容器および容器製造方法事件

判決日 2019.01.31
事件番号 H30(行ケ)10104
担当部 知的財産高等裁判所第2部
発明の名称 容器
キーワード 実施可能要件、明確性要件、サポート要件
事案の内容 無効審判の請求棄却審決の取り消しを求めた訴訟であり、審決が維持され、原告の請求が棄却された事案。
記載要件に関する原告の種々の主張を斥けた裁判所の判断がポイント。

事案の内容

1.本件発明
※以下の請求項1は、本レジュメにおいて、判決文に基づいて発明特定事項A~Gに分説し、本件明細書に基づいて符号を付したものである。
【請求項1】
A.熱可塑性樹脂発泡シートの片面に熱可塑性樹脂フィルムが積層された発泡積層シートが用いられ,前記熱可塑性樹脂フィルムが内表面側となるように前記発泡積層シートが成形加工されて,被収容物が収容される収容凹部(11,12)と,
B.該収容凹部の開口縁(13)から外側に向けて張り出した突出部(14)とが形成された容器本体部を有する容器(10)であって(図1参照),
C.前記突出部の端縁部(15)の上面が収容凹部の開口縁(13)近傍の突出部(14)の上面に比して下位となるように,突出部の端縁部において前記熱可塑性樹脂発泡シートが圧縮されて厚みが薄くなっており(図3b参照),しかも,
D.該突出部の少なくとも端縁部(15)の上面側には,凸形状(15a)の高さが0.1~1mmとなり
E.隣り合う凸形状(15a)の間隔が0.5~5mmとなるように凹凸形状が形成され(図2参照),且つ
F.該端縁部(15)の下面側(15d)が平坦に形成されていること
G.を特徴とする容器。
 
2.原告主張の審決取消事由
2-1.取消事由1(「凹凸形状」に関する無効理由2-1~4に係る判断の誤り)に
ついて
(1)無効理由2-1(特許法36条4項1号違反)について
 断熱性に優れた発泡積層シートを成形してなる容器において,その端縁部で指等を裂傷するといった怪我が生じること自体,本件明細書の発明の詳細な説明には,客観的・科学的な証明や事実が一切記載されていないし,仮に怪我が生じ得るとしても,本件発明における凹凸形状によればその怪我を防止できることも,発明の詳細な説明において,何ら客観的・科学的な証明はされていない。
 
(2)無効理由2-2(特許法36条6項2号)について
 本件発明における「凸形状の高さ」(発明特定事項D)には,「端縁部の下面から上面の頂点部分までの長さ」(下図B。以下,下図を「原告主張図」という。)を意味するとする解釈と,「端縁部の上面の頂部から上面の底部までの距離」(原告主張図C)を意味するとする解釈の,二重の意味があり得るから,本件特許は明確性を欠き,特許法36条6項2号違反の無効理由がある。
 
(3)無効理由2-3(特許法36条6項1号違反)について
 本件発明は,パラメータ発明に係るサポート要件を満たしておらず,また,本件明細書には発明特定事項D及びEを備えることにより怪我を防止できることについて例証がないから,本件発明は,当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えており,サポート要件を欠く。
 
 本件明細書においては,凸形状の高さ及び間隔は,どのような高さ及び間隔であれば,切創等が生じ,どのような高さ及び間隔であれば切創等が生じなくなるのかは実施例や比較例等もなく不明であり,本件特許に規定した数値をどのようにして導き出したのか,その根拠,理由が不明であるから,サポート要件を欠く。
 
(4)無効理由2-4(特許法17条の2第3項及び同法36条6項1号違反)について
 補正により追加された発明特定事項Dが,当初明細書等に記載されていない事項であるから,本件特許には,特許法17条の2第3項違反の無効理由がある。
 
