地殻様組成体の製造方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2018.12.06
事件番号 H30(行ケ)10041
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 地殻様組成体の製造方法
キーワード 引用発明の認定
事案の内容 本件は、拒絶審決の取消しを求める取消訴訟であり、拒絶審決が取り消された事案である。引用文献に引用発明が記載されているとはいえない、と判断されたことがポイント。

事案の内容

【手続の経緯】
平成24年 3月30日 特許出願(特願2012-83259号)
平成28年 3月 1日 特許請求の範囲および明細書を補正
平成28年 6月24日 拒絶査定
平成28年10月 5日 特許請求の範囲および明細書を補正
平成28年10月 5日 拒絶査定不服審判を請求(不服2016-14969号)
平成29年 3月21日 特許請求の範囲および明細書を補正
平成29年12月28日 特許請求の範囲および明細書を補正
平成30年 2月14日 拒絶審決
平成30年 2月27日 拒絶審決の謄本送達
平成30年 3月28日 審決取消訴訟提起
 
【特許請求の範囲】
【請求項1】(本願発明1)
(A) 炭酸カルシウムを主成分として成る炭酸カルシウム組成物と,ケイ酸塩を主成分として成るケイ酸質組成物と,酸化鉄系物質を主成分として成る酸化鉄組成物との焼成物より成る固相組成物であって,上記炭酸カルシウム組成物,上記ケイ酸質組成物,及び上記酸化鉄組成物の少なくとも何れかが放射能汚染由来であり,全体として上記固相組成物内に閉じ込められた所定値以下の濃度の放射性物質を含んで構成されている地殻様組成体を微粉砕して成る粉砕材と,
(B) 測定下限値を超える放射能濃度で放射性物質を含んだ動植物類,焼却灰,汚泥スラッジ,海洋泥砂,河川泥砂,湖泥砂,街路樹木,がれき,汚染水,土砂のうちの何れか一つ以上を含む汚染材を,前記放射性物質として含まれるセシウム及び/又はストロンチウムの気化温度未満で焼成した放射性物質を含有する焼成汚染材と,
(C) を水で混練して全体として放射能濃度が法的に設定された法令基準値以下のペースト状組成物を生成することを特徴とする地殻様組成体の製造方法。
 
【拒絶審決の概要】
<審決の理由>
 ①特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号(サポート要件)に適合するものとはいえない,②本願発明1は,「放射性物質が検出された下水汚泥焼却灰等の処分にむけた検討状況」,川崎市ホームページ,2012年3月27日,(http://www.city.kawasaki.jp/170/cmsfiles/contents/0000015/15973/file1504.pdf。以下「引用文献」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができない。
 
【原告主張の取消事由】
2 取消事由2(引用発明の認定の誤り)
(2)ア 引用文献は,役所内に設置された「検討会議」において,下水汚泥焼却灰等の処分方法とその安全性の評価基準を「これから検討していく」上で,従前の検討状況を振り返るとともに,検討すべき事項や方向性を確認するための,いわば論点整理の資料として会議参加者に配布された文書にすぎず,具体的にどのように処理すればセシウムを含有する汚泥焼却灰等を安全に処分できるのかといった技術的事項は全く示されていない。
(省略)
(3) したがって,引用文献の記載から引用発明を認定し,それとの対比で本願発明1は当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の判断が誤りであることは明らかである。
 
【被告の反論】
2 取消事由2(引用発明の認定の誤り)について
(2) そして,引用文献の記載から,「下水汚泥焼却灰等の安全な処分方法」に関する事項として,次のことを読み取ることができる。
 すなわち,引用文献には,①「・今回の安全性評価の中では,セシウム(Cs134,Cs137)を対象としたことを前提条件として明示することが望ましい。」という記載が含まれていることから,放射性物質対策の対象をセシウム(Cs134,Cs137)とすること,②「・めやす値より低いからそれで良しとするのではなく,さらに,できる限り影響が小さくなるよう対策する姿勢が重要」という記載が含まれていることから,放射線濃度がめやす値より低くなるように対策すること,③「・再利用(下水汚泥焼却灰のセメント原料化)の再開を目指すことは望ましい。」という記載が含まれていることから,下水汚泥焼却灰のセメント原料化を行うこと,をそれぞれ読み取ることができる。
 したがって,引用文献から,放射性物質対策の対象をセシウム(Cs134,Cs137)とし,放射線濃度がめやす値より低くなるように対策する,下水汚泥焼却灰のセメント原料化を行う,下水汚泥焼却灰等の安全な処分方法を検討したことを読み取ることができる。
 そして,「放射性物質対策の対象をセシウム(Cs134,Cs137)とする」こと,「放射線濃度がめやす値より低くなるように対策する」こと,及び,「下水汚泥焼却灰のセメント原料化を行う」ことが表す技術的事項は,それぞれ当業者が普通に理解し得る事項である。
(3) 以上によれば,引用文献には,「放射性物質対策の対象をセシウム(Cs134,Cs137)とし,放射線濃度がめやす値より低くなるように対策する,下水汚泥焼却灰のセメント原料化を行う,下水汚泥焼却灰等の安全な処分方法。」 という発明,すなわち引用発明が記載されている。
 なお,引用文献の右側に記載されている「3 安全性評価の検討フロー」のフロー図(ポンチ絵)には,「放射性物質が検出された焼却灰等」において,「下水汚泥焼却灰」を「処分する」に際し,「セシウム合計値が8000ベクレル/kg」を超えない時,「有効利用」をするために,「セメント原料化(下水汚泥焼却灰)等の資源化」することが示されている点を考慮したとしても,引用文献には引用発明が記載されているといえる。
 したがって,引用文献に引用発明が記載されているとした審決の判断に誤りはない。
 
