平底幅広浚渫用グラブバケット事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2016.08.10
事件番号 H27(行ケ)10149
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 平底幅広浚渫用グラブバケット
キーワード 進歩性
事案の内容  特許無効審決に対する審決取消訴訟であり、審決が取り消された事案。
 引用発明1に周知例2に開示された構成を適用して「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」という構成を想到し,同構成について上記課題を認識し,周知技術3の適用を考えるものということができるが,これはいわゆる「容易の容易」に当たると判示された点がポイント。

事案の内容

【経緯】
平成16年 5月24日 特許出願(特願2004-153246号)
平成18年11月24日 設定登録(特許第3884028号)
平成22年12月14日 特許無効審判請求→訂正請求
平成23年11月 4日 訂正を認め、請求不成立審決(第1次審決)→審決取消訴訟(平成23年(行)10414号)
平成25年 1月10日 第1次審決を取り消す旨の判決(前訴判決)→確定
平成25年 7月22日 権利移転→訂正請求
平成26年 4月24日 訂正を認め、特許無効審決(第2次審決)→審決取消訴訟(平成26年(行)10136号)→訂正審判
平成26年11月11日 第2審決取消決定
平成27年 6月26日 訂正を認め、特許無効審決
平成27年 7月30日 審決取消訴訟(本件訴訟)
平成27年10月22日 訂正審判

 

【特許請求の範囲】
 吊支ロープ(10)を連結する上部フレーム(3)に上シーブ(6)を軸支し,側面視において両側2ケ所で左右一対のシェル(1)を回動自在に軸支する下部フレーム(2)に下シーブ(7)を軸支するとともに,左右2本のタイロッド(4)の下端部をそれぞれシェル(1)に,上端部をそれぞれ上部フレーム(3)に回動自在に軸支し,上シーブ(6)と下シーブ(7)との間に開閉ロープ(8)を掛け回してシェル(1)を開閉可能にしたグラブバケットにおいて,
 シェル(1)を爪無しの平底幅広構成とし,シェル(1)の上部にシェルカバー(12)を密接配置するとともに,前記シェルカバー(12)の一部に空気抜き孔を形成し,該空気抜き孔に,シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに,シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き,グラブバケットの水中での移動時には,外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋(17)を有する蓋体(16)を取り付け,
 正面視におけるシェル(1)を軸支するタイロッド(4)の軸心間の距離を100とした場合,側面視におけるシェルの幅内寸の距離を60以上とし,かつ,側面視においてシェル(1)の両端部がタイロッド(4)の外方に張り出すとともに,側面視においてシェル(1)の両端部が下部フレーム(2)の外方に張り出し,更に,側面視においてシェル(1)の両端部が下部フレーム(2)とシェル(1)を軸支する軸の外方に張り出してなり,薄層ヘドロ浚渫工事に使用することを特徴とする平底幅広浚渫用グラブバケット(なお,前記正面視はシェルと下部フレームを軸支する軸の軸心方向から視たものであり,前記側面視はシェルと下部フレームを軸支する軸を軸心方向の側方から視たものとする)。

 

【審決の理由の要旨】
(1)以下の理由で進歩性なし
①引用発明1+引用発明2(2-1,2-2)+引用発明3+引用発明4+周知技術1,2,3,4
②引用発明5+引用発明2+引用発明3+引用発明4+周囲技術2,3,4

 

ア 引用例1:特開平9-151075号公報(甲1)
イ 引用例2:実願平4-49043号(実開平6-1457号)のCD-ROM(甲2)
ウ 引用例3:実願昭62-128283号(実開昭64-32888号)のマイクロフィルム(甲4)
エ 引用例4:大旺建設株式会社「650㎥/h 6連装トレミー砂撒船『第18龍王丸』」第243号「作業船」平成11年5月号 10頁から15頁(社団法人日本作業船協会,平成11年5月発行。甲52)
オ 引用例5:特開2000-328594号公報(甲5)
カ 周知例1:登録実用新案第3046423号公報(甲16)
キ 周知例2:実願昭48-35543号(実開昭49-137262号)のマイクロフィルム(甲26)
ク 周知例3:東亜建設工業作成のウェブページ(平成15年10月公開,甲49)
ケ 周知例4:岩田尚生ほか「密閉式水平掘削グラブバケットについて-洞海湾
における汚泥の浚渫処理-」第95号「作業船」昭和49年9月号 22頁から24頁(社団法人日本作業船協会,昭和49年9月発行。甲84)