2-2 取消事由2(「特定作用効果」を奏すべきことに関する無効理由1-1~4に係る判断の誤り)について
・・・本件発明は,被告が,従来技術では達成し得なかった技術的課題ないし効果として「特定作用効果」を掲げ,その解決手段として「・・・」という構成を主張し,それが参酌された結果として,特許が付与されたものである(甲1)。したがって,包袋禁反言の法理に則り,本件発明は,「特定作用効果」を奏することを発明特定事項として有する(「特定作用効果」を奏するものに限定される)と解されなければならない。
・・・このような発明特定事項を有する本件発明は,発明の詳細な説明に記載したものではないから,本件特許は,無効理由1-1(特許法36条6項1号違反),同1-2(同条4項1号違反),同1-3(同条6項2号違反),同1-4(同法17条の2第3項違反)を有する。
 
2-3 取消事由3(「突出部の端縁部」の構成に関する無効理由3-1及び2に係る判断の誤り)について
・・・本件審決は,発明特定事項Cが二重に解釈され得ることを明らかにしているから,本件発明は不明確であって,本件特許には,特許法36条6項2号違反の無効理由がある。
・・・本件審決は,その文言上対応する発明特定事項Cと本件明細書の【0019】について異なる意味に捉えているところ,発明特定事項Cは本件明細書にサポートされておらず,また,当初明細書等に記載されたものではない。
 
【裁判所の判断】
2 取消事由1(「凹凸形状」に関する無効理由2-1~4に係る判断の誤り)について
(1) 無効理由2-1(特許法36条4項1号違反)について
ア 本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明が,「断熱性に優れた発泡積層シートを成形してなる容器において,端縁部での怪我を防止しつつ蓋体を強固に止着させうる容器の提供」(【0009】)を「発明が解決しようとする課題」としていることが,当該課題に直面するに至った背景(【0002】~【0007】)とともに記載され,当該課題を解決するために容器に係る本件発明が備えている「解決手段」が,【0010】に記載され,これにより,本件発明の容器が,「断熱性に優れ,上面側に凹凸形状を形成させて熱可塑性樹脂フィルムの端縁を上下にジグザグとなるように形成させることにより利用者の怪我などを抑制させ,下面側が平坦に形成されていることから蓋体を外嵌させる際に強固な係合状態を形成できる」(【0012】)という効果を奏し,上記課題を解決することが記載されているから,本件明細書の発明の詳細な説明には,発明が解決しようとする課題及びその解決手段が記載されており,当業者は,その技術上の意義を理解することができる。
 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,特許法施行規則24条の2で定めるところにより,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものということができ,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしている。
・・・「断熱性に優れた発泡積層シートを成形してなる容器において,その端縁部で指等を裂傷するといった怪我が生じること」については,発泡積層シートの熱可塑性樹脂発泡シートや熱可塑性樹脂フィルムとしてどのような材料を用いたのか,発泡積層シートが圧縮前はどの程度の厚みがあり圧縮後にどのような厚みとなったか(圧縮の程度),発泡積層シートの切断面の状態,発泡積層シートに対して指先等がどのように接触するか(指を押し当てる強さ,指を移動させる方向・早さ等)に応じて,怪我が生じる可能性があることは,当業者において,客観的・科学的な証明がなくとも容易に理解でき,「凹凸形状によればその怪我を防止できること」も,端縁部の上面側に形成する凹凸形状の形状に応じて指と端縁部の端面との接触面積が異なる結果,怪我を防止することができることも,当業者において,客観的・科学的な証明がなくとも容易に理解できるから,原告の上記主張には理由がない。
 