【裁判所の判断】
4 取消事由2(引用発明の認定の誤り)について
(1) 審決は,引用文献には引用発明が記載されていると認定し,本願発明1は引用発明に基づいて当業者が容易に発明できたと判断した。
(2)ア そこで検討するに,進歩性の判断に際し,本願発明と対比すべき特許法29条1項各号所定の発明は,通常,本願発明と技術分野が関連し,当該技術分野における当業者が検討対象とする範囲内のものから選択されるところ,同条1項3号の「刊行物に記載された発明」は,当業者が,出願時の技術水準に基づいて本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する基礎となるべきものであるから,当該刊行物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。
イ 本件についてみると,引用文献は,その表題から,放射性物質が検出された下水汚泥焼却灰等の処分に向けた検討状況を1枚の資料にまとめたものと認められる。
 そして,引用文献の「1 これまでの経緯と今後の予定」の項の記載から,①平成23年9月から,「放射性物質対策検討特別部会」において下水汚泥焼却灰等の安全な処分に向けた検討が開始されたこと,②同年10月から,下水汚泥焼却灰等の処分に関する安全性評価検討業務委託がされ,委託先の有識者委員会である汚染焼却灰等処分安全性評価委員会が3回開催されたこと,③平成24年3月に東日本大震災対策本部会議が開催又は予定され,処分に向けた検討の方向性について確認されること,④同年4月以降,実現に向けた課題の抽出や整理が行われる予定であることが理解できる。
 また,「2 第1~3回汚染焼却灰等処分安全性評価委員会での有識者からの主な意見」の項の記載は,上記有識者委員会での主な意見をまとめたものと理解できるところ,「(前提)」の欄に,「今回の安全性評価の中では,セシウム(Cs134,Cs137)を対象としたことを前提条件として明示することが望ましい」との記載があることから,放射性物質としてセシウムが検討対象になっていたことが把握できる。
 さらに,「(方針)」の欄に,「再利用(下水汚泥焼却灰のセメント原料化)の再開を目指すことは望ましい」,「めやす値より低いからそれで良しとするのではなく,さらに,できる限り影響が小さくなるよう対策する姿勢が重要」との記載があることから,上記有識者委員会において,放射性物質としてセシウムを含む下水汚泥焼却灰のセメント原料化の再開を目指すこと,放射線の影響はできる限り小さくするよう対策すべきことが,方針に関する有識者の意見として存在したことをそれぞれ理解できる。
 その一方で,引用文献には,放射性物質が検出された下水汚泥をどのように焼却するか,下水汚泥焼却灰はどの程度の放射性物質を含むものであるか,下水汚泥焼却灰をセメント原料化する際,できる限り影響が小さくなるようにどのような対策をするのか等,下水汚泥焼却灰を処分するに当たっての具体的な方法,手順,条件など,技術的思想として観念するに足りる事項についての記載は一切存在しない。
 そうすると,引用文献には,単に放射性物質が検出された下水汚泥焼却灰等の処分に向けた方針,及び当該方針に関する有識者の意見が断片的に記載されているにすぎず,下水汚泥焼却灰等の安全な処分方法というひとまとまりの具体的な技術的思想が記載されているとはいえない。
したがって,その余の点について認定,判断するまでもなく,引用文献に審決が認定した引用発明が記載されているとはいえない。
(3) 被告の主張について
 被告は,引用文献の記載から,「下水汚泥焼却灰のセメント原料化」が再開されていないことがうかがわれるからといって,引用文献に「下水汚泥焼却灰のセメント原料化」を行う方法が開示されていないことにはならないし,「下水汚泥焼却灰のセメント原料化」を行う方法は一般的に確立されていた技術といえるから,原告の主張は失当であると主張する。
 しかし,引用文献中の「再開を目指すことが望ましい」との記載からは,下水汚泥焼却灰のセメント原料化が引用文献の作成時点において中止されていたことが明らかであるところ,上記(2)のとおり,引用文献には下水汚泥焼却灰を処分するに当たっての具体的な方法など,技術的思想として観念するに足りる事項についての記載は一切存在しないのであるから,同文献に「下水汚泥焼却灰のセメント原料化」を行う方法が開示されているとはいえない。
 また,被告が証拠として提出した乙4~6は,いずれも「下水汚泥焼却灰のセメント原料化」技術に関する刊行物であるものの,放射性物質を含む下水汚泥焼却灰のセメント原料化についての記載はないから,これらの証拠をもって,引用文献が対象とする「放射性物質が検出された下水汚泥焼却灰等」におけるセメント原料化が確立された技術ということはできない。
 したがって,この点についての被告の主張を採用することはできない。
(4) 小括
 よって,引用文献に引用発明が記載されていることを前提として,本願発明1は引用発明に基づいて容易に想到することができたとした審決の判断には誤りがあり,その誤りは結論に影響を及ぼすものであるから,原告が主張する取消事由2は理由がある。
5 結論
 以上によれば,原告が主張する取消事由1及び2はいずれも理由があるから,審決は取り消されるべきである。
 よって,主文のとおり判決する。
 
【所感】
 裁判所が指摘するように、引用文献には、具体的な方法、手順、条件など技術的思想として観念するに足りる事項が一切記載されていなかった。このような引用文献に基づいて新規性・進歩性についての拒絶理由が通知された場合には、引用発明の認定の誤りを意見書で指摘することが有効である。この点について、審査基準では「審査官は、刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から当業者が把握することができない発明を「引用発明」とすることができない。そのような発明は、「刊行物に記載された発明」とはいえないからである。」と記載されている(「特許・実用新案審査基準 第III部 第2章 第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」参照)。
 尚、本願については、その後、特許審決がなされた。