加工飲食品事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2017.06.14
事件番号 H28(行ケ)10205
発明の名称 知財高裁第1部
キーワード 実施可能要件

事案の内容

【経緯】
平成26年 4月15日 特許出願
平成27年 2月13日 設定登録
平成27年 9月17日 異議申立
平成27年12月 8日 取消理由通知
平成28年 2月 9日 訂正請求
平成28年 5月 6日 取消理由通知
平成28年 8月 3日 本件訂正を認めた上で、
「特許第5694588号の請求項1~9に係る特許を取り消す」との決定

 

【事案の概要】
 本件は、特許異議の申立てを認めて特許を取り消した決定に対する取消訴訟の事案である。加工飲食品(本件発明)に含まれる不溶性固形分の測定方法における判断基準について、明確かつ十分に記載されていなかったために実施可能要件を満たしていないと再度判断された点がポイント。

 

【本件訂正発明】
 野菜または果実を破砕して得られた不溶性固形分を含む加工飲食品であって、
 6.5メッシュの篩を通過し、かつ16メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が10重量%以上であり、
 16メッシュの篩を通過し、かつ35メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が5重量%以上25重量%以下である
 ことを特徴とする加工飲食品。

 

<不溶性固形分の測定方法に関する明細書上の記載>
【0036】
 本発明に係る加工飲食品全体のうち、6.5メッシュの篩を通過し、かつ16メッシュの篩を通過しない不溶性固形分(以下、第1不溶性固形分と称する)の割合は、10%以上である。メッシュとは、1インチ(2.54cm)の間に目の数が幾つあるかを示す数字であり、針金の太さと目の間隔はJIS規格で規定されている。不溶性固形分は、日本農林規格のえのきたけ缶詰又はえのきたけ瓶詰の固形分の測定方法に準じて測定することができる。すなわち、測定したいサンプル100グラムを水200グラムで希釈し、16メッシュの篩等の各メッシュサイズの篩に均等に広げて、10分間放置後の各篩上の残分重量を重量パーセントで表した値を、本発明の粗ごし感を有する不溶性固形分と定義する。この時、10メッシュの篩も単独でまたは16メッシュの篩等と重ねて使用することができるが、10メッシュの篩上の残分は16メッシュ上の残分よりも不溶性固形分が大きいためにより明確に粗ごし感や野菜感や果実感を実感することができる。ただし、使用する野菜または果実自体の硬度や水分さらには殺菌等の熱処理耐性により実感できる粗ごし感はある程度左右される。しかしながら、20メッシュ以下の細かい網サイズの篩を通過してしまう不溶性固形分は、粗ごし感が十分でなく、逆に粘性やとろみまたはドロドロ感を想起するようになるため、本発明の粗ごし感には定義されない。
【0038】
 篩上の残存物は、基本的には不溶性固形分であるが、サンプルを上述のように水で3倍希釈してもなお粘度を有している場合は、たとえメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分であっても篩上に残存する場合があり、その場合は適宜水洗しメッシュ目開きに相当する大きさの不溶性固形分を正しく測定する必要がある。

 

<取消決定時の理由の要点>
 本件明細書の段落【0038】の「~」との記載によれば,不溶性固形分の測定に当たり,「なお粘度を有している」か否かの判断基準が必要となる。また,「適宜水洗」する程度についても,何らかの手順等の特定が必要となる。しかしながら,本件明細書においては,何をもって粘度を有していると判断し,水洗が必要であるとするのか,その基準が開示されていない。
本件発明(本件特許の請求項1~9に係る発明)が対象とする加工飲食品は,その組成からみて多少の粘度を有していることは明らかであるところ,「なお粘度を有している」ことについての基準が開示されていなければ,その後の水洗の要否を当業者は判断することはできない。そして,水洗が必要であると判断した場合であっても,水洗の手順によって測定結果が大きく変化することは当業者において容易に想像し得るところ,水洗をどのような手順で行うか(例えば,どの程度の水量でどの程度の水の勢いで水洗するか等)についても何ら開示はされていない。よって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明の「不溶性固形分の割合」の測定方法を当業者が適切に再現することができない。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとは認められず,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。

 

<裁判所の判断>
(1)取消事由1(実施可能要件に関する判断の誤り)について
本件明細書の「より一層,粗ごしした野菜感,果実感,または濃厚な食感を呈する。」(段落【0009】),「加工飲食品は,ペースト状の食品,又は飲料の形態を有する。」(段落【0030】)との記載によれば,本件発明に係る加工飲食品は一定程度の粘度を有するものと認められるから,段落【0036】に記載された本件測定方法によると,実際に,各篩のメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分により形成される塊が篩上に残存する場合も想定されるところである。
しかしながら,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に塊となって残存している場合に追加的に水洗をすると(段落【0038】),本件明細書の段落【0036】に記載された本件測定方法(測定対象サンプル100グラムを水200グラムで希釈し,各メッシュサイズの篩に均等に広げて,10分間放置するという測定手順のもの)とは全く異なる手順が追加されることになるのであるから,このような水洗を追加的に行った場合の測定結果は,本件測定方法による測定結果と有意に異なるものになることは容易に推認される。このように,本件明細書に記載された各測定方法によって測定結果が異なることなどに照らすと,少なくとも,水洗を要する「なお粘度を有する場合」であって,「メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に塊となって残存している場合」であるか否か,すなわち,仮に,篩上に何らかの固形分が残存する場合に,その固形物にメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が含まれているのか,メッシュ目開きよりも大きな不溶性固形分であるのかについて,本件明細書の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて判別することができる必要があるといえる(本件条件を満たす本件発明に係る加工飲食品を生産することができるといえるためには,各篩のメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分により形成される塊が篩上に残存する場合であるか否かを判別することができることを要する。)。
しかしながら,本件測定方法によって不溶性固形分を測定した際に,篩上に残存しているものについて,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が含まれているのか否かを判別する方法は,本件明細書には開示されておらず,また,当業者であっても,本件明細書の記載及び本件特許の出願時の技術常識に照らし,特定の方法によって判別することが理解できるともいえない(篩上に残存しているものが,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分を含むものであるのか否かについて,一般的な判別方法があるわけではなく,証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば,測定に使用される篩は,目開きが16メッシュ(1.00㎜)又は35メッシュ(0.425㎜)のものと認められるから,篩上に残った微小な不溶性固形分について,単に目視しただけでは明らかではないといわざるを得ない。)。
そうすると,当業者であっても,本件明細書の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて,その後の水洗の要否を判断することができないことになる。したがって,本件発明の態様として想定される,「測定したいサンプル100グラムを水200グラムで希釈」しても「なお粘度を有している場合」(段落【0038】)も含めて,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて,本件条件を満たす本件発明に係る加工飲食品を生産することができると認めることはできない。
以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明を当業者が実施できるように明確かつ十分に記載されているものと認めることはできない。

 

<所感>
 判決は妥当である。篩上に残存しているものの中にメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が含まれているのか否かの判別について、明確な判別基準を記載していなかったことが問題であった。しかし、本件の明細書には、「食用される野菜または果実であれば、特に限定されない。」との記載があり、加工される食物によって、“メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分の篩上への残存しやすさ”も異なることから、普遍の判別基準を示すことは難しい。段落0038について、訂正請求時に削除しておくことも検討すべきであったと考える。