 

<本件発明と引用発明1との一致点及び相違点>
[一致点]
吊支ロープを連結する上部フレームに上シーブを軸支し,側面視において両側2ヶ所で左右一対のシェルを回動自在に軸支する下部フレームに下シーブを軸支するとともに,左右2本のタイロッドの下端部をそれぞれシェルに,上端部をそれぞれ上部フレームに連結し,上シーブと下シーブとの間に開閉ロープを掛け回してシェルを開閉可能にしたグラブバケットにおいて,
 シェルを爪無しの平底構成とした
 平底浚渫用グラブバケットである点

 

[相違点]
 相違点1~7
 →相違点2:(周知技術2及び3並びに引用発明3を適用した容易想到)
 本件発明においては,「シェルの上部にシェルカバーを密接配置するとともに,前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成し,該空気抜き孔に,シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに,シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き,グラブバケットの水中での移動時には,外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋を有する蓋体を取り付け」るのに対して,引用発明1においては,そのように構成されているか否か不明である点

 

 周知技術2(引用例3、周知例1、周知例2):
  浚渫用グラブバケットにおいて,シェルの上部にシェルカバーを密接配置すること
 周知技術3(引用例5、周知例1):
  浚渫用グラブバケットにおいて,シェルの上部に空気抜き孔を形成すること
 引用発明3:
  浚渫用グラブバケットにおいて,シェルの上部開口部に,シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに,シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き,グラブバケットの水中での移動時には,外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋を有する蓋体を取り付けるという技術

 

【取消事由】
(1)引用発明1を主引用例とする容易想到性の判断の誤り(取消事由1)
ア 引用発明1の認定の誤り
イ 引用発明2-1の認定の誤り
ウ 引用発明3の認定の誤り
エ 周知技術2の認定の誤り
オ 周知技術3の認定の誤り
カ 相違点2の容易想到性の判断の誤り
キ 相違点3の容易想到性の判断の誤り
ク 相違点4の容易想到性の判断の誤り
ケ 顕著な効果の看過
(2) 引用発明5を主引用例とする容易想到性の判断の誤り(取消事由2)
 省略

 

【裁判所の判断】
⑸ 相違点2の容易想到性の判断の誤りについて
 本件発明と引用発明1との間には,本件審決が認定したとおり,本件発明においては,「シェルの上部にシェルカバーを密接配置するとともに,前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成し,該空気抜き孔に,シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに,シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き,グラブバケットの水中での移動時には,外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋を有する蓋体を取り付け」るのに対して,引用発明1においては,そのように構成されているか否か不明であるという相違点(前記第2の3⑶ウ)が存在するものと認められ,この点は,当事者間に争いがない。