(2) 無効理由2-2(特許法36条6項2号違反)について
本件特許の特許請求の範囲の記載によると,本件発明における「凸形状」は,「端縁部の上面側」に形成された「凹凸形状」におけるものであるから(発明特定事項D及びE),「凸形状の高さ」の数値限定(発明特定事項D)は,「隣り合う凸形状の間隔」の数値限定(発明特定事項E)とともに,「端縁部の上面側」に形成された「凹凸形状」の特徴を規定するものである。そうすると,「凸形状の高さ」(発明特定事項D)は,「凸形状の頂部から凸形状の底部までの距離」を意味すると解するのが自然である。
・・・本件明細書の【0019】には,「前記波形の突起15aの高さ(図2,図3の“h1”)が0.1~1mmとなり,隣り合う突起15aの間隔が0.5~5mmとなるように形成されていることが怪我防止の観点から好ましい。」,本件明細書の【0043】には,「裂傷を防止するための構造(凹凸形状)」との記載があり,「凹凸形状」は,怪我防止,裂傷防止の観点から形成されている。このような観点からすると,「凸形状の高さ」として意味があるのは,「凸形状の頂部から凸形状の底部までの距離」であることは明らかである。
 
(3) 無効理由2-3(特許法36条6項1号違反)について
・・・本件明細書には,「断熱性に優れた発泡積層シートを成形してなる容器において,端縁部での怪我を防止しつつ蓋体を強固に止着させうる容器の提供」という解決すべき課題を,発明特定事項A~Gを備えることにより,「断熱性に優れ,上面側に凹凸形状を形成させて熱可塑性樹脂フィルムの端縁を上下にジグザグとなるように形成させることにより利用者の怪我などを抑制させ,下面側が平坦に形成されていることから蓋体を外嵌させる際に強固な係合状態を形成できる」という効果を奏し,上記課題を解決したものであることが記載されている(【0001】~【0012】,【0017】,【0019】及び【0020】)。
 そうすると,本件発明1は,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。・・・
 
・・・原告は,本件発明がパラメータ発明に係るサポート要件を満たしていない,本件明細書において,凸形状の高さ及び間隔は,どのような高さ及び間隔であれば,切創等が生じなくなるのか,実施例や比較例等がなく不明であり,本件特許に規定される数値をどのようにして導き出したのかその根拠,理由が不明であるなどと主張する。
 しかし,前記(1)イ(ア)のとおり,圧縮されて厚みが薄くなっている(発明特定事項C)のみで凹凸形状が形成されていない突出部の端縁部に比べて,発明特定事項D及びEに規定される数値範囲の凹凸形状が形成されているものの方が,指と端縁部の端面との接触面積が増して指等の怪我が生じにくくなり,怪我防止の効果を奏することが容易に理解できる。
 また,発明特定事項D及びEに規定される数値範囲は,当該数値範囲の凹凸形状であれば,指等の怪我防止という効果が生じるが,当該数値範囲の凹凸形状でなければ効果が生じないような数値範囲を規定したものと解する根拠はない。この点について,原告は,発明特定事項D及びEは,拒絶理由を解消するために追加された限定である旨主張するが,そうであるからといって,上記のような臨界的な意義を有するものと理解しなければならないということはできない。
 したがって,本件明細書に実施例や比較例,数値範囲の根拠についての説明がなくとも,前記アの判断は左右されない。・・・
 
(4) 無効理由2-4(特許法17条の2第3項及び同法36条6項1号違反)について
 前記(2)のとおり,本件発明における「凸形状の高さ」(発明特定事項D)は,「凸形状の頂部から凸形状の底部までの距離」を意味していると解され,同発明特定事項は,本件明細書の記載によってサポートされているところ,当初明細書等(甲3)でも同様であるから,同発明特定事項を補正によって追加することが新規事項の追加となることはない。したがって,原告の主張は理由がない。
 
