の用語として使い分けていて、これが図面の補正の根拠になるとしきりに主張している。
 しかし、出願人が主張する「球冠」の意味が本来の意味と異なるのに加え、「状」の有無という些細な表現の差異に頼っても、読み手には伝わるとは限らない。
 学術用語は正確に用いること、適切な学術用語が見つけられない場合は造語を用いて明細書で定義することが基本である。
 学術用語を、本来の意味とは異なる意味で特許請求の範囲に記すと、記載不備の可能性がある。
第 II 部 第 2 章 第 3 節 明確性要件2.1

(3) 請求項の記載がそれ自体で明確であると認められる場合は、審査官は、明細書又は図面に請求項に記載された用語についての定義又は説明があるか否かを検討し、その定義又は説明によって、かえって請求項の記載が不明確にならないかを判断する。例えば、請求項に記載された用語について、その通常の意味と矛盾する明示の定義が置かれているとき、又は請求項に記載された用語が有する通常の意味と異なる意味を持つ旨の定義が置かれているときは、請求項の記載に基づくことを基本としつつ発明の詳細な説明等の記載をも考
慮する、という請求項に係る発明の認定の運用からみて、いずれと解すべきかが不明となり、特許を受けようとする発明が不明確になることがある。