イ 相違点2の容易想到性について
(ア) 本件審決は,浚渫用グラブバケットに関する発明である引用発明1において,同じく浚渫用グラブバケットに関する周知技術2及び3並びに引用発明3を適用して相違点2に係る本件発明の構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得たことであると判断した。
(イ)相違点2は,シェルの構成に関するものである。しかし,引用例1(甲1)
には,専ら,バケットの吊上げ初期の揺れがほとんど発生せず,開閉ロープロープ寿命も長くなる浚渫用グラブバケットの提供を課題として(【0005】),上部シーブ,下部シーブ,バケット開閉用の開閉ロープ及びガイドシーブの構成や位置によって上記課題を解決する発明が開示されており(【請求項1】~【請求項3】,【0006】,【0016】),シェルに関しては,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明のいずれにも,「各シェル部1A,1Bは軸3で開閉自在に軸支され,下部フレーム2に取付けられている。」(【0008】)など,他の部材と共にグラブバケットを構成していることが記載されているにとどまり,シェル自体の具体的構成についての記載はない。引用例1においては,前記⑴ア(ア)のとおり,上記発明の一実施形態に係る浚渫用グラブバケットの側面図【図1】及び正面図【図2】に加え,従来のグラブバケットの側面図【図6】及び正面図【図7】において,シェルが図示されているにすぎない。
 したがって,引用例1には,シェルの構成に関する課題は明記されていない。
(ウ) もっとも,引用例3(甲4)の考案の詳細な説明中の考案が解決しようとする問題点(前記⑵ア(イ)b),周知例1(甲16)の【0002】,【0003】(前記⑶ア(イ)),周知例2(甲26)の考案の詳細な説明中,従来技術の欠点について述べたもの(前記⑶イ(イ)a)及び引用例5(甲5)の【0006】から【0008】(前記⑷ア(イ)c)によれば,本件特許出願の当時,浚渫用グラブバケットにおいて,シェルで掴んだ土砂や濁水等の流出を防止することは,自明の課題であったということができる。したがって,当業者は,引用発明1について,上記課題を認識したものと考えられる。
前記⑶ウのとおり,本件審決が周知技術2を認定したことは誤りであるが,当業者は,引用発明1において,上記課題を解決する手段として,周知例2に開示された「シェルが掴んだヘドロ等の流動物質の流出を防ぐために,相対向するシェル11,11の上部開口部12,12に上部開口カバー13,13をシェル11,11の内幅いっぱいに固着するか,又は,取り外し可能に装着することによって,上部開口部12,12を上部開口カバー13,13でふさぎ,シェル11,11を密閉する」構成を適用し,相違点2に係る本件発明の構成のうち,「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」構成については容易に想到し得たものと認められる。
 しかしながら,前記⑷のとおり,シェルの上部に空気抜き孔を形成するという周知技術3は,シェルの上部が密閉されていることを前提として,そのような状態においてはシェル内部にたまった水や空気を排出する必要があり,この課題を解決するための手段である。引用例1には,シェルの上部が密閉されていることは開示されておらず,よって,当業者が引用発明1自体について上記課題を認識することは考え難い。当業者は,前記のとおり引用発明1に周知例2に開示された構成を適用して「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」という構成を想到し,同構成について上記課題を認識し,周知技術3の適用を考えるものということができるが,これはいわゆる「容易の容易」に当たるから,周知技術3の適用をもって相違点2に係る本件発明の構成のうち,「前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成」する構成の容易想到性を認めることはできない。
 (中略)
ウ 被告の主張について
 被告は,空気抜き孔をシェルカバーの一部に設けることは,引用例5及び周知例1に開示された公知技術ないし周知技術である旨主張するが,前記イのとおり,同技術は,シェルの上部が密閉されていることを前提として,そのような状態においてはシェル内部にたまった水や空気を排出する必要があり,この課題を解決するための手段であり,引用例1には,シェルの上部が密閉されていることは開示されていないのであるから,よって,当業者が引用発明1自体について上記課題を認識することは考え難く,上記技術を適用する動機付けを欠く。
エ 小括
 以上によれば,相違点2が容易に想到できるとした本件審決の判断には誤がある。

 

4 結論
 以上によれば,本件審決の容易想到性に関する判断には誤りがあり,原告主張の取消事由は理由があるから,本件審決は取消しを免れない。
 よって,原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。

 

【感想】
 裁判所の判断は妥当であると考える。
 審査過程において、本願発明と主引例との相違点が2つ以上存在し、主引例に1つの周知技術を組み合わせた後に、組み合わせ後の技術に対して課題を認識し、さらに認識した課題を解決するために別の周知技術を組み合わせて進歩性を否定された場合に、本判決が判示する「いわゆる容易の容易」との反論は有効であると考える。
 なお、引用例5には、周知技術1および周知技術2が開示されているようにも思われる。よって、引用文献の組み合わせ方や、進歩性を否定するための主張の内容によっては進歩性が否定される可能性はあったようにも感じる。