3 取消事由2(「特定作用効果」を奏すべきことに関する無効理由1-1~4に係る判断の誤り)について
(1) 被告の拒絶査定に対する審判請求書(甲1)には,「本願発明の突出部の端縁部は他の部分に比して圧縮薄肉化されることによって第一の強度向上が図られており,更にその上面に凹凸形状が形成されることによって第二の強度向上が図られると共に怪我発生防止機能も付与されている。このように本願発明では,突出部の端縁部において二段階の強度向上策が図られているのである。・・・」との記載がある。
 審判請求書(甲1)の上記記載は,本件発明と拒絶査定の引用文献1(特開2000-313430号公報)記載の発明との構成の違いを説明するためにされたもので,・・・本件発明は,「断熱性に優れた発泡積層シートを成形してなる容器において,端縁部での怪我を防止しつつ蓋体を強固に止着させうる容器の提供」という課題を,「断熱性に優れ,上面側に凹凸形状を形成させて熱可塑性樹脂フィルムの端縁を上下にジグザグとなるように形成させることにより利用者の怪我などを抑制させ,下面側が平坦に形成されていることから蓋体を外嵌させる際に強固な係合状態を形成」することにより解決したものであるところ,・・・「本願発明の突出部の端縁部はほかの部分に比して圧縮薄肉化されること」や「その上面に凹凸形状が形成されること」自体は,本件発明の作用効果ではないことは明らかであり,被告が審判請求書(甲1)において上記のとおり記載したからといって,原告が主張する「特定作用効果」を奏することが,本件発明の「発明特定事項(「特定作用効果」を奏するものに限定される)」になると解することはできない。そして,このように解することが禁反言に反するものではない。
 したがって,原告が主張する「特定作用効果」を奏することが,本件発明の発明特定事項になることを前提とする無効理由1-1~4は,いずれも理由がない。
 
4 取消事由3(突出部の端縁部の構成に関する無効理由3-1及び2に係る判断の誤り)について
・・・本件発明の発明特定事項Cは,・・・①「前記突出部の端縁部の上面が収容凹部の開口縁近傍の突出部の上面に比して下位となる」という構成と,②「突出部の端縁部において前記熱可塑性樹脂発泡シートが圧縮されて厚みが薄くなっており」という構成とを,「ように」で結ぶことで,「容器」に係る物の発明を特定している。
・・・ここで,①と②とが「ように」で結ばれていることから,日本語としては,(A)端縁部において上記シートを圧縮して厚みを薄くする工程を行い,その結果として端縁部の上面が上記のとおり下位となることを規定していると解することも,(B)厚みが薄くなっている状態の一態様として,端縁部の上面が上記のとおり下位となっていることと解することもできる。
・・・本件発明の技術的意義,すなわち端縁部の上面側に凹凸形状を形成し,熱可塑性樹脂フィルムの端縁をジグザグとすることで端縁部での怪我を防止しつつ,端縁部の下面側は平坦にすることで蓋体を強固に止着させ得るようにすることからすると,端縁部が圧縮により強度が向上しており,また,「前記突出部の端縁部の上面が収容凹部の開口縁近傍の突出部の上面に比して下位となる」構成を有していればよいのであって,「前記突出部の端縁部の上面が収容凹部の開口縁近傍の突出部の上面に比して下位となる」構成が圧縮のみにより得られることに,技術的意義があるとは認められず,「前記突出部の端縁部の上面が収容凹部の開口縁近傍の突出部の上面に比して下位となる」構成が圧縮のみによらずして得られる場合を,発明特定事項Cが排除していると解することはできない。
 したがって,本件発明の発明特定事項Cは,上記(B)のとおり解されるのであって,本件特許の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号に規定する要件(明確性要件)を満たしている。
 
【所感】
 原告の記載要件を根拠とする種々の主張に対して、本件発明の技術的意義に基づいて細かい分析がおこなわれた判決である。拒絶査定不服審判での被告の主張に対する禁反言についての判断が示されている点などは、その記載ぶりがやや理解しにくいように感じるが、他ではあまり示されないような珍しい事例である。
 本件発明は、クレームで規定されている構成および課題に対する解決原理が明確であり、明細書においてもその点が明示されていると言え、原告の主張が無理筋であるという印象もある。しかしながら、問題となっているパラメータにかんしての判断も、本件図面での「h1」の表示に対して敢えて異なる解釈を与えており、原告の主張にも理がないわけではないと言える。