護岸の方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2017.09.27
事件番号 H28(行ケ)10237
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 河川の上流部及び中流部における護岸の方法
キーワード 明確性
事案の内容 本件は、拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決に対し、原告が取消を求めた事案である。「付近にある中で大きめの石や岩がその場にとどまる事の出来る程度で,なおかつ小さな石や岩が最初に止まることもない間隔」との記載が不明確であることを理由として,本願は明確性要件を満たさないと判断された点がポイント。

事案の内容

【経緯】
平成22年 3月23日 特許出願
平成25年 7月29日 拒絶理由通知
平成25年 9月17日 手続補正
平成26年 3月24日 拒絶理由通知
平成26年12月22日 拒絶査定(明確性及び進歩性)
平成27年 3月13日 拒絶査定不服審判請求
平成28年 9月30日 「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決
 
【事案の概要】
 本件は、拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決に対し、原告が取消を求めた事案である。「付近にある中で大きめの石や岩がその場にとどまる事の出来る程度で,なおかつ小さな石や岩が最初に止まることもない間隔」との記載が不明確であることを理由として,本願は明確性要件を満たさないと判断された点がポイント。
 
【河川の上流部及び中流部における護岸の方法】
【請求項1】
 岸辺から川の中央に向かって,或いは斜め上流又は斜め下流方向に向かって,付近にある中で大きめの石や岩がその場にとどまる事の出来る程度で,なお かつ小さな石や岩が最初に止まることもない間隔をあけて, 単独又は複数の杭を埋設して,上流から移動して来る大きな石や岩を又は 元々あった大きな石や岩を堰止め,その場にとどめることにより, あるいは,単独又は複数の杭を埋設すると共に,大きな石や岩をまたは大きな石や岩に擬した人工の構造物を設置して,その場にとどめることにより, 新たな岸辺を形成し,それらを護岸の構成部分として機能させることを特徴 とする護岸の方法。
 
効果…コンクリート護岸などにより石や岩を流下させてしまった岸辺に、石や岩を中心とする土砂を堆積させて、自然の護岸を回復させる。岸辺に自然の状態を取り戻すことにより、川の流れを自然状態に戻し、治水施策上においても自然環境においても良好な河川の状態を取り戻す。
 
【当裁判所の判断】
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(明確性要件についての判断の誤り)について
「付近にある中で大きめの石や岩」との記載の明確性について
本願の請求項1における「付近にある中で大きめの石や岩」との記載は,本願の護岸の方法に係る発明において,埋設される杭の間隔を規定する前提となる記載であるところ, 本件審決は,「付近にある中で大きめの石や岩」との記載がどの程度まで大きいものを規定しているのかが不明であるとし,この点をもって,本願が明確性要件を満たさないことの根拠の一つとしている。そこで,上記記載の明確性について,以下検討する。
一般に,「○○め」との語は,「形容詞の語幹に付いて,多少その性質や傾向をもつことを表す」接尾語である(大辞林第三版)から,「大きめ」とは,「大きい」という性質や傾向を有することを表す語であると解される。そうすると,請求項1の「付近にある中で大きめの石や岩」とは,河川の特定の場所(本願の発明に係る護岸を施す場所)において,付近にある石や岩のうち,「大きい」という性質や傾向を有する石や岩のことであると理解することができる。しかしながら,「大きめ」という語自体は,「大きい」という性質や傾向をどの程度有するのかを何ら特定するものではないから,結局のところ,どの程度の大きさをもって「大きめ」とすべきかは,「大きめ」という語自体からは判然としないものというほかない。また, 請求項1 のその他の記載を参酌してみても, 「大きい」という性質や傾向をどの程度有していれば, 請求項1 にいう「大きめ」に該当するのかを理解し得る手掛かりは見当たらない。
してみると,付近にある石や岩のうち, どの程度の大きさのものであれば,「付近にある中で大きめの石や岩」に該当するのかについては,「付近にある中で大きめの石や岩」という記載自体から客観的に定まるものではなく,付近にある石や岩を観察する者が,各自の基準に基づいてこれに当たるか否かを主観的に判断するほかはないものといえる。そして,そうであるとすれば,「付近にある中で大きめの石や岩」の範囲は,その判断者いかんによって変わり得るものであって, 客観的に定まるものではないと言わざるを得ない。
したがって,本願の請求項1における「付近にある中で大きめの石や岩」との記載は,それ自体で明確であると認められるものではない。
イ そこで,本願明細書の記載を参照するに,本願明細書において,「大きめの石や岩」又は「付近にある中で大きめの石や岩」に言及する記載は,「大きめの石や岩がそれによって止まる場合に最も大きな効果を上げることが出来ますから,杭は,付近にある中で大きめの石や岩がその場にとどまる事の出来る程度の間隔をあけて,なおかつそれらの圧力に耐える事の出来るように埋設します。これにより,小さな石や岩が最初に止まることもなく,上流から移動して来る大きめの石や岩が堰止められます。」(段落【0013】)との記載のみである。しかるところ,上記記載は,本願の護岸の方法に係る発明における課題を解決するための手段を説明する記載ではあるものの,その中に,「大きめの石や岩」又は「付近にある中で大きめの石や岩」の意味を説明する記載は認められない。また,本願明細書に記載され,又は図示されたその他の事項を参酌しても,「大きめの石や岩」又は「付近にある中で大きめの石や岩」との記載の意味を理解し得る手掛かりは見当たらない。加えて,請求項1の「大きめの石や岩」又は「付近にある中で大きめの石や岩」との記載の意味について,上記アのような理解とは異なる理解ができることを根拠付けるような技術常識を認めるに足りる証拠もない。
したがって,本願の請求項1における「付近にある中で大きめの石や岩」との記載は,本願明細書の記載を参酌してみても,明確であると認められるものではない。
ウ 以上によれば,本願の請求項1のうち,「付近にある中で大きめの石や岩」との記載は,その範囲が客観的に定まるものではないから,明確であるとはいえず,そうすると,請求項1の護岸の方法において,埋設される杭の間隔を規定する「付近にある中で大きめの石や岩がその場にとどまる事の出来る程度で,なおかつ小さな石や岩が最初に止まることもない間隔」との記載も,必然的に明確であるとはいえない。
 
2 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由1は理由がないから,その余の取消事由について判断するまでもなく,本願につき特許を受けることができないとした本件審決の結論に誤りはなく,これを取り消すべき理由はない。
よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
 
【所感】
 本判決は妥当である。石や岩をその場に留める事のできる杭の埋設間隔については、対象とする石や岩のサイズが確定しない限り客観的に定義することは難しいと思われる。このため、「石や岩を留め易い具体的な形状を有する杭を用いる護岸方法」や、「石や岩を留め易い具体的な形状を有する網とその網を固定する杭を用いる護岸方法」など記載を工夫することによって出願するべきであったと考える。